隈×医者
「で?お前、熊は診れんのか?」
びくびくと震える白熊に、熊…ではなく、隈のひどい船長さん。
「ふふふ。さっき言ったじゃないですか。白熊なんてここらへんじゃ珍しいって」
「っち。だが、少しは知識はあるんだろ?薬ぐらい…」
「おやおや。せわしない人ですね。人の言葉は最後まで聞いた方がいいですよ。確かに、ここらへんには白熊はいませんがね。私はこの島出身ではありませんので」
船長さんの言葉をにこやかに遮ると、船長さんは明らかにいらいらとした顔になる。
「結論を言え。俺は気の長い方じゃねえんだよ」
「そのようですねぇ」
顔を見ればわかります、と笑うと船長さんは肩にかけていた長い刀を構える。
「二度は言わねぇ」
その鋭い瞳に、サイカは肩をすくめる。
「きみ、白熊くんを診察台へ」
助手くんにそう指示しようと横を見るが、いつの間にか助手が消えていた。
机の上には小さな紙切れに走り書きが。
『すいません。用事が出来たので帰ります』
「はぁー。トランシーバーさんのガラが悪いから助手が逃げちゃったじゃないですか」
「トラファルガーだ」
「どっちだっていいんですよ。ま、いっか。じゃ、その白熊くん自分で診察台乗れますか?」
聞くと、白熊は震えながら診察台を見る。
「か、解剖しない?」
それに、サイカはにこやかに答える。
「約束はできませんが、善処はしましょう」
「ひぃいい!」
「食中毒です」
「食中毒?」
診察結果を言い渡せば、船長さんは明らかに不審そうに眉をひそめた。
「おや。結果が不満ですか?」
ふふ、と笑うと船長さんはその問いには答えずに質問を投げ返してくる。
「何が原因だ?」
「おや。大変だ。この人、言葉のキャッチボールが出来ない」
おどけてみせると睨まれたので、肩をすくめてカルテを見せた。
「明らかな感染型食中毒ですよ。原因は腸炎ビブリオですねぇ。何か海のものを洗浄せずに食べましたか?ふふふ」
「待て。オレも一応医者だ。食中毒の処置もしたが、効果はなかった。だいたいうちの食品は全て加熱してある。腕のいいコックがいるから食中毒が起こるわけが…」
船長さんが疑わしそうに言う言葉を遮ったのは、白熊だった。
「キャプテン…。ごめんなさい、オレ、前に夜中にお腹すいて釣りしたんだ…。それで、魚食べて…」
苦しそうな声に、船長さんは大きな溜息をついた。
「原因がわかったみたいですねぇ。あなたの処置も効いていないのではなくて、効きが遅かったのでしょう。だいぶ的確な処置のようで抗生物質を投与しなくても2、3日で治りそうですが…せっかくです。注射しましょう」
白熊に注射なんて、滅多にできませんからね、と笑うと、即座に白熊は診察台から飛び降りて船長さんの後ろに隠れてしまった。
「ふふふ。怖がらなくてもいいですよ。ちょっとチクッとして、それからザクッとするだけですから」
「キャ、キャプテン…!この人、やっぱりオレを解剖する気だ!」
おびえる白熊もかわいくて、解剖したくなってしまう。
思わずメスを取り出したサイカにジャキッと鋭い切っ先が突きつけられる。
「悪いな。オレも医者だ。原因がわかれば、あとはこちらで対処する。もう帰らせてもらうぞ」
「あらら、いけずな人ですねぇ。…ま、ちょっとこちらも立て込みそうなので…」
そう言って、サイカはすっと窓の方に流し目をやる。
「あなた達もここから早く出航した方がいいですよ。それでは、ごきげんよう」
にこやかに手を振ったサイカの前に、ジャラッと音をたてて重たそうな金貨袋が投げ出された。
「?なんです?」
首をかしげれば、船長さんは鼻を鳴らす。
「海賊だから金を払わねえとでも思ったか?生憎、そこらへんはきっちりしとかねえと気が済まない性分なんでな。治療代だ」
「はは。これはまた法外な値段ですねぇ。藪医者にでもなった気分だ」
そんなサイカの言葉にはもはや振り返ることもなく、船長さんは白熊くんを連れて去って行ってしまった。
「ふふふ。トラファルガー・ロー。…面白いですね」
真っ白な診療室で、サイカは一人笑いを噛みしめていたのだった。
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