毒が薬になる。



「はー。疲れたー」

こんなはずじゃなかったのに。

全く余計な手間をかけさせて。

「おいー。おじさん達」

小太郎の上から呼びかけると、一部始終を見ていた祓い屋のおじさん達はびくっと肩を震わせる。

「ってことで。この山には私がいるから余計な手は出さないよう同業者さん達に言っといてくれます?そしたら、助けた分の謝礼金はいらないからさ」

そう言うと、おじさんが汗をかきながら私を見上げる。

「き、君はいったい…」

その言葉に、私はにっと笑ってみせる。

「妖薬師です。どうぞよろしく」








「なるほど。妖薬師の血は途絶えたと聞いていましたが…」

突然、背後から涼やかな声が聞こえて私は振り向く。

そこにいたのは黒く長い髪を夜風になびかせた一人の青年。

月の光を帯びて、どこか幻想的な笑みを浮かべたその青年を見て、おじさん達が顔をしかめる。

「ま、的場…!」

その名前に私は眉をひそめる。

「的場?」

知っている。

祓い屋の中でも相当手練れの一門だ。

「この狼が噂の化け狼ですか。確かにかなり妖力が強いみたいですね」

うっすらと笑って小太郎を見るその顔に私はぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。

「ま、的場…!どうしてここに…!」

おじさんの言葉に、的場はひょいっと片眉をあげる。

「おや。私はさっきからずっといましたよ。あなた達が沼の主を封印すれば、この噂の狼が姿を現すのではないかと狙っていましてね」

「…!わざとうちに主を封印させたのか!」

おじさんの怒りに震える声に、彼は爽やかに笑ってみせた。

「ええ。どうせあなた方の力では封印は難しいと思って手間をかけて主を眠らせてあげた甲斐がありました。うまくこの妖を誘い出してくれたこと、感謝しますよ」

「くそ…!どこまでうちを馬鹿にしたら済む気だ!」

怒りに吼えるおじさんを的場は冷ややかな目で一瞥する。

「馬鹿に…?まさか。あなた達に何の興味もありませんよ」

そう言い切った冷たい声に、反論することも出来なくなったおじさん達が歯を食いしばる。

「さて。時間稼ぎにもちょうど良かったみたいだ。七瀬」

的場が目を小太郎から離さずに、誰かを呼ぶと的場の後ろの木陰からスーツを着た女の人がすうっと姿を現す。

「準備は?」

「できましたよ」

その言葉に頷くと、的場は手をぱんっと合わせて静かに呪文を唱え始める。

それと共に、初めて気付く、小太郎の周りに浮かび上がった方陣。

「な…!」

私が目を見開くのと同時に、詠唱が一際大きく木霊して響く。

「光の鎖よ
 影なるものを
 我が力を持って
 従えさせ給え」

「グ、ァアアア…!」

「小太郎!!」

方陣から白い光で連なる鎖が伸びてきて小太郎を捕える。

それに、私は舌打ちをして素早く首にかけてある小さな袋からあるものを乾燥させた粉を取り出して小太郎にかけ、鏡を取り出して月の光を小太郎に反射させる。

「光と影よ
 荒魂 和魂
 裏表 逆さの鏡に
 真実を現せ
 光のままに」

そして、次の瞬間、小太郎を捕えていた鎖は突然目標を失ったかのようにがしゃり、と崩れ落ちる。

「…?」

それを目を細めて見て、的場は私を見上げる。

「何を?」

「それはこっちのセリフだわ。いきなり人の犬に勝手に首輪をつけようなんて、常識がない。常識が」

それに、七瀬と呼ばれた女性がくつくつと笑う。

「的場。どうやら今回はあちらの言い分の方が正しそうですよ。…それに」

「わかっている」

七瀬の言葉を遮って、的場が口角を上げる。

「半妖か。なかなか見られない」

そう。小太郎は大妖と名高かった山犬の妖と、日本最後の日本狼が成した半妖だ。

「今夜は撤退しよう。行くぞ、七瀬」

そう言ってあっさりと背を向けた的場。

そんな彼が少し振り向いて私を見て笑った。

「妖薬師…か。ご両親は健在ですか?」

何もかもを見透かしたような赤い瞳に、私は思いっきり舌を出してやったのだった。





薬が毒に成り、毒が薬になる

薬も毒も使い方によっては、それぞれ毒となり薬となることもある




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