薬師、酔う。


「皆!妖薬師殿が来てくれたぞ!」

「おお!それは何と心強い!」

「妖薬師殿がいれば、祓い屋なぞ怖くはないぞ!」

沼につけば、そこにはたくさんの妖。

「いや、私は様子を見に来ただけなんすけど…」

そんな私の言葉を無視して妖達は盛り上がる。

「今すぐ沼の主様を取り戻しに行こう!」

「そうだ!人間の奴らに痛い目を見せてやろう!」

「二度とこの地へ来れなくしてやる!」

そして、妖達はおー!と気合を入れて森を駆けていく。


「…私、帰ろうかな」

すでに小さくなってしまった妖達の後ろ姿を見送ってくるりと踵を返して戻ろうとしたとき。

「妖薬師殿!ささ、行きますぞ!」


まだ私の後ろに大きな鬼のような妖が一匹いて、私を担ぐとすごい速さで森を駆け抜けていったのだった。







「なぁ、この妖なかなかの大物だよな」

そう背中に背負った壺をゆすって言うと、仲間たちが満足そうに頷く。

「本当は化け狼とやらを式にしたかったんだけどな。まぁ、こんな大物を的場一門よりも先に手にできたのは嬉しいな」

その言葉に、周りの仲間たちも頷く。

「なんせ、有力な妖はほとんど的場一門に取られちまってるからな…。こんな山にまだこいつみたいな大物が残っていたことは家の存続にも繋がる」

「はは!的場め!ざまあみろだ!」

そう言って笑い合っていたときだった。





「こらあ!人間め!」

「主様を返せ!」

突然、大勢の妖達がすごい勢いでなだれ込んできた。


「う、うわっ!なんだ!?」

仲間たちが驚いて慌てるが、俺は落ち着くように皆に言い聞かせる。

「お前らよく見てみろ。こいつら、小物ばっかりだ。さっさと祓って、こいつを持ち帰って式にするぞ」

すると、仲間もようやく落ち着きを取り戻して札を構えた。

そのとき。

襲いかかってくると思われた妖達が皆、一斉にささっと左右に分かれて道をつくった。


「さあ!妖薬師殿!お願いします!」


そして、その奥からずしん、と足音を響かせながら何かがやってきたのだった。




それを息を飲みながら見ていると、姿が見える前に声が聞こえた。

「ちょ、まて!待って、マジ待って!ギブ!酔った…!吐きそう…うぇ…」

中高生のようなまだ若さの残る声。

そして、姿を現したのは、妖に俵担ぎにされた一人の少女だった。







「ちょ、降ろしてぇ…。頼むから一人にさせて…」

ほんと、吐くから一人にさせてくれ…。

妖に揺さぶられてすっかり酔った私の言葉に、妖は大人しく私を地面に下ろす。

「ちょ、あんたらどっか遠くにいってて…」

口を押えながら言うと、なぜか妖達は目を輝かせる。

「さすが!自分から祓い屋に一人で挑むとは!」

「我らのことすら気遣ってくれるなど…!感動です!」

何やら後ろで妖達が騒いでるけど、全部無視して私は横の草陰に這って隠れる。

「うえ…!おえっ!げほっ、げほっ!」

そこで気が済むまで吐いて、ようやく私は頭を抱えながら草陰からよろよろと出てきた。

と、そこで目の前の人たちと目が合う。

四人ほどの、おじさん達。

「み…、み…!」

私はそいつらを指さして肩を震わせる。

「水、ください!」







吐いた後の気持ち悪い味がする口の中を、ペットボトルのお茶で流して、ようやく私は息をついた。

「いやあ、ほんとありがとうございます。ほんと助かりましたぁ」

へらりと笑ってペットボトルを返すと、それを受け取ったおじさんが苦笑いする。

「あ、ああ…。まあ、あれだけ吐いたら気持ち悪いよな…」

ははは、と乾いた笑いがその場に漏れる。

「…で、あんた何者だい?妖が見えるようだが…連れ去られてたのかい?」

妖達は、今は私たちの様子を遠巻きにしてじっと見ている。

「まぁ、そんなとこです。いやあ、ほんと危ないとこでしたよ」

「そ、そうか。俺達がいてよかったな」

一人のおじさんが軽く頷いていたが、その言葉に私は首を傾げる。

「は?いや、まぁ、確かに運ばれながら吐かなくてよかったけど…。そもそも、おじさん達が沼の主さんを封じちゃったからこんなことになってんですけど」

「へ?」

私の言葉に、その場の全員が目を点にしている。

「いや、だから。あなた達が封じちゃった主さんを助けてほしいってあいつらに泣きつかれて。ほんと、災難だわぁ。あ、重ね重ねすいませんけど、その壺の妖さんは何も悪さしないんで返してください」

私の言葉に、戸惑いの空気があふれる。

「きみ…は、何者だ?」

リーダーのようなおじさんがじりっと警戒の構えを取りながら疑うような目で私を見る。

「もしや…人に化けた妖か?」

おじさんの言葉に私は一瞬きょとんとしてから、良いことを思いついてにやりと笑う。

「おじさん達って、ネットでここのこと知って来たの?」

聞けば、じりじりと距離を取りながら頷く。

「そこにさぁ、山姥がこの山に出るって書かれてなかった?」

そして、置いていた荷物から弓矢を取り出す。

「それって私のことだったりして」

てへっと舌を出して笑ってみせると、一瞬でその場の空気に緊張が走った。




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