薬師の限界。
―ザッ
「う、うわぁああ!!」
悲鳴をあげたのは、男の方で。
「遅いじゃないの、小太郎」
私は目の前に現れた大きな白いそいつに呆れたように声をかける。
「グルルゥウ…!」
「駄目だよ、食べちゃ。でも、その機械は不快だから踏みつぶして」
私が言えば、その太い足がチェーンソーをバキリと踏みつぶす。
「な、なな、なんだ、そいつはぁあ…!」
腰を抜かして目をむく男に私はにっこりと笑う。
「狼だよ。分からない?」
「ひっ、おお、かみ…!?」
震える男達の言葉を聞きながら私は小太郎の背中に登る。
「そ。随分大きく育っちゃったけどね。立派でしょう?」
熊よりも大きな小太郎の背から男達を見下ろしてけたけたと笑う。
「追っ払って、小太郎」
言えば、小太郎は尻尾を大きく振って大きく吠えた。
男達からは小太郎の立派な牙がさぞ恐ろしく見えただろう。
「ぎゃああ!ば、ばけもんだぁあ!」
「百年後来やがれ、バカヤロー」
逃げて行く男達を小太郎が適当に追って、恐怖を刻み込んでやった。
「ありがとうね、小太郎」
男達を追い払ってから私は小太郎の頭を撫でてやる。
そうすれば、喉を掻いて欲しいのか、ぐいっと首を私の腕にこすりつける小太郎。
「妖薬師殿!流石です!」
「御無事でなにより!」
そんな私たちに駆け寄る妖達。
「あー、すごいのは私じゃなくて、小太郎だから。で、どう?」
聞けば、妖達は顔を見合わせて黙る。
「酷いの?」
聞けば、妖達は小さく頷く。
「仕方ないわね。妖薬師、杜山仙花の出番ってところかしら?」
にやりと笑ってみせると、妖達は涙を流して目を輝かせたのだった。
「ありゃま。これは…」
横たわる妖を見て、私は顔をしかめる。
「妖薬師殿!どうか主様を治してくださいませ!」
妖達が泣きながら血を流す大きな妖の周りを囲む。
それに私はため息を一つ落とす。
「分かってるわよ。椎の木の主様は私にとっても大事なんだから。…でも、この杜山仙花、ただ働きはしないわよ?」
そう言って私は、椎の木の主様の治療に取りかかったのだった。
数時間にもわたる治療時間。
家から必要な薬も全部持ってきた。
貴重な素材も惜しみなく使った大手術。
それでも。
「ふう」
滴る汗を、小太郎が舐めてくれる。
「ありがとう」
顔をあげた私に、遠巻きに見ていた妖達が次々と駆けよって来る。
空には三日月が細く光っていた。
「妖薬師殿!主様は…!?」
そいつらに、私は肩をすくめて見せる。
「一応、成功。でも…」
未だ目を覚まさない女の大妖を見下ろす。
「多分、もう歩けないだろうね」
「そんな…!」
妖達の悲嘆の声が次々と上がる。
「妖の傷は私が癒せるさ。でもね」
私は、大きくそびえたつ椎の木の幹を触る。
ざらざらとして、たくましい、太い幹に入った大きな傷。
「本体のこいつは、私じゃどうしようもない。…痛みを和らげて、生命活動を助けるぐらいしか、ね。あとはこの木の生命力に賭けるしかない。もしかしたら、何十年、何百年かければ治るかもしれない。でも、そんときゃ私は死んでるだろうからね」
あっけらかんと笑った私は小太郎の首を掻いてやる。
「私には、関係ない話だね」
そう。人の一生は短い。
そんな先のことまで責任は持てない。
幾ら私が、妖薬師だろうと。
遥か長くを生きる妖には、無限の可能性があるんだから。
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