薬師の活躍。
「ん?」
異変に気付いたのは森に入ってからだった。
ヤマガラがやけに騒がしく鳴いている。
それもいつものツーツーというゆっくりとした囀りでなく、激しく急きたてるような。
そう、まるで…
敵が、侵入してきたような、緊急時の鳴き声。
それに気がつけば、他の動物達の動きの異変にも気づく。
栗鼠はまるで森から逃げるように。
滅多に姿を現さないニホンヤマネまで木から木へ飛び移って警戒音を鳴らしている。
焦って足を奥へ早めれば、やがて聞こえてきた耳障りな音。
―カーン、カーン
「…!馬鹿な!」
これは、この方向は…!
「アマノ椎の木を…伐ってる!?」
アマノ椎の木は樹齢千年を軽く超える、この森の守り木。
その木にはたくさんの生き物が住み、アマノ椎の木が落とす木の実はたくさんの生き物たちを養っている。
もちろん、希少なシイノトモシビダケだってあそこにしか生えていないし、卵から雛が孵ったばかりのヤマゲラの巣だってある。
全速力で向かえば、見えてきた大きな椎の木と、斧を振るう数人の人影。
近くまでいき、身を隠して様子を窺えば、男達の話し声が聞こえる。
「ちっ。太すぎて斧じゃ伐れないな」
「いまどき斧はねぇだろ。やっぱこれだよ」
そう言って一人の男が取り出したのは、ブルルンと大きなエンジン音をふかしたチェーンソー。
「…っざけんなよ」
私は舌打ちをして、懐を探る。
取り出したのは小さな犬笛。
―ピューイ
人間には聞こえない高周波の音が何キロも先まで響き渡る。
「寝てんなよ、小太郎。お前の力が必要なんだからな」
もうすぐ来るだろう助っ人に想いを馳せて、私は茂みから飛び出す。
「こらぁあ!何やってんのよ、あんた達!」
怒鳴れば、驚いたように椎の木にチェーンソーをあてたまま男達が振り返る。
「なんだ?子供か?」
「なんでこんなところにいるんだ?」
首を傾げる男達に、私はもう一度静かに問う。
「何、やってんのよ」
それに、男の一人が肩をすくめる。
「何って、見てわかんねェのか?木、伐ってんだよ」
「ふざけんなよ。その木はこの森の守り木だ。伐っていいわけないだろ」
私の言葉に、男達は笑いながら顔を見合わせる。
「変な嬢ちゃんだな。あのな、この森の木は伐っていいって国から許可もらってんだ。ほら、危ないからお嬢ちゃんは家に帰りな」
しっし、と手で払われて私は眉間に筋を寄せる。
「国、だぁ?そりゃどこのどいつだ。私に断りなく…この森の木を伐るんじゃないよ!」
叫んで私は袖から小瓶を取り出して地面に叩き割る。
その途端、広がった白い煙。
「なっ…!」
「なんだ!?」
男達がうろたえている間に、椎の木の前に立ちはだかる。
「私がいるうちはこの森を荒らさせはしないよ。帰って国とやらに伝えな」
「このガキ…!調子に乗らせとけば…!」
白い煙にせき込みながら男が拳を振り上げる。
そのとき、突然椎の木の枝が風もないのに不自然に大きく揺れる。
「妖薬師殿!我らも加勢いたしますぞ!」
「この守り木にいらっしゃる主様のためにも、人間なんぞにこの木は伐らせはせん!」
上を見上げれば、手に手に竹の棒や拙い武器を持った妖達。
「馬鹿ね。あんた達じゃ力不足だってのに」
それにふ、と笑って私は男達に向かって背中に背負っていた弓矢を構える。
「この矢には猛毒が塗られてるよ。最後の警告だ。帰れ」
ぎりり、と力を込めた私を男は馬鹿にしたようにせせら笑う。
「本当にどこのガキだ?こいつ、本当は人間じゃねぇんじゃねえの?」
それに周りの男達も笑う。
「今の時代に弓矢はねぇだろ。…機械に勝てるとでも思ってんのか?」
そう言って男が再び稼働させたチェーンソー。
「…馬鹿につける薬はないみたいね。しょうがないから毒でも塗ってあげようかしら」
威嚇のつもりでその男の横に弓矢を放ったが、逆効果だったらしい。
「この野郎…!」
ギュルギュル、と不快な音を響かせながらそいつはチェーンソーを私に向ける。
「お、おい、待てって。そいつはさすがにまずいだろう」
「うるせえ!こいつ、俺に向かって本気で矢ぁ投げやがった!これは正当防衛だよ!」
周りの制止を振り切って男はにやりと笑う。
「なぁに。この深い山ん中に埋めりゃ、死体は見つからないさ」
目を血走らせた男がチェーンソーを振り被った。
「妖薬師殿!」
妖達の声が聞こえた。
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