薬師の日常。
「杜山」
「…」
「杜山!」
「……」
「いい加減に起きんか、杜山ーー!!」
静かな教室に大きな声が響き渡る。
「うわわ…!っと、なんだ。じっちゃんか」
「じ、じっちゃん…!?お前、先生に向かってじっちゃんと呼ぶなと何度も言ってるだろうが!」
暖かな窓辺で気持ちの良い睡眠を満喫していた私の眠りを妨げたのはじっちゃんこと担任の浜山先生。
ちなみにじっちゃんは私のつけたあだ名で、見た目はまだまだ若い20代後半。
喋り方が古臭いからじっちゃんと名付けた。
「杜山、お前…!俺の授業で眠るたぁいい度胸じゃねぇか」
「そんなのいつものことじゃん。毎回あんな大きな声出して、後で隣の教室の先生に謝りに行くのじっちゃんなのに。大変だね」
同情を込めた眼差しで見つめると、頭を教師が使う用の大きな三角定規の角で叩かれた。
「分かってるなら寝るな!…はぁ、とにかくお前教科書ぐらいは机に出してくれ。勉強に対する意欲を俺に見せてくれ!」
「はいはい」
熱く言うじっちゃんの迫力に負けて私は大人しく机をがそごそ漁って教科書を机に出した。
その瞬間―
―ガツンッ
「いたっ!」
また大きな三角定規で叩かれた。
さっきは直角のところだったけど、今度は鋭角で。
「今は国語の授業だ!なんで数学の教科書を出すんだ、バカ!」
「じっちゃんが三角定規で殴るからじゃん!てっきり数学なのかと思ったよ!っていうか、さっきから体罰ひどすぎない!?訴えるよ、私!」
「俺は国語教師だ。一度でもお前に数学を教えたことがあったか?これはな、お前を起こすためにわざわざ隅の方から取ってきてやったんだ、感謝しろ。だいたい、裁判なんて金かかるからやめとけ。公務員なんかに金やるんなら溝に捨てた方がマシじゃ」
「自分だって公務員のくせに」
「だから言ってやってんだ。お前、俺に金払いたいか?」
「いや、全く」
「だろ?」
「うん」
何だかよく分からない喧嘩の収まり方をして先生は教卓の方へ戻っていく。
それに、教室からくすくすと笑いが漏れる。
「相変わらず、コントみたいだね」
後ろの席で制服のすそを引っ張る友達に私は笑う。
「じゃ、拝観料もらおうかな」
「お金とるにはお粗末すぎだよ〜」
いや、全くもってその通り。
そんな賢い友人が笑いながら私に言う。
「そういえば、ついこの前、隣のクラスに転校生来たんだって。彼も授業中寝てばっからしいよ」
へぇ、隣のクラスに。
初耳ですな。
「あぁー、でもじっちゃんは隣のクラスは受け持ってないからなー。その子、こんな怒られ方しないんだろうね〜」
「ふふ、そうだね。ここの教室以外からは怒鳴り声、聞こえないもんね」
「いいなぁ、私も国語の担任がじっちゃんじゃなければよかったのに」
その途端
―ガツンッ
「聞こえてるぞ、杜山!」
先生の投げたチョークが見事に額に当たって私はひっくり返る。
「こ、この地獄耳め…!生徒の雑談聞くより給料分しっかり働きやがれ!この税金泥棒!」
そう叫んだ私のスカートの裾を引っ張ったのはクラスメートでも誰でもなく。
「妖薬師殿ですかな?」
小さな、妖だった。
「ごめん、じっちゃん!今日私生理だから早引きするわ!」
小さな妖を抱えて私は教室を飛び出す。
「な、なな…!生理…!って理由になるかぁ!第一、女の子がそういうことを大声で言うな!!それに今はまだ一限目だぁあ!!他の教師に俺は何て言やぁいいんだぁああ!!帰ってきてくれぇえ!」
先生の悲鳴のような怒鳴り声を背中で聞きながら私は学校を後にしたのだった。
変わってる?
違うよ、これが私の普通。
だって、人間より妖優先なんだもの。
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