年が薬。


「妖、薬師…?確か、妖の怪我や病気を専門で治療する一族があるとは聞いたことがあるけど…」

名取さんの言葉に、私は曖昧に頷く。

「それ、私のことなんですよね。もう最後の一人、ですけど」

「君が…?」

驚いたように目を見張る名取さんに、私は大きく溜息をついた。

「そーなんです。名取さんも祓い屋なら分かるでしょ?祓わなければならない妖を治す奴がいたら困る。だから、私は祓い屋から嫌われているし、私も祓い屋が嫌いです。…これはただの私怨ですけどね」

そう言って私は目を逸らした。

いくら祓い屋でも、名取さんに嫌悪の眼差しを向けられたくなかった。
だって、つい最近まで憧れの人だったんだもの!

…そういや、妖薬師って名乗れば祓い屋はいつだって私を嫌悪してきたけど…的場、は…。

確かに理解しあう感じではなかったけど、それでもあんな風に話すことができたのは初めてだった。

…変な奴。


「名前、教えてくれるかい?」

「はぁ?」

目を逸らしたまま物思いに耽っていた私は、突然の言葉に思わず変な声を出してしまった。

驚いて名取さんを見ると、彼は少し困ったように笑っていた。

「名前。妖薬師としてではなくて、君という人間と話したいんだ。教えてくれるかい?」

「…、」

なんなんだ、最近はいったい。


「…仙花。杜山、仙花」

なんだってんだ、いったい。

「仙花ちゃん、ね。じゃあ、改めてどうしてあんなところに倒れていたのか聞かせてくれるかな。さっきも言ったけど、何か力になれることがあるかもしれない」

「…なんで」

「?」

「なんで、そんな普通に話すことが出来るの?私、妖を助けてるんだよ?だって、だってあなた…、妖をそんなに憎んでるのに…!」

一緒に寝てたときに、夢を見た。

妖が見える子供の、辛い夢。

腕に動くやもりの痣があった。目の前の彼と同じ。


「…そうだね。正直、妖を助ける、なんて理解が出来ないし、あまり見過ごせない。…けどね。最近、友人が出来たんだ」

「?」

「その友人が、そこにいる柊を、祓おうとしていた僕から助けたんだ。…なんだろうな。上手くは言えないんだけど、妖とともに生きる。最近はそういう関係があってもいいんじゃないかって少しだけ、思えるようになったんだ」

「…変な、友人ですね」

呟けば、名取さんは苦笑した。

「すぐ妖のことに首を突っ込んで危なっかしいんだけどね。それでも、同じような環境で育っても生き方はいろいろあるんだと知ったから。君のことも知ってから、考えようと思って」

「…変な人。あんたもあいつも、その友人って奴も」


なんだ。こんな簡単に世界は広がるのか。


「なーんか、馬鹿らしくなっちゃった」

ぼすん、と枕に頭を突っ込んで呟く。

「名取さん。人はね、どんなに辛い出来事があっても、恨みで生きていけるんですよ」

今度は、私の唐突な話に名取さんが頭を傾げたのを空気を伝って感じた。

「私の両親は、祓い屋に殺されました。私が妖薬師やってるのは仇討のためですよ。邪魔な妖薬師やってればまたいつか殺しに来るでしょ。そいつを返り討ちにしてやろうと思ってるんです。だから、私は誰も信用しません。人も妖も」

名取さんからの反応はないが、私は続ける。

「そんな人間の何を知ろうというんですか。何を知れるっていうんですか。…自分自身、分かっていない私のことなんかを」

人は嫌いだ。

大好きな両親を殺したから。

妖は嫌いだ。

大好きな両親が殺されるきっかけになったから。


私の中は“嫌い”しかないんだ。


名取さんやその友人や、的場よりよっぽど、中身がすっからかんでつまらない人間。




「そうか」

不意に頭にぬくもりを感じた。

「それが、“きみ”なんだね。まだ中身のないからっぽの器が、きみなんだ」

ぽんぽん、と優しく頭を撫でられた。

「これから、仙花ちゃんの器が埋まっていくといいね」


枕に顔をうずめたまま、私は声を押し殺して泣いた。

ばれないようにしようと思ったけど、枕が濡れちゃったから多分、無理だろうな。





それから二週間後。

名取さんが出かけている間に、私は名取さんの家を後にした。

一輪のワレモコウを残して。



花言葉は、ありがとう。



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