笑顔が一番の薬。



「…よし!」

まだしばらく気持ちのいい寝床で寝ていたかったが、私はゆっくりと体を起こした。

「あいてて…」

さすがに、動くと全身に痛みが走る。
というか、歩けない。
しかし、とにかく状況の把握が先だ。

ここがほんとに名取さんのお部屋だったら恐縮すぎる。というか、同じベッドに寝て変な寝顔とか見られていたかと思うと穴を掘って埋まりたい。まじで。

というわけで、這いつくばりながらお部屋探索に乗り出したわけだが…あ、いや、勝手に引き出しとかは開けたりしないよ。下着見つけてうへへ、とか完全に変態だし、私はそこまでいっていないはずだ。

いや、でもティッシュ一枚くらいはもらっていってもいいかしら。
なんてことを考えながら、隣の部屋に入って唖然。

「…なんもねえ」

ほんとうにここに人が住んでるのか、と疑問に思えるほど生活感のない部屋。
ぽつりと置かれたソファーとテーブルの上に、コップがひとつ。
それから…


変なお面を被った女の人が一人。


「…」

目があった。気がする。

「あのー」

試しに声をかけてみると、彼女は首をかしげた。

「私が見えるのか?小娘」

はい。まぁ、分かってましたけど、妖ですよね。

「まぁ。それより、あなたここに憑りついてる妖ですか?」

名取さんの家にそんなものが憑りついているならば丁重に立ち去ってもらわなければ。
私が言うのもなんだが、どんな理由であれ、妖が憑りついている家ってのはろくなもんじゃない。

と考えていた次の瞬間。

「私はここの主の式だ」

「…式?」

あ、ちょっと待った。
なんか思い出しそうな気がする。

確か、川に落ちる前…

「この家の主、名取の式だ。名取にお前の様子を見ているよう命じられた」

ああ…。

「名取さんが祓い人だって話は本当だったのか…」

私は嘘はつきませんよ、と嘘くさい笑顔で言いそうな的場の顔が浮かんできた。

「…祓い人のことも知っているのか」

式さんの言葉に、私は苦笑いをする。

「そりゃ、まぁ。ああ、でも式さんがいてくれて丁度よかった」

「?」

「名取さんに伝えておいて。拾ってくれてありがとうございました、って」

そう言って、壁を伝ってなんとか立ち上がり足を引きずりながら玄関に向かう私の前に立ちはだかる式さん。

「どこへ行く」

「えーっと…」

言われて、私は考え込む。

家、は的場が来そうでやだなぁ。かといって、どこかに泊まる金もない。

「そんな体ではすぐにまた倒れる。大人しく座っていろ」

「ええー…」

祓い人は嫌いだ。
祓い人の家になんていたくない。

でも、その相手が命の恩人で、名取さんで…。

うーん…。

しばらく悩んだ結果。

「ごめんなさい!お礼は三倍返しにしていつかきっと返しに来るんで!」

「待て」

「引き留めないでー、私の帰りを病気のおっかさんが待ってるのー」

棒読みで式さんの制止を振り切ろうとしたのだが

「そんな恰好で外を出歩く気か?」

その一言にぴしり、と固まって私は恐る恐る自分の姿を見下ろしてみる。

「うぎゃっ!」

なんと、素肌に大きめの白いワイシャツ一枚だけ。

これ、なんて羞恥プレイ。

足が痛むのも忘れて、私は暖かいベッドに一気に逆戻りして頭から布団をかぶる。

「ちょ、ちょ!式さん!私の服!どこ!?」

「渡せば、着替えて出て行こうとするだろう。名取が戻ってくるまで渡せない」

「ちくしょー、この冷徹野郎!」

こうして私は捨て台詞しか吐けずに、大人しく名取さんの帰りを待つことになったのだった。






「この、変態!」

「ははは、すごい言われようだね」

きらきらとしたオーラを纏った名取さんに向かっての第一声がこれだと言うのに、名取さんは気にした様子もなく笑っている。

「もう、ほんと服返して下さい…」

布団から顔だけ出してお願いするが、名取さんは肩をすくめる。

「柊の話じゃあ、着替えたらすぐにでも出て行ってしまいそうだっていうからね。そんな体でどこか行かれても困るし…。安静にしているって約束してくれるなら返すんだけどね」

「…〜、それは…!」

そこまで口論してから、私はようやく気付く。

「っていうか、これに着替えさせたのってまさか名取さんっすか!?」

こんな貧相な体を見られたのだとしたらもう憤死する。
歴史の教科書とかでよく皇帝とかが憤死する、っていうのを見て、それどんな死に方だよ、ははは〜、なんて笑ってたけど今なら分かる気がする。
今なら憤死できる気がする。

そんな私に、名取さんは首をふる。

「いや、柊に頼んだんだよ。川に流されて冷たいままだったからどうしても着替えさせなくてはいけなくてね」

「あ、いや、その件は本当にありがとうございます…」

その言葉に、少し安心すると素直にお礼の言葉がするりと出てくる。

何にしろ、やっぱり名取さんは命の恩人なのだから強くは言えないし、このきらきらとした名取さんスマイルが私の祓い人に対しての対抗気力を削り取ってしまう。



「それで…」

私が何も言えなくなった頃に、名取さんがベッド脇に椅子を持ってきて腰掛ける。

「君の話を聞かせてもらえるかな?どうして、川に流されていたのか。…もしかして、妖関係なんじゃないかな?」

「っ、なんで」

「分かるさ。“視える”人は大体にして厄介ごとに巻き込まれるからね。いつもなら話したくない人に無理やり話させるような真似はしないんだけど、拾ってしまった以上このままさようならってわけにも行かないしね。これでも祓い屋をやっているし、力になれると思うよ」

優しく笑ってくれる名取さんに、私は大きく溜息をついた。

「いや、その。ね。祓い屋ってのが問題なんですけどね」

「え?」

首を傾げる名取さんに、諦めたように私は口を開いた。

「妖薬師って、知ってます?」



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