薬師、夢現。



やっぱり、私あれか。
崖から落ちて死んだのか。

天使って憧れの人の姿になって出てくるって聞いたことがある。

「大丈夫かい?身体が痛んだりするのかな?」

目の前で心配そうに名取さん(天使)が話しかけてくださる。

「いやあ、もう死んでるんで痛みも何も…って、いって!足と肋骨が痛い!なんで!?」

あれ?痛い?
しかも尋常じゃない痛み。

「昨日、マネージャーに医者を呼んで診てもらったんだけどどうやら右足にひびと、あばらが二本骨折しているそうだよ。他にも全身打撲で、もう少しで心破裂を起こすところだったらしい。しばらくは絶対安静が必要だね」

起こした私の身体をゆっくりとベッドに戻しながら言う名取さん(天使じゃない?)に、恐る恐る私は問う。


「えーと、あの…。もしかして、名取、さん…?ですか?…本物の?」

聞くと、名取さん(本物?)は寝癖のついた前髪を掻き上げて爽やかに笑ってみせた。

「ああ、分かっちゃったかな?たまたま、君が五色森に流れる川の岩に引っかかってるのを見つけてね。うわ言のように病院には行きたくないというから、勝手に悪いとは思ったんだけどウチのマンションに運ばせてもらったよ」

マジですか…!
こんなことって本当にあるんですね、神様!

信じてもいない神様に思わず感謝を心の中で叫ぶ。

「…って、五色森?」

思わず、私は顔をしかめる。

五色森は、私の住んでる柳町から山を二つ越えたところ…随分と流されたみたいだ。

あのあと、的場はどうしただろうか。

探されていたら面倒だな。

本人にも言った通り、的場一門に入るつもりはさらさらない。私は適当に金を稼いで、権力のある奴に取り入って、いつか私の両親を殺したあいつを…

「っつ!」

そんな考えに耽っていても、痛みは容赦なく襲ってくる。
その上に、頭もぼんやりとしてうまく考えがまとまらない。

「骨が折れて、熱が出ているんだ。まだゆっくり寝ていなさい」

名取さんに言われて、私は頷きかけて…

「えっと、名取さんも、その…同じベッドで寝るんですか?」

いや!助けてもらった身だしね!
そんな我がままとか言うつもりはないんだけどね!

でも、同じベッドとか正直心臓が持たないです。だって私もお年頃の乙女だもの。

「ああ、向こうの部屋にソファがあるからそっちで寝ようと思ってたんだけどね。容態が急変して気づかなかったりしたら大変だからね。…大丈夫。病人に手を出すようなことなんてしないから、安心して眠りなさい」

名取さんの心地のいいテノールの声にうとうとしながら私は、ああ、そういえばまだお礼も言っていなかったなぁ…と思いながらも、迫りくる睡魔には勝てずに再び暗い闇に意識を落としていったのだった。







「的場一門に入りませんか?」


やだね。私は腐っても妖薬師だ。

妖を式にして駒のように使う祓い屋とつるむ気はないんだ。


「的場一門に入れば守ることが出来ます、人からも妖からも」

余計なお世話だ。

自分の身くらい自分で守ってみせるさ。

妖なんて信用しない。
だって、人間と妖は違うから。
寿命も考え方も価値観も。

でも、人なんてものはもっと信用しない。

欲があって、裏切りがあって、お互い傷つけあうんだ。

それが人間ってもんでしょ。


私だって、人間なんだから。

自分の目的のために、仲間なんてもの裏切るよ。ねぇ、的場。

裏切ったとき、あんたはどんな目で私を見る?


仲間なんて、馴れ合いなんていらない。
表面上、生きていくのに愛想を振りまいて。それで十分。

情が移れば、足枷になる。


裏切ったとき、辛い想いなんてしたくはない。だって、私は私が一番大切なんだから。





どれくらい眠っていたのだろうか。

意識が浮上して、重い瞼をこじ開けた。


「…今、何時だろ」

口から出た言葉はひどくしゃがれていた。

それに顔をしかめて、私は顔をゆっくり横に向ける。




そこには誰もいなかった。

やっぱり、名取さんに拾われたなんて夢だったのだろうか。

痛む腕をそっと隣に伸ばす。


「…暖かい」


まだ、彼がベッドから出てから然程時間は経っていないのだろう。

久しぶりに感じる人のぬくもりに、なんだか妙に胸が締め付けられて、私はぬくもりが残るシーツをぎゅうっと抱きしめたのだった。



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