薬より看病。



―バシャン…!

大きな水音とともに派手な水飛沫が上がって、一気に私は川に呑みこまれる。

「がぼっ、」

川に叩きつけられた衝撃で肺に溜めていた空気が漏れていく。

ああ、やばい。
まじで死んだらどうしよ。

ま、死ぬつもりはないけどねっ…!

私は勢いの強い川に流されながらも、手に握っていた草を口に含む。

霊草。

妖の間でしか出回らない貴重な草。

これが、あの崖に生えていたのはまさに奇跡だった。

妖には滋養強壮の秘薬として重宝されるが、人が口に含めば強い強心作用を持つ。
といっても、こんな特に量を調節もせずに口に放り込めば薬というより毒に変わるかもしれないけど。

まぁ、精々あがかせてもらうとしようか。

視界が黒く侵食されていく中、私は岸に向かって必死に手を伸ばしたのだった。






「…、に…るから…ってくれ」

いつの間にか失っていた意識がぼんやり戻って、私はぼんやりした頭でここはどこ、私は誰、な、お決まりのことを考えようとした。

しかし、考えるよりも最初にのどに水が詰まっているのを感じて咳き込む。

「ごほ、ごほっ…」

肩を震わせて咳き込むと、喉の奥から水が吐き出され、ようやくひゅーひゅー、と細い息が出来た。

「意識が戻ったか。大丈夫かい」

思いがけなく、すぐ近くから男の人の柔らかい声が聞こえ、同時にゆっくりと背中をさすってくれた。

しばらく息が止まっていたのかもしれない。

その人にお礼を言いたかったが、止まらない咳に生理的な涙があふれて、その人の姿を確認することすらもできなかった。

「落ち着いて、ゆっくり呼吸してごらん。…瓜姫、この子を病院に連れて行くからここを頼む」

「わかりました」

会話から察するに、ここにはこの人と瓜姫という人しかいないのだろうか。
瓜姫、なんて古風な名前だと場違いなことを思いながらも、私は重い首を振る。

「ん?どうした?何か欲しいのかい?」

未だに背中をさすってくれながらその人は聞いてくれる。
しかし、私は何とか繋ぎ止めていた意識が再び深く沈んでいくのを止めることは出来なかった。

「…院は、や、だ…。っておい、て…」

ああ、体がだるい。

伝わっただろうか。

お願い。私を病院に連れて行かないで。

私に関わらないで。…放っておいて。

自分で、何とかできるから。

そして、また私は深い、暗い闇に沈んでいったのだった。






「…残念だが、君のご両親は亡くなった」

薄暗い、病院。

緊急避難出口用の緑色のランプが薄気味悪く光っているのが妙に現実離れしていた。

「…うそ」

黒い服の人達に突然家から連れてこられた病院で、私はただ現実を否定することしかできなかった。

「嘘ではない。この扉の向こうにご両親の遺体がある。…疑うならば、行ってきなさい」

ひどく冷たい声が私の耳朶をうった。

「頭首…、このような幼い子にあのような遺体を見せるのは…」

周りで黒い服の男の人達が何か言っていたが、まるで水の中にいるように上手く聞き取れなかった。

ただ一人、和服姿の男の人の冷たい声だけが耳に残る。

その声に暗示をかけられたかのように私はふらふらと扉に近づき、手をかけた。

男の声のように冷たく、そして重たい扉は私を拒むようになかなか開かなかった。
まるで、現実を拒否する私の心のように。

それでも、やがて扉は開いてしまう。

入りたくない。

入りたくない…!

私の意思とは無関係に、小さな身体は暗い部屋の中へ呑みこまれていく。



ひんやりと冷たい空気が、むき出しの手足を刺し貫く。

そして、目の前に並べられた二つの白い布に包まれた何か。

その中は…嫌だ、知りたくない、見たくない…!

それなのに、私の小さな手はゆっくり白い布に伸ばされる。


嫌だ!いやだ、やめろ…!

お願い、やめて…―!




「しっかりしなさい!大丈夫かい?」


「…あ…?」

目から熱いものが流れ落ちて、私は一瞬呆ける。

夢から、覚めた…?

今までこの夢を見たときは最後まで覚めることはなかったのに。

そんな私の頭を、誰かの暖かい手が撫でてくれる。

「ひどくうなされていたよ。悪い夢でも見ていたのかな?」

その声にようやく、この人が私を起こしてくれたのだということに考えが及んで頷いて、礼を言おうと顔をあげた。

「あ…は、い。あの、ありがとうございま…」



あれ?私ってばまだ夢の中?

夢で夢を見るってどれだけ器用なの?


思わず、言葉を途切らせて私は目の前の人物を凝視していた。

現実?
いやいやまさかぁ。

だって、ねえ?

なんで“あの”憧れの名取様が私を覗き込んでるのよ。

しかも同じベッドの中というとんでもないオプション付きで。




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