eighteen step!


「ここまで、だね」

暗闇の中、私は悪魔に向かって笑った。

『ふん。大した茶番だったな。王子様のキスでお目覚めか?』

悪魔の拗ねた声に、私はくすりとまた笑みをこぼす。


「ローさんを甘くみた、あなたの負けだよ。私、行かなきゃ」

『けっ。勝手にどこへでも行きやがれ。お前が死んでから新しい体を見つけてもう一度この作戦はやり直しだ』

そうこぼす、闇に溶けてしまった悪魔に私はちょっと考え込んでから口を開く。

「人を殺そうとしないなら、たまに体を貸してあげてもいいよ?」

『はあ?』

悪魔の素っ頓狂な声に、私はここを去る前に言い残した。

「あなたの中、ちょっと覗いちゃったから。…外に、憧れてるんでしょ?でも、絶対にローさんには危害をくわえちゃだめだからね」

そう言って、私は意識を浮上させたのだった。



『かっ。殺そうとした小娘に情をかけられるとはな。…ったく。オレも落ちたもんだなぁ』

闇の中、ぽつりと言葉が転がった。




明るい…。
それから、熱い…?

重い瞼を無理やりこじ開けると、真っ先に飛び込んできたのはローさんの隈が濃い顔だった。

「ロー、さん…」

ふにゃりと笑うと、ローさんは長い指ででこぴんをくらわしてくれた。

「い、いたい…」

小さく抗議すればローさんが、鼻を鳴らす。

「命令を聞くのが遅すぎだ。オレはさっさと出てこいと言ったはずだが」

「…がんばったのに」

不満げに頬を膨らますが、自分がローさんに抱えられて船の甲板に出ていることに気付いて慌てる。

「わわ、ご、めんなさい…!じぶんであるくから…!」

そう言って、じたばたと手足を動かして降りようとするが、細いくせに力があるローさんの腕にそれを防がれる。

「大人しくしてろ。話の最中だ」

「え?誰と…」

言いかけて、自分たちの前に立ちふさがっている人物を見て、目を見開く。

「あ…」

彼は、自分を牢から出してくれた仮面の男だった。

仮面のせいで、顔は見えなかったが、私はすでにある確信を得ていた。




「お、兄ちゃん…?」

呟くと、男はゆっくりと仮面を外した。

その下にはひどい火傷で顔面がほとんど焼けただれていたが、間違えようがない。

片目だけになった、ハルトと同じ瞳。

「久しぶりだな、フィリア」

思い出よりも、低い声。

「ど、して…お兄ちゃん…」

「あの日、なぜか俺は生き残った。爆風で見ての通りの姿になったが、死に損なったあと、すぐにあの島から逃げて拾われたんだ」

目から、大粒の涙がこぼれていく。
自分の手で殺してしまったと思っていた最愛の兄。

「よか、た…。お兄ちゃんが生きてて、良かった…」

止まらない涙を見て、お兄ちゃんは火傷でひきつっている頬を少し緩ませた。

「相変わらず、泣き虫だな。もういい加減強くなれ。全部、背負っていくと決めたんだろう?」

何もかも見通しているかのような兄の言葉に、私は力いっぱいに頷く。

「うん。もう、逃げない」

それを聞いたお兄ちゃんはまた少し笑ってから、ローさんに向き直る。

「それでは、頼んだぞ。“死の外科医”」

それに、ローさんは静かに問う。

「本当に、いいんだな?」

「ああ。この世に、真実を知る人間はいらない。最初からこのつもりだった。…お前に、託す」

なにを、言っているんだろう。
お兄ちゃんとローさんの顔を見比べる。

どちらの顔も真剣だった。


「…約束は、守る」

ローさんの言葉に、お兄ちゃんが頷く。

「ああ。お前なら、安心だ。妹を頼む」

え?

「どういう、こと?」

船が、燃えて沈んで行っている。

「ね、ねえ、はやく逃げないと…しんじゃうよ?」

私の言葉に、ローさんは頷く。

「ああ。…ペンギン!ロープを渡せ!」

その言葉に応えるように、隣のローさんの海賊船から太いロープが渡される。

「行くぞ」

短くそう言ってロープを掴むローさんを、私は必死にとめる。

「ま、待って!お兄ちゃんが…!」

「あいつは、あそこに残るそうだ」

「え?」

慌てて振り返ると、穏やかに笑う兄の姿があった。

「オレは、全ての真実を海の底まで持っていく。もう二度と、こんな研究がおこなわれないように」

「待って!いやだよ!お兄ちゃん!ローさん!」

燃え盛る船に取り残されるお兄ちゃんに手を伸ばすが、お兄ちゃんは微笑むだけで手を取ろうとしない。


「なんで…!なん、で…」


その瞳が、あまりに穏やかで。


「幸せになれ、“テトラ”」


そして、ロープで海賊船に渡ったその瞬間、船は炎とともに海底に沈んでいったのだった。




(妹を幸せにすると、約束してくれ)



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