fifteen step!


「はぁ、はぁ…」

壁に寄りかかりながら私はずるずると永遠にも感じる通路を歩く。

この海楼石の手錠とやらのせいか、ひどく体がだるい。
謎の男に手錠の鍵はもらったが、自分では手錠を外すことができない。

どうやら私の歩いている通路は船の一番下らしく、上から凄まじい戦いの音が響いてくる。
CP0という人たちがどれほど強いのかは知らないが、今ローさん達が命をかけて闘っているのだとしたら。

今すぐ、会いたい。

何か、助けに、なりたい。

そう思いながら一歩一歩、上へ通じる階段に向かって全力で歩いてたときだった。

「どうやって抜け出したのかね」

後ろからひどく冷たい声が浴びせられた。と同時に体が上から押しつぶされるような感覚に襲われた。

「あっ…、く、う…」

踏みとどまることが出来ずに、私はべしゃりと音をたてるように床に転がった。

ぎりっと唇を噛みしめながら目だけ動かして自分を見下ろしている男を見上げれば、その男は自分を捕えた者の中のリーダー格だった人物で。
顎に生えた髭を触りながらその男は呟くように言う。

「電電虫は全部壊され、船の舵もきかない。誰か内通者でもいたのかねぇ。…ねぇ、“悪魔”さんよ。何か知らないかい?」

何か目に見えないものに押しつぶされながらも、それでもずりずりと這いずるようにして階段に向かっていた私の背中を男が強く踏みつける。

「ぐ、ぅ…」

「無駄だよ。私は悪魔の実の能力者。それも便利な能力でねぇ。周囲の重力を操れる。このままキミを押しつぶすことも可能だ」

そう言って男は私の瞳を覗き込む。

「しかし、殺すにはもったいないくらい器量よしだ。あまり傷をつけたくないから大人しく質問に答えてくれないかな」

口は笑っているが、目は全く笑っていない顔で男は私の前髪を掴んで顔をぐいっとあげさせる。

「お前を牢から出した裏切り者は誰だ?」

その問いに私は口を堅く引き結ぶ。
たとえ、意図は分からなくともあの男は私の恩人だ。
絶対に口は割らない。

そんな私の決意を読み取ったのか、男はふうっとため息をつく。

「仕方がない。…まずは、足だ」

男が言った瞬間

―ズンッ…

突然右足にかかる重力だけ強くなる。
まるで、象にでも踏みつけられたように右足の骨がぎしぎし軋んで…

ぼきり、と鈍く骨が折れる音がした。

「…―ぁ!」

声にならない悲鳴が宙に消える。

全身にかかる重力が消えたわけでもないから、痛みにもがくこともできずただ涙だけが零れ落ちる。

「痛いだろう?何か話す気になったかい?」

いたい。

いたい。けど、話すものか。

痛みは私の意思をより強固なものにした。

そんな私に再度男は溜息をつく。

「ふむ。拷問は駄目そうだな。まぁ、いい。どうせこの船はもう終わりだ。私一人でもお前を連れてマリージョアへ着けば任務達成だ。さぁ。行くぞ」

さっきから船がだんだん傾いてきているのは感じていた。恐らく、この船は沈みかけているのだろう。

男は私の前髪を掴んだまま、階段とは反対方向にずるずると引きずっていく。

(いやだ…!いま、ローさんがこの船に、いるのに…!)

もう二度と会えないと一度は諦めた。だからこそ、希望の光が差した今はどうしても諦めたくなかった。

(もう一度、ローさんに、会いたい…!)

連れて行かれるものかと必死に抵抗を試みようとしたとき

『助けてやろうか?』

あのときのような悪魔のささやきが、頭の中に響いた。




(な、んで…悪魔の力は使えないはずじゃ…)

心の中で問うと、悪魔が嗤う声が聞こえた。

『お前が全てオレにあずければいい。その体を。心を。こんな手錠ごときで本物の悪魔を抑えられるわけがない』

(そう、なのか)

助かりたい。もう一度ローさんに会いたい。
その為なら、悪魔に体を貸しても…

そう思った瞬間

頭の中に、あの日の記憶がよみがえった。
悪魔に身をゆだねたあの日の惨劇。
全てが吹き飛ばされた中、瓦礫の中から助けを求めるように突き出された手。

その白い手が、ローさんの手と重なり…


(だめだ!)

私は、悪魔の甘い囁きに首を振った。

二度と、大切な人を自分のせいで失いたくない。

私はもう何も知らないあのころの自分じゃない。
何もできない無力な子供ではない。

私の力で、ローさんに会いに行く。

そうじゃなければ、こんなところまで追ってきてくれたローさんに会わせる顔なんてないじゃないか。

(もう、お前なんかいらない!私は、私の力で生きていくんだ!)

自分の中の悪魔に対して強く叫ぶと、悪魔の苦々しい舌打ちが聞こえた。



「…るものか…!」

「ん?」

私の小さな呟きに男が振り返る。

「諦めるもんか!!」

私の髪を掴んでいた男の手に思いっきり噛みつけば、驚いたように男は手を離した。
雪豹のときに培った力か、私の顎の力はとても強かったらしく、男は手から血を流していた。

「ざま、あ、みろ…ばあか」

私はべっと舌を出して、折れた足の痛みも気にせず男から跳ねて距離を取る。
この跳躍力も雪豹のときに培ったものだろう。
悪魔の実の力の能力が封じられているから雪豹にはなれないが、長年の野生生活のおかげで自身の運動能力はなかなか人間離れしているものになっているみたいだ。

とはいっても、手錠のせいで本来の力は出ないし、再び男に変な能力使われたら勝ち目なんてない。

ここは…

「三十六計、逃げるにしかず…!」

男が能力を使う前に階段を駆け上って逃げるしかない。

上で戦っているローさん達のことを想ったら足の痛みなんてちっとも感じなかった。

階段まで、あと少し…!


上へ続く扉から差し込む光が見えた、そのとき。


「無駄な抵抗を」

その光が、遮られた。

「な…んで…」

確かに、男は私の後方にいて…追いかける素振りも追い抜いた影も見えなかったのに。

最初からそこにいたかのように、男は階段へ続く扉の前に立っていた。

「“剃”といってね。キミじゃ私の速さについてこれんよ」

「なによ…それ…」

はは、と乾いた笑いが口からもれる。

ひどいよ、神様。

私、頑張ったじゃん。


ああ、そっか。

私、嫌われてるのか。

あんな罪を犯したから。

国を、みんなを、殺したから。


悔しさからか、諦めからか、涙がぽたりと一筋頬を伝って地面に落ちた。

「ロー…さん…!」

迫ってくる男の手を見つめながら、呟いたときだった。


「ROOM」


扉の向こうから、何よりも、誰よりも。

世界で一番、聞きたかった声が聞こえた。



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