nine step!


目の前の闇に紛れるような黒い服を着た男達はぴくりとも反応せずにただハルトをじっと見つめる。


「あなた達が10年程前から僕をずっと見張っていたのは知っていました。あの研究機関を抜けてこの島に来てからもずっと。しかし、2年ほど前から気配を感じなくなったので、こんなことは無意味と気付いて諦めたものと思っていましたが」

ハルトは目を細めて目の前の男達を睨みつける。

「今更、僕の前に現れて何がしたいのでしょうか」

棘を含んだハルトの言葉に、ようやく男の一人が口を開く。

「そこまで分かってるなら結構。我々に気づいていたとはさすが世界政府直轄の研究機関にいただけのことはある。そう、我々は10年前の例の事件により発足された特別諜報機関。我々は“悪魔”を探すことだけを任務とする。そして今日ようやく我々の任務に終止符を打つことができるようだ」

「…何が言いたいか僕にはさっぱり分かりませんが」


「とぼけても無駄だ。我々はこの10年間あなたを見張り続けた。あなたに接触した者すべてを記録して“悪魔”を探した。なぜなら、あなたは滅亡した“悲劇の国”の生き残りであり、“悪魔”の実の父親だからだ」

黒服の男の言葉にハルトは首をすくめる。

「馬鹿な。彼女は死んだ。そうでなくとも、父に会うために“悪魔”が接触してくるとでも?実の娘を“悪魔”にした憎い父親にわざわざ会いに来ると本気で思ったのですか?」

自嘲気味に尋ねるハルトの言葉に男は抑揚のない声で告げる。

「そうだ。何故ならあなたは10年前、我々の手から“悪魔”を逃がした。よりどころのない僅か5歳の子供が唯一父親を頼って来ることは明白だった」

しかし、と男は初めて顔をしかめて見せる。

「どんな知恵を与えたのか、“悪魔”は10年もの間、我々の捜査の手をくぐり抜けてきた」

男の言葉にハルトは肩をすくめる。

「とんだ言いがかりだ。10年前だって僕が彼女を逃がした証拠なんて見つからなかった。そんなことに執着して今まで僕を見張ってたんならあなた達はとんだ大馬鹿者の集まりですね」

嘲笑するように酷薄な笑みを浮かべるハルトに対して男はふんっと鼻を鳴らす。

「それならどうやら我々は馬鹿ではなかったようだ。あなたが数日前から家に置いている娘、彼女が“悪魔”である可能性があると我々はある情報から確信したのだ」

わずか、ハルトが身じろぐ。

「あの子は違う。僕がたまたま浜辺で拾った子だ」

否定するハルトの言葉を男はさらに鼻で笑う。

「違うかどうかは我々が確かめる。大人しく娘を我々に差し出してもらおうか」

「それはできない。あの子は私の患者だ。あなた達政府のやり方は私も十分心得ている。患者を危険にさらすことは医者として見過ごすわけにはいかない」

ハルトは外に出て、家の扉を閉める。

「大人しく手を引いてくれませんか?出来れば穏便に済ませたいのですが…」

―ジャキッ

「無理な話だったみたいですね」

黒服の男達が銃を構えたのを見て、ハルトはため息をついた。

「最終通告だ。娘を渡せ。交渉が決裂した場合はあなたを殺すことも我々は許されている」

男の言葉を聞きながらハルトは白衣に手を突っ込む。

「それは…正当防衛ってことで良いんですよね?」

そう言って、ハルトは男達に向かって二本の液体が入った試験管を投げつけた。

試験管が割れて、二つの液体が混ざり合った瞬間、ドン、と凄まじい音を立てて一瞬でその場が赤く燃え上がり、空気が爆ぜた。

「その液体、空気中で混ぜると大爆発を起こします。僕だって、ただの一般人ではないのですよ」


「なるほど。一筋縄ではいかないってことか」

「…!?」

燃え盛る火の中から、出てきたのは3人の男達。

しかし、その男達の黒い服は焦げてもいなかった。

「さすが、ですね。あの爆発でも火傷ひとつなしですか…」

「俺達は“四式”使い。あれくらいの炎で焼ける後ろの軟弱どもとは格が違う」

「…なるほど。久々に腕が鳴る戦闘になりそうですね」

言葉とは裏腹に忌々しげに顔をしかめたハルトを男達は取り囲んだのだった。




―ドォンッ…!

窓の外が赤く染まる。
もう何度目の爆発音なのか。

とにかく何かが外で起こっていて、ハルトがそれに巻き込まれているのは間違いない。
あのハルトの剣幕に押されて、部屋から出れずにいたがどんどん不安が強くなる。

「…―ぅあ…!」

しかし、微かに聞こえてきたハルトの声に耐えきれなくなってとうとう私は部屋を飛び出した。

突然静かになった外の様子が不安を一層煽る。

「…っや…だ…!やだやだ!お父さん…!」

祈るように呟きながら私は玄関のドアを勢いよく開け放って外に飛び出す。
その瞬間向けられた突き刺さるような視線に思わず私は体を強張らせた。
しかし、視線を向けた男達の足元に横たわるハルトを見つけて弾かれたように駆け寄る。

「お父さん!しっかりして!」

必死に肩を揺らして声をかけるとハルトがうっすらと目を開いた。

「フィ…リア、記憶が…それよりも、でてくるなと…言った…はず…」

そう掠れた声で呟くように話すハルトの口からは血が流れる。
抱えた体からもおびただしい量の流血。

「探す手間が省けた」

なんとかハルトの出血を止めようと傷口を押さえようとした腕が男に掴まれる。

「…!放してっ!今手当しないとはるとが…!お父さんが死んじゃう…!」

必死に抵抗するが、男は冷めた目でハルトを見下ろすと感情のこもらない声で言い放つ。

「ああ。そいつが心残りなら今すぐ気にならないようにしてやろう。心おきなく我々についてきてもらえるようにな。…おい」

応えるように、白い仮面を被った男がハルトに銃を向けて引き金を引く。

「やめて!!」

鋭い発砲音のあと、鈍い音がしてハルトの右腕から血が噴き出す。
外れたのか、わざと外したのか。

そんなことは腕をつかんでいる男の顔を見れば明白だった。

「さて。我々としても無駄な殺生はしたくないのだがね。君が大人しくついてきてくれるなら何も問題はないのだよ」

淡々と告げられる言葉に私は唇を噛む。

今、ここで捕まれば、待っているのは地獄かもしれない。

もう、二度と自由に外に出ることはなくなるだろう。

ローさんとも…二度と会うことはできない。


しかし、大人しく捕まらなければ間違いなくハルトは…お父さんは、ここで殺される。

もう誰も、自分のせいで失いたくない。
私は俯いたまま声を絞り出す。

「…っ、ついて…行きます…。だから…ころさないで…!」

そう言えば、男は満足そうに喉を鳴らした。

「良いだろう。お前は他の連中に連絡しろ。我々はこのまま船に乗り込み本拠地へと向かう。航路の途中で合流できるように言っておけ」

白い仮面の男が頷いたのを見て、男は腕を引っ張って歩き出す。



「ま…て…フィリア…」

男達に腕を引かれて、半ば引きずられるように去っていく少女の背中にハルトは手を伸ばす。
しかし、その手は一人残った白い仮面の男に踏みつけられる。

「久しぶりだな」

突然、仮面の男が口を開く。

発せられた言葉の内容の意味が分からず、ハルトは男を見上げる。
仮面の穴から覗く双眸がひたとハルトを突き刺す。

「今から良いことを教えてやる。あんたならどうすればいいのか分かるよな」

酷薄な笑いを含んだ声で男はハルトを見下ろすのだった。


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