seven step!


ザザッと波が足元まで寄せては還す。
波が引くたびに取り残されるのは白く輝く貝殻。

ふと、その一つを手にとって耳にあてる。
昔、思い出せないが誰かに言われた気がする。


『見て、×××!これは貝殻っていってね。海から取ってきたんだよ』

『かい…がら?うみ?』

『そう。耳に当ててみて!海の音が聞こえるんだ』

『…へんなおとがきこえる』

『あはは。それが海だよ!海は広くって大きいんだ!僕らのことなんてちっぽけに思えるほど』

『…おっきい』

『いつか一緒に大きな海を冒険して、自由に生きよう!』

『やくそく…してくれる?』

『うん。約束だ。だから×××も約束だ。諦めずに生きて、海で会おう!』

『うん!』

閉じた両目から涙があふれた。
そうだ。
約束、だったから。
だから、私は海に出た。

『テトラ』

なんで、あのぬくもりを忘れてたんだろう。
記憶を忘れて、一人じゃ果たせなかった約束を、あの人が叶えてくれた。
一人で途方に暮れてた私を海に連れ出してくれた。


―ザッ

砂を蹴る足音がして、私は貝殻を耳にあてたまま閉じていた目を開いた。


あぁ。そうだ。約束…したんだよ。

この海に出ることを。

広い海を冒険することを。

なんで忘れてたんだろう。



ズキンッとひどく痛んだ頭を抱えると、後ろから声がした。

「頭、痛むのか?」

涙を拭いてから後ろを振り返って、その人影を視界に入れて私は笑みを浮かべる。

「ううん。へいき」

頷くとその人はため息をつく。

「どうして、嘘をつく」

言われて私は首をかしげる。

「…うそじゃないよ。へいきだもん」

「そうやってお前はいつも自分のことを軽んじる。悪ィ癖だ」


「わたしのこと…しってるの?」

私はもうこの人のことを思い出したけど、彼は私の姿を知らないはずだ。
服に付いた砂をパンパンっと払いながら私は立ち上がって男の人の目を見る。

「…。お前は俺のこと知らねェのか?」

相変わらずローさんには驚かせられる。
質問が質問で返されるとは。

でも、その答えを私は知ってる。
私は柔らかな笑みを浮かべる。

「…わたしにとって、あなたは…とても、とてもたいせつな…ひと、だよ」

そう呟くと、その人は驚いたように目を見開いた。
それを見て、私は声をあげて笑う。

「きょう、もうこないのかとおもった」

ひとしきり笑ってから、私は海を見る。
水平線では、太陽が海に沈んでいくところで、空は赤く染まっていた。

「…きちんと手当はしたのか?」

突然の言葉に、一瞬反応が遅れたが、その人が自分の足を見ているのに気づいて苦笑いを浮かべる。

「したよ。でも、ほうたいすてたくないの」

サンダルを履いた足に巻かれた、白い包帯。

「…そうか」

そう言ってふっと笑ったその人。
その笑みがひどく懐かしくて、嬉しくて、目頭が熱くなった。
今にもこぼれそうな涙を隠すように私はその人に背を向ける。

「いっぱい、いっぱい話したいことがあるんだけど、もうすぐハルトが帰ってきちゃう。…今日は、かえるね」

ほんとは今すぐその胸に飛び込みたいけど、頭が混乱して、一旦一人になって落ち着きたかった。
そう言って歩き始めた私を、その人が呼びとめる。

「明日、また来る」

足をとめると、そう投げかけられた言葉。
それだけのことで胸がいっぱいになる。

「まってる。…やくそく、ね」

振り返らずにそう返事を返して、私は走って家に向かった。

こうやって積み重ねられた約束はいくつあったんだろう。

守ることのできた約束はいくつあったのかな。


でも、この約束だけは違えないよ。

明日、ハルト…お父さんにお別れを言おう。
私は、あの人に着いていくと決めたんだ。

ねぇ、ローさん。



「らしくねェな」

誰もいなくなった海岸で俺は自嘲気味に唇を歪める。

もうあいつは思い出している。
もしかしたら父親のいるこの島に残るつもりなのかもしれない。
それならば今、邪魔をされる前に力づくでもあいつを連れ去ってしまえばよかったのだ。

でも、何故だかそうしようとは思えなかった。

「…らしくねェな」

もう一度赤く染まった海に呟いてから俺はその場を後にした。


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