two step!
「フィリア、夕ご飯だよ」
明るいハルトの声が私を呼ぶ。
「いまいきまぁす」
まだうまく舌が回らない声で答えて、私は2階の部屋から下に降りる。
もう、ハルトの家に住んでから3日が経っていた。
最初の日は体がだるくて起き上がることが出来なかったけど、次の日から少しずつハルトの家を動き回るようになっていた。
まだ、外に出たことはないけど、ハルトが今度一緒に街に買い物に行こうって誘ってくれた。
良い匂いが鼻をくすぐる。
「はると、きょうはなに?」
くんくんと台所の方を匂いながら尋ねると、ハルトは笑って答える。
「今日はシチューだよ。フィリア、そういう風に鼻を動かして匂いを嗅ぐのは女の子なんだからやめるように言ってるでしょ?」
「だって…」
癖なんだもん、と口をとがらせて言うとハルトはまた笑ってくれる。
そういった癖とかから記憶が戻るといいねって笑ってくれる。
ハルトは優しい。本当の父親のように接してくれる。
ちょっとドジなとこもあるけど、島の人にもとても慕われている。
ただ、あまりにも嬉しそうに私の名前を呼ぶもんだから、自分と同じ銀髪だったというハルトの娘が気になってどんな子なのか一度尋ねてみたが、彼はあまり覚えていないんだ、と言ってすごく辛そうに笑ったから、もうその話を出すのはやめた。
それ以外も何も不満はなかったし、自分自身ハルトに懐いてもいた。
でも、何だろう。
胸がざわめく。大切な何かがあった気がする。
笑顔を浮かべる心の底でほんとの私が泣いている。
「フィリア、出来たから席に着きなさい」
ハルトの言葉ではっと我に返る。
「う、うん」
慌てて頷いて座ると、ハルトがじっと私の顔を見つめていた。
「何か思い出してたのかい?」
真剣に尋ねられるが、思い出したわけではないので首を横に振って否定する。
そうすると、ハルトはちょっとほっとしたように笑うんだ。
分かってた。ハルトが自分のことを本当の娘のように思ってくれてることを。
私に本当は思い出してほしくないのかもしれない。
このまま、思い出さずにハルトとずっと暮らしていくのも幸せなのかもしれない。
『ふざけるなよ』
「…え?」
突然響いた声と、その声の険しさにびっくりして思わずスプーンを落としてしまった。
カラン、とスプーンがお皿とぶつかって音をたてる。
「どうかしたのかい、フィリア?」
ハルトが怪訝そうに見てくる。
「いま…だれかのこえ…きこえた?」
震える声を必死に抑えてハルトに尋ねる。
「いや、何も聞こえなかったけど…」
『思い出さずに幸せに暮らすだと?また同じことを繰り返す気かお前は』
「いや…いや!いわないで…」
私は耳をふさいで首を横に振る。
『何度でも言ってやるさ。お前には命を懸けてでも助けたかった奴がいただろう。過去の罪を忘れてでも一緒にいたいと思っていた奴が』
「…だ、だれ…なの…!だれ…!?」
耳をふさいでも頭に直接響いてくる声が怖い。
必死に頭を振って体を小さくしてうずくまる。
そんな私を普通じゃないと感じたハルトは椅子から立ち上がって慌てて私を抱えて2階のベッドに連れていく。
「どうした、フィリア?声なんてしないよ、大丈夫だ」
遠くからハルトの声が聞こえる。
でも、すでに私の視界は暗く染まり、あの声が大きく響く。
「くらいよ…!こえがするの…おもいだせって。わたしじゃないけど、わたしのなかからこえが…!」
「落ち着いて、フィリア!中から声って一体…!?」
「かこのつみってなに…!?わたしはだれ?なにをおもいださないといけないの…!?」
「過去の罪…?何を言って…、まさか、」
「いっぱいいっぱいころした…!わたしが…!」
しばらくハルトの声がしなくなってしまった。
すると、さらに視界が暗く染まっていく。
こんな時、いつも助けてくれたあの人がいない。
暖かく守ってくれたあの人…
あの人は誰?
ずきん ずきん
頭が痛いよ、助けて…
助けを求めて伸ばした手がハルトに握られる。
そのままハルトはギュウッと私のことを抱きしめた。
「いいんだ、フィリア!何も思い出さなくてもいいんだ!もう全部忘れていいんだよ…!!」
どうしたの、ハルト…?
痛いよ、そんなにきつく抱きしめられたら…
ねぇ、ハルト。なんでそんなに震えてるの…?
分からないよ。
ねぇ。
ごめん、ごめん、と呟くハルトの声を聞きながら私は意識を手放してしまった。
本当は聞きたかったのに。
なんでハルトが謝るのか。
それから、きちんと話を聞いてから震えるハルトを抱きしめてあげたかったのに。
あの、暖かな誰かがしてくれたように…
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