one step!



暗い。

怖い。

この暗闇は嫌い。



「やっぱりお前は馬鹿だ」


誰?


「自分を犠牲にしてでもあの男を助けたかったのか?」


あの男?

誰のこと?


「お前の命は俺の命でもあるんだ。そう簡単に死なれてたまるか」


何を言ってるの?

私は 知らない


なにも しらない

  

  わからない


 まっくら だ







ガシャン!!


突然聞こえた何かが落ちる音がして、私はゆっくり目をあけた。

「あ、またやっちゃったぁ」

声のする方へ目線をやると、エプロンを着けた男の人がぽりぽりと頭を掻いていた。

「…だれ?」

呟いてから私は首を傾げる。

何か変な感じがする。

喋ったのがすごく久しぶりな気がする。
だってうまく舌が回らない。
発音するのがすごく難しい。

一人でうーん、と頭を捻ってると、声が聞こえたのかその男の人がへらっと笑って私が寝ているベッドの傍に近づいてきた。

「やぁ、起きたかい?調子はどうかな?」

にこやかに尋ねられて私はさらに首を傾げる。

「…ちょうし…?」

体の具合のことを聞かれているのだろうか。

どうしてそんなことを聞かれているのか分からないが、とりあえず体に異変はなかったので頷いてみせた。

「そっか、良かった良かった」

にこにこと頷く男の人を見て私はさらに分からなくなってその人の服の袖をくいっと引っ張る。

「ん?どうしたの?」

「わたし…どうかしたの?」

首を傾けて聞くと、その人は驚いたように眼を開いてから少し考えるように顎に手を当ててゆっくりとベッドの傍の椅子に座った。

「…君は、この島の浜辺に打ち上げられてたんだ。気の毒だが、恐らく君が乗っていた船は先日の嵐に巻き込まれて…。覚えてないかい?」

「…ふね?」

私は船に乗っていたのだろうか。

よく思い出せなくて、首を横に振ると、その男の人は困ったようにまた顎に手を当てて考え込んでしまった。

考えるときのこの人の癖なのかな?
なんて考えてると、その人がゆっくりと口を開いた。

「お嬢さん、自分の名前分かるかい?」

名前?

そんなの…


 ずきん

…なんだったっけ。

考えれば考えるほど頭が痛くなる。

 ずきん ずきん

嫌だ。
これ以上考えていたくなくて、仕方なく首を振る。

「…わ…からない」

そう答えると、男の人はそうか、と頷くと優しく笑いかけてくれた。

「多分、君は今記憶喪失の状態みたいだね。あ、僕これでもここの島のお医者さんをやっててね。大丈夫。ゆっくり思い出していけるよ」

記憶喪失…?

「なんにも…わからない…の」

分からないことが何だかすごく不安でその人の服をギュッと握りしめると、その人は大丈夫、とゆっくり頭を撫でてくれた。

何だかその気持ちいいぬくもりに覚えがある気がして思わず目を細めると、その男の人も笑ってくれた。

「僕の名前はハルト。君が記憶を取り戻すまでここで一緒に住まないかい?このまま外に放り出すなんて医者としてできないからね」

「…いいの?」

「いいのいいの。僕も一人暮らしで少し寂しい思いをしてたから、お嬢さんが一緒に住んでくれると娘ができたみたいで嬉しいよ」

そう言ってハルトは、私の長く伸びた髪の毛をさらりと梳いた。

「君の名前はフィリア。記憶が戻るまでそう呼んでもいいかい?」

そう言ったハルトの目が少し寂しそうに揺れた気がした。
少し戸惑ったけど、不満があるわけじゃないから頷くと、ありがとう、とハルトが呟いた気がした。

よく聞き取れなくて首を傾けてハルトの目を見ると、ハルトはさっきまでの雰囲気を吹き飛ばすように明るく笑った。

「僕にも娘がいたんだけどね。偶然にも君と同じような綺麗な銀髪だったんだよ。目は君のような澄んだ蒼い目じゃなかったけどね」

だから少し君と娘を重ねちゃってね、と苦笑するハルトがやっぱり寂しそうな感じがして、私は何となくハルトの娘はもういなくなってしまったんだと分かった。

「はると…さん。だいじょうぶ。さびしくない。わたし…いるから」

ゆっくり強張ったような頬の筋肉を緩ませてほほ笑むと、ハルトも嬉しそうに笑ってくれた。


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