nine hop!


甲板に出ると帆には大きな海賊のシンボル。
ほんとに海賊なんだな。

そんなことを考えながら船縁から大きくジャンプして地面に降り立つ。

テトラはそのまま後ろを振り返らずに街のなかへ走っていった。
一刻も早く帰って、あの隈が不機嫌に歪むのを鎮めるために。





テトラはそろりそろりと身を低くして屋根の上を歩いていた。

キッドさんの船から飛び出した後、一刻も早くローさんに会いたくて真っ昼間の街中を走り回ったテトラは、街の人に通報されてしまい、捕獲作業に乗り出した海兵により現在進行中で追われているのだ。

必死の思いで海兵を振り切ったのだが、困ったことに逃げている間に方向が完全に分からなくなってしまった。
大きな街なので、これではローさんを探すどころか船にさえも帰りつけない。

屋根の上をひたすら歩いているうちに日も既に傾きかけていた。
確か集合は明日の正午だったはずだが、ログ自体は2日で貯まるのだと航海士さんが話していた。もし何かが起こって船が出てしまったら、もう二度とローさん達に会えないだろう。

そう思うと鼻の奥がツンとなって涙が込み上げてくる。

(ローさん〜…)

泣きそうになってしまい、思わず歩みを止めてうずくまる。

しかし、下を向くとパタッパタッと堪えていた水滴がこぼれ落ちてしまい、屋根に吸い込まれていく。

それをぼやけた視界で眺めながら、テトラは屋根の上でただただ涙を流していた。


「…〜!」


その時、鋭い聴覚が自分の名前を呼ぶ声を捉えた。

(この声は…シャチさんだ!)

声は遠いが、自分の耳ならば方角は確実に分かる。
微かに見えた希望の光にテトラは慌てて体を起こして、隠れていたことも忘れて屋根の上を勢い良く走りだした。


パァンッ


賑やかな街の中で響き渡ったのは一発の銃声。

感じたのは左肩に走る焼けるような痛み。

バランスを崩して倒れていく間際に見えたのは下で網を持って待ち構える海兵達。

ダンッと屋根から落ちて地面に叩きつけられたテトラは衝撃で立ち上がることが出来ず、逃げようとしても弱々しく足で地面を掻いただけだった。

霞んだ目で必死に視線をめぐらせると、テトラを囲むように海兵が集まっていて、首だけもたげて歯を剥いて威嚇をしてみたが効果はないようだった。

「何でこの街にユキヒョウがいるんだろうな」

「さあな。とにかく住民に被害が及ばないうちに確保出来てよかった」

「油断はするな。相手は肉食獣だ。手を噛みちぎられるかもしれんぞ」

口々に言いながら海兵達はテトラに網をかぶせていく。
だんだんと視界が奪われ、もうダメかと諦めとともにテトラは体の力が抜けていくのを感じた。

その時

「ROOM」

幻聴かと思うくらいはっきりと聞きたかったローさんの声が路地に響いた。

ブウゥン…と突然青いサークルが現れて周りを囲む。
テトラは目をいっぱいに見開き路地の向こうを見やった。

霞んでいたはずの目はくっきりとその姿を映していて、それでもそこにローさんがいることが信じられず、テトラはぱしぱしと目を瞬かせた。

ローさんが長い刀を抜いて振りかぶると、何故かは知らないがテトラを押さえ付けていた海兵達が瞬時にバラバラになってしまった。

しかし、切り口から血が出るわけでもなく、バラバラだというのに喋っていたり悲鳴を上げていたりしていて、何とも奇妙な光景だった。

あまりのことにそれに気を取られていたテトラは、すぐ近くで靴音が聞こえてようやくローさんが傍に来ていたことに気付いた。

顔を上げると、最大限に不機嫌な顔をしたローさんが見下ろしていたが、今はローさんに会えた喜びで全く怖いと感じなかった。

嬉しそうに、だが力なく尻尾でパタパタと地面を叩くと、ローさんは黙って網を取って抱きあげてくれた。

久しぶりのローさんの匂いに包まれて、安心したように喉を鳴らすと、ローさんは長い指を目の前に持ってきて


−パチンッ


デコピンをされた。

手加減の無いそれは地味に痛くて、驚いてローさんを見上げると、やっぱりローさんは不機嫌そうで。

「どんだけ探したと思ってる」

よく見ると、ローさんの目の下の隈はいつもよりひどくて、もしかしたら昨日からずっと探してくれていたのかもしれなかった。

申し訳なくて、耳を伏せてキュウン、と高い声で鳴くと、ローさんは毛皮に顔を埋めてため息をついた。

「心配した」

その一言で自分の心が暖かく満ちていくのを感じて、出会って僅かしか経っていないローさんの存在の大きさに初めて気付いた。

「帰るぞ」

そう言ってゆっくりと歩きだしたローさんにテトラはがぅ、と大きく返事を返したのだった。




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