seven hop!


「島が見えたぞー!」

見張り台から声が響いたのは、丁度テトラがコックからおやつにさつまいものケーキをもらっていた時だった。

「おお!やっと次の島か」

行儀良くお座りしているテトラの前にケーキを置いたコックは助かった、と呟いた。

何かあったのだろうか、とテトラがコックを見つめて首を傾げると、視線に気付いたコックが苦笑する。

「いや、な。お前がいた島は無人島だったろ?おまけに冬島だったからろくに食糧を確保出来なくてな。そろそろやばかったんだよ」

なるほど。

自分のいた島だったから、何か申し訳ない気がして、テトラは少ししゅんとうなだれた。

それに気付いたコックは笑ってテトラの頭を撫でる。

「お前のせいじゃねェよ。それに、もう島に着くんだから心配ないしな。ほれ、さっさとケーキ食っちまいな」


そう促されて、ケーキに口をつける。

(おいしい…!)

さつまいもの素朴な味とクリームのさっぱりとした甘みが口の中で響き合う。

間違いなくこの船のコックさんは天才だ…!

船に乗って二週間というもの、テトラの中でコックの株は上がり続けていたのだった。




島に着いた頃にはもう日が傾いていた。
甲板ではローさんがこれからの指示をクルーに与えていた。

テトラは交差した前足に顎をのっけて寝そべりながらその様子を観察していた。

クルー達は久しぶりの上陸に皆そわそわとして落ち着きがなく、いつもどおりに見えるローさんも、口の端が常に釣り上がっている。

「この島には海軍の駐屯所があるから騒ぎは起こすな。集合は3日後の正午。遅れた奴は置いていく。以上だ。解散」

その瞬間、クルー達はわあぁっと歓声をあげ、次々と船を降りていった。

その背を、パシッパシッと尻尾で地面を叩きながら見送って、くわぁっと欠伸をする。
船に乗ってからすっかり朝型になっていたテトラが、ちょっと早いけどつまらないからもう寝ようかなー、と思っていた時


「テトラ、来い」

ローさんに呼ばれた。

(なによなによ)

どうせついていけるわけもないだろう。少しいじけたようにわざとゆっくり起き上がってのそのそとローさんのもとへ。

すると、ローさんはこっちを見ずにスタスタと歩いて縄ばしごで下に降りていってしまった。
人(ヒョウ)を呼んどいてどういうことだと少し憮然として縄ばしごを睨むと、ひょこっとローさんが顔を出した。

「テトラ、何している。上陸だ」



びっくりした。


まさか陸に上がらせてもらえるとは思わなかった。
なかなかに大きいらしい街中にヒョウが歩いたら騒ぎになるだろうと思って、言われずとも残る気だったのだ。
だが、当然のように連れていってくれるというローさんの言葉にすっかり気分は浮き上がり、がぅっと返事をすると船縁を蹴って地面に飛び降りた。

既に下で待っていてくれたのは、ローさんとベポとシャチさんとペンギンさん。

嬉しくなって駆け寄ると、ローさんが鼻で笑って言った。

「ようやく機嫌良くなったな」

うっと足を止める。
あまり態度には出さないようにしていたのだが気付かれていたようだ。
少し気まずそうにそろそろと足を動かして四人のもとに行くと、ベポにくしゃくしゃと撫でられる。

「テトラは置いてかれると思って拗ねてたんだよね」

ベポにズバリと言い当てられ更に俯く。

すると、ぽんっと誰かに頭を叩かれた。

「置いていくわけねェだろ」

ローさんの声に顔を上げると、ローさんがにやりと笑うのが見えた。

「お前は俺のもんだからな」

要するに私はローさんの所有物だから置いていかれないらしい。

いつから所有物になったのだとか、物扱いするなだとか、文句はいろいろと思い浮かんだが、それをかき消すように広がったのは嬉しさ。

ああ、この人に付いていって良いんだと、今までどこか不安だったものが一気に吹き飛ばされたような爽快な気分だった。

行くぞ、と歩きだした四人の背中を、これからも見失わないように心に刻み付けて追いかけたのだった。




すっかり日が暮れた大通りを四人と一匹は歩いていた。大通りには様々な屋台が立ち並び、夜だというのに街は明るく、多くの人々で活気づいていた。

屋台は全て食べ物屋なのか、通りは調理場から立ち上る煙で白くけぶり、いろんな芳しい香りが満ちあふれていた。店頭では客を呼ぶ威勢の良い声があちこちで響いていて、なんとなく心が踊るような気分になった。

初めて見る街の賑やかさに目を輝かせて足をすすめていたが、ふいにローさん達が角を曲がってしまったので、
はぐれないように急いで後を追った。

しかし、角を曲がった瞬間、世界のあまりの変わりように驚いて思わず目を丸くして足を止めてしまった。

裏通りというのだろうか。
そこは、大通りとは違った妖しく少し薄暗い灯りが辺りを照らしていて、大通りよりも細い通りにははだけた服を着た艶やかな女達が客をなまめかしい仕草で呼び込んでいた。

まさに夜の街といった感じのその通りに足を踏み入れるのをためらったが、ローさん達はどんどん先へ進んでしまうので仕方なく一歩一歩地面を踏みしめて前へ進む。

しかしどうしても慣れない雰囲気に自然と体が緊張し、周りを警戒してしまう。

ローさん達はあちこちからかかる声に見向きもしなかったが、とうとうある一軒の店の前で止まり、中に入っていった。

最後のペンギンさんが扉を少し開けて待っていてくれたのでするりと中へ滑り込む。

店に入ると、あまりの眩しさに目が眩んで慌てて瞬きをした。
ようやく慣れてきた目で周りを見渡すと、中にはやはりというかたくさんの女性が客の相手をしていて、ここもそういう店だということが見て取れた。

店の人に案内されて席に向かうと、そこには既に何人もの女性がいて、ローさん達を見ると黄色い声を上げた。
嬉しそうにローさんに絡み付く女性を見て、やっぱりローさんの顔は女受けがいいんだな、と感心しながらそっとテーブルの下に入って静かに伏せた。

せっかく目立たないようにしようと思っての行動だったが、一人の女性がひょいとテーブルの下を覗いたことで無駄になった。
目が合うと女性は小さく悲鳴を上げた。

「ひ、豹…!」

その声に反応した他の女性も次々とテーブルの下を見ては悲鳴を上げるので、ベポは白熊なのにいいのか、と心の中で突っ込んでみたものの正直冷や汗ものだった。

しかし、ローさんの心配ねェ、の一声で場が納まる。

「おとなしいからな。こいつは人を襲ったりしねぇ」

その言葉に恐る恐る手を伸ばしてきたなかなか勇気あるお姉さんの手をぺろりと舐めてみた。

香水の苦い味がした。

そのお姉さんは舐められただけで咬まれないことに安心したのか、頭や背中を触ってきた。

おとなしくされるがままになっていると、他の女性も興味を持ったようであちこちから手が伸びてきた。
やがて、テーブルの下から引っ張りだされもみくちゃにされてしまった。

よほどおとなしい豹が珍しいのか、甲高い声でかわいいを連発しながら遠慮なく触ってくるお姉さん達の手の爪は長くてあまり心地の良いものではなく、何より身にまとっている香水の香りが何種類も混じって鋭い鼻を刺激するので、まるで乗り物に酔ったような気持ち悪さをもよおしたのだった。

解放されたくて、香りに酔ってくらくらする頭でローさんに助けを求めようとしたが、ローさんは酒を飲みながら物凄い美人なお姉さんとお楽しみ中でこちらに見向きもしてくれなかった。

何だか分からないが、そんなローさんにイライラして他の三人にも視線をやったが、シャチさんとペンギンさんもお酒と女しか見ておらず、ベポは食べ物に夢中でやはり気付いてくれなかった。

仕方がないからここは自力で抜け出すしかないらしい。

お姉さん方には悪いが、強靭な前足でパシッと自分を離さない手を軽く叩いて、怯んだところでするりと身を捩らせて逃れる。

そのままひらりと床に着地すると、今度は捕まらないように少し遠くに座ってローさん達がいる席を眺めた。

しかし、面白くない。

それどころか、美女と密着するローさんを見ていると無性にもやもやとしてくる。憤りと悲しみが一緒になって心臓を圧迫してくる。

そんなおかしな苦しみを感じて、のそりと立ち上がるとくるりとローさん達に背を向けて歩きだした。これ以上ここにいてこんな光景を見たくはなかった。


なにさ、ローさんなんて…私のこと、自分の物だって言っておいてさ。

拗ねたようにそんな言葉を心で呟いて、テトラは香水に酔ってふらふらな足取りでその場を後にしたのだった。




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