わんこが泣いた



「いやーーーー!!!」

名前の悲鳴が教会内に響き渡り、その大声で眠っていた青い大型犬は目を覚ました。名前は犬の目が開いたことでビクッと肩を震わせ、ハッとしてベッドから降りてできるだけ犬から離れようと廊下に繋がるドアに走っていく。涙目でドアノブに手をかけようとした時、廊下でどたどたと走る音が響いてひとりでにドアノブが動いた。

「何事だ!ランサー貴様ついに名前に手を出したか!!」
「ギル様・・・!!」

怒り全開で外開きのドアを空けたギルガメッシュに、名前は思わず抱きついた。犬が嫌過ぎて既に羞恥やらなにやらの感情は追いやられている。

「ギル様犬犬犬犬犬!!!」
「はぁ?」
「い、犬がいるっ」

名前は素早くギルガメッシュの背中に移動し、その寝間着の黒のスウェットにしがみついた。そしてベッドの上にちょこんと、というか呆然と座っている青い大型犬を指差す。

「なんだランサー、ついに本物の犬になったのか」
「へ?」
「ワンっ」

さも当たり前と言わんばかりにギルガメッシュはその青い犬をランサーだといい、ケラケラと笑い出した。さり気なく名前の腰を引き寄せても、完全に犬にビビった名前はすり寄るばかりだ。

「本当に、クーちゃん?」
「ああ。あれは確かにランサーだ」

何故犬になったかは知らんがな、とギルガメッシュは笑う。

犬になったランサーは、二人を見て目をつり上げ唸りをあげた。ランサーがわんわんと吠えれば吠えるほど名前はギルガメッシュに抱きつく力を強くするので、当のギルガメッシュはご満悦でランサーを見下ろしている。

「一体朝から何事だ」
「言峰さん・・・」
「なに、ランサーがこの通り本物の犬となっただけのことだ。みろ、不様な奴の有り様を!」
「ほう、あれはランサーか」

しっかりとカソックを着込んだ言峰は後からやってきて、そして犬になったランサーを見て悦に入っていた。

「でなんだ?その様は」

怯えた名前に視線を向け、言峰は口角をあげた。

「まさか、犬が怖いのか?」
「・・・!」
「ほう・・・、ランサーとわかってもなおその様子ということは、よほど犬が嫌いとみた」

言峰は、なにやら不穏な空気を察してじりじりと後退していたランサー犬をひょいと持ち上げ、そして今度はじりじりと名前に近づきだした。名前は顔をひきつらせ、さらにギルガメッシュに抱きつく。ギルガメッシュの表情はさらに笑みを濃くし、それと比例するかのように言峰の笑みも深くなる。名前の涙目がよほど気に入ったらしい。

「や、やだやだっ!言峰さん寄らないでください・・・!」
「その顔、もっと私に見せろ。その怯えた目、震える肩!もっと、もっとだ!」
「うざい、うざいです!あっちいって!ギル様言峰さんどうにかしてよ!」
「いやぁ我には無理だ。言峰は腐っても我のマスターだからな!」
「う、うぅあ・・・!く、クーちゃんのバカァ!!!」

最終的には言峰がランサー犬を抱えて近寄ってくるのに耐えられず、名前は全力でその場から離脱した。もちろんランサーの部屋に置きっぱなしのもろもろを取る暇もなかったので身一つではあるが、仕方ない。戦線離脱が最優先事項である。

名前はこの日、今まで走ったことのないような速さで冬木を駆け抜けた。



「く、逃げられたか」
「まあ当然であろうな。しかし、・・・いいものだな、あれは」
「全くだ」
「くくくっ」
「ふふふっ」

ギルガメッシュと言峰が悦に入っている様子を見ながら、ランサー犬は小さく鳴いていた。

「くぅん」

今まで名前に避けられたことがなかった分、精神的ダメージは大きい。







- 2 -