終わりの始まり



少女の声が響く雑木林の中央で、歪な形をした陣が光を放っていた。通常の使い魔の召喚の際に用いる陣とも詠唱とも僅かに違う。だがそれは確かに現世とは違う空間から魂を此方に引きずり出そうとするものだった。

それは長く、そして複雑。同時に複数の術を行使しながらも、陣に多量の魔力を送り続けるその召喚は、通常の数倍の難易度をもってしても成功するかは時の運。

聖杯戦争における英霊の召喚に大規模な降霊式は必要ないと、名前が読んだ書物には書かれていた。がしかし、雑木林に身を隠すようにして行われるその儀式は、誰がどう見ても大規模である。英霊の召喚は人間の手に余る。なら、聖杯に協力させればいいじゃないか。


ただあの人に会うために。


大量の魔力を消費し続ける少女の額には、いつしか汗が浮いていた。

「――――――!!」

少女が詠唱を終えると同時に、先ほどまでとは比べ物にならない光が辺りに満ちた。そしてその光に紛れるようにして陣の中央に立つ、真っ白な鎧を纏った人影。


「せいこう、した・・・?」


くらりと足元がふらつく感覚をぐっと堪え、光の中に向かって声を出す。


「名前は?」
「ガウェインと」
「・・・成功、だ」


名前を確認し、成功したことへの喜びも束の間、光と共に現れた男と視線を交わした瞬間に少女の身体から魔力という魔力が失われていく感覚に襲われた。実際に驚くべきスピードで、体内の魔力が撒き散らされている。立っているだけの力も奪われてしまいそうだ。


「貴女が、私のマスターか?」
「そう、だよ。でも、これは聖杯戦争でもない。それに私は、王、じゃない。それでも貴方には、私と共に、あって、欲しい」
「構いません。私を貴女が召喚した以上、貴女が王でなくとも、仕えるべき人であることに違いはありません。」
「そっか、よか、た・・・っ」


言いたいことだけ言い切って、少女は意識を手放した。その瞬間に腹に刻んだ擬似令呪と魔力のパスが繋がったのを理解し、そして気づくことはないまま己の召喚した白い騎士に抱き留められた。





次に少女―名前が目を覚ましたのは、見慣れた天井の下、普段自分が寝起きしているベッドの上だった。布団は掛けられないで掛け布団の上にそのまま横たえられた身体は、どことない疲労からくる倦怠感に包まれている。

「目が覚めましたか?」

ガウェインがベッドの横でイスに座って名前を覗き込んでいる。確かに自分は召喚したらしい、と体内に残る魔力が明らかにに少なすぎることから理解した。聖杯のバックアップがないと、多いと自負している己の魔力貯蔵量もほとんどもっていかれるのか。万全の状態に戻ったとしてもそこらにいる魔術師と大して差のなくなっただろう魔力貯蔵量にため息が漏れる。

「まだ具合が、」
「ううん、大丈夫。えっと、ここまではどうやって?」
「弟だという少年に案内されました」
「ああそっか。言っといて良かった」

召喚の為に家を出る前に、確かに弟に「もし二時間以上連絡なかったら様子見にきて」と言っておいたのは正解だったらしい。

まるで人形のようにそこに座るガウェインを見て、名前はその彫刻のように美しい様子に内心でうっとりとため息をついた。

「まず、私の名前は苗字名前。ガウェインって呼んでもいい?」
「マスターのお好きにお呼びください」
「じゃあガウェイン、まだ疲れてるから、明日、詳しいことは話すよ」
「はい」
「今日は、もう寝る」

ガウェインの召喚には成功した。だが、まだ問題は多そうだ。この召喚に際して拝借した冬木の聖杯のシステムもまだまだ研究途中だし、魔力供給にも不安は残る。

以前から両親に相談していた遠坂家へのホームステイも、真剣に頼まなければならない。



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