ある槍男の冒険<4槍> アーチボルト家の食卓は基本的に静かだ。 そんな中ディルムッドは今日も夕食を食べていると、珍しくケイネスから名前を呼ばれた。 「はい」 「食事が済んだら、私の部屋に来るように」 「わかりました」 珍しい。そんな言葉がディルムッドには思い浮かぶが、主の言葉は絶対だ、それに関しては何もそれ以上言葉を続けることなく、ディルムッドは再び静かな食事を始めた。 ケイネスの書斎に入ると、机に置かれた二枚のチケットが目に入った。確か名前が行きたいと言っていた、有名画家の展覧会だ。 「それを貴様にやる」 「私に、ですか?」 「そう言ったが?」 ひとまず受け取るが、ディルムッドは何故これが自分に与えられたのか、全くわからない。明らかに出ていたその表情にケイネスはため息を吐く。 「万が一、ということもある。近くに寄れ」 「?はい」 二三歩机に寄るが、ケイネスはもっとだ、と言うので、机の向こうに座ったケイネスに近づくようディルムッドは腰を折った。 「これに名前を誘え」 「名前をですか?」 「声が大きいっ」 耳打ちするような声のケイネスに、ディルムッドは普通な声の大きさで答えたら怒鳴られた。とにかく秘密な話らしい。 「お前も知っているかもしれないが、これは名前が行きたがっている展覧会だ」 「はい」 「くれぐれもソラウには知られぬよう、心して誘え」 「?はい」 「確か貴様の部は来週末が休みだろう。いいか、その日だ。」 「わかりました」 「ついでだが、この間のお前の有機の小テストの点数が看過できないものであった。」 「・・・申し訳ありません」 「これを一週間以内にやるように。わからない場合は名前に聞け。私に聞くな。」 「は、はぁ」 「やつにせがまれて作った問題だ。ちょうどいいから、これを完璧にしろ。私の顔に泥を塗るな」 「・・・はい」 そこでようやくケイネスが体を起こしたので、ディルムッドも同様に10枚ほどのプリントの束を持って元の距離へ戻った。 「・・・以上だ」 翌日早速名前の教室にディルムッドは出向いていた。昨日あの後すぐに取りかかったプリント数枚を持って中を覗き込む。正直有機を苦手とする人間にやらせるようなレベルの問題ではなく、ディルムッドはところどころわかった試薬名を書いてあるだけで、ほぼ空欄だ。これもなんとかしたい。 が、肝心の名前が教室内に見当たらない。いつも昼休みは教室でクラスメートと弁当を食べているはずだ。 「なんだ雑種、邪魔だ」 背後から聞こえてきた声に咄嗟に振り返ると、一応は友人に当たるであろう人物がいた。どことなく不機嫌な様子だ。 「ギルガメッシュか。すまない。」 「ふん」 「そうだ、名前を知らないか?」 「・・・やつに何の用だ」 一層視線が鋭くなる。どうやらギルガメッシュの不機嫌の一端は名前が担っているらしい。 「化学でわからないところがあってな。名前は有機が得意だったと思って」 「そんなものお前の主に聞けば良かろう」 「教えてくれなかった」 だがディルムッドもやわじゃない。殺気立ったギルガメッシュも物ともせず、一番今の英雄王を刺激しない方の理由を言った。ここで展覧会の話などしたら、校舎が無事ではない。 「名前なら、・・・中庭で駄犬とじゃれておるわ」 「そうか、ありがとう」 不機嫌の理由はそれか。ランサーと名前がベタッとしているのが気に食わなかった、と。 これ以上ギルガメッシュといたら、藪をつついて蛇をだしかねない。そう判断したディルムッドはさっさと中庭に向かった。 中庭の芝生には、気持ちよさそうに寝転ぶ名前とランサーの姿があった。ランサーの背中側にいる名前が鮮やかな長い青い髪をいじっている。 「お、ディルムッド」 「へ?」 「気持ちよさそうですね」 「うわっ!ディルムッドさん!」 「おう、お前も寝るか?」 「いや、俺はいいです」 名前は慌てて飛び起き、ディルムッドは苦笑いでランサーの傍に腰を下ろした。暖かな日差しが心地いい。 「で、なんか用か?」 「名前に聞きたいことがあって」 「私?」 「ああ、ケイネス殿に渡された課題なんだが、さっぱりでな」 「あ、ああ、これですか。・・・これ難しいもんなぁ」 ディルムッドからプリントを受け取り、名前は首をひねった。ランサーは緩慢な動きで頭を持ち上げ、名前の膝に頭を乗せて再び目を閉じる。ディルムッドは、どこのバカップルかと突っ込みたくて仕方ないが、二人には違和感がないようだ。 「どこからやりましょう。わかんないのもあるけど、大体できますよ」 「じゃあ、この構造決定の」 すらすらとやり方を説明されて、ディルムッドはペンを片手に問題を解きだした。理屈のしっかりした説明に、ディルムッドはなんとか解くことができた。 「今の順序通りに解けば、似たようなものなら解けますね」 「そうか、ありがとう。もう一度やってみるよ」 「またいつでも聞いてください」 花が開くような自然な名前の笑みに、思わずディルムッドの胸は高鳴るが、にゅいと下から伸びた手が名前の鼻をつまみ、雰囲気はすぐに変わる。 「ぬぁ!くーちゃ」 「ぶっさいくな顔だな」 「うっさいわ!ぶっさいくな顔の奴の膝でニヤニヤしてんのは誰じゃ!」 「だってお前の太ももやわらけーし」 「いっぺん死んでこい」 名前は立ち上がってランサーの頭を落とす。なんとも漫才のようなやりとりだ。 「でな、今日はもう一つあって」 「何?」 「これもケイネス殿にいただいたのだが、もし良かったら日曜にでも行かないか?」 「え」 名前はディルムッドが差し出したチケットを受け取り、それを見て、ディルムッドを見て、そしてぶつけた頭をさするランサーを見た。しばらくよくわからない睨み合いをした後、再び視線はディルムッドへ。 「私で、いいんですか?」 「ああ、行きたがっていただろう?」 「はい、すっごく行きたいです!」 「決まりだな」 名前は嬉しそうに頬を染めて、チケットを眺めながらまたポスンと芝生に座り込んだ。ランサーはその名前の頭に腕を乗せ、チケットを覗き込む。 「ふーん、デートね」 「まあそうなりますね」 「・・・」 「名前?んな難しい顔してどうしたよ」 「・・・服」 デートと言う単語が出た途端、名前の顔は難しいものに変わる。チケットを睨んでいる。 「ディルムッドさんの隣で、ダサいカッコ出来ないし・・・」 「名前の着る服はいつも似合っていて、可愛いと思う。そう気にせず来い」 「・・・」 今度は顔を真っ赤にして俯いてしまった。 ランサーが名前の脇腹をつねって、またぎゃあぎゃあと言い争いが始まった。ディルムッドは名前から二枚ともチケットを渡され、ランサーと臨戦態勢の名前を見る。 「持っててください。私、・・・ディルムッドさんが来なかったら、展覧会見れません」 「ああ、そうだな」 こういう名前の言動は凄く可愛いと、そうディルムッドは毎回思っている。 |