宿命の肯綮

名前の魔術師としての血は突出して濃いものではない。

父方母方ともに家としてのの歴史は長いが、両家とも特段魔術回路を増やそうという思いはなかった。跡継ぎにはその時々に適した伴侶が充てられ、必ずしも魔術師と結婚していたわけではない。だが間違いなく魔術回路を持つ子供を常につなげ続け、時に他の魔術師の家系と繋がることで徐々に魔術回路は増えていった。年月だけは重ねたのだ。
父方の家系はすっかり魔術から離れてしまっていた。魔術刻印もかつてのものが受け継がれてはいるものの、それが新たな形をとることがなくなって久しい。実に三代前から魔術師としての活動はされなくなっていた。魔術刻印の継承も名前の祖父の代で止まっている。
母方の家系は父方とは違い、今も立派に魔術師の家系である。しっかりと魔術刻印も当代まで受け継がれていて、母の弟が担っている。名前の祖父は時計塔で研究していたこともある程の魔術師であったため、名前が幼少期に魔術に深く精通するようになったのは祖父の影響であるところが大きい。祖父にとっては名前は初孫であり、かわいくてかわいくて仕方なかったという所もある。祖父は名前に求められるがままに様々な魔術を教えた。

名前がまだ8歳のとき祖父はその才能に気づいた。

それは初めて使い魔の召還をさせた時だった。
今まで名前の魔術回路は、母や父のものと同じく凡庸な程度の量のみしかなかった。それはその当時4歳になっていた名前の弟にも同じことが言える。
祖父は強い好奇心と魔術に対するセンスの良さから名前の魔術師としての天性の才能を感じていたが、それでも特別名前が魔術師として大成するとまでは考えていなかった。せいぜい父方の祖父の刻印を引き継ぐことになるだろうという程度。名前の両親がほぼ一般人であることから、名前にしっかりと魔術を学ばせてやれるほどの環境は用意できない。
幸い名前は現代社会で魔術に関わることが無くてもその非凡さを発揮できるであろうほどの賢さを持っていた。非凡な魔術の才はこのまま地方の小さな魔術師として血を細々とつないで、そして終わるはずだった。

そんな祖父の未来予想は、この日大きく変わることとなる。

まず一体目、祖父が身辺警護程度ができる程度の使い魔の召還を教え、名前はその場でやってみせた。そうしたら、今まで祖父が気づかないまま体内で眠っていたらしい新たな回路が開いたのだ。
祖父は目を見張った。
そして二体目、名前は召還が楽しくなってしまったらしく、一体目でと同じ程度の使い魔を連続で召還した。そしてまた新たな回路が開いた。

名前はそうして召還を繰り返した。祖父も連続召還を止めることをしなかった、できなかった。一体この幼い孫娘がどれほどまで回路を開くのか、と興味が先行してしまったのだ。
結果、名前が20を超える使い魔を召還した時点で回路の開通は頭打ちし、通常あり得ない量の魔術回路が開通した。2000年続く家系の魔術師に並ぶとも劣らない純度の高い魔術回路が。


名前は使い魔の召還によって、眠っていた魔術回路の開きを励起したのだ。


さらに名前は五大元素のうち地以外の四つを併せ持っていることがその後判明した。それまでも水と風の二十属性だったが、さらに火・空と加わった。こればかりは努力ではどうにもならない素質である。

そうして名前は余りに多量な魔術回路をもってして、疑うべくもなく魔術の天才である、という評価を得ることになる。





冬木にやってきて、この土地の持つ潤沢なマナに身を浸すと、ひどく心地いい。
名前はガウェインへ送る魔力を極限まで減らし、名前が他に使役する古くからの使い魔と変わらない程度にまでしていた。これ程度で果たして遠坂の長をだますことができるのだろうかと不安だったが、どうやら大丈夫だったらしい。使い魔が随分と多いようだね、とは言われてしまったがそれ以上の突っ込みはなかった。その年でそれまでの魔力コントロールとは、とケイネスに言わしめた名前の才は年を経ることに磨きがかかっているらしい。

『噂の苗字の神童を弟子とできるとはね、光栄だよ』

そう言いながらも、名前の持ち得る技術と知識を自らの血肉にしてやろうという目を時臣はしていた。
名前は世界的に見てしまえばそう名を馳せているとは言い難いものの、こうして国内の魔術師からは一目置かれていたりする。毎年二回ちまちまと時計塔に留学を繰り返した結果だ。
それはこっちの目論見だと言いたいが、名前は降霊術以外はひどく凡庸なのだから、大見得を切ることもできない。しばらくは素直に時臣から魔術の基礎を学ぶとしよう、名前が祖父に習ったのは基礎中の基礎であるから。

春から通う中学への挨拶も済ませ、簡単に冬木の街並みを見て回っていた。名前は近くにあるガウェインの気配を感じつつも、徐々にその感覚に慣れつつある。冬木に来る前はガウェインの現界にかなりの魔力を費やしていたが、冬木に近づくにつれそれは減っていた。今ではかなり負担が小さくなっている。冬木に来てよかった、聖杯に近づいたことでガウェインも安定している。

「ただいま帰りました」
「あら、お帰りなさい。今凛と桜のおやつを用意しているんだけど、名前ちゃんも食べる?」
「いいんですか?いただきます!」

帰ると、葵がキッチンに立っていた。
笑顔で迎えられ、まだ慣れてはいない遠坂邸での暮らしだが安堵する。時臣と葵の二人の娘も可愛らしいし、無邪気だ。あの魔術師として魔術師らしすぎる時臣がいる、という緊張感から何とか解放されるのは彼女たちのおかげである。

「名前姉様!お帰りなさい!」
「お帰りなさい」

行儀よくテーブルについている二人の娘。葵に似てたいそう美人な気配を纏っている美少女二人に名前は和みっぱなしである。
二人とも将来は魔術師としてあのドロドロとした世界に身を寄せることになるのか、と思うと少し悲しい。名前を時計塔に送り出すときの両親の気持ちが今ならわかる。

ここでもう三年を切った聖杯戦争までの期間を過ごすことになる。ここにはもう一人の弟子がいて、言峰綺礼というようだ。もちろんすでに名前との面識はあるが、どうもよくわからない相手であった。どうやら次の聖杯戦争のためにここにやってきたらしいが、もとは執行者だったという彼。名前の目的のためには必要ではないため、さして今は興味もない。

ひとまず、名前は美味しくできているに違いない葵特性のプリンを堪能することに決めたのだった。


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