君に誓って

「フリ」

部員揃って控え室から出た瞬間、翠の声がオレの鼓膜を震わせた。
振り向くと、通路に設置されているベンチに腰掛けている翠が小さく手を振っている。
福田や河原、先輩たちに冷やかされながらオレは翠の元へ向かった。

「…翠」

「お疲れ様。と、おめでとう」

「…ん、」

彼女は労いと祝福の言葉を掛けてくれるが、オレはそれに対して素直に喜べはしなくて、よそよそしい返事しかできない。疲れるほど試合に出てもいないし、試合に勝ったのはオレの力ではないからだ。
バスケを始めたのは高校に入ってからで、そりゃあ中学の時から活躍している黒子や、ましてや才能の塊である火神なんかに敵うわけないなんてのは分かっている。
でも、オレの役目は今のところベンチで味方の士気を高めるだけだという事実は、やはりうだつが上がらないし、情けなくもある。
彼女の翠が試合を見に来ているとあればさらにその気持ちも倍増する。

本当に、いつも、毎回、翠は誠凛の試合を見に来てくれる。
用事があろうと体調が悪かろうと、会場に足を運ぶのはオレが試合で頑張っている姿を見るのが好きだからだと言う。
ーでも。

「今日もかっこよかったよ」

「…っ」

試合が終わったあと、決まって翠から掛けられるその言葉に、今日は唇を噛み締める。

「…かっこいいわけねーだろ」

「…フリ?」

その言葉が彼女から発せられるたびに、心の中に少しずつ溜まっていたそれは、今日に限ってオレの口からこぼれ落ちてしまう。
違う。こんなこと言いたいんじゃない。せっかく試合に勝ったんだ、いつもみたいに笑顔で「ありがとな」って返せば良いじゃないか。閉じろ、閉じろオレの口。

「翠、もう次から試合見に来なくていいから」

「…何言ってるの?」

「試合中ずっとベンチに座ってるだけのオレなんか見に来たって楽しくなんかねーだろ」

「そんなことないよ…!いつも夜遅くまで部活頑張ってるフリが、試合でも頑張ってるとこが」

「だから、頑張ってるとこなんて見れてねえじゃんか!!」

きっと、本音なんだろう。ベンチから立ち上がって、少し声を震わせながらもオレの顔をしっかり見据えて翠は言い返す。
でも、卑屈になった今のオレは、そんな言葉も敗者に対する慰めの言葉にしか聞こえない。

「…っ今日の試合だって、同じ一年の黒子や火神がコートですげぇ活躍してんのにオレはただ応援してるだけで…そんなオレがかっこいいなんて嘘に決まってる!ほんとはオレなんかより試合出てる人たちのほうがかっこいいって思ってんだろ!!」

言い切った瞬間、ヤベェと思った。でも前言を撤回する勇敢さも、即座に反省して謝罪する懐の深さもオレにはなかった。

ごめんな。
いつも試合見に来てくれて嬉しいよ。
なのにオレがバスケしてるとこ見せられなくて、恥ずかしいんだ。
「心の中に溜まっていたそれ」の名前は、ただの羞恥心。
ちっぽけなプライドでお前を傷つけること言ってごめん。
子供でごめんな。

オレの言葉に、目に涙を溜めて絶句している翠。いつも応援してくれてるのに、こんな酷いことばっか言って。ここまで言ったんだ、本当にもう試合には来てくれないだろうな。バカすぎるな、オレ。

重い沈黙に耐え切れず、拳をぎゅっと握りしめて下を向くオレ。
翠を置いてこの場を去る勇気すらない。カッコ悪すぎてマジで笑えてくる。

瞬間、顔の両側から圧迫感を覚えた。視界に映る翠の姿に、頬を両手で掴まれて無理矢理翠の方を向かされているのだと知った。

「いつも、かっこいいフリを、見に来てる!!!!」

しゃくりあげながらも、ハッキリと言う翠の顔はー…ゴメン、不謹慎だけどちょっとかわいくない。でも、翠の瞳に映っているオレの顔も、同じぐらい情けない顔をしていた。

「毎回声が枯れるくらいチームのこと応援して、みんなをサポートするために動き回ってるフリのこと、観客席からずっと見てる!そうやって、違う形かもしれないけど、試合に出て頑張ってるフリのことがかっこいいって、いつも言ってるのに!!」

「翠…」

ついにはその大きな瞳から大粒の涙を流してしまった翠を、オレは顔を掴まれたままただ呆然と見つめる。傍から見たら実に滑稽な光景だと思う。

「いつも伝わってなかったの?私がかっこよかったって言うたびに、そんなわけないでしょって、思ってたの…!?」

オレの顔から手を離した翠は、涙でぐちゃぐちゃの自分の顔を腕で拭う。
彼女の嗚咽を聞きながら、オレは放心状態で彼女の向こう側の壁を見つめていた。

「オレだってコートに立ちたい」という控え部員ならば抱いて当たり前の羨望はあれど、それ以上に誠凛に勝って欲しいと本心から思っている。だから、当然かもしれないけどインターバル中の選手のサポートに手を抜いたことはないし、掛け声だって人一倍力を入れているつもりだ。
些細な、分かりづらい頑張りを、翠はちゃんと頑張りと認めてくれている。
そのことを常日頃伝えてくれていたのに、心の中に収めておけなかったオレは、そんなオレこそが、カッコ悪いんだろう。

気づけば、呆然と壁を直視したまま、腕の中に翠を引き寄せていた。

「…ごめんな。いつもありがとう」

「…っ!!ほんとに!!ほんとにほんとに、いっつもかっこいいんだからね!!」

「うん…ありがとう」

心の中の「羞恥心」を放り出して、今度こそその誠心からの言葉を、かわりにしまいこんだ。

未だ泣きながらオレのジャージを掴む翠の温度を感じながら、今度は彼女の顔を嬉し涙で歪めさせられたらな、と思った。
誠凛のユニフォームを着て、ボールを追い掛けている姿をいつか見せられるように。

もっともっと頑張るんだ。

君に誓って



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