ボクの××

昼休みの教室。思春期の男子のやかましい声が飛び交う空間の隅っこで、私はクラスメイトの火神くんにコソッと昨日の出来事を耳打ちしていた。

「マジ!?」

「マジなんです!!」

昨日の出来事とは、私の彼氏である黒子くんと帰り道に手を繋いだこと。私が勇気を出して黒子くんに手を繋ぎたいと伝えたら、いとも簡単にその手をとってくれたのだ。

「よかったじゃん」

「うん、なんか思ったよりあっさりって感じでびっくりしちゃった。相談乗ってくれてありがとう!」

いつも話を聞いてくれていた火神くんにお礼を言い、昨日のことを思い出しているうちに、私は気持ちがやたらと踊ってしまっていた。

「フフフ、あのね!!すっごいさらっと手握ってくれてね!!」

「それは聞いたっつの。…っておい、何でこっち来るんだ」

そのときのことを事細かに再現しようと私は火神くんの前の席から火神くんの隣へと移動する。

「火神くんが私役やってね、私が黒子くんやるから」

「お、おい…」

ナチュラルハイになっている私は、うろたえる火神くんの様子にも気づかず火神くんの手をとる。

「私がこうやって手差し出しながら『手繋ぎたい』って言ったら、ちょっと間が空いたあとこうやって握ってくれたのー!!」

「こうやって」のところで、黒子くんがしてくれたときみたいに火神くんの手をキュッと握る私。わ、火神くんやっぱ手おっきい。

「や、やめろ!!離せ蒼井!!」

「前は普通に手繋いだだけだったけど今度はカップル繋ぎしたいなぁ。あ、カップル繋ぎって知ってる?こう指と指を…」

「なにやってるんですか」

火神くんを完全に練習台として扱っていると、後ろから響く心地好い声がその行為の邪魔をした。

「あ、黒子くん」

私が突然現れた愛しい人の存在を認めている隙に、火神くんに手を振り払われてしまう。
お昼休みの黒子くんもかっこいいなあとほうけている私と、心なしか息を荒げている火神くんを交互に見た黒子くんは、スッと不機嫌そうに目を細めてこう口にした。

「…浮気ですか」

「ちっげーよ黒子!!お前居たんならもっと早い段階で止めろや!!」

「今回は今来たところです。それに何ですか、ボクが来なかったらもっと段階踏んでたってことですか」

いつもの調子でギャーギャー言い合っている二人の会話を聞いているうちに、徐々に我に返った私は顔を青ざめさせる。
う、浮気…?
そうか…よしんば昨日の出来事を回想して興奮するあまり我を失っていたとはいえ、私は…私は、他の男の子と手を繋いだんだ…

自分の馬鹿さ加減に目眩がするのを踏み止め、私は黒子くんに精一杯の言い訳をする。

「ち、ちがうの黒子くん!!火神くんは黒子くんだったの!!さっき手を繋いだのは黒子くんなの!!」

「意味わかんねぇよ馬鹿!!もっと上手く弁解しろ!!」

「ひええええ」

「…蒼井さん」

黒子くんは穏やかに笑いながら、頭が混乱して意味不明な発言しか出来ない私の名前を呼ぶ。

「ちょっと来てください」

お、怒られる。





廊下に出てから一言も喋ってくれない黒子くんは、階段裏まで歩くとそこで初めて私の方を振り返った。黒子くんが口を開くより先に、私は声を上げる。

「ごめんね黒子くん!!私、黒子くんと手を繋げたことすっごく嬉しくて、誰かに伝えたくて…あんなの見たら浮気って思っちゃうのも仕方ないかもしれないけど、ほんとに無意識にやっちゃってたの!!本当にごめんなさい!!」

一息にそう喋った後、少しの沈黙が流れる。そしてその沈黙の糸を切るように、黒子くんはふう、と息を吐いた。

「そうですか。まあ理由が解ってホッとしました」

「お、怒ってる…?」

「怒ってないですよ」

「嘘だ!怒ってる!」

黒子くんの目を見ても正直何考えてるのかわかんなくて、不安が増すばかりの私は涙目になる。黒子くんを怒らせて、火神くんにも迷惑掛けちゃって…ホント馬鹿だ私。
それでも涙をこぼすまいと、目をギュッと閉じる私を見て、黒子くんは尚もゆるい笑顔を浮かべた。

「ほんとに怒ってないです」

「…ほんとう?」

「はい。蒼井さんが昨日のことで喜んでくれているのを知れてボクも嬉しいですし、蒼井さんとボクの友人が仲良くしているのは喜ばしいことですから。ですが…」

そこまで言うと、黒子くんはそっと私の手をとり、手の甲を優しく逆の手でポンポン、と叩いた。

「これは、ボクのものです」

「…っ」

「分かってくれますか?」

いつもの優しい笑顔を横に傾げる黒子くんに、私はこくこくと頷くことしかできなかった。

もちろん分かってるし、とっくに知ってたよ、黒子くん。

私の全部は、キミのものです。

「今度一緒に帰るときはカップル繋ぎしましょうね」

「そっ、そこまで聞いてたの!?」



ボクの××



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