甘露寺蜜璃の場合




「胸元に真新しい傷、出来てしまったのね」


 私の胸元を見て、まるで自身の事かの様に悲しそうに眉を下げる目の前の彼女。ゆらゆらとまるで涙が一筋流れていきそうな顔をさせた彼女に、私は大丈夫ですよと出来るだけ不安にさせない様に笑う。


「コレ、思ったより深くなくて跡は残らないらしいので、そんな顔しないで下さい」
「でも、痛かったでしょう……?」
「それはまぁ、それなりに……はい」
「それに後に消えてしまう傷だとしても、今はあるのだから、心配するのは当たり前よ」


 いつも明るく振る舞っている彼女からは想像出来ない位の落ち込んだ様な低いトーンに、心配かけた申し訳なさよりも珍しさが勝ってしまった。観察する様に蜜璃さんを見てしまう。
 そんな好奇心に負けた私の視線に気が付いた彼女は、一瞬不思議そうにしていたがすぐに理由が分かったらしく、眉を下げたままだが表情は困った様な顔に変わった。


「もう、私は本当に心配してるのよ?」
「や、すみません……勿論、蜜璃さんの気持ちはちゃんと伝わってきてますよ」
「……知っているわ、名前ちゃんは人の気持ちを汲むのが上手だもの」
「そうですか?」
「えぇ!……でも、汲んでも気を付ける事はあまりしてはくれないけれど」


 ぷくり、と小さく頬を膨らませた彼女はいじけてしまった様だ。私がその小さな風船に指を押し付ければ、ふすっと軽い音を立てて風船が萎んだ。そうすれば子供っぽくいじけて居た少女は消え、いじけた名残りで口元を小さく尖らせた可愛らしい女性が現れる。
 お風呂に居るから、火照りや水気で尚更今の彼女は色っぽい。


「なぁに?そんなに見つめてきて」
「いや今日の蜜璃さんも可愛いなぁって思いまして」
「っもう!相変わらず褒めるのが上手いんだから!」
「でも本音ですから」


 私、ちょっと怒ってたのよ?と今度は小さく笑った。そんな可愛い姿を見せられると、少し意地悪な事を言いたくなってしまう。
 パチャンとお湯を掻き分けて蜜璃さんの間近へ寄ったその時の私の顔は、相当悪い顔をしていた事だろう。


「じゃあ、蜜璃さんが“おまじない”でもしてくれたらこの傷も早く治るかも」
「おまじない?」
「ですです、例えば……ここに蜜璃さんの口付け、とか」
「くっ……!?」
「なんなら次の任務で無傷かもしれないです」


 私が胸元の傷を指しながらそう言えば、言葉の意味をきちんと理解した彼女は茹でダコの様に一瞬で真っ赤になった。まるで逆上せたみたいだ。パクパクと出ない言葉を出そうとしているが、先程から彼女の口からは空気しか漏れていない。


「きゅっ、急に何を言い出すの!?」
「おまじないを提案をしました」
「だ、だからって口付けなんて……!」
「でも唇じゃないですよ?」


 そういう問題では無いと思うの……!と両手を頬に当てて恥ずかしそうにする彼女は、とても愛らしい。けれどそろそろ止めないと、今度は本当に彼女が羞恥で怒ってしまうかもしれない。
 冗談ですよ、と言おうとすれば、それは意外な言葉に阻まれる。


「お、おまじないをしたら、これからはちゃんと気を付けてくれるのね……?」
「え、」
「それに傷も早く治るかもしれないんだったら私、やるわ!」
「ほ、本気ですか?」


 勿論!とこちらに向き直った彼女の顔はまだ赤い。恥ずかしいだろうに、それでも私を心配して頑張ってくれていると思うと、胸の奥がきゅうっとする。
 未だ恥ずかしそうな彼女は意を決したのか、ゆっくりと私の方へと近付いてきた。そして、胸元で当たるか当たらないかの距離で一度止まる。


「っじゃあ、いくわよ……?」
「ど、うぞ……」


 ちゅっ、と胸元から音がした。ピチョン、チャプチャプ、そんな水音たちに簡単に掻き消される位の、本当に小さな音。
 少ししたにある桃色の頭を見て、またもや私の悪戯心が疼く。……いや、それだけじゃないか。

 グッ、と軽く蜜璃さんの頭部を引き寄せて更に彼女の唇を私の肌へと押し付けた。ピクリと彼女が震えたから、驚いている事はすぐに分かった。だが離す気は無い。


「……このまま強く、吸って」
「っ、……んっ、」


 すると先程よりも少し強く、ちぅぅぅっと吸い付かれる。痛みよりも擽ったさが上回った。漏れそうな笑い声を何とか耐えながら、頃合いを見てそっと彼女の後頭部から手を離す。
 私の急な我儘から漸く解放された蜜璃さんは、本当に逆上せてきてしまったのかそれとも違うのか、こちらを見上げるその表情は少し蕩けている。

 ふと視線を下ろせば、付けてもらったモノは予想していた場所では無く、鎖骨より少し下にあった。優しい彼女の事だから、圧をかけたら痛いかもしれないと避けたのだろう。


「ありがとうございます蜜璃さん、これで私の傷も早く治るかもしれないです」
「……ちゃんと、怪我の方も気を付けてね?」
「勿論、言い出しっぺですので」
「っなら良いの!」


 私が力強く頷けば、彼女は心底嬉しそうにふんわりと微笑んだ。……うっ、眩しい。聖なる光に浄化される悪魔とかは、こんな気分なのだろうか。いや、うん……衝動的な欲望に従ってすいませんでした、蜜璃さん。

 後日での任務。私は彼女に宣言した通り無傷で帰還して、報告した蜜璃さんにハグという名の体当たりを貰った。




結果
入浴中、真新しい傷を見つけてしまった恋柱。おまじないと言われ、最初は戸惑ったけれど良くなるなら……!と承諾する。固定された時は驚いたけれど、全然嫌じゃなかったからちょっと混乱している。

胸は深い愛情、信頼。



| menu |  
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -