胡蝶しのぶの場合




「苗字さん貴方、また無茶をしましたね」


 診察中。怪我の具合を見る為に私の隊服の前を開いて胸の辺りを見た彼女は難しい顔をして、すぐに綺麗な顔を不快ですと言いたげに歪めた。それを間近で見せられた私は気まずく、胡蝶さんから目を逸らす他なかった。


「何度も注意した筈です、無鉄砲な戦い方をしない様にと、己を顧みないのは止めなさいと」
「ごめんなさい……どうしても考えるより先に体が動いてしまって」
「はぁ……」


 額に手を当てて、やれやれと疲れた様に首を振る胡蝶さん。いつからかは忘れてしまったが、気が付いた時には彼女が私の戦い方を注意する様になった。でも私は変えようと思ってもこの今の戦闘スタイルを変えられなくて、毎回彼女に溜め息を吐かせてしまっている。
 うぅ、美人の顔を毎回歪めさせてしまっているのは本当に申し訳無い……。


「結局これは、貴方の考え方なんですよ」
「考え方、ですか?」
「そうです、苗字さんの戦い方はまるで消耗品……自分なんか居なくなっても替えがきく、だから大丈夫という最悪な考え方です」
「えっ、そんな風に見えますか?」
「無自覚なのはもっと最低です」


 ニコリと笑った彼女だが、その額には青筋がハッキリと浮かんでいる。彼女の小顔で綺麗な顔とのアンバランスな感じが、余計に私の恐怖心を煽った。
 子犬の様に一人プルプルと震えながらごめんなさい、と最後はもうほぼ声が出ていない謝罪を口からこぼす。


「散々注意しても聞かない子には、少し痛い目にあってもらいましょうね」
「えっ、確定事項!?」
「あら……何か、問題でも?」
「な、何でもないでーす……」


 ブンブンと首を振れば、目の前の美少女はそれで良いんですと言いたげな顔をした。そしてそんな満足気な彼女は、治療を再開させていく。傷の具合を見て、それに適した薬を使う。包帯が必要な所があれば巻いて、それ以外なら湿布を貼って。
 いつも通り流石の慣れた手際でテキパキと進められた治療は、無事終了した。

 そうやって手際に見惚れていれば、急に胸の辺りをなぞられた。そこには傷、とまではいかなかったが青痣が出来てしまった場所。
 彼女はソコに触れるか触れないかの微妙な采配をしながら、指をツー……と動かす。


「こ、ちょう、さん……?」
「何でしょう」
「や、あの……何でそこをなぞっ、ひっ!?」
「まぁ、存外可愛らしい声を出されるんですね?」


 彼女の手はいつの間にか私の胸に到達していて、ふにふにとまるで柔らかさを確かめられるかの様につつかれた。


「全く、こんなに増やして……」
「ひ、ぇぇ……」
「どうしようも無い人」
「いっ!?」


 グッ、と押され反射的に痛がる声を上げてしまう。実際は痣を避けた場所を軽く押されただけで、そんなに痛くは無い。当たり前だ。医療に携わる彼女が、怪我を悪化させるような行為をする筈が無い。……が、反射的に怖いものは怖い!
 ビクビクとしている私とは裏腹に、目の前の彼女はクスクスと笑ってとても楽しそうである。


「こ、胡蝶さぁん……!」
「あらあら情けない声を上げて、どうしました?」
「もうほんと、これ、どういう状況なんですか……」
「あぁ……一つ、印を付ける場所を模索していたところですよ」


 胡蝶さんのその台詞に、え?と言葉を漏らせば、いつの間にか私の胸元辺りに彼女の頭が移動して来ていた。
 サラリと私の肌に触れた彼女の髪、近付いて来た事で当たる彼女の吐息。そして、ふわりと香る彼女の甘い匂い。そのどれもが私の脳を掻き乱し、暴れ回る。ゴクリ、と自身の喉が勝手に鳴ったのが良く聞こえた。

 彼女はそんな私を上目遣いで見ると意地悪な顔で笑って、私の胸元に吸い付いた。ちぅ、という小さくて可愛らしい音が鳴る。


「これは、目印です」
「目印……?」
「それを見る度に、今日の事を思い出して下さいね」
「え、」
「そうしたら少し位、貴方もその場所にあるモノを意識するでしょう?」
「!」


 二重の意味で。でもその片方に気を取られ過ぎてまたこんな風な形になったら承知しませんので、くれぐれもご注意を。

 ふんわりと、これでもかと優しさを詰め込んだ様な慈愛微笑みを浮かべながら、言っている事を翻訳すれば次は無いと聞こえてくる様だった。
 この今の胸の高鳴りは先程の彼女の行為のせいか、それとも恐怖のせいか。どちらか分からないまま私は、軍人の様なハキハキとした返事をしてコクコクと素早く頷いた。




結果
己を顧みない戦い方を前々から止めさせたかった蟲柱。何度注意しても止めさせられないので、強制的に意識出来るように心臓の位置に印を付けた。

胸は深い愛情、信頼。


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