ポツンと咲いたカタクリ



 重い体を引きずるように食堂へ向かう朝。体が重いのは体調が悪いわけではなく、完全に私の気持ちの問題なわけで。……あぁ、本当にどうしよう。どういう顔して会えばいいのかとかも思うが、それよりも総統がどう思ってどう接してくるかを想像しただけで胃がキリキリと痛む。
 だって、あの総統だよ?大方わざとらしく大爆笑して、からかうネタにされる気しかしない。そして今日から数日そのネタで遊ばれる気しかしない。……食堂行くの止めようかな、考えてるだけで気分が深海に達するレベルで沈んできた。

 そんな事を考えていれば、どんなに亀やナマケモノの様にゆっくり歩いても目的地に着いてしまう訳で。とうとう扉の前まで来てしまった。……あー、もう!なる様になってしまえ!!


 半ばヤケクソになりながらもガチャりとドアを開けると、室内には数人の男女が居た。そして、その数人の中には総統は居らず少しホッと息をつく。

 中にいたのは、最原君と赤松さん、天海君に東条さん、そして白銀さん。
 東条さんはいつも美味しいご飯を作ってくれたりするのでここに居ても違和感が無いのだが、他の4人が一緒にまとまって居たのには少し驚いた。しかも4人は何やら話に夢中の様で、こちらに全然気付いていないようだった。

 驚きつつも私は東条さんの所に行き、今日も美味しい朝ご飯を貰って定位置になりつつあるいつもの席に着いた。両手を合わせて、さぁ食べようとしたその時、赤松さんがこちらに気付き私を呼んだ。


「あっ、苗字さん!おはよう!良かったらこっちで一緒に食べない?」
「おはよう、でも何か凄く話し込んでたみたいだったけど……私が行っても大丈夫なの?」
「大丈夫!むしろ苗字さんにも協力して欲しいの!」
「協力?」


 持ちかけられたその提案に、私は首を傾げる。まさかとは思うが四人で何か悪巧みを……?だがすぐにいやいや総統じゃないのだから、とその考えを打ち消した。

 一緒に食べようとお誘いを受けた私は、自身のトレーを持って四人の所へいそいそと移動する。そして持ちかけられた話を聞き始めた。


 話は、赤松さんと白銀さんが話ていた所から始まる。
 発端は白銀さんの才能でもあるコスプレの話で、何でも紅鮭団が終わるまでは出られないその数日の間に大きなイベントがあったらしい。だが彼女はここに居るためそこには行けない、けれど大人数じゃなくてもいいから皆でコスプレしたいなぁとボヤいたらしい。

 そして、その話に便乗したのが話を聞いていた赤松さん。彼女は「何かそれってちょっとしたパーティーみたいだね!皆とも一層仲良くなれる機会にも出来るんじゃないかな!?」と、ノリノリだったらしい。(最原君談)
 そしてそれまで黙って話を聞いていた最原君は白銀さんにターゲットにされ、赤松さんにも押され巻き込まれたと。天海君はその時に丁度入ってきて、同様に巻き込まれたらしい。
 確かに二人共、美人でどんな格好でも似合いそうだもんなぁ……。


 ……というか、ちょっと待ってほしい。白銀さんは終わるまで出られないと言っているが、貴方は自らこちらに入っているんじゃないのか。まさか、こちらでの白銀つむぎはただの参加者……?

 ずれ始めた考えに悶々としていれば、赤松さんにどうかな?と聞かれる。それに私は正直に、別に良いのではないかと答えた。皆が楽しく過ごせるのなら私は嬉しい。
 あの時には叶わなかった光景が見られるのかもしれないのかと思うと、少し目頭辺りが熱くなった。


「良かった!じゃあ苗字さんも参加決定だね!」
「えっ」
「苗字さんにはゴシック、ロリ、いや着物系もありだね!!何ならいっそドレスとかにしようか!?」
「普通でお願いします!」
「えー……その普段の普通を打ち破るからコスプレは良いんだよ、自分の内に秘めたるものを思う存分解放するんだよ!」
「白銀さん怖い怖い!目がガチだよ!!」
「そりゃあ仮にも自分の才能にも関わる事で、なにより好きな事だからね……それにある意味チャンスだからね、こうふ……じゃなかった地味に真剣になるよ」
「そ、そうなんだ……ん?待って今、興奮って言った??」


 それからは、どういうコスプレにするかを話した。皆、白銀さん見たくアニメとかには博識ではない。その為、皆が分かるものにしようと言う事で、今回するコスプレは童話ということになった。
 それぞれ雰囲気のイメージや性格で着てもらおうという事と、何組かはペアでもいいかもしれないという話になった。例えば白雪姫と小人の様な。

 そこからは誰が何のキャラが良いかなど出し合って、ここに居る面子はぼんやりとだが路線が決まった、というか押し切られた。
 最後まで話し合ったのは、数人の男子の女装についてだ。勿論これも最初に息巻いていたのは白銀さんで、その餌食になったのは今ここに居る男子二人とここには居ない総統だった。
 彼女曰く最原君と天海君は綺麗な顔立ちをしていて、総統は可愛い顔立ちの為色々な服を着せて弄り回したいそうだ。

 確かに、最原君は線も細いから全然違和感無くいけるだろう。天海君は確かに綺麗な顔立ちだが、如何せん身長と体格がしっかりしている為少し無理があるのではと思った。そして総統に関しては、心の底から正直に無問題だと思った。絶対似合う、というか下手をしたら女の私より可愛いんじゃないか?
 想像したら女として色々な負けた気がするので、そっと脳の片隅に置き考えるのをやめた。

 この案を二人共否定したが、ぶっちゃければ最原君は押し切られた、赤松さんという最強の手段で。ほら彼、赤松さんには弱いから……。天海君は私が思った通り自身の体格を理由に述べ、提案者の白銀さんも残念そうに引き下がった。
 が、最原君はそんなに体格がしっかりしている訳じゃないし、それは本人も自覚済みの様で、彼は顔色を悪くし胸の当たりの服をギュッと掴んで断る理由を必死に考えていた。そんな所に赤松さんの天然型爆弾が投下されたという訳だ。
 そんなこんなで純粋な目に耐えられなくなった最原君は、普通のもちゃんとあるみたいだし少しだけならと了承したのだ。


 さてそして後はこの場に居ない総統だけなのだが、何故かその瞬間この場にいる全員が私の方を見た。……何故だろう、何故一斉に私を見るのだろうか。
 しかも最原君に至っては、凄く申し訳なさそうなのだけれど!そう思うなら最初から見ないの!!素直だなもう!……うん、分かってた。何となくこの流れになるのは総統の話題が挙がった時点で分かっていたんだ。
 何せ総統が初日、自ら近くに行った相手ですからね。他の人より少し違う感じで私の周りをウロチョロしてたのものね……!

 私は嫌ですオーラを出しながら一応、何?と聞いてみた。


「苗字さんが多分、一番王馬君と仲が良いと思うんだけど……お願い出来ないかな?」
「嫌です無理ですなんで私なんですか、まだたった一日ですよ?絶対に他に適任が居ますって!発案者の貴方とか!」
「私じゃ多分、地味にさらっと交わされるのが落ちだと思うよ?それにほら、最原君は赤松さんという適任者が説得してくれたから頷いてくれた訳だし……」


 ブンブンと勢いよく首を振ってそう言えば、白銀さんに最原君の的確な例を出されてしまった。それを聞いた彼は端の方で恥ずかしそうにしていたが、事実なので私は何も言えない。


「それはそうですけど……!それでも総統の適任者は絶対私じゃないですって!えっとそれなら、っ天海君!天海君なら穏便に済ませられそうな気がします!」
「え、俺っすか?」
「何なら私が出来る範囲で何か一つ言う事を聞きますから!」
「苗字さん、どうしたんだって言うくらいにめちゃくちゃ必死じゃないっすか」


 そりゃあ、必死にもなる。ここで頷いて了承したら、それこそ完全に総統の適任者がこれから先ずっと私になってしまう。
 ただでさえ昨日、自分でも訳分からん事をしでかしているのに、これ以上どうしろと言うのだ。

 天海君はそんな私の心中を察したかの様に、頷いてくれた。何て優しい人なんだ。
 そして私が提示したお願いも一緒に言ってくれた。そのお願いも重過ぎず軽すぎず、何という気の配り方なのだろうか。天海蘭太郎凄い。

 そのお願いは私とペアのコスプレをする事、そのコスプレは天海君が選ぶ事、でもちゃんとその選ぶ場に居てもらうとも言われた。つまり、一方的に決めるのではなくちゃんと私の意見を聞いてくれるという事だろう。天海蘭太郎凄い。(二回目)
 こういうさり気ない気遣いが出来るとモテるんですね、分かります。だからこんなにリア充オーラ溢れてるのかな、この人……。


「……天海君、絶対凄いモテるよね」
「えぇっと……俺、全然モテないっすよ?」
「あぁー……こういう謙虚な所もモテ要素に入るんだろうなぁー……」
「いや本当にいきなりどうしたんすか苗字さん!何か遠い目になってません!?」
「うん、何でもないよ……」


 私はイケメンオーラにあてられて少し遠い目をした後、改めて総統の件とペアの件でよろしくねと言えば、天海君はこちらこそと微笑んだ。
 その後は誰が誰を誘いに行くかを簡単に決め、行動に移すことになった。私は先程の会話もあってか天海君と行動する事になった、後は最原君と赤松さんペア。白銀さんはここに居る東条さんに今の話をしてから、衣装などを作り始めるからと自分の研究室に籠るらしい。

 私達はそれじゃあまた後でと別れ、行動に移した。校内を天海君と歩きながらモノパットを見て皆の現在地を確認すれば、近くに四人のアイコンが密集していた。それは夢野さん、茶柱さん、キーボくん、総統。
 チラリと天海君を見遣れば、私の言いたい事が分かったかの様に苦笑した。


「どう、する?ここ行く?」
「まぁ行くしかないっすよね……苗字さんは女子の方達を頼みます、茶柱さんは俺が言っても聞いてくれないでしょうし、約束の通り王馬君はちゃんと俺が引き受けますから」
「あ、そっか茶柱さん男子嫌いだもんね、うん分かった!」
「……じゃ、行くっすよ」


 外に繋がる扉を開けば、すぐ四人が騒いでる光景が目に入った。大方、総統が三人にちょっかい掛けまくってるんだろう。
 私は天海君が男子二人の方へ行って離れた隙に、女子の方へ話をする為に駆け寄った。

 思った通り茶柱さんは「男死っ!」と怒っていて、夢野さんも「んあーっ!」と叫んでいた。……うん、変わらないなぁ。少しほっこりする。
 私はそんな二人を宥めつつ、白銀さんが言っていたことを伝え参加の有無を聞いた。すると夢野さんはメンドイのぉと言いながらも了承してくれて、茶柱さんは予想通り夢野さんが行くなら!と即答だった。
 私は了承を得られた事に胸を撫で下ろすと詳しい事はまた伝えるねと彼女達に告げて、チラリと天海君の方を見た。
 するとやはり総統は苦戦しているらしく、天海君が懸命に食い下がっているようだった。……まぁ、当たり前か。キーボ君は普通だが、総統の方は女装も入っている。となるといつも以上に面倒臭いに決まっている。

 私は小さく溜め息を付きながら他の人が居ないか電子生徒手帳を確認した。だが近くにはこの六人以外誰も居ないようで、ガックリと項垂れた。やはり、これはもう諦めて私も天海君の加勢に行った方が良いのではないだろうか。これ以上は天海君が可哀想な気がする。
 そう思いもう一度天海君の方を見れば丁度天海君と目が合い、それに動揺して少し視線を逸らせば今度は総統がこちらを見ていた。そして少し遅れたようにキーボ君もこちらを見た。

 え、何だろう。何で一斉にこちらを見ているんだ。しかも総統真顔じゃないか、あの何考えているか分からないある意味一番怖い表情じゃないか。
 三人の視線に気圧され、ジリ、と一歩下がると同時に総統が夢野さんにからかう様な声をかけた。……そうだ私の後ろには彼女達が居たじゃないか、何で一瞬でも私を見てるだなんて思ったんだろう、そんな事有り得ないのに。

 私はそれに一瞬何かで頭を強く打たれたような気がしたが、振り払うように頭を左右に振り天海君の元へ歩み寄った。


「……天海君、そっちはどう?OK貰えた?」
「え……あ、はい、何とか貰えましたけど……」
「そっか良かった!それじゃ他の人達も探しに行こうか!」
「そう、っすね……はい、行きましょうか」


 私は半ば天海君の腕を引き、その場を後にした。天海君は私が腕を引いても何も言わず、されるがまま歩いてもくれた。
 チラリと最後に視界に見えたのは、楽しそうに夢野さんをからかう笑顔の総統だった。

 こんなドス黒い醜い感情、彼に抱いていたものと一緒にあちらに置いてきた筈なのに。どうして吹きこぼれそうな位に今更現れたのだろう。
 これを向ける相手も、それが元凶となってしまった人も、間違っていると分かっているのに。


 私が好きなのは、あちらの王馬小吉の筈なのに。







カタクリの花言葉
寂しさに耐える、初恋、嫉妬、消極的





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