揺れるリナリア



 あの後、そのまま総統に振り回されて現在の時刻は夜時間。つまりあれで一日が終了した。 学園探索は出来なかったが、その代わりに電子手帳を見てみれば三人の絆の欠片が主張する様にそこに光っていた。
 それを見て、あの時間は無駄では無かったと少しホッとしたのを覚えている。

 夜時間、と言っても後は寝るだけなのだが、如何せんこれっぽっちも眠くない。
 それに少し、喉が乾いた。コロシアイ時は食堂は夜時間閉まるはずだが、こちらはどうなのだろう。その辺も、あの白黒のクマに聞いておけば良かった。……仕方ない、夜風に当たる散歩ついでに見てこよう。

 ……こちらはあの時とは違い、夜時間に強い警戒心を抱かなくても良いのだから。
 もう、コロシアイなんてものはしないのだから。




 寄宿舎を出れば、広がる夜空にキラキラと瞬く無数の星が私を出迎えた。まぁ、この夜空も作り物なのだろうけれど。
 その壮大な仕掛けに呆れ混じりに大きく息を吐きながら歩いていれば、視線の先にある藤棚の方に人影が見えた。
 その誰かはベンチに座っている様で、こちらからは誰かしらの背中ということしか分からない。

 こちらでは皆制服姿だけでなく、倉庫にあったパーカーやジャージなどを寝間着にしている人が何人か居る。何なら私もその一人だ。しかしその場合、確認しないと誰だか顔を見ないと分からない時がある。
 しかも今回座っている影は、パーカーのフードを頭にスッポリと被っていて髪型ですら把握が出来ない。

 まぁ、変に近寄らなければあちらも特に気付かないだろう。私は食堂に用事がある、さっさと用を済ませて戻ってこよう。
 そう思い、私は校舎の方へ歩き出した。




 しかし夜の校舎はよくホラーの題材にされるが、自身がそこに踏み込むとその理由がよく分かる気がした。何せ、何も無いとは分かっているが、何処か不気味なのだ。
 この学校は元々セットの筈なので、七不思議とかは無いだろう。だが普通の学校はそういう噂や伝承がある所はあるので、それを知っていると尚更思い出して怖く感じるのだろう。
 私もあまりその手の話は強くない、かと言って凄くビビりな訳でもない……と思いたい。でも今回、目的地が比較的近い場所で助かった。


 さて食堂に着いたわけだが、扉は開くだろうか?
 そう思いドアノブに手をかけてみると、ガチャりと開いた。……おお、こちらは開いているのか。
 幸い部屋は電気を付けられるから、さっさと数本の飲み物を取って自室に帰ろう。

 冷蔵庫を開いてみると、色々な種類の飲み物が揃っていた。お茶や水、果汁ジュースに炭酸飲料など栄養ドリンク系もある。
 まぁこれだけの人間が居ればそりゃこんな数になるかぁ、なんて事を考えながら自身が比較的好きなメーカーのお茶と水を一本ずつ手に取った。

 そして、さぁ帰ろうと思った瞬間。不意に肩をトントンと叩かれて飛び上がってしまい、その拍子に手にしたペットボトルも落としてしまった。
 私はビックリしたのと、若干驚かされた事への怒りで誰だというのを確認するために勢いよく振り返る。

 するとそこには、昼間私達をこれでもかというくらい振り回した総統様が立っていた。ただ昼間と違うのは、彼が白いパーカーに頭と上半身がスッポリと包まれている事。
 彼も私が予想以上に驚いたからか、目を見開いている。


「うっ……わ、ビックリした……勢い良く振り向かないでよ、逆にこっちがビックリしちゃったじゃん!」
「っ総統……?何で……」
「はぁい、こんばんは苗字ちゃん、良い驚きっぷりだったね!」


 え?俺が何でここに居るかって?それはねー……こんな時間に誰かさんが校舎に向かって行くのが見えたから、何する気かと思って後を付けて来たんだよ!

 何で此処に?という疑問を投げかければ、彼は意外にも簡単にニコニコと教えてくれた。……というか彼のこの格好、さっき藤棚の所に居たのこの人か。


「……何をするも、私はただ飲み物を取りに来ただけなんだけど」
「そうみたいだね、あーあ、何かあると思ったのにつまんないのー」


 そう言うと総統は、私が落とした内の一本のペットボトルを拾い上げた。もう一本は私の方が近かったので、自分で拾い上げる。
 総統はそのペットボトルを見た後、これ好きなの?と問いかけてきた。それに私は、可もなく不可もなくと答える。
 すると総統は真顔でふーんと言うと、パキリと音を立ててキャップを開けた。それを見た私は少なからず驚き目を見張る、だってそれ、私が冷蔵庫から取り出したやつ……!
 そんな視線を彼は一切気にすることなく、そのまま総統はペットボトルの中身をゴクゴクと飲む。


「えっ、ちょっ、総統?」
「っぷは、え?何?」
「いやそれ、私が飲もうと思って出したうちの一本……」
「あー……俺も喉乾いてたから許して!その代わり苗字ちゃんには、俺のオススメを渡してあげるからさっ」
「いや、思えば別に冷蔵庫に同じのあるからそれを出せば良いから遠慮しとく」


 私がそう言えば、総統がえー!?と今の時刻を考えずに騒ぎ出してしまった。


「苗字ちゃんは俺のオススメが飲めないっていうの!?酷いよぉおおおぉぉおおおお!!うぇえええええんっ!!!!」
「っちょ……総統うるさっ、時間考えて!?嘘泣きも止めて!?」
「はー、泣いたらスッキリした、ってか嘘泣きってすぐに判断するの酷くない??」
「……私の知り合いにもそういうのが得意なのが居て、酷似してたから何となくそうかなって」
「ふぅん……それってさぁ、」


 これ以上前の事柄に近しい事を何も喋らない様に、自分と彼の口を塞ぐ様にそれよりも、と話題を逸らす。


「総統、君のオススメってどれ?早く部屋帰りたいし、ぶっちゃけ眠い」
「……あー、うん、俺のオススメね!俺はねー、これが好きなんだ!!」
「炭酸飲料?何と言うか、いかにも総統好きそうで納得」
「えっ、何それ!俺が子供っぽいとでも言いたいの!?」


 もー、苗字ちゃんなんて知らないから!などと如何にも私怒ってますオーラを出しながら、私に紫の炭酸飲料を押し付けると、さっさと食堂を出て行ってしまった。
 ……ごめんね、総統。私、君がこれ好きなの知ってるの。ずっと、ずっと、前から。
 手の中の紫色を見つめ、ぎゅっと握る。今度は何があっても、その紫を落とさないように。

 彼が、初めてこの紫が好物だと教えてくれた日の事が脳裏に過ぎる。それと同時に、出て行った筈の総統が扉の向こうから大きめの声で、帰るんじゃなかったのー?という声が聞こえてきた。
 私はその浮上してきた記憶を奥に押し返す様に、ドアの向こうの彼に聞こえるように今行くと返事を返した。


 その後の寄宿舎までの道のりは、まぁ昼間同様に総統様に弄ばれたと言いますかなんと言うか。
 それにしても、本当にこの人はいつでも元気だな。ある意味凄いなと思いながら、今は総統の事を軽く流しつつ、眠過ぎて先程から何度も欠伸を噛み殺している。

 勿論、それに総統様が気が付かない訳が無い。
 目敏く私が欠伸を噛み殺している事に気が付くと、私の眠気が飛ぶ様に要らない配慮をしたのかは知らないが、いつものマシンガントークがレベルアップした。


 ……待ってくれ、待つんだ総統。くっっっそ五月蝿いな、君!?何だお前歩く拡声器かよ、ていうかこれもうスピーカーだよ、歩く爆音スピーカー。しかも最初から音量MAXだぞコイツ、何時だと思ってんだ巫山戯やがれコノヤロウ。
 そして今思い返せば、この時の私は眠気MAXで正常な判断が出来てなかったんだろう。今起きている目の前の事が何とかなれば、方法は何でも良いみたいな。

 私はスピーカー元である口を手でバチン!と思いっきり塞いだ、勿論鼻は避けて。
 だがそれだけで彼が静かになれば、元から苦労はしない。その証拠にモガモガと蠢き続けるので、私はその時の眠気も混ざり少しイライラとしていた。そして何を思ったのか、衝動的に総統に自分の顔を近付けキスをした。といっても私の手越しに、だけれも。
 だがその時の彼も、多少なりともビックリしたらしい。総統はピタリと静かになり、私もそれに満足してそのまま寄宿舎の自部屋に帰った。ここまでが昨日の夜の記憶、なんてこった。

 え?眠すぎるからって昨日の自分、何してんの??というか後少しで寄宿舎だったんだから、そのまま流して帰ればよかったじゃん!何で変な事してんの?眠過ぎてなりふり構わなさすぎだろう自分!痴女か!?

 こんな感じで起きた直後に昨日の事がフラッシュバックして、居た堪れなさ過ぎて自身の顔を覆った。
 ……っあぁもう!今日どんな顔して会えば良いの!!??






リナリアの花言葉
私の恋を知ってください、幻想、乱れる乙女心、断ち切れぬ想い




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