夢を見る、私が刀を持って勇敢に戦う夢を。黒い和服の様な衣服を見に纏い、懸命に異形のモノと戦う夢。そこには私だけじゃなくて周りにも人が居て、その人達も同じ様な衣服を身に纏っている。まるで一つの軍隊の様。

 ある日見た夢は、何処かのお屋敷で仲間と思われる人達と仲良く喋っている穏やかな場面。
 ある日見た夢は、私が人型っぽい異形の首と思わしき部分を私の持っている刀で切り落とす場面。
 ある日見た夢は、私が戦いの中で仲間と思われる人達と共闘している場面。
 ある日見た夢は、胸に異形のモノの攻撃と思われるものを食らって穴が空いて死んだ場面。

 ────その最期には、近くに綺麗な金色と震えている様な複数人の声が聞こえた気がした。


 ピリリリリリ、そんな高くけたたましい音に意識が浮上する。半覚醒状態の頭で携帯が置いてあるであろう場所を数回パシパシと叩けば、硬い感触が手に当たった。殆ど開いていない目でも慣れてた手付きでいつもの様にアラームを止め、私は再び布団へと沈む。あぁ、お布団柔らかい。包まれるって最高だよね……などと微睡んだ頭で沈んでいればトントントンと扉をノックする音が響く、そしてその後に聞き飽きた奴の声が聞こえてきた。……毎日毎日、強制でも義務でも無いのによく飽きずに来るなぁ。暇なのかな、それともマゾ?


「ちょっと起きてー、遅刻するよー!」
「んん……うるさ……」
「人が起こしに来てんのにうるさいとか酷くない!?」
「キャンキャン何か吠えてる……犬……?」
「いや違うから!俺お前の幼馴染だからね、お前が今もう殆ど意識あるのも分かってるからね!?」
「えぇ、めんどくさ……てかなんで分かるの怖い……」
「その言葉は両方とも傷付くからヤメテェ!?」


 ドアの向こうで騒ぎ立てる声に意識が引っ張られ、仕方無しに身体をムクリと起こす。あぁ、まだ眠気でユラユラと身体が左右に揺れるなぁ。ねっむい、これもう一度寝ても良くない?……良いよね、うん寝よ。
 そんな本能のままに布団に戻ろうとすれば、扉の向こうから寝るんじゃねぇっ!と怒られた。えぇ、何で本当に分かるのかなぁ……。

 ガシガシと乱雑に頭を数回掻いて、クローゼットから制服を取り出す。今はシャツとスカートと靴下を履いてれば良いか、整えるのは後でにしよ。チャチャッと手早く着てしまえば、家で彷徨い歩いてもOKなレベルにはなった。
 ガチャリと扉を開ければ、ゴツンと重い音。はぁ?と思いその音の発信源を見れば額を抑え蹲る金髪がそこに居た。

 えぇ、まさかこんな近くに立ってるなんて誰も思わないよ……もう少し離れようとか思わなかったの。


「お馬鹿だなぁ、善逸は」
「いやお前がノーモーション過ぎるんだよ!」
「さっきまでは妖怪サトリの様に人の思考を読み取っていたというのに」
「妖怪言うな!いやそりゃ着替えてる音からドアに来るまでの音は聞こえたよ?けどその後が流れ作業過ぎて気付いたらこれだよ!!」
「やだ着替えの音聞いてたの?変態じゃん……」
「えっ、やっ違っ!わざとじゃない!!」


 意識して聞いた訳じゃ無いんだ信じてくれよォッ!!と叫びながら腰に縋る金髪をスルーしながら私は階段を降りて、リビングで朝食にありついた。あー、朝ご飯美味しい。階段降りている時に痛いとか色々と喚いていた気がするけれど、まぁそれは気にしない方向で。
 ご飯を食べ終えて、洗面所でパパッと身なりを整える。普通なら髪の毛のセットに三十分以上〜とかかけたりするのだろうけれど私は櫛で簡単に梳かして終わり、正直面倒臭い。どうせ登校中に風とかで崩れるし、キープするスプレーやワックスも何か違和感があって嫌だ。

 だが、そんなズボラで面倒臭がりの私とは正反対の金髪が今日も後ろで喚く。


「あぁもう、またそんな適当にして!ちゃんと整えれば良いのに」
「えー……別に良いよ、好きな人とかに見せるわけでも無いし」
「いやそうじゃくても身なりには気を使えよ」
「間に合ってまーす」


 逃げる様にパタパタと残りの制服達と通学バックを取りに行く為に部屋に戻った。
 あーもー毎日の事ながら、善逸は私のお母さんか。確かに両親が今海外で居ないから隣の家の桑島さんとか善逸達によろしくねとは言ってた、けどまさか本当にここまでされるとは思ってなかったんだよなぁ。……何だろう、私って善逸に生活力あんま無いって思われてんのかな。朝とか起こしに来るし。

 そんな風に頭の中でぶつくさと文句を垂れていれば、用意が終わった。うんまぁ、いつも通り特に変わりの無い制服姿。毎度思うけどキメツ学園高等部の制服は色合いが明るいなぁ。
 ふと卓上を見れば、カラフルなヘアピン達が目に入った。そういえばアレ誕生日にって友人から貰ったんだったか、確かその友人にも身なりに気を使えって言われて渡された気がする。ヘアピンなのは、校則にギリギリ引っ掛からないようにという友人なりの配慮だろう。

 ……身なり、身なりねぇ。こんなの一つで変わるものかねと思いながら私はカラフルな山から一つ手に取る。耳に髪をかけ、それを留める様にしてピンを差した。


「おまたせ」
「あ、やっと来た!全く遅刻する……よ…」
「善逸?」
「えっ、あっ、いや何でもない!」


 人の顔を凝視したかと思えば、挙動不審に動きだした。何だコイツ。えぇ、何か顔に付いてたのかなぁ。でも朝食べてから洗面所で顔見た時には何も無かった気がするけど。

 そのまま挙動不審な善逸といつも通り登校した。学校に着くまで彼は終始様子が可笑しかったので、一応保健室に行く事を勧めておいたが彼は何処も悪くないから大丈夫の一点張りだった。善逸とは一つ違いなので、自身の別の階の教室に行こうとすればパシリと手を取られる。
 急な事に驚き後ろを振り向けば、自身も何故こんな事をしたのか分からないといった表情の善逸が居た。


「え、何?」
「いや……何ででしょうね……?」
「はぁ?」
「いやだって俺にも本当に分からないんだよ!咄嗟に何故かこうなったんだよォッ!!」


 だからそんな軽蔑した目で見んなよォ!と叫ぶ善逸、それに対してうるさいと耳を塞ぐ私。そして通り過ぎる人達は、あぁ恒例だなとか日常茶飯事だなとかそういう目をして通り過ぎて行く。

 いや毎回思うんだけどさ、見てないで誰かちょっとくらい助け舟出してくれても良くない?例えばそこで吹き出すの耐えてる輩先生とかさぁ!バチりと目が合った輩先生は、良い笑顔で頑張れよと口パクすると親指を立てて去って行った。くっそあの先生見捨てやがりましたよ。
そんな周りの目に気付いてないのか、気付いていてもこうなのか、変わらずオォンと嘆く善逸。
 分かった、もうさっきの事は追求しないから腰に縋りつかないで。君の今の顔面が私の服に付いてしまう、制服は簡単に洗濯出来ないから涙と鼻水で大惨事になるのは本当に勘弁なの。


「もう分かった、分かったから!何も言わないから、私は教室に行きます」
「えっ駄目!……ん?あれ何で?」
「いや何ではこっちの台詞だし、遅刻して先生に怒られたくないんですが」
「そうだよね分かってる分かってるんだけど、あれェ……?」
「善逸、本当に今日何か可笑しくない?」


 来たばっかりだけど早退する?と聞けばそれは本当に大丈夫と断言されてしまった。ここまでキッパリと言うという事は本当に特に具合が悪い訳では無いのだろう、だがそうなると善逸の奇行の説明がつかない。

 その後も一向に手を離そうとしない善逸を滅茶苦茶宥めて漸く解放されたので、その瞬間ダッシュで自身の教室に向かった。友人曰く、教室に勢い良く滑り込んだ私の表情は鬼気迫る様な顔だったという。
 まぁ本当に学校に居ながらも遅刻しそうになって居たので、ある意味危機は迫ってはいたのだが。後、友人にはヘアピン似合ってるって褒められたので少し嬉しかった。


 そのまま幸運な事に何事も無く午前の授業が終わり、現在昼休み。いつもなら基本的に炭治郎、善逸、伊之助の面子で食べているのだが今日は止めようと思う。だって善逸が明らかに可笑しいし、また会ったら次はどうなるか分からないし。後、ぶっちゃけ平和にゆっくりお昼食べたい。
 と、そんな事を思っていればスパァンッと教室のドアが音を立てて開き、その先には見覚えのある金髪が居た。……わぁお、足速いなぁ。今さっき授業終わったばっかりだと思うんだけど。というかお馬鹿、あんな勢い良く開けて壊れたらどうすんの。君の苦手な冨岡先生とかに怒られるぞ。

 お昼ご飯を持って目を合わせないように顔を背けながら、そーっと後ろ側のドアから出ようとすれば目敏く見つかり逃がすかと言わんばかりの大声で呼ばれた。


「おいコラ逃げんなァッ!」
「ヒェッ」
「名前は良い子だからコッチ来るよね?というか来い」
「えぇ、やだもう何その脅し方……」
「炭治郎達には今日は昼無理って言ってあるから大丈夫」
「一体何が大丈夫だというのか」


 おいで、と力強い言い方に渋々善逸の方へ向かった。うぇぇぇえ怖いよぉ、何か知らんけど幼馴染が怖いよぉ。いつもなら私の立ち位置が善逸の筈なのに、今日は何でこんな強気なの。もう誰、これ善逸の皮を被った誰かだよ。こういう時、炭治郎と伊之助と別クラスなのが本当に辛い。あぁもういつもだったら炭治郎が首根っこ掴むなり、伊之助がどつくなりで意識を逸らせるのに。
 内心ビクビクしながら我が幼馴染の傍に来れば、グッと手首を握られると同時に善逸は何処かに向かって歩き出した。私は急な事に足を縺れさせながら、転ばぬ様に必死に着いて行く。

 ズンズンと前を歩く善逸に着いて行けば、辿り着いたのは普段から使う人が少ない空き教室。基本的に移動教室でない限りはあまり使わない所、一体こんな所に何の用だというのだろうか。
 不思議に思っていれば、ぐるりと此方を振り返った善逸が珍しく真剣な顔をしていた。


「あのさ、朝は動揺して聞けなかったんだけど」
「あ、はい」
「そのヘアピン、どうしたの」
「あぁコレは友達に誕プレで貰ったやつ、シンプルで可愛いよね」
「うん可愛い、って俺が聞きたいのはそうじゃくて!何で急に付けたのかな……って思い、まして……」
「え?気分としか……後は身なりに気を付けろって言われたから?」
「……えっ、それだけ?」
「え?それだけだけど」


 私がそう告げればポカンと口を開けて固まった。いや本当に何なの、強引だったかと思えば急に萎んで。そんな私を余所に善逸はブツブツと急過ぎて誤解するでしょ、とかじゃあ何でその色なの、とかそんな言葉が聞こえてきた。
 いや、誤解って何の誤解。というかヘアピンの色?えぇっと私、あの時に何色を取ったんだったか。確か色は全部で黒、白、赤、黄、青、緑、紫、ピンク、オレンジだった気がする。……もういっそ取って確認した方が早いな。

 そう思い手をヘアピンにかければ、慌てた様子で善逸が待ったをかけた。


「待って待って待って!何で外そうとしてるの!?」
「いや何色付けたっけと思って」
「あっ覚えてないのね!別に意識して選んだ訳じゃないのね!!」
「だからこうやって確認しようとしてるの」
「よぉし鏡見ようか!」


 すぐヘアピンを外そうとする私を防ぐ様に彼はズルズルと女子トイレへと引き摺って来た、鏡持ってなくてもトイレにはあるだろって事らしい。半ば押し込まれる様にトイレに入った私は渋々鏡を見た、そこには一つのヘアピンをした私が映っていた。
 髪に差されていた色は、私にとっては馴染みのある色。何ならさっきまで見てた色。

 黄色いヘアピンが、私の髪を留めてキラキラと輝いていた。


 ……まさか、まさかまさかまさか!さっきの善逸の台詞は!!
 思い当たってしまった私はバァンッと音が鳴る位に勢い良くトイレのドアを開けた。外で待っていた金髪が奇声を上げて跳ねた気がするけれど、今の私にそんな事を気にする余裕は無い。


「ヒィオワァッ!?」
「ちっ違うから、うん、これ偶然なので、知らなかったので」
「えっあっはい?どうした一旦落ち着け??」
「うるさい善逸もさっきまでこんなだった癖に!!」
「えっ、急に酷くない!?」


 だって本当の事じゃないか。どうしてこの色が自分の色だって認識してるの、どうしてこの色を付けた私が君を意識したと思ったの。
 どうして私は、無意識に黄色を選んだの。

 グルグルと考えても分からない事を考えた。だが、どれだけ考えてもその答えを私は持ち合わせていない。
 というか善逸は黄色というより、金じゃないのか。夜には綺麗にその金糸が靡いて動く度に月の光で映えていたじゃないか、技を使う時だって……あれ、技って何?というか私今何でそんな事を思ったの?

 だって私、一度も夜に月の光で靡く金髪なんて見たことない。


 何故か昔から夜は危ないからと善逸が口煩かったし、出ようとすればすぐに善逸にバレて止められた。止められて拗ねる私を宥めるように、夜は基本的に窓を開けて隣の家の彼と喋ってたのだ。その時だって室内の人工的な明かりがあるから、月の光で照らされていたかなんて分からない。なのに今私は確信していた、最初からソレが綺麗だと知っていた。

 ……そういえば、何で今私が思い返した善逸は一度も見たことの無い筈の和服なの?


「おい、おいってば!どうかしたのか?」
「えっ……あぁいや、なんでもない」
「俺が言えた事じゃないけど大丈夫かよ」
「うん……ねぇ善逸、変な事聞くけどさ、善逸って私に黄色い和服姿を見せた事あったっけ」
「……どうして?」
「いや説明難しいんだけど、何故か三角模様が入った黄色い羽織がチラついて……」
「……そっかぁ、ううん、お前には無いよ」


 そう言うと何処か懐かしむ様な、哀しそうな、そんな表情で善逸は笑った。何でそんな顔をしたのかは気になるけれど、彼がこう言うってことは本当に見た事が無いのだろう。けれど何度思い返しても恐ろしい位に違和感が無い、まるで最初からこうだったと言わんばかりだ。ずっと、見慣れていたものの様。

 不思議に思っていれば善逸がそれ以上考えても仕方無いだろ、とポンポンと私の頭を軽く叩く。そして同時にお前はこのままで良いんだよと言われた。
 どういう意味なのだろうか、と思ってもその発言をした人間はスタスタと元居た空き教室の方へ歩いていってしまったので、私は一旦ソレを頭の隅に置いて彼を追い掛けた。


 その後はそのまま二人でお昼を食べた。善逸は何故かあまり喋らず、何処か気も漫ろだったけど。そして最初に教室に駆け込んで来た時の勢いはもう見る影もなく、教室まで送ってくれて自身の教室へ帰ろうとする善逸の顔は今にも泣きそうな顔でヘラリと笑っていた。
 その表情に私は咄嗟に引き留めようとして、止めた。何故ならそんな顔をしている理由が分からなかったのと、私を見ている様であの顔を向けた先には違うものを見ている様だったから。

 そんな初めて見る幼馴染の顔に、困惑した私は伸ばしかけた手を止め静かに下げた。


「何だぁ?どうしたそんなシケた面して」
「……あ、輩先生」
「別に良いんだが、面と向かって輩呼びする奴意外と多いな」
「だって輩先生は輩先生ですし」
「まぁ俺もちゃんとした場以外では、とやかく言うつもりもねぇけどな」


 話しかけながら来たのは今もカラカラと明るく笑っている輩先生こと、宇髄先生。この親しみやすさと距離感がなんとも言えないバランスで、多様な生徒に好かれている美術の先生。輩先生というあだ名は多分砕けた口調とその派手な見た目から、私も最初初めて見た時は教師だとは思わなかった。まぁその後も美術室破壊とか、そういう事をやらかしているのである意味あだ名は間違っていない。
 次の授業はこの先生の担当である美術だったので一旦教材を持ってくる事にした、移動教室なの忘れてた。

 律儀にも待っていてくれた先生は、それで?と話を戻した。


「いえ別に大した事じゃないんですけど……」
「お前がそう思ってるだけで案外大した事かもしれねぇだろ?良いから話してみ?」
「その……ただ少し幼馴染の様子が可笑しいというか、初めて見る表情だったので戸惑ったと言いますか」
「苗字の幼馴染って、確か風紀委員の我妻だったか?」
「はい、それです」


 私は頷いて、事の顛末を簡単に話した。すると最初は相槌を打ちながら聞いていた輩先生が、だんだんと驚きと苦味を混ぜた様な表情になった。
 えぇ?何で先生までそんな顔になるの?確かに咄嗟に思い当たった事だけども、何もそこまでの顔をしなくても。私、そこまで変な事言ったかなぁ。
 話終える頃には先生の表情は何処か懐かしそうな顔だった、何を懐かしんでいるかなんて私には皆目見当もつかないのだけれど。……そういえば、輩先生って顔付近にもっと綺麗でジャラジャラした物を付けてなかったっけ?

 先生は一度俯いて唸りながら頭を乱雑に掻くと、此方を見て口を開いた。


「……そりゃ悪い夢でも見たんだろ、忘れとけ」
「え?私、別に授業中に居眠りとかしてませんよ」
「あ゙ー……いやそういう訳じゃないんだが、我妻だってそれ以上考えても仕方ねぇつったんだろ?」
「それは、そうですけど」
「なら、これはそれで終いだ」


 お前なりに我妻の事で悩んでたのも、俺が軽率に聞いちまったのも分かってる。だが、これは本当にそれで終いの話なんだ。

 そう言うと輩先生はこの話を締めるように、パンッと軽く手を叩いた。……何だろう、善逸といい輩先生といい何故勝手に自己完結するのかが私には分からない。先程から何かを勝手に懐かしみ、哀しみ、思い出している。私だって話をした当事者なのだから、無関係では無い筈なのに。何処か壁を感じるのは何故なのか。
 それに言い様の無い、憤りを感じるのは何故なのだろう。

 私は若干その憤りをぶつける様に、先程思い浮かんだ疑問をぶつける事にした。何故か、この質問をした方が良いと思ったから。


「……輩先生、先生って顔付近に綺麗でジャラジャラした物を付けてませんでしたっけ」
「……ンなもん付けてねぇよ、俺だって一応教師だからな」
「でも先生、派手が信条じゃないですか」
「そうだぜ?地味よりかはパァーっと派手にするのが俺の流儀だ!」
「ですよね、だからそう……例えば宝石とかカスタマイズして付けてそう」


 私がそう言うと先生の眉がピクリと動いた気がしたが、そのまま顔を見ても特に変わった様子は無く穏やかだ。
 取り敢えず頭に浮かんだ事を言ってみたのだが、思い返すと私結構面倒臭い生徒だな。何か変な事を言って、先生を困らしてる奴だ。

 私は居た堪れなくなり冗談ですと笑い飛ばして、話を日常会話に逸らした。
 あからさまな話題変更に、輩先生は特にツッコミもせずそのまま流されてくれた。……先生がモテる理由ってこういう事なんだろうなぁ。

 そのまま日常会話をしながら美術室に着いて、午後の授業が始まった。その間、何度か輩先生を盗み見たが特に変わった様子は無かった。


「結局、何か不可解な一日だったなぁ」


 授業も終わって授業の後片付けも手伝ったが、その後も特に輩先生と接触して話を掘り返す事も無く、現在帰宅途中。今日一日を思い返して独りでに呟く、唯一分かっているのは私自身が不可思議な事を言っただけ。
 まるで夢物語が現実だったかの様に、喋っただけ。

 そういえばここ最近断続的に見る夢もそうだが、何故あれが私の周りの人達に重なるのだろう。夢は夢、実在しない幻。最初からそんなものはありはしないのに。
 というかあんな怖い殺伐としたのが現実とか私ヤダよ、戦ってたじゃん。別に私はあの夢に魘されて起きたとか、寝れないとか、そういう害があった訳じゃないから今まで誰かに相談とかしてなかった訳だが。……まぁ内容が物騒過ぎて、言うのもはばかられたんだけれども。

 そんな風に俯いて考え事をしながら歩いていたのが行けなかったのだろう、ふいにドンッと勢い良く前方の何かにぶつかった。


「いっ……!?」
「あぁ゙?っておめェかよ」
「あ、伊之助」


 ぶつかったのは伊之助だった様で、私は謝りながら伊之助を見た。彼の手にはコンビニへ寄ったのだろう、色々入っていそうな袋片手にもう片方の手には食べかけのホットスナックのチキンが握られている。
 あ、そのチキン確か新商品だった気がする。伊之助は気になったらすぐに試すよなぁ、他の人が食べてて気になったら寄越せって言って掻っ攫う位に好奇心旺盛だし。時たま好みじゃない物に当たって凄い顔してる時とか見掛けるけど、チャレンジャーだなぁ。

 そんな事を思いながらジッと見ていれば、勘違いされたのだろう。伊之助は手に持ったチキンを庇う様にやらねぇぞ、と威嚇してきた。


「あぁごめん、取らないから大丈夫」
「じゃあ何であんな見てきたんだよ」
「あー……っと、あ!今日は一人で帰ってるの珍しいなぁって」
「別にいつもアイツらと一緒って訳じゃなねぇ、まぁさっきまで権八郎の奴は居たけどよ」
「あははっ、やっぱり居たのかぁー」


 伊之助のその言葉に吹き出せば、ムッとした伊之助に肩パンを貰う事になった。……伊之助君、伊之助君、私女の子だから。力の差とか体格差とか考えようか?滅茶苦茶痛いわ馬鹿野郎!なっに今の、肩の骨ズレたかと思った。
 声も無く痛みに震えていれば、不思議そうな顔をした伊之助が手加減しただろ?と首を傾げている。えぇぇえ、あれで手加減されてるの?嘘でしょ?伊之助の本気の力の場合どうなるの、骨粉砕するんじゃないの??……前言撤回、仕返ししてやる。

 私はキッと伊之助を睨んでから、勢い良く彼が持つチキンにかぶりついた。あ、美味しい。私も今度コンビニ行って買おう。
 伊之助は私の急な行動に呆気に取られ、数秒は固まったがすぐに正気に戻りチキンを横取りした私に吠えた。


「テッメェ!何すんだ!取らねぇつったじゃねぇか!!」
「んぐ、んんっ……さっきの肩パンのお返しですよ伊之助君」
「はぁ゙ーん?なんっでそれがチキンになんだよ!」


 ……まぁ、確かにそれはごもっともなんですけど。だって私には伊之助を痛がらせるだけの力は備わっては無いので、現状これ位しかない訳ですよ。
 力が強くない事を伝えれば、伊之助は相変わらず弱っちぃなと言われた。相変わらずって私は元々弱いんですがそれは。

 しかし食べ物の恨みは怖いと言うのは本当らしい。伊之助に威嚇され唸られっぱなしだったので、早々に折れてしまった私が明日何か一つ献上すると言えば前に食べたあの黄色いのが良いと言われた。
 黄色いの……?と私が考えれば、伊之助は甘かったとも言う。それを聞いて私は一つ思い当たった、確か過去に寄越せと言われて卵焼きをあげた気がする。確かめる様にそう聞いてみれば、そんな名前だった気がすると頷く。
 意外だな、伊之助ならもっと炭水化物とかお肉とかそういう系を言うかと思ってた。あ、でも彼の好物は天ぷらだからガッツリしてれば良いって訳でも無いのかもしれない。いや天ぷら自体も結構、重いっちゃ重いのだけれど。

 私は了承し、そのまま伊之助と雑談しながら途中まで帰ることにした。その最中、伊之助がポツリと呟く。


「……テメェは変わんねぇな」
「え?伊之助とは高校からの付き合いだからそんなに日数経ってなくない?」
「あ゙?……あ゙ー……そういやお前はねぇんだったか」
「はぁ?」


 そう言うと面倒臭そうにチッ、と小さく舌打ちをした。急によく分からない事を言ったかと思えば一体何だというのか、舌打ちされたけど超理不尽じゃない?
 ふと、彼がバサバサと少し長めの前髪を鬱陶しそうにしているのが目に付いた。多分、切るタイミングを逃したのだろう。

 私は髪にある黄色をスルリと取り、伊之助に差し出した。


「はい、これで前髪留めなよ」
「あ?こんなの女みてぇじゃねーか」
「別にヘアピンで髪を留める男子くらい居るから大丈夫だよ」


 それとも、これ位で伊之助の男らしさは消えちゃうの?

 私が煽る様にニヤニヤとしながら言えば、上等だ!と頭を差し出してきた。あ、私がやるのね?それにしても伊之助チョロいよ、そのチョロさは心配になるよ私。変な人に騙されないでよ?
 そんな事を勝手に思いながら伊之助の前髪を上げてヘアピンで留めた、そうすればデコ出し伊之助の完成だ。……はー、相変わらず整っていらっしゃる。


「ん、これ結構良いな」
「ならそれそのままあげるよ、元は貰い物だけど」
「はぁ?貰いもんなら大事にしやがれ」
「うーん……私もそうしたいのは山々なんだけど、私がその色を付けたら何か色々と面倒臭くなったんだよね」
「色ぉ?」


 怪訝そうな顔をしながら付けた色を聞いてきたので、私は素直に黄色と答えた。そうすれば一瞬キョトンとしてから、面倒臭そうにその整った顔を歪めた。
 えぇ、美人が台無し……今の会話で何が伊之助の顔をそんな風にさせるのか。伊之助はホントにお前らメンドクセェな、と顔を歪めながら溜息混じりにそう言った。というか今日は顔の良い人達が顔を歪めるのを見る事多くない?何で?

 あんな顔をしながらも前髪が上がっているのは楽なのか、取らずに時たまチョイチョイとヘアピンを触っている。
 伊之助もふとした瞬間こういう感じで可愛い面があるんだよなぁ、無知が見せる純朴というかなんというか。

 ぼんやりとそんな事を思っていれば、前方に見慣れた金髪が見えた気がした。


「あ?あれ、紋逸じゃねぇか」
「えっ?」
「あれ、お前ら今帰り?……って、それ、何で」
「?どれだよ?」


 伊之助の言った通り前から来たのは善逸だった、格好を見るに私服なのでこれから何処かに行く途中なのだろう。パッと見、学校の時のあの雰囲気はもう無いようだった。
 善逸は此方に気付き話しかけて来たかと思えば、伊之助を見て固まった。それに対して伊之助はそんな善逸を不思議そうに見ている。そんな両者を見て私は違う意味で固まった。
 いや、うん、流石に仲が良くても自分の色を付けてると思うと固まりますよね。でもズボラな私はしていたこのヘアピンしか持ってなかったんだ、仕方無い。

 その間も、伊之助はチョイチョイとヘアピンを触っている。その姿を見た善逸は、震える手で伊之助の頭を指差した。


「何でお前が、それ、してんの」
「コイツが使えって、後やるって言われた」
「いや、前髪が邪魔そうだったから……」
「っなら、別に他のやつでも」
「……でも私、これ以外持ってなかったから」
「っはー……ちょっと待ってろ」


 大きな溜息を付いてから、低めの声でそう言うと善逸は光の速さで何処かに走って行ったかと思えばすぐに帰って来た。その手には、何も無いように見えて何かが握られている。
 そのまま善逸は無言で伊之助に歩み寄ると黄色いヘアピンを取って、変わりに小さいプラスチックの箱から黒色の真新しいヘアピン達を取り出した。そして手際良く元より崩れにくい様に留め直した。


「これなら黒だし目立たないから良いだろ」
「お、おぉ!お前すげぇな」
「これはやる、だからコッチは返してもらうからな」
「あ?別に元々貰う気なんて無かったぜ?」
「あぁだよね、渋い顔してたもんね……」
「……それなら、良いけど」


 その後、少し会話をしてから伊之助とはそこで別れた。何故かって?金髪に引き留められたからです。
 あー待って待って、これ私でも分かる。何か凄い怒ってる気がする、いつも騒がしい人が何も言葉を発さない時のこの怖さよ。静寂すぎて逆に耳が痛い。
 スっと握りしめた手を此方に差し出すので、困惑しながらも掌を差し出せばコロンとヘアピンが返ってきた。

 黄色は変わらず、キラキラと輝いている。


「……ねぇ、名前にとってその色は、そんなに簡単に手放せちゃうの」
「えっ、いや別にそういう訳では」
「っじゃあ、そんな簡単に離すなよ……!」
「な、何で善逸がそんなに悲しそうなの……」
「それはっ……、……」


 そう言うとグッと押し黙ってしまった善逸。未だ彼は怒りか悲しみかは分からないが、肩が震えているのが良く分かった。
 私は先程彼の発言を思い返した、すると一つの仮説に辿り着く。……まさか、善逸自身が簡単に手放されたと思った?

 いやいやまさかそんなことは、と私は心の中で頭を振る。だがそれに思い当たってしまえば、不思議とそうとしか思えなくなってしまった。だってヘアピンだぞ、ただの黄色いヘアピン。確かに彼は黄色いイメージがあるかもしれない、それには本人も自覚はしてた。
 けれどまさか、それが善逸自身に繋がるなんて誰も思いやしないじゃないか。

 私は手の中の黄色を握り締めて、善逸を見た。


「……お前が言ったんだぞ、それは俺の色だって」
「私、そんな事言ったっけ……?」
「前だよ、ずっとずっと前」


 お前は、忘れてるけど。

 奥歯を噛み締めるように、彼は小さくそう呟いた。でもその後すぐに、でも俺が全部覚えてるからお前は思い出さなくて良いとかぶりを振る。
 それを見た私は何処か矛盾している、何故こんなにも歪なのだろうと思ってしまった。思い出してほしい、思い出してほしくない、そんな二つの感情が降り混ざった様な。善逸本人にも、もう自身がどちらを望んでいるのか分からない様な感じだ。

 私は若干混乱してきている善逸の名を呼んだ。


「善逸、」
「だって、あの時だって、俺が、俺達が間に合ってれば」
「ねぇ、善逸ってば」
「なのに、笑ってさぁ……!」
「っ我妻善逸!!」
「っ!?」


 段々と目が虚ろになっていった善逸に私はしっかりしろ!という意味も込めて大きく彼を揺さぶる。すると意識が戻ってきたのか情けない顔をしながらも目に光戻り、焦点も揺らいでいるが合っている。
 そして再度私を認識すると、今にも泣きそうな程に顔を歪めた。

 ……本当に、何だというのか。今日は何度も何度もそんな泣きそうな顔をして、まるで私が何処か遠くに行ってしまったみたいな顔をして。私はここに居る、ちゃんと我妻善逸の目の前に立っているというのに。
 まるで彼は私が死んでしまったと言っている様で、怖い。


「正直、私には善逸が何を指して言ってるのかは全く分からない」
「……」
「でも、何となく私を見透して何かを見てる事くらい分かる」
「……あ、」
「ハッキリ言うけど、私は、その人じゃない」


 深呼吸してハッキリとそう告げれば、善逸はまるで鈍器で殴られた様に見るからに動揺した。フルフルと力なく彼は首を横に振る。ちがう、ひていしないでくれ、と蚊の鳴くような声が聞こえた。
 ……駄目だ、今の善逸には何を言っても逆効果かもしれない。一旦リセットさせた方が良いだろう。取り敢えずここはまだ住宅街の中で道の往来だ、先ずは帰ろう。

 そう決意すればその後は早く、強く握ったままだったヘアピンを制服のポケットに入れて、私は善逸を引き摺る様に帰宅した。


「……落ち着いた?」
「……ん、」


 あの後、段々と落ち着いた善逸は家に着く頃には完全に戻っていた。一応あのまま彼の家に帰るのは不味いかと思い、今は私の部屋でお茶を飲ませて落ち着かせている。
 善逸は気まずそうに目を逸らしながら、小さくごめんと呟いた。それに対して私は何がと惚けた。

 俯いた善逸がなぁ、と口を開く。


「さっきの、忘れてくれ」
「流石にあれだけ強い衝撃、嘘でも忘れられないでしょ」
「……はは、だよなぁ」


 さっきは惚けたのに、意地悪だなぁ。

 と、疲れたように善逸は力なく笑った。その通りの様で、あぁ疲れたと言うと後ろに少し体を倒した。その先はベッドで、端に彼の頭がポフリと沈んだ。
 そのまま好きにさせていれば、段々と瞬きの回数が落ちていき最終的にその目は完全に閉じられてしまった。スゥ、という寝息も聞こえてきた。……泣き疲れた子供か、お前は。そんな事を思いながら深い溜息をついた。

 近くに行き、夕焼けでオレンジがかった金髪に手を伸ばす。ざんばらな髪に指を通せば、サラサラと流れていく。キラキラと一本一本が光に透かされて、まるでこの世のものでは無いみたいだ。
 そのまま軽く撫でていれば、まだ眠りが浅かったのだろう。唸りながら善逸の目がゆるりと薄く開く。


「……、あれ、」
「あ、起きた……善逸、寝るなら家帰りなよ」
「ん……ねぇいま、あたま」
「あぁごめん、嫌だった?」
「……ううん、なぁ、もうすこし」


 おねがい、そう掠れた声で言えば私の手に擦り寄った。
 そんな幼馴染の姿に私は変な声を出しそうになったが、ギリギリ耐えた。一瞬固まっただけの私を誰か褒めて欲しい。

 ベッドに座り直して彼の要望に答えるように、髪を梳かしながら撫でる。そうすれば彼の顔からは余計な力が抜けていった、心地良さそうに緩んでいる。安心しきったような顔。
 こんな顔をされてしまっては、起こすのが忍びなくなってしまう。まぁ、隣だし連絡入れれば良いかと今は深く考えるのは止めた。

 今は取り敢えず、この穏やかに眠る幼馴染が安心出来るならそれで良い。


 この後、ぐっすり寝た幼馴染にあの黄色いヘアピンを毎日して欲しいと頼まれるまであと少し。



この色は
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