「そう、だね……確かに姉って感覚が一番近いかもしれない」


 誰かが私と彼の関係性を彼に聞いた、すると彼は少し気恥しそうに表情を緩めてそう答えた。

 それを聞いた瞬間、ガツリ、と音がした。気付かぬ間に固い何かに頭をぶつけてしまったのかと思った程の、大きな音。その彼の発言を聞いて、一瞬息の仕方が分からなくなった。
 確かに、彼に姉の様に慕われるのは勿論嬉しい。けれど、私が彼に対して抱いていたのはそんな綺麗な親愛じゃなかった。
 私は、そんな風に慕ってくれていた年下の彼の事が一人の男性として好きだったのだから。

 まだ彼らは何か話していたが、私はその場から一刻も早く去りたくて踵を返した。


「……あら?どうしたんですかこんな所で、そんな浮かない顔をして」
「こ、胡蝶さん……!?」
「もう、しのぶで良いと言ってるのに」


 あなたのその癖は中々治りませんね、と小さなため息と共に此方へ歩み寄ってくる彼女。
 それにしても何故、柱である彼女が此処に?と思っていれば、彼女は私の心を読んだかのように私の管轄区域ですので、とにこやかに微笑む。そう言われ、自身が何も考えずにフラフラと歩いていた事に気付かされる。
 自分では近場のお茶屋さんに入った筈が、気が付けばそれなりに距離のある所に来ていたようだ。……外で食べていたのに、気が付かなかったとは隊士として駄目だな。注意力が散漫し過ぎてた。

 ふわり、といつの間にか隣に腰掛けていた彼女は、気が付けば呼び止めた店員さんに自分の分の注文も頼み終えた後だった。


「それで、どうしたんですか?」
「や、別に、大した事では無いんです」
「……そんな、泣きそうな顔をしているのに?」
「っ、や、だなぁ!そんな訳、ないじゃないですか」
「あら、私では役不足ですか?これでもちょっと凄い人なんですよ?私、なんてったって柱なんですから」


 私のその拒絶の言葉にも変わらず穏やかに、微笑みながらこてりと首を傾げる。それに加えて、ちょっとしたお茶目な台詞も交えてサラリと告げられたその言葉。
 蝶屋敷での治療の際に色々の人と会話しているからだろうか、彼女は相手から聞き出すのが上手い気がする。隠そうとしても無駄の様な、彼女に何でも話してしまいたくなる様な。

 気が付けば、私の口は自然と動いていた。


「その、私が好きな人が、私の事を親愛として慕ってくれていたんです」
「ふむふむ」
「けど私は彼には恋情を抱いていて、そんな綺麗な感情は抱いて無かったから……その、凄く申し訳なくなってしまって」
「……成程」
「だから、そんな自分に嫌気が差してただけなんです」


 ね?大した事では無かったでしょう?

 そう言い笑えば、その顔を胡蝶さんに挟み込まれた。むにゅうっと頬が両側から押され、相当不細工になっているだろう。
 急な事に驚き目の前の彼女を見れば、変わらず綺麗な笑顔を浮かべているがその眉間には皺が寄っていた。

 そのまま、無言で眉間に皺を寄せた彼女にムニムニと弄ばれる私の顔面。何この状況、と若干焦りを抱いてきていた所で漸く彼女はその手を止めた。
 彼女は、真剣な表情でこちらを見ていた。


「そんな顔で笑う位なら、いっその事みっともなく大声上げて泣きなさい」
「っえ!?」
「その方が余程素直で良いものです、なのに!貴方ときたら!」
「っう、わぁ、ぁ!」


 語尾を強めたかと思えば、今度は頭を撫でくり回された。髪が乱れるのもお構い無しに、ワシャワシャと掻き混ぜられる。
 その間、彼女はもー!と言いながらその手を止める様子はない。

 その時、丁度良く店員さんが胡蝶さんが頼んだお茶等を持ってやって来た。その瞬間、ピタリと止まった彼女は元のたおやかな笑顔を浮かべて店員さんにお礼を言う。
 けれど、私は彼女の耳が赤く染まっていたのを見逃さなかった。……けれどこれを言えば、更に何かしら追撃される気がしたので大人しく口を噤んだ。

 店員さんが去って見えなくなった後、仕切り直す様にコホン、と彼女は咳払いを一つした。


「……話を戻しますが、名前さんはそう思う程に好きなのでしょう?そして貴方はそれが相手を裏切った様に感じている、と」
「……ですね、その通りです」
「っはぁ〜、全く不器用過ぎるというか、面倒臭いですねぇ貴方」


 というか、鬼殺隊にはそういう口下手みたいな人多くありません?などとブツブツと言う彼女。
 それが聞こえてしまった私は、胡蝶さんも人の事は言えない気がすると思ったが、彼女からの視線が怖いので考えるのを止めた。

 むすり、とした表情でお団子をその小さい口でもぐもぐと頬張る胡蝶さん。その姿は歳相応で、あまり見られないそんな可愛らしい姿の彼女を無意識にジッと見てしまう。
 すると流石に見過ぎたのか、彼女に見過ぎだと注意されてしまった。


「そんなに見られると穴が空きそうです」
「それは困る!……ので、止めます!」
「貴方は本当、素直で良い子ですね」
「……私、胡蝶さんとそんなに歳変わらないんですけど」
「あら、でも名前さんは一つ下ですから年下には変わりないですよ」


 コロコロと鈴を転がすように楽しそうに笑う彼女は、私が不貞腐れる様な表情をすればその綺麗な笑みを更に深めた。

 一通り笑った後、彼女はふと思い出した様に口を開く。


「あぁそうだ、そういえばお見合いの話があったんですよ」
「おみっ、えっ、胡蝶さんにですか……!?」
「何ですかその反応、失礼すぎません?まぁ良いですけど、そうですよ」


 正しくは私と甘露寺さんに、ですけれど。

 ズズ、とさも何でもないかのようにお茶を啜りながらサラリと彼女は軽く言ってのけた。え、えぇ、軽いなぁ……でも多分この様子だと二人とも断ったのだろう。
 甘露寺さんは前に聞いた鬼殺隊に入った理由からして、お見合いを受ける様には思えないし。胡蝶さんは、蝶屋敷の事とか柱の業務で手一杯とか言ってヒラリと躱していそうだ。……うん、想像に容易いな。特に胡蝶さん。


「ちょっと、何かを失礼な事思ってません?」
「いえいえいえ」
「そこまで否定されると逆に怪しさが増すの分かってます?」
「あ、はは……」


 渇いた笑いを漏らせば、彼女は全く、と溜め息をついた。コトリ、と湯呑みを置いて、真面目な顔した胡蝶さんがこちらを見る。


「……あそこまで酷い顔をする位なら、一度くらいお見合いでもしてみます?」
「……そ、れは、どうなんでしょうか……お相手にも失礼な気が……」
「私も結構、酷な事を貴方に言った自覚はあります、けれど色々な方に目を向けて損は無いかと」


 それに、それでも気持ちが大きくなる一方だったら、その時はもう諦めてそのお相手にぶつかっていけば良いんですよ。

 残りのお団子を手に、そう言うと彼女は少し強気に笑った。そんな彼女を見て、私はぎゅうっと胸が締め付けられた。何なのだろう、この感覚は。嬉しい様な、元気づけられた様な、背中を押された様な、そんな感覚。
 ツン、と鼻奥が痛くなった所で彼女がニヤニヤしながら泣きそうです?と聞いてくるので、私は泣きません!と強気に笑って返した。


「まぁでも、お見合いをするのなら乗りかかった船ですので付き合いますよ」
「……えっ、お見合い?」
「あら時透君、こんにちは」
「……こんにちは、あの、今の話って二人のどっちの話ですか」
「今の話とは、お見合いの事ですか?それならば彼女ですよ」
「えっ、ちょっ、胡蝶さん!?」
「だって本当の事じゃないですか」
「そ、れは、」


 そうだけれども!でもお見合いするって決まった訳じゃないし、私に話がきていた訳でも無いというのに。何故彼女は、さも近日中に私がお見合いをする予定があるみたいに言ったのだろうか。そんな、誰も得しない様な嘘を。しかも間が悪く、偶然通りかかった彼にそんな話を聞かれるなんて。
 それにしても、彼が此処に居るという事は蝶屋敷や胡蝶さんにでも用事でもあったのだろうか?

 飄々とした胡蝶さんの発言に、ピタリと何故か固まった様に見える彼は、漸く動いたかと思えばこちらを真っ直ぐに見た。


「……お見合い、するの?」
「……えっ、と、その…まだ、迷ってる……」
「何で?」
「何で……!?えぇっと、そろそろ良い人でも、見つけた方が良いかなー……なんて」
「それって、今じゃなきゃ駄目なの?」
「……そう、だね、だって私ももう結婚出来る歳な訳だし、こんな環境に身を置いてるから早くても損は無いし……」
「ですねぇ、名前さんには良い人を見つけて幸せになってほしいものです」
「胡蝶さんは人の事を言えないじゃないですか」


 それに、私だって胡蝶さんに幸せになってほしいです。

 素直な気持ちを真正面から言うのが少し恥ずかしくなり、小さな声でそう呟いたが隣に居た彼女にはハッキリと聞こえたのだろう。
 キョトンと呆けたかと思えば、最終的にはふにゃりと柔らかく笑ってありがとうございます、と嬉しそうにお礼を言われた。可愛いなぁ……。

 そんな私達を暫く見ていた彼が、話を戻すように口を開く。


「しないで」
「……え?」
「お見合い、しないで」
「あら、どうしてですか?彼女が幸せになるかもしれないのに、それを貴方は邪魔をすると?」
「そうじゃない、幸せになら僕がするからあと数年待って」
「あらあら、まぁまぁ!」
「……、…………?」
「あっ、ちょっとしっかりして下さい、気を失うにはまだ早いですよ〜」


 彼の言葉を呑み込めずに気が遠くなっていれば、胡蝶さんが私の意識を戻す様にユサユサと私の体を揺らした。ハッとしておずおずと彼の方を見やれば、彼は袴をぎゅうっと握り締めて頬は赤く染まっている。
 そんな初めて見る彼の表情に困惑して助けを求める様に隣の胡蝶さんを見れば、彼女は至極楽しそうな顔をしていた。何なら笑いを堪えて震えている。それを見た私は、これは助けてくれないやつだと悟った。

 意を決して、彼に聞き返す。


「あの、私の聞き間違い……かな?だって、じゃないと時透君が私の事をまるで好きみたいな」
「間違いじゃないよ、そう言ったつもりだけど」
「は、」
「さっきので伝わりにくかったのなら、今度はちゃんと言うよ」
「ま、待って、」
「好きだよ、僕と結婚を前提に付き合ってほしい」


 その言葉に私は咄嗟の反応が出来なかった。だって、だってこんなの可笑しいじゃないか。あの時彼は私の事を姉の様だと言っていた、そんな風に思っているのに恋愛感情が湧くわけない。
 冗談?でも彼はそんな巫山戯る様な冗談はつかない、彼は無駄を嫌うから。じゃあ本気?しかもこれが本気なら、結婚を前提に。そんな事ってあるだろうか?

 こんなの、私に都合の良すぎる事がありすぎる。


「……きっと勘違いだよ、まだ貴方の周りには居る異性が限られているから」
「……そんな事無い、普通に一定数の女性隊員は居るし町の人だって居る」
「それに、ほら、親しい人が取られると思ったりすると焦るでしょ?それだよきっと、」


 だから、貴方の恋愛を姉の様に思っている相手なんかに使わないで。

 そう言おうとしたが、その続きは遮られて紡げなかった。口を、塞がれたから。
 目を見開き、目の前にある綺麗な顔立ちを凝視する。伏せられた長いまつ毛、キメ細かくて綺麗な肌、サラリと当たる柔らかな髪。

 体感では数十分に感じられた。けれど多分今のは一瞬の出来事で、今の行為を見たのは隣に居た胡蝶さん位だろう。その証拠に彼女が息を飲んだ気配がした。
 スっと離れた彼は顔は勿論、首までも真っ赤に染め上げて、それでも真っ直ぐにこちらを見下ろしている。

 まるで、目を逸らしたら負けだと言うかの様に。


「なん、で」
「しつこい、好きだって言ってるのに君は僕の気持ちを疑うの?」
「だって、私の事は姉の様に思ってるんじゃ……」
「!それ、誰から聞いたの?しかも断片的にそこだけとか……それには続きがあるんだよ」


 でも、僕はそれ以上に恋情を抱いているから純粋に姉として見た事は一度も無い。

 呆れた顔で、そう言ったんだよと言う時透君。もう半ばヤケクソの様に見える彼は、ツラツラと自身の心境を述べていく。

 僕がこの感情を自覚してから、毎日こんなにも誰かに君を掻っ攫われるかもしれないと不安に思ってたのに。
 なのに僕がもう少しで結婚出来る歳になるっていうのに、君はお見合いしようとしてるし。それでいて、君に想いを告げれば勘違いだと一蹴りされて否定されるし。なんなの、散々過ぎない?この今の複雑な僕の気持ちが分かる?
 それに何より好きな人に自分の気持ちを嘘だと否定されるのが、一番キツい。

 スラスラと出てくるその言葉に、私はなんて言った良いのか分からず呆けるしかなかった。謝罪しようにも、下手に謝罪してしまうとまた拗れそうな気がする。
 どうすれば良いのか分からずにオロオロとしていれば、未だ饒舌に紡がれている言葉と共に段々と彼の目が据わってきた気がするのだが、気の所為だろうか?気の所為だと思いたい。

 ダンッっと私が座る足の横に手を勢い良く付くと、こちらに身を乗り出して彼との距離がグッと一気に近くなる。


「……そうだよ、全部名前のせいなんだから」
「ひょぇ……」
「胡蝶さん、この人借りてくけど良い?」
「どうぞどうぞ、何なら返さなくても大丈夫ですよ〜」
「……そう?なら、そうするね」
「えっえっ?待って、待って下さい胡蝶さっ……ひっ、ぇ!?」


 時透君と胡蝶さんの当人を差し置いて行われた取引に、狼狽えて胡蝶さんの名前を呼ぼうとしたが、それを言い終わる前にヒョイっと担がれた私の体が宙に浮く。
 簡単に抱き上げられた私は一瞬の事過ぎて、一体何が起きたのか理解出来ず目を白黒させていれば、胡蝶さんが立ち上がり私と目線を合わせた。

 けれど不思議と彼女の表情は、とても柔らかい。


「名前さんの相談事ですけれど、思わぬ形で解決してしまいましたね」
「……あ、」
「これで何も気にする必要は無くなったのですから、もうあんな顔しないで下さいね」
「……また、何かあったら聞いてくれますか?」
「!……ふふ、勿論、何なら何も無くても聞きますよ」
「ありがとうございます胡蝶さん、大好きです!」
「あら!時透君よりも先に彼女の告白を貰ってしまいました、これは嬉しいものですねぇ〜」
「む……別に良いですよ、後で飽きる位に言わせる予定だし色々するので」


 まぁ、それはとても恐ろしい事を……嗚呼、怖い怖い。

 と、全く怖くなさそうにいつも通りクスクスと微笑みながらそう言う彼女を見て、私は脱力してしまった。というか、時透君は今ちょっと凄い事を言っていた気がするのだが聞き間違いだと思いたい。
 そろそろ彼が焦れている様ですし、私もこの後は用事があるので失礼しますね〜とヒラヒラと手を軽く振る彼女に、時透君は私を抱えたまま器用にペコリと会釈をしてスタスタと歩き始めた。
 それに私は慌てて担がれたままだったが、胡蝶さんにお辞儀をした。それを見た胡蝶さんは絵面が面白かったのか笑ってたけど。
 小さく手を振って、彼女も反対方向に歩いて行った。


 そして時透君に担がれ、行き着いた先は大きめのお屋敷。彼は特に何も気に停めず、顔色を変えずに屋敷の中をズンズンと進んで行く。……まさか、まさかこの彼の我がもの顔は、知り尽くしているといった感じは!

 ある予想が浮かんだ私は、彼に恐る恐る話しかけた。


「あの、時透君?まさか此処って……」
「僕の家だけど、それがどうかした?」
「やっぱりっ……!何で!?」
「……これからする事を考えたら、僕の家の方が良いと思ったから?」
「……えっ?何か、するの……?」
「ねぇ、まさかさっき僕が胡蝶さんとしてた会話聞いてなかったの?」
「や、聞いてはいた……けど…」
「じゃあ、分かるでしょ」


 それとも、名前はこういう事するのに外の方が良いって事?

 私を降ろしたかと思えば、するりと腰に腕を回して耳元に顔を寄せ、ボソリと低い声で意地悪く囁かれる。正直、その時に彼が発した声はどう考えても十四歳の子が出せる様な色気じゃなかった。
 そんな彼の雰囲気に無意識に腰が後ろへ引けば、それを許さないと言う様にグッとすぐ彼の方へと引き寄せられた。しかも今度は隙間無く、ピッタリと密着させられて。

 この状況に、ビシリと固まっていればクスクスと楽しそうな笑い声が耳に入る。


「緊張しすぎ、別に今すぐ取って食べる訳じゃないのに」
「たべっ……!?」
「いや本当に食べる訳じゃなくて比喩だよ比喩、君の年齢なら分かるでしょこれくらい」
「わ、分かってしまうから、君からその言葉が出た事に驚いてるんだよ……!」
「……何それ、僕がそういう事を知らないとか興味無いとか思ってた?残念でした、お生憎様だったね」


 こっちは自覚してから好きな子にあれこれしたいって、ずぅっと考えてたんだ。人を子供扱いしてたら、痛い目に合うよ。といっても今、君は痛い目に合ってる最中みたいなもんだけどね。

 フン、と半笑いで少しイラついた様に鼻で笑った彼はグッとその端正な顔をこちらに近付ける。何ならちょんちょん、と唇同士が当たっている気がする程に。
 そんな状態に自然と顔に熱が集まれば、それを見た彼がニヤと口元を歪めて、何処か嬉しそうな顔をした。


「あれ、まさか照れてるの?」
「っ、」
「嬉しいなぁ、一応僕の事ちゃんと意識してくれてるんだね」
「っあ、の……近い……!」
「そりゃ近付いてるからね……そういえば先に口付けちゃったけど、まだ僕、名前から返事貰ってない」
「えっ、この状態で……!?」
「別に特に何も問題は無いでしょ?肯定か否定をすれば良いんだから」


 とっても簡単なお仕事だよね、と特に何も気に止めていない様にそういう彼に私は言葉が詰まった。彼は本気で言っている。
 ジッと静かに私からの言葉を待つ彼はいつもの見慣れた無表情かと思えば、よくよく観察して見ればそれは少し固くてぎこちない。きゅっと一文字に引き結ばれた口元や、真剣な意思を宿した透き通った水の様な瞳。

 それを認識したら、もう自分があれこれ考え過ぎているのが馬鹿らしくなってしまった。


「……すき、好きだよ、私も時透君の事が好き」
「!……ほんとに?」
「うん、本当だよ、ずっとずっと好きだった」
「っ嬉しい……!」


 感極まった彼に、ぎゅうっと更に抱き締められた。自分からも腕を伸ばして、彼の背に回す。そのお陰で背中が少し反り返って体勢が少し辛いが、今は言わない方が良い事くらい私でも分かるし、何より私も離れたくはなかった。

 不意に彼がポツポツと喋り出す、その声は何処か不安げに揺れていた気がした。


「じゃあ後数年、僕が結婚出来る歳になるまで待っててくれる?その間も不安にさせない様に、目一杯頑張るから」
「……うん、待ってる」
「本当……?じゃあ、お見合いの話も無しだよね、ね?」
「うん、というか元々私にはお見合いする予定は無かったよ」
「え?」
「あれはもしもの話で、元々は胡蝶さんの話なの」
「っ嵌められた……!」


 悔しそうに顔を歪めると私の肩口にグリグリと自身の額を擦り、押し付けた。相当悔しかったのか、あ゙ー……だとか、ゔー……だとかの呻き声が聞こえてくる。こういう姿の彼は稀なので、正直今少しだけ胡蝶さんに感謝している。
 だがそろそろ肩が痛くなってきたので、彼を宥める様に背を優しく叩いて静止をかけた。

 すると顔を上げた彼は、こちらを恨めしそうに見る。


「……君も君だよ、何であそこで否定しないのさ」
「や、止めようにもどんどん話が進んでってたから……それであの時透君の発言だし」
「う……確かにあの時は少し熱くなりすぎた」
「そんな感じでトントン拍子に進んで、今に至ってるって感じかなぁ」


 私がそう言えば未だむすりとした彼が、完全に掌で転がされてたとか最悪……と呟く。でも私はそのお陰で彼の言葉を受け取る事が出来たので、感謝してもしきれない。あのまま何も無く何か別の機会でお見合いする事になって、そのまま話が進んでいたらきっとこうはならなかっただろう。
 本当、あの時に胡蝶さんに話して良かった。

 そんな事を考えて、ふっ、と笑みが漏れればそれを目敏く見ていた彼に怒られてしまった。


「何笑ってるの、もしかして今の僕が不甲斐なくて格好悪いから笑ってるの?」
「っや!違う違う!胡蝶さんに話して良かったなぁ、と思って」
「……何を?」
「え?……え、っと、これは女同士の内緒って事で……!」
「……何それ、ずるい」
「ご、ごめんね?」
「別に、これから僕達も同じ様に二人しか知らない事を増やしていけば良い話だからね」


 だから、気にしてないよ。

 ゆるりと腕の拘束を緩めて、ポフンと今度は私の胸元辺りに頭を預けてきた。
 そんな彼を愛おしく感じてしまった私は、彼の背に回していた片方の手を彼の頭に移動させた。そしてゆっくりと、慈しむように大切なものを扱う様に優しく、優しく撫でた。

 お願いだから、急に居なくなったりしないでね。などと、柱である彼に対して到底叶わないであろう願いを込めながら彼の柔らかな長髪に指を通した。


「……ね、暫くこのままでも良い?」
「このままって……頭を撫でてる事?」
「それも含めて色々、流石に立ったままだと疲れるから何処かに座るけど」
「良いよ、時透君の落ち着く場所に行こう、だってここは貴方の家なんだから」
「……その台詞さぁ、もう少しちゃんと考えてから言った方が良いよ」


 じゃないと本当に、都合の良い好きな所に連れてかれちゃうよ?

 と眉間に皺を寄せながらも、少し顔を赤くした彼がそう言うが私はよく分からず首を傾げる他に無かった。それを見た時透君に、大きな溜め息をつかれてしまったけど。
 抱擁を解いて、スル、と今度は絡まった手を引かれ歩き出した彼の後ろを大人しく着いて行く。


「取り敢えず、今日一日は任務がこない限り離れないと思って覚悟してね」
「えっ」
「あれだけ翻弄されたんだから、それ相応の対価は貰っても良いと思うんだけど?」
「お、お手柔らかに、お願いします……?」


 余裕があったら、ね。

 ニッコリと綺麗な笑顔で告げられたその言葉に、私は色々な意味で気が遠くなったのだった。





逃す気など端から毛頭無い
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