「ねぇ〜」
「……」
「ねぇねぇ〜」
「……」
「ねぇってば〜!」
「っあの、ごめんね?ちょーっと静かにしてもらっていても良い?」


 耐え切れず声のする方へ振り向けば、その発生源である彼はえへへやっとこっちむいたぁ!とふにゃっふにゃの笑顔で破顔した。……っぐぅ!!!!何だこの破壊力は。可愛い、可愛いがすぎるぞ。
 一瞬にしてその破顔に堕落した私は無言で彼を抱き上げ思い切りぎゅーっと抱き締めた、すると彼は漸く構ってもらえた事に嬉しかったのかキャッキャッと笑った。

 誰しにも意外な面はあるとは言うが、こんなにも破壊力があるものだとは思っていなかった。だっていつも彼は誰よりもしっかりしていて、真っ直ぐで真面目で、世話焼きで、あまり人には甘えたりするイメージが無かったから尚更。
 竈門炭治郎が幼児になると、こんなにも可愛く母性を擽られるなんて誰が思う!いつもは皆が逆に炭治郎の母性に包み込まれているというのに!!


 今回、何故彼が幼児になっているのかというと理由は任務先での鬼の血鬼術が原因らしい。炭治郎達に任務が回ってくる間にも他の隊士が向かっていたらしいのだが、皆一様に同じ様な目にあったらしい。
 そして炭治郎達が鬼に致命傷を与えたらしいが逃げられてしまった、と言ってももうほぼ手遅れで追い付いた所でもう鬼は朝日に焼かれて朽ちている最中だった。倒したと彼らがほっとしたのもつかの間、それは始まりみるみると体は小さくなりあっという間に幼児になってしまったという訳だ。

 何故ここまで現状が分かっているのかと言うと、幼児になった者は二通り。片方は普通のただの幼児になった者、そしてもう片方は体だけが幼児になった者。その為、精神がそのままの者からの連絡を受けてこうして話が聞けたという訳。
 ちなみに蟲柱の診断によれば、元凶の鬼はもう居ないのもあり個人差はあれど数日で戻るだろうとの事。


 さて話を戻すが、今私の腕の中にはその幼児になってしまった炭治郎が居る。炭治郎は前者で中身も幼児化している。と言っても中身も幼児化している者は、必ずしも元々の幼少期の時と同じでは無いそうだ。
 この状態を見た蟲柱でこの蝶屋敷の主である胡蝶しのぶが患者の中に顔馴染みが居たらしく、その人は知っている幼少期の時の性格とはまるで違っていたそう。

 なのでこの炭治郎も実際の幼少期とは違う可能性が高い、まぁ幼少期の時の炭治郎知らないけど。知っているとしたら禰豆子ちゃんだけだけど、今はその禰豆子ちゃんから話を聞くのは少し難しい。……こんなにも構ってで甘えたの炭治郎って誰おま感凄いけれど、まぁ可愛いので全て良し!


「はぁー何この生き物尊い……持って帰りたい」
「駄目です、何言ってるんですか……ちゃんとお手伝いして下さいね」
「しのぶさん……だって、だって……!」
「だってじゃありません、ほら、苗字さんに任せたのは炭治郎君だけでは無いでしょう?」
「いやまぁそうなんですけど……片方は中身そのままですし、もう片方は判断出来ないじゃないですか」
「それでも彼らはいつもとは違う体に戸惑っている筈です、なので手助けをしてあげて下さいね?」


 無いとは思いますが、くれぐれも変な気は起こさない様にお願いします。

 そう言うと、しのぶさんはにっこりと可愛い顔で微笑んだ。相変わらず有無を言わさぬあの笑顔、可愛いのに圧力があるって凄いよね。
 私は大人しくはーいと半分位は言わされた感のある返事をすると残りの二人の元へ行く為、炭治郎を抱っこして立ち上がった。
 その間、目線が高くなった事が楽しかったのか炭治郎はキャイキャイとはしゃいでた。可愛い。


 今回の件で幼児達専用に宛てがわれた部屋に着けば、それぞれの人達がそれぞれお世話をする事になった幼児達に懸命に向き合っていた。ある者は一緒に遊び遊ばれ、ある者は一緒に昼寝、ある者は幼児と一緒に間食をしていた。
 これだけ見ると、ちょっとした託児所の様だ。

 さて、あの二人は何処かなと視線をさ迷わせれば足元にドンッという軽い衝撃が走った。その足元からは聞き覚えのある、ちょとつもーしん!ちょとつもーしん!という少し舌っ足らずな言葉が聞こえる。声は元々よりもかなり高いが。あ、ちょっと噛んでちょちょつになった。私は膝を折り炭治郎を降ろしてから、未だに突進してくる猪頭を捕まえてスポッと引き抜いた。
 すると中から現れたのはとんでもない美少女、パッと見は女の子だが格好が長めの褌一丁という残念さ。猪頭という時点でお察しだが彼は嘴平伊之助で、炭治郎と一緒に任務に向かった一人。
 ぶっちゃけ彼が先程言った判断出来ない方だ、成長した状態を知っていても伊之助の幼少期とか誰が想像出来るって。普通に無理でしょ、これ中身どっちなの?そのままっぽいっちゃぽいのだけれど。

 猪頭を持ち上げたままそんな事を考えている間にも下で、かえせ!とピョンピョンその場で懸命に跳ねる伊之助。……うん、これまた可愛い。彼は幼少期から美少女顔健在だったのか、羨ましい。
 これがあれになるのか……今から一般常識教えたら元に戻った時に覚えているだろうか?読み書きとか服とか一回教えてみようかな……といっても文句言われて暴れられる気配しかしないのだが。


「突進は危ないから止めようね、怪我しちゃう」
「はぁ゙ーん?おれはそんなによわっちくねーぞ!」
「そうだね伊之助は山の王だもんね、でもね?他の子は違うから、優しくして守ってあげてね?」
「!……っしょ、しょーがねぇな!そこまでゆーならまもってやらなくもねーぜ!」
「うん、ありがとう」


 そう言い伊之助の頭を撫でれば、彼の周りからフワフワした物が飛んでいるように見えた。伊之助は撫でる手をバッと振り払うとホワホワさせんな!と吠えた。
 ホワホワとな、何だその表現可愛いな。そうかそうか伊之助は照れたりするとホワホワしちゃうのか〜……元に戻ったらまた沢山ホワホワさせてやろうじゃないか。

 密かな決意を固めて、私は残り一人を見つける為視線を泳がせた。するとやはりと言うべきか、最後の一人も簡単に見つかった。色もそうなのだがやはり女性が居る場所に我ありって感じが凄い。
 私は半ば呆れながら、小さい体で女性を必死に口説くマセガキの元へ歩み寄った。


「ねぇ〜結婚してよぉ〜!」
「おいこらマセガキ、女性を困らせるな」
「誰がマセガキじゃ!!後、困らせてねーしっ!」


 私は騒ぐ黄色を無視して、留まるしか無かった女性にすみませんお手数お掛けしましたと頭を下げ、黄色の襟首を引っ掴んでその場を後にした。
 まるで親猫に運ばれる子猫の様な状態の最後の一人は我妻善逸、彼は見目だけが幼児になった者で中身はそのまま。その為その見目を大いに活用していた、まぁ中身が元のままだと分かっていても子供には酷く出来ないよなぁ……。

 未だ掴まれて宙ぶらりんな黄色は先程の事を憤り抗議している。ギャン泣き一歩手前間が凄い。……正直あんまり暴れないでほしい、手元が狂って簡単に落としそうだ。
 素直に落としそうと言えば、彼は先程の暴れぶりが嘘のようにスンッと静かになった。なんなら顔も真顔になった。


 炭治郎と伊之助の所に新たに善逸を持ってくれば、彼らは新しい遊び相手が増えたと顔をキラキラさせて喜んだ。そしてその反応にたじろぐ黄色。
 それもそうだ自分は記憶があるのに相手には無いから、本物の子供を相手にしなければならない。

 あうあうと困り果てた顔でこちらを見上げる善逸。うん、君も見目は可愛いんだよな。……仕方無い、助け舟を出そう。


「ねぇ二人とも、何して遊ぼっか?」
「えほん!おれにえほんよんでくれ、なまえ!」
「わるいやつたおすやつ!」
「そっかぁ、じゃあ善逸は伊之助君と遊んであげて?私は炭治郎に読み聞かせをします」
「なんっでだよ!ねぇ拒否権は!?これ俺が伊之助にボッコボコにされる未来しか見えないんだけどっ!!??」
「はーいじゃああっちに行こうねー、炭治郎君の好きなご本はどれかなー?」
「えっとねー!」
「ちょっとォ!この人でなしーっ!!」


 うっきうきで絵本を選ぶ為に本棚へ駆けて行く炭治郎、それを見送る私の後ろで伊之助がかくごぉぉおっ!と声を上げながら筒状の新聞紙を振り回し善逸を追いかけ回し始め、善逸はそれに当たらぬよう必死の形相と叫びで逃げ回った。頑張れ善逸、検討を祈る。私は静かな心で善逸に向かって合掌した。

 そして暫くすると炭治郎が数冊の本を持って帰ってきた、その時の姿はもう尊くて尊くて。数冊の本を大事そうに、落とさぬ様に抱えてヨタヨタとしながらもしっかりとした足取りで帰ってくる炭治郎。今なら世の中の親が子供に初めてお使いを任せた時の気持ちが凄く分かる気がする。
 私は満足気に持ってきた!とフンスフンスしている炭治郎の頭を偉いね、と言いながら撫でくりまわした。その時見せたふにゃふにゃ顔の炭治郎は、多分一生忘れない。


 その後はそれぞれの時間が過ぎた。伊之助と善逸は体力が無くなるまで駆け回り、炭治郎には彼が持ってきた本全てを読み聞かせた。
 すると両者とも理由は違えど眠くなったのだろう。伊之助は新聞紙を握り締めたまま、炭治郎は私に背を預けたまま、ウトウトと頭が舟を漕ぎ始めた。善逸は中身がそのままなだけあってお目目パッチリだった、あれだけ走り回って叫んでたのにある意味凄いな。……しかし、このままだとそれぞれが倒れて頭を打ちそうで怖い。お布団とか持ってきた方が良いだろうか。

 そんな事を考えていれば少し意識が浮上した炭治郎が目を擦りながら動いたので、その隙に布団を取りに行こうと立とうとすれば炭治郎がそれを阻み、なんと私の太腿を枕にして本格的に寝始めた。所謂、膝枕状態になった。


「えっ」
「はっ、おまっ、何してんだ炭治郎!?」
「ちょっと善逸煩い、炭治郎が起きる」
「いやだってさぁ!」
「もうこの際だから伊之助も連れて来て」
「まさか伊之助も乗せる気か!?」


 だって床じゃ痛い、驚く善逸にそう告げれば彼は連れてくれば良いんだろ!と何故か半ばヤケになりながら伊之助を引きずって来てくれた。
 そのまま伊之助も膝枕状態にしてしまえば両腿に幼児の絵面が完成した、少し犯罪臭がする気がするがそこはあえて見ないふりをする。よく眠る二人の頭を優しく撫でていれば、残った黄色が不服そうな顔でどっしりと目の前に座った。


「何その顔」
「そいつらだけ膝枕ずるい」
「仕方無いでしょ、今は本当に子供なんだから」
「炭治郎はそうだけど、伊之助は多分変わってねーと思うのは俺だけ?」
「それは私も薄々思ってたけど」
「じゃあ頑張った俺にだって膝枕位あっても良いと思うんだけど!?」
「いや空いてないし」


 今は正座の状態で、両足の太腿部分にそれぞれ二つの頭が乗っているのは変わらない。事実を述べれば善逸は見りゃ分かるよっ!と顔を覆ってしまった。……まぁ確かに彼は伊之助の遊び相手を務めて頑張ってくれた、かなり疲れたであろう事は想像に容易い。だからまぁ彼が望むなら別に膝枕位はしても良いかなとは思う。だが空きがない。
 善逸が満足出来るもの……と考えていれば、真面目な顔をした黄色にねぇ、と声をかけられた。


「膝枕じゃなくていいからさ、一個お願いしてみてもいーい?」
「……何?」
「あのね……頬にちゅーは?」
「はい?」


 彼はそう言うと駄目?とコテンと首を傾げた。うっわ、ずっるい何その顔のあざとさ。しかも少し上目遣いだ、お前さては今の自分の可愛いさ分かってやってるな?くそ、卑怯だぞ。しかも言い方まで可愛くしてきたよ、この黄色。
 ……しかしチューときたか、見目は幼児だが中身はそのままの奴ににチュー。これってどうなの、白と黒どっち。限りなくグレーに近いどっちなの。何このスレスレの綱渡り。

 そんな事を考えているうちにどんどん近付いて来る黄色、気付けばもう目の前に居て私の顔を覗き込んでいる。……その不安そうな顔は止めてほしい、中身がそのままという事を忘れそうになる。


「……っ分かった、分かったからその顔止めて!」
「えっ、いいの!?やったぜっ!」
「はぁ……もうさっさと済まそうそうしよう、ほらこっち来て横向いて」
「えー情緒無いなぁ、まぁ良いけど……これで良い?」


 はい!とニコニコの笑顔で前に来て横を向いた、しかもお誂え向きにキチンと目をつぶっている。

 うーわー、犯罪臭が、犯罪臭が凄い。私は男児趣味じゃない、一般的にただ愛でて可愛がるのが好きなだけ!私は恋愛も普通の人が好き!そう何度も思いながら意を決して、彼の柔らかな頬に軽く唇を当てた。
 ちぅ、と小さく可愛らしい音が鳴る。まるで子供同士が戯れでするそれの様な音。……いやまぁ提案してきた彼もそういう感覚に近かったのかもしれないけど、私は内心色々な意味でもう心臓バックバクですよ。何なら今はあんなにも可愛らしい音をさせてしまったのが恥ずかしいくらい。


「っふへへ、やったぁ」
「……ちょっと、何でそんな嬉しそうなの」
「だってまさか本当にして貰えるとは思って無かったからさ」
「成り行きみたいなものです、はい」
「それでも嬉しいのー!」


 そんな事を言いながらキャーッと頬を両手で抑え、照れる彼の表情はまるで恋するそれみたいだった。それを見て乙女か、と内心突っ込んでしまったが幸せそうに笑う彼に言う程野暮じゃない。

 喜んでもらえて何よりですよーと半ば流しながら、気を紛らわすように両腿に乗る頭達を撫でた。
 するとそれを見た善逸がずるい!俺もー!と頭を差し出してきたので、私はどんどん気恥ずかしくなってきた内心を隠す様に乱雑に目の前の黄色をかき乱したのだった。


 数日後、彼らは無事に元の姿に戻った。
 その際に記憶が朧気に残った様で伊之助は特に変わらなかったのだが、炭治郎が暫くの間は目を合わせてくれず挙動不審となり、善逸は味をしめたのか時々あの様なお願いをする事が数日間続いたのだった。





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