「ねぇ」
「はい?どうかなさいましたか、霞柱様」


 平坦に、淡々とした声で呼ばれたので振り向き返事をした。そこには予想通り無表情の方が案外近く、というよりもほぼ真後ろに居た。

 霞柱、時透無一郎様。若干十四歳にして柱上り詰めたお方、刀を握ってから僅か二ヶ月でその地位に座した天才剣士というのはあまりにも有名な話だ。
 以前までの彼は滅多に感情を表に出さず、一部を除き全てにあまり興味を示さなかった。そして無垢にそのままを思った事を言ってしまう為、悪意は無くとも無意識に言葉が鋭利なものだった。
 後から聞いた話だがそれは彼の過去などの諸事情もあり、彼が記憶喪失となった事にも関係する。また彼がお館様を認識する位に関心を凄く持たない限り、その後の出来事の記憶もあまり保持されなかった。

 けれどある戦闘で彼は記憶を取り戻したらしい、彼が言うには一人の隊士の言葉に救われたとか気付かされたとか何とか。それからというもの彼は、一部の人間にはそれなりに感情を表に出すようになった。
 お館様は勿論、柱の皆様。そして一番変化が分かりやすいのは、きっかけとなった隊士である竈門炭治郎君。彼には分かりやすく懐いていた、声の上がり方や顔の緩みがまるで違う。
 それを見た瞬間、私は彼もまだ十四歳なのだという事を再認識させられた。普段とても大人びている為に忘れそうになる、といっても柱を子供扱い何て到底出来ないが。


 とまぁこんな具合で彼の変化が向けられるのは極少数派という事、一介の隊士やそれこそ雑務をこなす人間なんかには到底縁の無いものである。給仕や小間使いをこなすその他大勢の一人である私の様に。

 一応これでも彼が柱になる前から蝶屋敷の手伝いや雑務でそれなりの対面はあったのだが、まぁあちらは覚えてはいないだろう。がっつり接触して凄く喋った訳でも無ければ、きちんとした自己紹介もした事が無いと思う。ただ私が一方的に彼を知っていた、というより知らされた。どんどん強くなり頭角を現す彼の噂は後を絶たなかった為どんなに興味が無くとも気付けば耳に入っていたし、最終的には柱になってしまったのだからこれは誰だって嫌でも覚えるだろう。
 その度に私の脳内では、あぁ凄いなとか、まだ十四歳なのにとか、そんな在り来りな感想しか出てこなかった。
 そう、ただそれだけ。私と霞柱様の話はこんな感じの一方的で、顔見知りにも満たないそんな関係。
……私の記憶が正しければその筈だけなのだ。


「……あの、少し距離が近くありませんか?貴方様のお綺麗なお顔が目の前にあるのですが」
「へぇ、君からすると僕の顔って綺麗なんだ、もしかして好みだったりするの?」
「世間的な目で見れば貴方様はとても整っておいでですよ、町娘さん達を全て虜に出来そうな程に」
「別に一般論は聞いてないよ、僕は君の意見を聞いたんだけど」
「えぇと、私の好みと言われますと無礼ながらにも申し上げますが私の好みではありません」


 これは言ってしまっても良いのだろうかとも思いながら、嘘はそれ以上に良くないと判断し無礼にも本音を告げれば彼はキョトンとした顔をした。
 綺麗って言ったのに好みには当てはまらないんだね、と不思議そうにする霞柱様。……霞柱様、こんな所で年相応を出すの止めて下さい。少しキュンとしちゃったじゃないですか。

 確かにまだこの歳ではその辺の感覚は判断しずらいのかもしれない、こういう感情は一つの正解が無いので人それぞれに色々な言葉が当てはまる。
 先程の私が言った綺麗は鑑賞や目の保養のそれであり、恋愛観は全く含まれていなかった。ちなみに私の好みは笑顔の絶えない明るい人なので、正直言って霞柱様は正反対である。
 まぁだからといって彼は根暗という訳では無いし、ここ最近の霞柱様は表情豊かになってきたのだが。

 私が発した言葉の意味を簡単に説明すれば、霞柱様は眉を顰めた。


「……僕、美術品じゃないんだけど」
「いえいえいえ!別にそういう意味で言った訳では無いですよ!?ただ近しいのがそれというだけで」
「でもそれでも君からするとそういう感覚なんでしょ」
「いえ、まぁ、あの……はい」
「……ま、嘘をつかれるよりは良いけど」


 はぁ、と溜息をつきフイっと横を向いた霞柱様。その横顔に何処か拗ねた様なものな見えたのは気の所為だろうか。……嗚呼、これはやってしまっただろうか。明らかに多少の機嫌は損なっているだろう、どうしたものか。
 柱となるとお館様の次に権力がある為、こうなると多少はやはり怯えざる負えない。この仕事をクビにされるのは困るし、された瞬間私は路頭に迷うことになる。そりゃそれなりに貰ってはいるが、それは食べていける分であり暮らせる分じゃない。

 顔を引き攣るのを感じながら霞柱様のお言葉を待っていれば、緊張で固くなった私に気付いたのだろう。訝しげな顔でこちらを見られた。


「何でそんなに緊張してる訳」
「……いえ、もしかしたらクビが飛ぶかもしれないので」
「なに、君何かやらかしてクビになりそうなの?」
「げ、現在進行形で……」
「はぁ?……あ、もしかしてさっきの話?する訳ないじゃん、そんな横暴じゃないんだけど」


 柱って言ったってそういう大きな理由の無い横暴な事が許されている訳じゃないし、結局最終判断はお館様だしね。

 と、何処か呆れが滲んだ表情で淡々と告げる彼に私は力んでいた肩の力が抜けた。
 ですよねと納得半分、柱の中には色んな意味で怖い方が数名居るので本当だろうかという疑いが半分。滅多に柱の方々に会うことなんて無い為、結局お人柄がよく分からない。なので、噂や偶然見かけた言動で判断するほかない。

 霞柱様はその話は別にどうでも良いというように、先程の話に戻った。


「そういえばまだ君の好み聞いてないんだけど」
「何故ただの小間使いの好みなど……」
「うーん参考、みたいな?ほら早く」
「え、えぇと、笑顔の絶えない明るい方です」
「笑顔が絶えなくて明るいって、それって……まさか」


 私が告げれば何かに思い当たったかの様に一瞬固まり、次に何かを考え出した霞柱様。

 え、えぇ……何、怖い。本当に何だというのか、私なんぞに聞かなくても柱の方々や恋愛にお詳しい人にこういう事は聞けば良いものを。
 私は鬼殺隊で色々な雑務を任せて頂いている以外はほとんど町娘達と変わらない、こんな恋愛系の事を聞かれたって参考になる様な事は何も言えないというのに。
 それともあれだろうか、色々な人の意見を集めて平均を割り出す様なものだろうか。

 取り敢えずこの隙に、と近過ぎる距離を適切にしようと数歩後ろに下がった。


「……あれ、ねぇちょっと何で離れたの」
「いやこの位の距離が普通は適切なんですよ」
「一般論は知ってる、別に僕だって普段からあんなに誰かれ接近したりしないよ」
「えっ」
「何でだか、分かる?」


 ね、おねえさん?

 そう言い、こてりと可愛く小首を傾げる彼。よくよく見れば口角が少し上がっているのが分かる。
 っあざとい!なに、何なんだ今のは。まるで大砲を食らったような威力だった。胸の辺りがギュンってした、ギュンって。時透無一郎とはこんなにあざとい様な事をやる様な少年だっただろうか、私の記憶ではそんなもの一切無い。
 何だろう、記憶が戻ってからの彼に時々感じてはいたのだが今ので確信した。彼は弟力が高い、そういえばお兄さんが居たという話を聞いた事がある気がする。本当のお兄さんにもこんな風に可愛い面を見せていたのだろうか。……もしかすると今思えば、竈門君に見せていたのが弟力の一端だったのかもしれない。

 内心身悶える様に耐えていれば、何も反応しない霞柱様が怪訝な顔をした。


「ちょっと、何か言ったら?」
「そんな無茶な」
「良いから」
「た、大変可愛らしかったです」
「……はぁ、そう」


 呆れた様に大きな溜息をついた彼は、じとりと此方を見やった。
 何か言えというから感想を申したのに、何故そんな目を向けられねばならぬのか。誠に遺憾である、が本当に可愛い以外に言い様が無かったのが事実だ。霞柱様的には男性ですし格好良いとかが本来は適切なのでしょう、けれど先程のは誰が見ても可愛いものです。残念ながら色気よりも可愛さが勝っていたのです霞柱様!

 そんな感想を内に秘めながら打ち震えていれば、霞柱様が口を開いた。


「それで分かった?」
「いえ全く……正直こうなっている理由が見当たらないというか」
「あぁ、そういう事」


 まぁあんなの一瞬の事だし、覚えてなくても無理はないか。僕だって思い出したのは記憶が戻ってからだし、断片的で朧気な場面の方が多い。
 彼はそう言うと、意外にもすんなりと理由を教えてくれた。


 僕がまだ入隊した頃の事、その時多分ちょっとした傷だか用事で蝶屋敷に行ったんだと思う。
 待ち時間暇だったから何を思ったか庭に出たんだよね、それで池とか眺めてた。そしたらさ、情けない事に足を滑らせたんだよね。あれって気を抜いてると結構簡単に滑るもんなんだね、驚いたよ。

 まぁそれであぁ落ちるなぁって思ってたら急にグッと池から距離が遠のいたんだよね、何でだと思う?
……そう、いつの間にか来た君が僕を後ろに引っ張って入れ替わったんだよ。普通なら考えられないよね、体重だって鍛えてる僕の方があるからそう簡単にはいかないはずなのに。あれってもしかして火事場の馬鹿力ってやつ?
 まぁ兎に角僕達は入れ替わって、代わりに君が池にドボン。まぁ呆然としたよね、あの時の僕には珍しく。そしたらさ、直ぐに池から出てきた君はなんて言ったと思う?
 何をしているんですか!気を付けてください、状態が悪化したらどうするんですか!って怒りだしたんだよね。ずぶ濡れの自身の状態の事なんて見向きもせずに。
 本当、驚いたよ。だってまさか自分を投げ出して代わりになるなんて、自身が守られる側で隊服を着ていた僕が守る側って知っていた筈なのに。
 ま、確かにあそこに集まるのは怪我人ばかりだから過保護なのも今では分かるけど。

 まぁそれから暫くずぶ濡れの君から説教されたよね、今となってはもうほぼ覚えてないけど。だって僕からしたら君の方が大惨事だったし、話を頭に入れろって方が無理でしょ。
 ふと後ろを見れば僕を助ける為に慌てたせいで、君が持っていたであろう書類とかがバラけて此方に道筋を作ってたしね。本当、色々な意味で大惨事だったよ。
 その後、偶然通りかかった蝶屋敷の女の子達……多分看護師かな。まぁその子達が悲鳴を上げながら君を回収してったって話。


 こんな感じ、これがきっかけ。と霞柱様は淡々と告げた。

……ぜんっぜん覚えていない、嘘でしょ過去の私そんな事をしていたのか。濡れ鼠状態の棚上げで説教かましたのか私、ヤバい奴じゃないか。
 というか誰だ霞柱様とは全然話した事ないとか言った奴、接触とか全然した事ないと言った奴誰だよ。私か!!私だな!!!!


「ま、こういう感じで記憶が戻ってから何故か引っ掛かるというか気になって」
「そ、そうなんですか」
「そう、だからこうやって接触してみた」
「成程……?」
「まだ何か納得いかなそうだね」


 いや納得はした、大いにした。私が首を傾げたのは、もしかしたら私と霞柱様の間で認識がすれ違っているかもという可能性に気付いたからだ。
 最初の言い方や接し方から恐れ多いのだが、霞柱様が言っていたのは恋愛のそれかと思っていた。が、今聞いてみると興味がとても大きい気がする。面白い人とか、危ない人に向ける好奇心の様なものを感じるのだ。

……いや別に私は鬼殺隊で雑務をこなす以外はただの一般市民と変わらないのであって、面白くも無いし危ない奴でも無いのだが。
 まさかあれだろうか、見世物小屋の珍獣扱い的な……?霞柱様からすると私の所に来たのは、もしかして面白いものを見る為なの……!?


「あのさぁ、何か失礼な事考えてない?」
「いえいえ滅相もない!」
「……仕方無いから、そういう事にしておいてあげるよ」
「は、ははは、有難うございます……」
「まぁ何か引っ掛かるから直接君に聞いてみた訳だけど、君も分からなさそうだね」
「そう、ですね、力になれず申し訳ありません」
「別に良いよ」


 ちょっとした可能性ってやつがあるのかなって思って聞いてみただけだし、と少し眠そうにくぁ、と小さく欠伸をした霞柱様。
 かわい……じゃなかった、幸いにも今仕事で訪れていたこの屋敷には確かに仮眠室の様な場があった筈だ。そう思い休まれるか聞いてみれば、もう自分の屋敷に帰るから良い、近いしと断られた。
 そうなのか、霞柱様のお屋敷はこの近くだったのか。それならこんなにゆったりしているのも頷ける。

 もう一度くぁ、と小さく欠伸をしてから口を開いた。


「それじゃ、帰るよ」
「あっはい、お気を付けてお帰り下さいませ」
「?何言ってるの、君も一緒に帰るんだよ」
「えっ?」
「あれ聞いてないの?苗字名前、暫く君、僕の所に住み込みで配属されたんだよ」


 やる事は今までと変わらないから安心して良いよ、と何でもない様に喋る霞柱様。

 まって、待ってほしい。どういう事なの、霞柱様がこんな冗談を言うとは思えない。という事はこれは本当の事?けれど私は何も聞いてないぞ!?しかも直接の配属って何、滅茶苦茶大変そうなんですけど!
 内心大慌てで冷や汗をかいていれば、そんな私の腕を取りどんどん歩いて行く霞柱様。

……これはもしや、帰路につこうとしている?うっそでしょ最早半強制になってる、霞柱様もしかして面倒になってきてない?眠気も相まって面倒になってるよね?
 あっ、絶対そうだ。だって今滅茶苦茶眠そうに目元擦った、また欠伸もしたもん!

 まだ上に確認したい事が沢山あるのに!と思いながらも悲しいかな柱の力に叶うはずも無く、私はズルズルと霞柱邸へと引きずられたのであった。その最中、嗚呼もう日暮れの時間になっていたのかぁなどと現実逃避をしていた。


「君の部屋はここね、後は好きにして良いから」
「あ、はい、分かりました」
「それじゃ、僕は寝るから」
「あっ、お布団などの御用意は」
「今日は他の人がやってくれたから平気、君は明日から自分の仕事をやれば良いよ」
「承知致しました、それでは本日はご好意に甘えさせて頂きます」
「うん」


 あれよあれよと連れてこられた霞柱邸。一通り屋敷内の説明をされ、気付けば最後に自身の部屋となる場所に案内されていた。話を聞けば私以外にも昼間はこの屋敷を維持する為の給仕さん達が数人居るらしい、が住み込みではない為に夜には帰ってしまう。
……まぁ霞柱様ってあんまり心を許していない人と進んで一緒に住むタイプでは無いよなぁ、今回だって配属されたからこうなっているのであって招かれた訳じゃないし。

 案内を終えた霞柱様はそれじゃ、と部屋を後にしようとした。が、何かを思い出した様にピタリと止まるとクルリと此方に向き直った。


「ねぇ、そういえば聞き忘れてたんだけどさ」
「はい?」
「もしかして君って想い人でも居る?僕、君の好みに凄く当て嵌る人に心当たりがあるんだけど。」
「え?いえ今は特に特定の方は居ませんが……」
「……そう、」


 それなら別に良いよ、今の質問は忘れて。

 もう用事は済んだとばかりに今度こそ、ひらりと手を一度振りスタスタと去って行った。……何だったのだろうか、何か無駄に疲労感が凄いのは何故だろう。
 ふと、先程の霞柱様の発言を思い出す。

『僕、君の好みに凄く当て嵌る人に心当たりがあるんだけど』

 彼の周りで私が言った笑顔が絶えず明るい……あ、待って、もしかして霞柱様は私が竈門君を好きだと勘違いをしたからあんな質問をしたのか?
 仲の良い友人を取られたくなくて、何処の馬の骨かも分からない女を近寄らせたくなくて、もしや牽制したのだろうか。

 確かに竈門君は私の言った理想通りの人間だろう、彼に好かれた人はきっと幸せになれるだろうし彼もとても大切にしてくれるだろう。
 けれど私からすると竈門君は恋愛観で見ると綺麗過ぎるというか、眩しすぎるというか。決して他の人が薄汚れてるとかそういう事を言っている訳では無いのだが、彼は色んな意味で雲の上の存在感が凄い。
 別に彼を崇拝している訳でも、憧れている訳でも無いのだが不思議とそういう感覚になる。何なら普段見かける時は凄く苦労してるなとか、面倒見が滅茶苦茶良いなとかそういう感想を抱いたものだ。

 うぅん、気付いてしまったからにはそんな事にはならないと否定したいのは山々だが彼は寝ると言っていたしなぁ。
 少し出来た蟠りを溶かせないかと私は夜の縁側に出てみる事にした。


 カラン、と下駄が私の歩みと共に静かな空間に音を立てる。あまりにも静寂なので下駄の音がとても大きく感じる、私はあまり音を立てないようにと意識して歩く様にした。砂地の所へ辿り着けばそこまで音は響かず、代わりにザリ、という低めの音がする。
 そのまま探索する様に庭を歩いていれば、それなりの広さの池を見つけた。覗き込んで見れば、所々に浮かんだ蓮の隙間を縫う様に優雅に泳ぐ鯉が数匹見受けられた。……霞柱様もたまにここに立って餌やりでもするのだろうか、ちょっと見てみたい。

 そのままぼんやりと時たま風で少し揺れる水面を眺めていれば、後ろからザッザッと此方に近寄って来る音が聞こえてきた。


「……ちょっと、こんな遅くにこんな所で何してる訳」
「あれ霞柱様、お休みになられたのでは?」
「喉が渇いて水を飲みに行こうとしたら庭に君が見えたんだよ」
「それは、申し訳ない事をしてしまいました」
「それで?何してたの」
「いえ特に意味の無い散歩みたいなものですよ」


 カラカラと笑いながら私がそう言えば、霞柱様は聞いておきながらも特に興味は無かったのかもう既に意識は別の所に投げていた。
 えぇ……とその様子を見ながらも私は先程の事を思い出し、霞柱様に弁解する様に話をした。


「あ、霞柱様霞柱様、安心してほしいのですが私は竈門くんの事をそういう目で見る事は無いので大丈夫です」
「は?いきなり何の話、っていうかそれ炭治郎に失礼じゃない?」
「いえ決して竈門君に魅力が無いとかでは無く!先程霞柱様が仰った思い当たる人物とは竈門君の事だろうなと思ったので」
「……それは、まぁ」
「ですので、私はそういう目では見ていないというのをお伝えしたかったのです」


 霞柱様にとって竈門君はとても大切な友人である様なので、と私が告げれば拍子抜けした様な表情を浮かべる霞柱様がそこに居た。
 あれ?何でそんな気が抜けたような顔をされているのだろう、私何か変な事を言っただろうか。

 内心若干焦りながらも霞柱様の様子を伺っていれば、次の瞬間霞柱様は力が抜けるようにしゃがみ込んだ。


「えっ!?か、霞柱様どうしたんですか!」
「っはぁー……別に、なんでもないよ」
「いやいきなり蹲るとか絶対何かあるじゃないですか」
「何も無いったら、無いよ」
「えぇ……?」


 納得はいっていなかったが彼がそう言うのなら納得するしかないだろう、別に見る限りは体調が何処か優れない訳ではないようだし。
 つい今しがたの事など無かったかの様に立ち上がった霞柱様は、思い出した様にあぁそうだと此方を見た。


「言い忘れてたんだけど、その霞柱様って止めてくれない?」
「いやでも周りへの示しも含めて敬意は払うものですし、何より階級的に貴方様はお館様を除いて最上級ですし」
「本人である僕が良いって言ってるんだから良いでしょ、逆にそれを受け入れてくれない方が敬意を払われてない気がするんだけど」
「えぇと、では、時透様とお呼びすれば?」
「それ変わってないじゃん、様要らないんだってば」


 それに君、僕より年上でしょ?となんでもない様にサラリと告げる霞柱様。
 いやいやいや年上だからってそんな軽率に呼べる訳無いじゃないですか、貴方柱ですよ?お館様の次に偉い方々のお一人ですよ?

 そりゃ竈門君みたいに一緒に戦って、とかだったら何となく経緯とかもあるので分かりますよ?けれど私達にはそんなもの無いじゃないですか!貴方だけではないですが、柱の皆様は全員それなりに人気が高いんですからね!?憧れの的なんですからね!?
 そんな人に急に一介の小間使いがざっくばらんな態度を取ったらどうなると思います、視線で死人が出ますよ。そうなったら私夜道歩けません、背後とか滅茶苦茶怖い。
 鬼殺隊の皆さんは平の隊士でも結局は鍛えていて呼吸技も使えるので普通の人間よりも強い、私なんて一瞬だ。

 むり、無理です無理!と首を勢いよく横にブンブンと振っていれば痺れを切らした様な大きな溜め息と共に霞柱様が少し冷えた目を此方に向けた。


「俺が良いって言ってるんだから良いの、分かった?」
「ヒョォッ……お…?えっあ、はい……?」
「よし、じゃあ今度は間違えないでね」
「と、時透……さん」
「……まぁ、今はそれで良いか」


 取り敢えず今はそれで大目に見てあげるけど数ヶ月以内にその敬称も取らせるから覚悟しておいて、と言うとクルリと身を翻して屋敷の中へ戻って行った。

……まっ、えっ?あの、さっきの、何?しかもさっき一瞬彼、一人称変わらなかった?気の所為かその時少し威圧感増さなかった??それに、あまりの事に驚き過ぎて私変な声出した気がするんだけど。

 ていうか数ヶ月以内に敬称取らせるから覚悟しろって、これ以上どうしろってんだ。竈門君みたいに苗字+君呼びすれば良いのだろうか?というかそれが良い。万が一にでも名前呼びとか呼び捨てとかだったら私の死亡が確定する事になる。
 っていうか無理、普通に無理。凄い親しく無い人をいきなりそんな風には呼べませんって、例え本人が望んでいたとしても。

……数ヶ月以内の何処かの私、多分望み薄だろうけれど何とか頑張ってほしい。霞柱様相手に何処まで攻防戦が出来るか分からないけれど。
 だってこれも薄々気付き始めていたのだが、彼は凄く口が達者だ。果たして口論をして彼に勝てる者は居るのだろうかと思う程に。
 お願いだから霞柱様、時透さん呼びでご容赦願えないだろうか。

 私はこれから来るであろうその数ヶ月間の事を考え、頭を抱えたのだった。





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