前世。それはある人生を起点として、それより前の人生のことを指す事。

 私には、それがある。けれど産まれた時からあった訳じゃない。幼少期、ボール遊びをしていて勢いよく頭にぶつかって昏倒した。そして次に目覚めた時には、私は今までの無垢な幼児ではなくなっていた。
 私が思い出した前世は大正時代を生きた記憶。全身全霊を持って、全てを賭けて駆けて生き抜いた記憶。

 今の世では夢物語にしか考えられないが、私の生きた大正時代には鬼が存在していた。しかも人喰いで、食べた人間の数で鬼の異能力がパワーアップしていく厄介なタイプだった。
 だから人が唐突に消える事件なんて多発したし、死人も多かった。何なら人によっては鬼にされてしまった人達も数多く居た。
 私はその鬼を狩る、鬼殺隊という組織に属していた。しかも、政府非公認の結構バレたらヤバいギリギリの組織。その時代にはもう既に帯刀禁止令があったから尚更だ。今思い返しても、捕まらなかったのは運が良かったなぁ……。
 話を戻して。私はその鬼殺隊で鬼を斬って斬って斬って、斬りまくった。勿論、戦闘なので怪我なんて日常茶飯事だったし、昨日会った筈の仲間が次の日には居ない事も珍しくはなかった。

 そんな折、ふとした偶然から友人が出来た。それは私より歳下の四人。少年少女の兄妹、金髪の少年、猪頭を被った少年。しかも兄妹の妹は鬼だった。けれど、その子は人を食べなかった。
 その四人と知り合ってから、縁が繋がった様に色々な人達と関わる様になった。鬼殺隊トップに君臨する柱と呼ばれる激強の人達や、隠の人、蝶屋敷の人達に、彼等の同期達。
 今でも胸を張って言える、彼等と出会ってからの私は幸せだった。

 だから、そんな優しい人達に看取られて己の役目を全うした私はとても幸運だと思う。
 けれど、心残りを上げるなら。好きな人に想いを伝える事を一度くらいはしておけば良かったなぁ、と最期に思ってしまったのを今でもよく覚えている。


 はい!前世の話終わり終わり!!はぁ〜〜〜〜こう思い返してみると本当に駆け抜けてたな、死に急ぎ感が凄い。いや本当に死んだけど。結局、鬼舞辻無惨を倒す前におっ死んでますからね。結局どうなったんだろー、とか記憶取り戻してからボケッとしながらアホ面で思ってたもんですよ。
 それで、現在の話に移行する訳だけれども。私は良い人達に恵まれたお陰で鬼殺隊士の中では比較的幸福だったんですよ、一つの心残りを残して。
 残してしまったそれは厄介で、それのお陰で今までまともに恋愛が出来なかった。正直、今世で会える確証が全く無いのにここまで居座られるとかビックリですよ。

 現在私は高校三年生、今年から中高一貫校に編入する事になった。学校の名前は、キメツ学園。その名前を聞いた瞬間、前に所属していた組織と名前が似てるなぁ!とか思っちゃったのは無理もないと思うんだ。
 で、今日はその編入日当日なんですよ。只今私は職員室にいる訳だけれども。まぁーーーー見渡す限り知ってる顔ばっか!!!!何コレ偶然を通り越して、因縁かなんかなの!?ってか待って、元鬼も混じってない!?

 そんな今にも叫び出したい気持ちを抑えて居れば、対応してくれたのは前世水柱の冨岡義勇さん。今は先生なので、冨岡先生。前世から変わらないその表情と雰囲気は健在らしい、現に今も何考えてるか分からない。
 先生は淡々と事務的作業会話をして、必要事項をどんどん終わらせていく。それをぼんやりと見ていれば、ガラリと背後のドアが開いた。
 自然と音のした方を振り返れば、見覚えのある金髪。私の、前世の心残りの人物なのはすぐに分かった。分かって、しまった。

 その人物は丁度冨岡先生に用事があったようで、こちらに歩いてくる。……何故かビクビクしているのは気になるけれど。
 此方をチラリと見て少し驚いた様な顔をしてから、少し遅れてペコリと私に会釈してくれたので私も軽く会釈した。その子は先生と目線を合わせると、先生がコチラに喋りながら机を指先で軽くノックする。その子はそれを見ると頷いて、先生の机にバインダーを置き、一礼して去って行った。
 あの子は、覚えていないのだろうか。そういえばあの子を初めとしたこの場に居る人達も、特に変な反応はしなかった。という事は、誰も前世の記憶は無いのだろうか。……えっ、少し寂しい。けれど、考えてみれば普通は前世の記憶ある?俺ある!みたいな事は言わない。ヤバい奴認定確定だからである。

 あの人に出会えた事で、色々な意味の衝撃で冨岡先生の話を半分以上聞けていなかったが、それなりに相槌を打っていたら何とかなった。
 その後、私は編入先のクラスに案内された。その三年蓬組には、前世は蟲柱であった胡蝶しのぶさんが居た。しかも、私は彼女の後ろの席。
 今世でもその美しさは健在で、彼女はこちらを振り返ると、よろしくお願いしますねと綺麗な顔でニコリと笑った。


「それにしても、比較的大事な時期である今の学年で編入なんて珍しいですね」
「あぁ、私の親が転勤族なので……慣れましたし、私は色んな所が見れるので結構楽しいですよ」
「……初対面の私が言う事では無いと思いますけど、貴方って神経図太いですねぇ」
「そうですか?」


 今までそんな事は微塵も思った事は無かった為に首を傾げれば、胡蝶さんはそうですよ、と上品に笑った。
 その後、彼女と少し話してそれなりに打ち解けた。取り敢えず、前世の癖で使ってしまった敬語が外れるくらいには。

 そして今日は半日授業だけだったので、今は胡蝶さんに校内案内をしてもらっている。その最中、私は再度、心残りの人物に出くわした。今度は、見覚えのありすぎる四人組で。
 記憶は無くとも胡蝶さんは彼等と交流がある様で、彼等が人懐っこく寄ってきた。その際にこちらに刺さってくる好奇心の視線、ねぇ見過ぎじゃない?特に兄妹達よ。
 私は居心地の悪さから視線を合わせず外していれば、流れる様に胡蝶さんから紹介されてしまった。それを聞いて明るい顔をする兄妹達と美少年、けれど金髪の子は特に表情は変わらなかった様に見えた。
……というか、少女の方は竹轡が何かフランスパンになってるんだけど。えっ?まさかそれずっと咥えてるの?ふやけない??しかもめっちゃ良い匂いするんだけども、盛大にお腹が鳴ったら一体どうしてくれるんだ。


「あの!俺達の事、覚えてますか……?」
「え、っと……」
「まさかテメェまで覚えてねぇのか!?」
「むぅ……?」


 待って待って待って、そんな悲しそうな顔しないでお願いだから。それは私にクリティカルヒットするから!!!!
 最初は周りが覚えてないなら変に触れないで居ようってさっき思ったばかりなのに、そんな決意が数分で覆されるなんて誰が思うよ。

 私は胡蝶さんと金髪の子をチラリと見てから三人に向き直って、小さく頷いた。それは、覚えているという肯定の意を示したもの。
 それを見た三人は先程の悲しそうな顔から一転、パァッと明るい顔を浮かべた。その瞬間すぐさま腹部への衝撃が走る。下を向けば長く綺麗な黒髪、スリスリと頭を私の腹部に擦り付けている。どうやら少女が突進して来たらしい。
 それに一拍遅れて、兄の方が慌てた様な声を上げて妹を引き離そうとする。けれど少女は私に引っ付いて離れなかった。兄の方が申し訳なさそうに謝るので、私は慌てて首を振って少女の頭をゆっくりと優しく撫でた。
 すると、次いで走った背中への衝撃。グエッと潰れた蛙の様な声を出して、のけ反った。何だ今の衝撃、と思いながら背後を見れば私の背中に頭をグリグリと押し付けてくる美少年の姿がそこにあった。それに対して、これまた兄の方が慌てて声を上げる。


「こっ、こら!伊之助!駄目だろう!?」
「や、うん、大丈夫だよ……うぐっ!?」
「わぁあぁ!大丈夫ですか苗字さん!!」


 背後からの突進を受けながら私は頭の片隅で、皆このままいくと名前変わってなさそうだなぁ、とある意味現実逃避をしていた。
 すると漸く蚊帳の外に居た胡蝶さん達が止めに入ってくれて、私の背中の平穏が戻ってきた。あのままやれていたら、背中が抉れていたかもしれない。
 止めてくれたお陰で伊之助の動きは止まったが、頭は背中にくっ付いたままである。何故だ。私、彼にこんなに懐かれてた記憶無いぞ。

先生すると、今まで喋らなかった金髪の子が驚いた様に口を開いた。


「え、何、伊之助ってば泣いてんの……?」
「……っえ!?」
「っはぁ゙ん!?泣いてねぇわ!!テメェも驚いた声上げてんじゃねぇ!」
「がなるなよ!実際には泣いてないけど、音がそんな感じだったんだよ!!」
「お前の耳、何か詰まってんじゃねーのか!!掃除しろ!汚ぇ!!」
「ア゙ァ゙!?よく見ろ綺麗だわ!掃除もちゃんとしてるわ!!糞一つ無ぇわ!!!!」


 売り言葉に買い言葉。そんな口喧嘩が始まれば、胡蝶さんが金髪の子の名を呼ぶ。彼女を見れば、笑っているのに凄く怖かった。
 汚い言葉をそんな大声で言うのはよくありませんよ、と彼女は穏やかに言った。けれど、圧が凄い。チラリと金髪の子を見れば、顔面蒼白になってガクブルと震えている。
 胡蝶さんは相手が頷いたのを見ると、その圧を解いた。それと同時に金髪の子は兄妹の兄の方の背後に隠れる。その姿は小動物さながらで、とても可愛い。

 本当なら今すぐ頭を撫でて愛でたい、けれど今も昔も私達はそんな関係じゃない。


「それにしても彼等とお知り合いみたいですし、タイミングが良かったです」
「え、」
「私、実はこの後に少し用事がありまして最後まで案内出来そうに無かったので」
「そうなの!?寧ろここまでありがとう……!」


 いえいえ、と微笑んだ彼女は彼等に案内を頼むと去って行った。
 それを見送ってから、どうしようと考える。良いのかな、彼等のお世話になって。今世では一応今日が初めましてな訳だし……。

 すると袖をクイッと控えめに引かれた。釣られてそちらを見れば、キラキラと光る金髪が。えっ?と固まれば、たどたどしく俺が案内します……!という言葉。
 その申し出に驚いて残りの三人の方を見れば、彼等もどうやら用事があるらしい。この子だけが何も用事が無かったらしいのだ。

……いや、駄目でしょ。三人の方は記憶ありで良いとしても、この子はどう見ても記憶が無い。本当の初対面の子でしかも後輩に案内を頼める程、私の肝は据わっていない。
 思わず断ろうとすれば、兄妹が金髪の子の背中をまるで勇気付ける様に軽く押した。それに伴って近付いた私達の距離。


「善逸に任せておけば大丈夫ですよ、苗字さん!」
「んむーっ!」
「で、でもこの子とは初対面だよ!?この子の方が嫌だと思うし、私は別に大丈夫だから」
「えっ!?ぜっ全然!寧ろ俺は役得というか……!」
「え?」
「なっ、何でもないです!」


 何故か慌てた様に勢いよく首を横に振る彼を横目に、他の三人は手を振って去って行ってしまった。
 ポツンとその場に残されたのは、私と金髪の子。金髪の子はソワソワと落ち着きが無い。おず、と見上げてきた金色の瞳は昔と変わらず綺麗に輝いている。


「あ、の……炭治郎達とは知り合い、なんですか?」
「えっと……うん、昔馴染み、みたいな」
「そうなんですか……っあの!」
「は、はい!」


 急に大きめの声を出され、驚きながらも金髪の子に向き直った。その子は顔を少し赤らめながら、自分とも仲良くしてくれると嬉しいと真っ直ぐに此方を見てきた。
 それに簡単に胸打たれた私は、即答で勿論!と答えた。この子の事で今現在解決していない問題があるというのに。チョロい私はすぐさま頷いてしまった。
 頷いた私を見て安堵したかと思えば、慌てた様に自己紹介をしてくれた。我妻善逸、この子も名前は変わっていないらしい。私も改めて自己紹介をした。


「えっと、それじゃあ学校案内始めますね!」
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「はい!」


 ペコリと私が頭を下げれば、張り切った様に我妻君は私の一歩前に出る。その際にフワリと靡くおさげの髪と、広がるスカート。そう、前世の彼には見覚えの無いものが二つ今の彼にはあった。
 一つは、長い髪。もしかしたら成人した後に伸ばしていたかもしれないが、私からしたら見られないもの。しかも三つ編み、可愛いけども。
 もう一つはスカート。いや別に否定する訳じゃない。何ならとても似合っているし、可愛い。それに今世は心が女の子っていう線もあれば、そういう服を着たいっていう感じかもしれない。……しれないんだけど、上半身には控えめな二つの膨らみがあるんだよなぁ〜〜〜〜!どう足掻いても詰め物じゃないよなぁ、あれ。

 つまり、私の目の前に居る金髪の子。もとい我妻善逸君は前世は男、今世では女の子らしい。


「……いや訳が分からないよ!!!!」
「ヒェッ!?な、何!?先輩、急にどうしたんですか!?」
「ごめん、何でもない!」
「そ、そうですか……?」


 もし体調が悪いなら、遠慮無く言ってくださいね?と不安げな顔でこちらの顔を覗き込んできた我妻君は、とても可愛い。百点満点である。
 というかそれにしても、女の子なのにこの子の名前は善逸なの?もうちょいこう、どうにかならなかったのだろうか。一体、この子の名前に何の因果が働いたのだろう。
 それに何故よりによってこの子だけ性別が反転してるんだ、他の人達はそのままだったじゃないか……!神様の悪戯か何かですか!?私と彼は知らない内に天の怨みでも買っていたのだろうか。というか、買っているとしたら私の方だろうけれど。我妻君は良い子だし。
……呼び方も我妻君じゃなくて、我妻さんの方が良いよね。うっわ、暫く混乱しそうだな。

 そんな私の内心を他所に、前を歩く少女は意外にも楽しそうである。彼女はフワリとスカートを翻すと、クルリと此方を振り返った。


「……ねぇ先輩、先輩って彼氏とか居ます?」
「や、悲しい事に今まで一度も出来たことないよ」
「嘘ォッ!!??何で!?じゃあ、告白は!?」
「それは、何回かは……?」
「いやモテるんじゃんか!!なのにゼロ!?」


 何で!?と騒ぎ出してしまった我妻さんを宥めながら、私はずっと好きな人が居るのと言った。酷い顔、していなければ良いなと願いながら。
 私のその言葉を聞いた彼女は、ピタリと騒ぐのを止めた。そして静かに、もしかしてと呟く。


「その人には相手が居たの?」
「かもね!それに、もう会えないだろうから」
「!……そう、なんですか」


 暗くならない様に努めて出来るだけ明るく言ったのだが、どうやら失敗したらしい。彼女は申し訳無さそうに謝罪の言葉を口にする。
 我妻さんは悪くないよ、と私は彼女の頭を慰める様に撫でる。今世で漸く触れた好きな人の髪はフワフワしていて、とても気持ち良かった。
 彼女は驚いたのか一瞬ビクリと固まるも、その後は肩の力を抜いて大人しく撫でられている。

 けれど突然、その手を彼女に取られてしまった。真剣な表情をした彼女のその目は今も変わらず真っ直ぐで、とても綺麗な琥珀色に煌めいていた。


「っねぇ先輩!俺じゃ、駄目……?」
「え?」
「女の俺じゃ変だと思うかもしれないけど、っでも俺!貴方に一目惚れしちゃったんだ……!」
「まっ、待って、」
「俺なら先輩にそんな悲しそうな顔させないよ……!絶対、毎日笑顔にする!」
「ちょっ、落ち着いて、我妻さっ……!」
「っだから!俺に、してみない……?」


 別に無理に忘れろって言ってるんじゃないよ、ただ俺にもチャンスを頂戴って事。そうしたら、それを上回るぐらい俺で苗字先輩を一杯に出来る様に頑張るし、楽しい日々にしてみせるから!

 迫り迫って来た彼女は、後ずさり背が壁に到達して逃げ場を無くした私の手を両手でぎゅうっと握る。そして、まるで祈る様に私にそう言ってきた。その姿はとても可愛らしく、健気である。
 でも待って、本っ当に待ってほしい。一体全体、どうしてこうなった。まだ私は、君が今世は女子という事を受け入れたばかりだというのに。

……っなのに!私の心残りはこんなよく分からない形で叶おうとしているではないか!!本能的に頷いてしまいたいけれど、今は頷いてはいけない気がする。
 あぁ、ほら、私の脳が混乱を極めて警報音が鳴り出した。ピピピピピッ、ってまるで目覚まし時計みたいな機械音だけど。……あれ?これ本当に目覚まし時計じゃ……。


 けたたましい音を耳に入れて、バチリと勢いよく瞼が開いた。ガバリッ、と私は反射的に勢いよく体を起こす。未だ音を鳴らし続ける携帯を見れば、今は朝の六時を示していた。
 取り敢えず未だ鳴っているアラームを止めて、私は大きく溜息を吐いた。脱力した流れで掛け布団に顔が沈む。

……夢だった。前世の知り合い達に会った事も、性別反転した想い人に迫られたのも、全部全部私の夢だった。こんなにハッキリと夢に見てしまう程に私は彼等に会いたかったのか、と笑ってしまう。
 嫌に鮮明すぎたあの夢を頭の片隅に追いやりながら、私は布団から出た。そしてふと視線を向けた先には、今日から編入予定の学校の制服。夢と同じで今日から通う、キメツ学園高等部の明るめの制服。
 夢は夢、あんな偶然だらけなんて現実にある訳が無い。かぶりを振って、未だ脳内に残り続ける夢物語を私は無理矢理霧散させた。

 この後、本当にある意味その通りになるとは思ってもみなかった私は、学校に行く支度をすべく顔を洗ってこようと自室を後にしたのだった。

前世で好きだった人が今世では性転換していた件について。【我妻 善逸】



 前世。それはある人生を起点として、それより前の人生のことを指す事。

 私には、それがある。けれど産まれた時からあった訳じゃない。幼少期、ボール遊びをしていて勢いよく頭にぶつかって昏倒した。そして次に目覚めた時には、私は今までの無垢な幼児ではなくなっていた。
 私が思い出した前世は大正時代を生きた記憶。全身全霊を持って、全てを賭けて駆けて生き抜いた記憶。

 今の世では夢物語にしか考えられないが、私の生きた大正時代には鬼が存在していた。しかも人喰いで、食べた人間の数で鬼の異能力がパワーアップしていく厄介なタイプだった。
 だから人が唐突に消える事件なんて多発したし、死人も多かった。何なら人によっては鬼にされてしまった人達も数多く居た。
 私はその鬼を狩る、鬼殺隊という組織に属していた。しかも、政府非公認の結構バレたらヤバいギリギリの組織。その時代にはもう既に帯刀禁止令があったから尚更だ。今思い返しても、捕まらなかったのは運が良かったなぁ……。
 話を戻して。私はその鬼殺隊で鬼を斬って斬って斬って、斬りまくった。勿論、戦闘なので怪我なんて日常茶飯事だったし、昨日会った筈の仲間が次の日には居ない事も珍しくはなかった。

 そんな折、ふとした偶然から友人が出来た。それは私より歳下の四人。少年少女の兄妹、金髪の少年、猪頭を被った少年。しかも兄妹の妹は鬼だった。けれど、その子は人を食べなかった。
 その四人と知り合ってから、縁が繋がった様に色々な人達と関わる様になった。鬼殺隊トップに君臨する柱と呼ばれる激強の人達や、隠の人、蝶屋敷の人達に、彼等の同期達。
 今でも胸を張って言える、彼等と出会ってからの私は幸せだった。

 だから、そんな優しい人達に看取られて己の役目を全うした私はとても幸運だと思う。
 けれど、心残りを上げるなら。好きな人に想いを伝える事を一度くらいはしておけば良かったなぁ、と最期に思ってしまったのを今でもよく覚えている。


 はい!前世の話終わり終わり!!はぁ〜〜〜〜こう思い返してみると本当に駆け抜けてたな、死に急ぎ感が凄い。いや本当に死んだけど。結局、鬼舞辻無惨を倒す前におっ死んでますからね。結局どうなったんだろー、とか記憶取り戻してからボケッとしながらアホ面で思ってたもんですよ。
 それで、現在の話に移行する訳だけれども。私は良い人達に恵まれたお陰で鬼殺隊士の中では比較的幸福だったんですよ、一つの心残りを残して。
 残してしまったそれは厄介で、それのお陰で今までまともに恋愛が出来なかった。正直、今世で会える確証が全く無いのにここまで居座られるとかビックリですよ。

 現在私は高校三年生、今年から中高一貫校に編入する事になった。学校の名前は、キメツ学園。その名前を聞いた瞬間、前に所属していた組織と名前が似てるなぁ!とか思っちゃったのは無理もないと思うんだ。
 で、今日はその編入日当日なんですよ。只今私は職員室にいる訳だけれども。まぁーーーー見渡す限り知ってる顔ばっか!!!!何コレ偶然を通り越して、因縁かなんかなの!?ってか待って、元鬼も混じってない!?

 そんな今にも叫び出したい気持ちを抑えて居れば、対応してくれたのは前世水柱の冨岡義勇さん。今は先生なので、冨岡先生。前世から変わらないその表情と雰囲気は健在らしい、現に今も何考えてるか分からない。
 先生は淡々と事務的作業会話をして、必要事項をどんどん終わらせていく。それをぼんやりと見ていれば、ガラリと背後のドアが開いた。
 自然と音のした方を振り返れば、見覚えのある金髪。私の、前世の心残りの人物なのはすぐに分かった。分かって、しまった。

 その人物は丁度冨岡先生に用事があったようで、こちらに歩いてくる。……何故かビクビクしているのは気になるけれど。
 此方をチラリと見て少し驚いた様な顔をしてから、少し遅れてペコリと私に会釈してくれたので私も軽く会釈した。その子は先生と目線を合わせると、先生がコチラに喋りながら机を指先で軽くノックする。その子はそれを見ると頷いて、先生の机にバインダーを置き、一礼して去って行った。
 あの子は、覚えていないのだろうか。そういえばあの子を初めとしたこの場に居る人達も、特に変な反応はしなかった。という事は、誰も前世の記憶は無いのだろうか。……えっ、少し寂しい。けれど、考えてみれば普通は前世の記憶ある?俺ある!みたいな事は言わない。ヤバい奴認定確定だからである。

 あの人に出会えた事で、色々な意味の衝撃で冨岡先生の話を半分以上聞けていなかったが、それなりに相槌を打っていたら何とかなった。
 その後、私は編入先のクラスに案内された。その三年蓬組には、前世は蟲柱であった胡蝶しのぶさんが居た。しかも、私は彼女の後ろの席。
 今世でもその美しさは健在で、彼女はこちらを振り返ると、よろしくお願いしますねと綺麗な顔でニコリと笑った。


「それにしても、比較的大事な時期である今の学年で編入なんて珍しいですね」
「あぁ、私の親が転勤族なので……慣れましたし、私は色んな所が見れるので結構楽しいですよ」
「……初対面の私が言う事では無いと思いますけど、貴方って神経図太いですねぇ」
「そうですか?」


 今までそんな事は微塵も思った事は無かった為に首を傾げれば、胡蝶さんはそうですよ、と上品に笑った。
 その後、彼女と少し話してそれなりに打ち解けた。取り敢えず、前世の癖で使ってしまった敬語が外れるくらいには。

 そして今日は半日授業だけだったので、今は胡蝶さんに校内案内をしてもらっている。その最中、私は再度、心残りの人物に出くわした。今度は、見覚えのありすぎる四人組で。
 記憶は無くとも胡蝶さんは彼等と交流がある様で、彼等が人懐っこく寄ってきた。その際にこちらに刺さってくる好奇心の視線、ねぇ見過ぎじゃない?特に兄妹達よ。
 私は居心地の悪さから視線を合わせず外していれば、流れる様に胡蝶さんから紹介されてしまった。それを聞いて明るい顔をする兄妹達と美少年、けれど金髪の子は特に表情は変わらなかった様に見えた。
……というか、少女の方は竹轡が何かフランスパンになってるんだけど。えっ?まさかそれずっと咥えてるの?ふやけない??しかもめっちゃ良い匂いするんだけども、盛大にお腹が鳴ったら一体どうしてくれるんだ。


「あの!俺達の事、覚えてますか……?」
「え、っと……」
「まさかテメェまで覚えてねぇのか!?」
「むぅ……?」


 待って待って待って、そんな悲しそうな顔しないでお願いだから。それは私にクリティカルヒットするから!!!!
 最初は周りが覚えてないなら変に触れないで居ようってさっき思ったばかりなのに、そんな決意が数分で覆されるなんて誰が思うよ。

 私は胡蝶さんと金髪の子をチラリと見てから三人に向き直って、小さく頷いた。それは、覚えているという肯定の意を示したもの。
 それを見た三人は先程の悲しそうな顔から一転、パァッと明るい顔を浮かべた。その瞬間すぐさま腹部への衝撃が走る。下を向けば長く綺麗な黒髪、スリスリと頭を私の腹部に擦り付けている。どうやら少女が突進して来たらしい。
 それに一拍遅れて、兄の方が慌てた様な声を上げて妹を引き離そうとする。けれど少女は私に引っ付いて離れなかった。兄の方が申し訳なさそうに謝るので、私は慌てて首を振って少女の頭をゆっくりと優しく撫でた。
 すると、次いで走った背中への衝撃。グエッと潰れた蛙の様な声を出して、のけ反った。何だ今の衝撃、と思いながら背後を見れば私の背中に頭をグリグリと押し付けてくる美少年の姿がそこにあった。それに対して、これまた兄の方が慌てて声を上げる。


「こっ、こら!伊之助!駄目だろう!?」
「や、うん、大丈夫だよ……うぐっ!?」
「わぁあぁ!大丈夫ですか苗字さん!!」


 背後からの突進を受けながら私は頭の片隅で、皆このままいくと名前変わってなさそうだなぁ、とある意味現実逃避をしていた。
 すると漸く蚊帳の外に居た胡蝶さん達が止めに入ってくれて、私の背中の平穏が戻ってきた。あのままやれていたら、背中が抉れていたかもしれない。
 止めてくれたお陰で伊之助の動きは止まったが、頭は背中にくっ付いたままである。何故だ。私、彼にこんなに懐かれてた記憶無いぞ。

先生すると、今まで喋らなかった金髪の子が驚いた様に口を開いた。


「え、何、伊之助ってば泣いてんの……?」
「……っえ!?」
「っはぁ゙ん!?泣いてねぇわ!!テメェも驚いた声上げてんじゃねぇ!」
「がなるなよ!実際には泣いてないけど、音がそんな感じだったんだよ!!」
「お前の耳、何か詰まってんじゃねーのか!!掃除しろ!汚ぇ!!」
「ア゙ァ゙!?よく見ろ綺麗だわ!掃除もちゃんとしてるわ!!糞一つ無ぇわ!!!!」


 売り言葉に買い言葉。そんな口喧嘩が始まれば、胡蝶さんが金髪の子の名を呼ぶ。彼女を見れば、笑っているのに凄く怖かった。
 汚い言葉をそんな大声で言うのはよくありませんよ、と彼女は穏やかに言った。けれど、圧が凄い。チラリと金髪の子を見れば、顔面蒼白になってガクブルと震えている。
 胡蝶さんは相手が頷いたのを見ると、その圧を解いた。それと同時に金髪の子は兄妹の兄の方の背後に隠れる。その姿は小動物さながらで、とても可愛い。

 本当なら今すぐ頭を撫でて愛でたい、けれど今も昔も私達はそんな関係じゃない。


「それにしても彼等とお知り合いみたいですし、タイミングが良かったです」
「え、」
「私、実はこの後に少し用事がありまして最後まで案内出来そうに無かったので」
「そうなの!?寧ろここまでありがとう……!」


 いえいえ、と微笑んだ彼女は彼等に案内を頼むと去って行った。
 それを見送ってから、どうしようと考える。良いのかな、彼等のお世話になって。今世では一応今日が初めましてな訳だし……。

 すると袖をクイッと控えめに引かれた。釣られてそちらを見れば、キラキラと光る金髪が。えっ?と固まれば、たどたどしく俺が案内します……!という言葉。
 その申し出に驚いて残りの三人の方を見れば、彼等もどうやら用事があるらしい。この子だけが何も用事が無かったらしいのだ。

……いや、駄目でしょ。三人の方は記憶ありで良いとしても、この子はどう見ても記憶が無い。本当の初対面の子でしかも後輩に案内を頼める程、私の肝は据わっていない。
 思わず断ろうとすれば、兄妹が金髪の子の背中をまるで勇気付ける様に軽く押した。それに伴って近付いた私達の距離。


「善逸に任せておけば大丈夫ですよ、苗字さん!」
「んむーっ!」
「で、でもこの子とは初対面だよ!?この子の方が嫌だと思うし、私は別に大丈夫だから」
「えっ!?ぜっ全然!寧ろ俺は役得というか……!」
「え?」
「なっ、何でもないです!」


 何故か慌てた様に勢いよく首を横に振る彼を横目に、他の三人は手を振って去って行ってしまった。
 ポツンとその場に残されたのは、私と金髪の子。金髪の子はソワソワと落ち着きが無い。おず、と見上げてきた金色の瞳は昔と変わらず綺麗に輝いている。


「あ、の……炭治郎達とは知り合い、なんですか?」
「えっと……うん、昔馴染み、みたいな」
「そうなんですか……っあの!」
「は、はい!」


 急に大きめの声を出され、驚きながらも金髪の子に向き直った。その子は顔を少し赤らめながら、自分とも仲良くしてくれると嬉しいと真っ直ぐに此方を見てきた。
 それに簡単に胸打たれた私は、即答で勿論!と答えた。この子の事で今現在解決していない問題があるというのに。チョロい私はすぐさま頷いてしまった。
 頷いた私を見て安堵したかと思えば、慌てた様に自己紹介をしてくれた。我妻善逸、この子も名前は変わっていないらしい。私も改めて自己紹介をした。


「えっと、それじゃあ学校案内始めますね!」
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「はい!」


 ペコリと私が頭を下げれば、張り切った様に我妻君は私の一歩前に出る。その際にフワリと靡くおさげの髪と、広がるスカート。そう、前世の彼には見覚えの無いものが二つ今の彼にはあった。
 一つは、長い髪。もしかしたら成人した後に伸ばしていたかもしれないが、私からしたら見られないもの。しかも三つ編み、可愛いけども。
 もう一つはスカート。いや別に否定する訳じゃない。何ならとても似合っているし、可愛い。それに今世は心が女の子っていう線もあれば、そういう服を着たいっていう感じかもしれない。……しれないんだけど、上半身には控えめな二つの膨らみがあるんだよなぁ〜〜〜〜!どう足掻いても詰め物じゃないよなぁ、あれ。

 つまり、私の目の前に居る金髪の子。もとい我妻善逸君は前世は男、今世では女の子らしい。


「……いや訳が分からないよ!!!!」
「ヒェッ!?な、何!?先輩、急にどうしたんですか!?」
「ごめん、何でもない!」
「そ、そうですか……?」


 もし体調が悪いなら、遠慮無く言ってくださいね?と不安げな顔でこちらの顔を覗き込んできた我妻君は、とても可愛い。百点満点である。
 というかそれにしても、女の子なのにこの子の名前は善逸なの?もうちょいこう、どうにかならなかったのだろうか。一体、この子の名前に何の因果が働いたのだろう。
 それに何故よりによってこの子だけ性別が反転してるんだ、他の人達はそのままだったじゃないか……!神様の悪戯か何かですか!?私と彼は知らない内に天の怨みでも買っていたのだろうか。というか、買っているとしたら私の方だろうけれど。我妻君は良い子だし。
……呼び方も我妻君じゃなくて、我妻さんの方が良いよね。うっわ、暫く混乱しそうだな。

 そんな私の内心を他所に、前を歩く少女は意外にも楽しそうである。彼女はフワリとスカートを翻すと、クルリと此方を振り返った。


「……ねぇ先輩、先輩って彼氏とか居ます?」
「や、悲しい事に今まで一度も出来たことないよ」
「嘘ォッ!!??何で!?じゃあ、告白は!?」
「それは、何回かは……?」
「いやモテるんじゃんか!!なのにゼロ!?」


 何で!?と騒ぎ出してしまった我妻さんを宥めながら、私はずっと好きな人が居るのと言った。酷い顔、していなければ良いなと願いながら。
 私のその言葉を聞いた彼女は、ピタリと騒ぐのを止めた。そして静かに、もしかしてと呟く。


「その人には相手が居たの?」
「かもね!それに、もう会えないだろうから」
「!……そう、なんですか」


 暗くならない様に努めて出来るだけ明るく言ったのだが、どうやら失敗したらしい。彼女は申し訳無さそうに謝罪の言葉を口にする。
 我妻さんは悪くないよ、と私は彼女の頭を慰める様に撫でる。今世で漸く触れた好きな人の髪はフワフワしていて、とても気持ち良かった。
 彼女は驚いたのか一瞬ビクリと固まるも、その後は肩の力を抜いて大人しく撫でられている。

 けれど突然、その手を彼女に取られてしまった。真剣な表情をした彼女のその目は今も変わらず真っ直ぐで、とても綺麗な琥珀色に煌めいていた。


「っねぇ先輩!俺じゃ、駄目……?」
「え?」
「女の俺じゃ変だと思うかもしれないけど、っでも俺!貴方に一目惚れしちゃったんだ……!」
「まっ、待って、」
「俺なら先輩にそんな悲しそうな顔させないよ……!絶対、毎日笑顔にする!」
「ちょっ、落ち着いて、我妻さっ……!」
「っだから!俺に、してみない……?」


 別に無理に忘れろって言ってるんじゃないよ、ただ俺にもチャンスを頂戴って事。そうしたら、それを上回るぐらい俺で苗字先輩を一杯に出来る様に頑張るし、楽しい日々にしてみせるから!

 迫り迫って来た彼女は、後ずさり背が壁に到達して逃げ場を無くした私の手を両手でぎゅうっと握る。そして、まるで祈る様に私にそう言ってきた。その姿はとても可愛らしく、健気である。
 でも待って、本っ当に待ってほしい。一体全体、どうしてこうなった。まだ私は、君が今世は女子という事を受け入れたばかりだというのに。

……っなのに!私の心残りはこんなよく分からない形で叶おうとしているではないか!!本能的に頷いてしまいたいけれど、今は頷いてはいけない気がする。
 あぁ、ほら、私の脳が混乱を極めて警報音が鳴り出した。ピピピピピッ、ってまるで目覚まし時計みたいな機械音だけど。……あれ?これ本当に目覚まし時計じゃ……。


 けたたましい音を耳に入れて、バチリと勢いよく瞼が開いた。ガバリッ、と私は反射的に勢いよく体を起こす。未だ音を鳴らし続ける携帯を見れば、今は朝の六時を示していた。
 取り敢えず未だ鳴っているアラームを止めて、私は大きく溜息を吐いた。脱力した流れで掛け布団に顔が沈む。

……夢だった。前世の知り合い達に会った事も、性別反転した想い人に迫られたのも、全部全部私の夢だった。こんなにハッキリと夢に見てしまう程に私は彼等に会いたかったのか、と笑ってしまう。
 嫌に鮮明すぎたあの夢を頭の片隅に追いやりながら、私は布団から出た。そしてふと視線を向けた先には、今日から編入予定の学校の制服。夢と同じで今日から通う、キメツ学園高等部の明るめの制服。
 夢は夢、あんな偶然だらけなんて現実にある訳が無い。かぶりを振って、未だ脳内に残り続ける夢物語を私は無理矢理霧散させた。

 この後、本当にある意味その通りになるとは思ってもみなかった私は、学校に行く支度をすべく顔を洗ってこようと自室を後にしたのだった。









前世で好きだった人が今世では性転換していた件について。
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