バレンタイン2020




 一年に一度だけの、特別な甘い贈り物。贈り物と共に貴方へと差し出した手が震えている事に、どうか貴方が気付きませんように。


「善逸って確か甘い物好きだったよね?コレあげる」
「えっ!?」


 貴方は一等甘い物が好きだと聞いたから、色々なお店を巡って厳選した物を彼に差し出した。本当は手作りも最初にしたけれど、慣れない事をしたせいで失敗してしまった。一口食べたが、あれはどう足掻いても甘党の人には渡せる代物じゃない。系統で言えばそう、ほろ苦いプディングのカラメルのような……私は好きだけれど、甘党の人には少し辛いだろう。
 そして代わりにと急遽用意したのが、評判の良いお店のチョコレート。恋柱様にもお墨付きを頂いたお店だから間違いは無いだろう。私自身も自分用にと買ったものを食べたが、実際凄く美味しかった。何なら私の手作りの物より何百倍も遥かに美味しいだろう、失敗したのは寧ろ良かったのかもしれない。

 しかも彼は甘い物と高価な食べ物が好きだから、チョコレートは一石二鳥だ。高くて甘い食べ物、しかも最近流行っている西洋の物。これ程うってつけの物は無い。……それに鬼殺隊に入っていなければ高すぎて買えなかった代物だろうし、何より彼にも会えなかっただろうから。鬼には感謝したくないが、親方様には感謝したい。


「うわこれって今話題になってる西洋のお店のやつじゃん!」
「らしいね、私も食べたけど美味しかったよ」
「……てことはコレ、誰かからの貰い物?」
「え?あ、あー……いや違うけど……」


 じゃあ君がわざわざ買ったのを俺にくれるって事?だってさっき食べたって言ったけどこれ、未開封だよね?

 ジッと何かを言いたげな目でこちらを見ながら問い詰めてくるものだから、自身が何か後ろめたい事でもしたような気分に陥る。確かに自身でわざわざ買ったものをあげるなんて少し不自然だろう、しかもそれなりに高価な物を。
 何て言おう。本命……は絶対に言えないし、義理?それなら日頃の感謝として友人にあげても変ではないだろう。それにここに来る前にチョコレートでは無いが炭治郎と禰豆子ちゃんに金平糖とお花を渡して来た、それも含めてしまえば義理チョコは既に渡しているとして嘘にはならないだろう。……本当の事を言ってしまえば二人へのあれは、普通にお土産だったけど。


「えー……っと、ほら!西洋の文化で今日はバレンタインっていう感謝している人に贈り物をする日なんだって!」
「あぁ、それなら俺も知ってる。……あれ?でも確か俺が聞いたのは男が好きな女の子に花を渡す日だって……」
「別に好きな人だけじゃくて、友人や家族にもあげるらしいよ」


 だからソレ、善逸に。
 そう言い感謝の気持ちを込めてニコリと笑ってみせれば、ふにゃりと顔を崩した善逸がありがとうと柔らかい笑みを零した。

……誤魔化せ、た?今日はこんな催し物に乗じてはみたけれど、本来ならばずっと表には出さないと決めていたモノだ。彼には出会った時から想い人が居た、だから言わないと決めた。彼は優しいから言ってしまえば、笑ってありがとうと受け入れてくれるだろう。しかし優しすぎるから傷付けない様に今まで通りの距離で接してくるだろうし、かといって彼が気まずくなるだけだ。
 そんな未来を私は望まない、そうなるくらいなら私と彼の関係は一生変わらなくて良い。そうしたら友人としては彼の隣に立てるから。


「……ねぇ、そういえば名前ちゃんの本命って誰なの?」
「えっ」
「だって本命、居るんだよね?」


 それとももう渡したの?
 こてりと小首を傾げて、またもやこちらを真っ直ぐに見つめてくる彼の視線から、今度は何故か逃げられなかった。
 そんな風に誰なの?って視線を寄越されても、貴方です!なんてそんな事を言える訳ない。私に、私の目の前の人!って言える勇気と度胸があれば良かったのだろうけれど、生憎こっちは今のままの関係を選んだ臆病者だ。そんな肝は端から据わっていない。

 というか私、彼に好きな人が居るって言ったっけ?


「あっごめん、つい気になっちゃって……」
「や、別に良いけど……私、善逸に好きな人が居るなんて言った事あったっけ……?」
「いや話はされてないんだけど、その……音が、ね?」
「……成程」


 良すぎる耳は、本人にその気が無くとも本当に何でも聞こえてしまうらしい。しかも彼のこの言い方だと随分前からバレていたようだ。そんなにも私は恋している音を鳴らしていましたか、我妻君。…………あー……きちんと任務はこなすので、暫く旅に出ても構わないだろうか?詳しく言えば我妻隊士と会わなくても良い地域に行きたい、何ならもう今すぐにでもこの場を逃げ出したい。
 というか人の事を気にする前に、君こそ本命の子には貰えたのか?


「善逸こそ本命の子に貰えたの?」
「え、俺?」
「だって善逸もいるでしょ?善逸も分かりやすいから知ってるよ」
「……貰えたには貰えたよ、でも意味合いがどちらなのかまだ本人の口から聞けてない」


 ほう、もう既に善逸は禰豆子ちゃんから何かしらを貰っていたのか。何だろう、お花とか?それとも炭治郎や蝶屋敷の子達に頼んで何か食べ物を用意したのだろうか?にしても無事貰えてたのなら良かった、流石にこういう日まで相手にされないのは普通に可哀想だもんなぁ……。
 それにしても意味合いを聞くにしても、今の禰豆子ちゃんとの意思疎通は少し難しそうだ。炭治郎に前に聞いた話だと、彼女は周りの仲間達を家族だと思い込んでいるらしいので、家族愛の場合、本命か義理かの判断は難しい。何なら今の禰豆子ちゃんの場合、境目が多分無い。

 自身の想い人とはいえ、難儀だなぁこの男。彼の事だから折れはしないんだろうけど、純粋に恋愛感情として相手にされていないのを長いこと見ていると少し不憫になってくる。彼を好きな私が彼の恋路を応援するのが可笑しい事は百も承知の上だが、何故か応援したくなってしまう。不思議だ。


「えぇと、その……頑張れ?」
「……応援してくれるの?」
「うんまぁ、これくらいしか出来ないけど……きっと酷い結果にはならないと思うから大丈夫でしょ!」
「本当に?言ったな?言質取ったからな??」


 いやどれだけ不安なの、心配しなくても禰豆子ちゃんは君を酷い目には合わせないだろう。大丈夫、君の好きになった子はとても優しい子だから自信を持ってほしい。……あの本当、お願いだからそんな必死の形相で詰め寄ってこないでほしい。大丈夫だとは思うけど、結局私は禰豆子ちゃんではないので正解は持ち合わせていないのだ。好きな人にこんな事を言うのもあれだが、必死すぎて引くぞ。

 そんなに気になるならばさっさと行って確かめておいでよ、と言えば、丁度よく狙ったかのように彼が発した言葉と被る。その為、私は彼の言葉を聞き取れなかった。


「っなんっでこういう時に限って俺はいつもこうなの!」
「ご、ごめん……?」
「いや良いよ……君からどうぞ……」
「あ、うん……えっと、良い返事貰えると良いね!」
「ありがとう……俺頑張る……」


 さめざめとした雰囲気を醸し出しながら座り込んで若干イジけ始めていた彼は、じゃあ今度は俺の番ね、と立ち上がり私の方へ改めて向き直った。
 その顔は何処か、緊張感に満ちている。


「……あのさ、名前ちゃんがくれたコレってどっち?」
「どっち、とは」
「本命か、義理か。どっちって事」
「それはほら、さっきも言った通り日頃の感謝ってやつで……」
「俺が聞いてるのはそういうのじゃなくて……二択の、本命か義理かを聞いたの」


 無意識か分からないけどさっきコレをくれた時、君はどちらの言葉も言わなかったよね。今日の事を知っているのなら当然、さっき俺が言った二択の言葉も知っている筈だし。なのに君は言わなかった、俺がこんなんだって知ってるのに言わなかった。どちらの意味でも“釘を刺さなかった”、どうして?

 ぎゅっと私があげたチョコレートの箱を握りしめて、強ばった顔でこちらを見続けている。ユラユラと揺れる瞳は、本当なら今すぐにでも目線を逸らしたいだろうに。それでも彼は目をそらす気配はなかった。
……卑怯だ。いつもはこんな真剣な顔、そうそうしないくせに。いつもは女の子にデレデレとしてダラしないくせに。好きな子だって、居るくせに。
 今更そんな格好良い顔、私に見せないでよ……っ!釘を刺さなかったんじゃない、“させなかった”のに。そんな事くらいその自慢の耳で察しなさいよ!どうしてこういう時はいつも、馬鹿正直に真正面切って聞いてくるの!!


「だから、だよ」
「っえ……なに、何で、」
「絶対に言葉にした方が良いと思ったから、あえて聞くんだ」


 君は本心を隠すのが、とても上手いから。だから俺はいつも耳を研ぎ澄まして頑張ってるんだぜ?と少し得意げに笑った善逸の顔は楽しそうな少年の顔だったけれど、何処か少し大人びていた気がする。


「それにその、俺的にはあの……結構期待しちゃったりして?なーんて……」
「は、」
「っいや名前ちゃんに好きな人が居るのは分かってたけど!……それでも、分かってても無駄な期待はしちゃうから」
「それって、善逸は色んな子からの本命が欲しいってこと?」
「違うよ!?」


 いや貰えるなら嬉しいけども!でも流石にそこまでの非現実的な考えは持ってないよ!?実際に本命を受け取るなら、本命の子一人だけって決めてるし!!

 先程までの静かで真剣な善逸は消え、今はワタワタといつも通り賑やかな善逸がそこに居た。それにしても、今自分がとんでもない事を言った事に彼は気が付いているのだろうか?……それを私は、馬鹿正直に受け止めて良いのだろうか?
 今日は目の前の男のせいで色々と考えて脳が疲れた、甘い物が食べたい。……そうだ、先程の彼の言い分に乗ったとして、それを断られるのならば彼の手にある物をぶんどってでも返して貰って自分が食べる事にしよう。そうしたら糖分補給も出来るし、振られて悲しくて泣くというよりはヤケ食いに近いものになるだろうから、みっともなく泣かないで済みそうだ。
……あぁうん。でも、もし振られたのなら。先程思わせ振りな事を言った目の前の想い人を、一発殴るくらいは許されるよね?


「あ、あのー……?」
「……本命、」
「え、」
「善逸にあげたソレは、紛れもない私の本命だよ」
「っほん、とう……?」


 その言葉にこくりと頷けば、彼はパァッと表情を一気に明るくさせた。そしてこちらが何かを言う前に強く彼の方へと引き寄せられてしまった。
 ゼロ距離になった彼の口からは、嬉しい、ありがとう、とまるで何かの賞を貰ったかのようだった。ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる彼の腕が、少し震えている。それ程までに彼は嬉しがってくれるのか。私のチョコレートを、私の気持ちを。……嬉しい、な。


「大事に食べる、本当なら保存したいけど腐らせるくらいならちゃんと食べるぅぅぅ……!」
「……是非そうしてほしい」
「うん、うん……!お返し楽しみにしててね!俺、名前ちゃんが喜んでくれる様に頑張るから!!」
「え、別に良いよ。私が勝手に渡したかっただけだし……それに、今こうして逆に貰っちゃった様なものだし……」


 後半に小さな声で本音を漏らせば、耳良い彼には普通に聞こえたのだろう。何故かスンッと急に真顔になった彼が、はぁ?何それ可愛い好き……と零してぎゅうっと抱きすくめられてしまった。
 勇気を出して、私も行き場の無かった手を彼の背に回し彼の羽織を少し握り締めてみれば、それに気が付いた彼に更に抱きしめられてしまう。……少しだけ苦しかったけれど、それ以上に私は幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。


 その後。失敗した手作りを彼に目敏く見つけられて、それも欲しい!それが欲しい!!と何故か大騒ぎされたのを、私が絶対に嫌!と拒否るまであと少し。




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