バレンタイン2020




 相手の好みを知るには、事前のリサーチというものがとても大切であり必須である。


「え、手作り?……うーん、重いというか何か怖い」


……そしてこれが、我が想い人から得られた解答である。
 二月十四日、バレンタインデー。大切な人にチョコレートを贈り、愛を伝える日。近年はそれだけではなく、義理チョコを代表に友チョコや家族チョコ、自分用まで様々なチョコレートがある。人の文化はこうやって色々変化し、進化していくんだなぁと思いながら私もそれに乗っかっている一人である。だって楽しいし。別にお菓子会社の陰謀ってのはとっくに分かってんですよ、だが楽しい。色々な種類のチョコを食べれるから良いよね!それに友人達からも沢山貰えるから私は好きですバレンタイン!!

 で、話を戻しますと、私には好きな人が居ます。それでいてバレンタインに備えて、彼の好みを聞いてみた訳だ。そしたらこれだよ。いや確かにそういう人居るけども、マジかお前。正直作る気満々だったんだよな、どうしよう。材料も既に買っちゃったんだ、先走り過ぎた。まさか超否定的だとは思わなんだ。
 まぁでも彼がそういう思考なのは分からなくもない、将棋棋士として特に女性人気の高い彼ら兄弟は過去贈り物でもしかしたら色々あったのかもしれない。ほら時々聞くじゃないですか、アイドルのプレゼントの中にヤバい案件のやつが混じってたりとか……多分そんな感じのやつ。
 私の好きな人である双子の片割れは、アイドルまでとは流石にいかないだろうが、それでも負けず劣らずの女性人気があるのは間違いない。


「で。今日がその十四日な訳だけど、私どうすれば良いと思う?」
「俺に聞くな」
「いやだって一番彼の事を分かってるのは兄である君でしょうよ、有一郎君や」
「確かにそれは否定はしないが……」


 机を挟んだ向こう側で、至極面倒臭そうな顔をする彼が何とも言えない顔をする。酷いなぁ、結構私の中では深刻な問題なんだぞ?何たって乙女の、しかも青春の悩みなんだから。
 しかしそんな事を言っても、目の前の友人は呆れた表情を変えなかった。仲間になれば心強いのに、全然仲間にならない。条件厳しすぎか?期間限定のミッションクリアしないと仲間になってくれない系か?これは。一体彼を仲間にするにはどんな条件をクリアしなければいけないというのか……!


「おい。何か失礼な事考えてるだろ、お前」
「え?全然、寧ろ褒めてた」
「……そう言うなら少し言葉に出してみろよ」
「有一郎を仲間にするにはミッションが高難易度設定されてるっぽいから、ちょっと面倒な王族とかを仲間にする時みたいだなって!」
「それは褒めてねぇ!!」


 ドスリ!と綺麗に脳天チョップをかまされた私は、痛みに震えて頭部を抑えた。正直今のは頭が凹んだかと思ったよ、一切加減されてなかった気がする。将棋部とは思えない力の強さだった、そして運動神経も良いからその素早さを生かした俊敏さでチョップを繰り出したのは見事だと思う。いや、頭に手刀をめり込ませてきた人を褒めるのは自分でもどうかと思うけど。


「うぅ……痛いよ、何するのー……!」
「お前、あれが褒め言葉ってよく胸張って言えたな」
「私の中では結構ランクの高い褒め言葉」
「ドヤ顔すんな」


 ピンッ、と今度は痛くない程度に額を人差し指で弾かれてしまった。だが、流石に先程よりかは手加減してくれたらしい。表情の方は変わらず呆れ返っているが。
 ちぇー、と未だ痛む頭部を擦りながらスイスイとスマホ画面を弄って何か良い案がないか探していれば、一つの項目が目に止まる。そして一つの名案を思い付いた。それは先走って買ってしまった材料達を無駄にせずに済みそうな案件で、尚且つ目の前の彼が強力な助っ人になるものでもあった。


「……有一郎、有一郎っていつも家のご飯作ってるよね?」
「ん?あぁ、そうだけど……急に何だよ」
「お菓子作りの経験は?」
「簡単な物くらいなら……」
「よし!なら放課後ちょっとウチに来てくれない!?」


 彼の肩をガシリと掴んでそう言えば、彼はハァ!?と驚きの声を上げた。わぁ、お口があんぐりとして可愛いね有一郎。そしてそんな彼に慌てた様子で説明を求められたので、私は簡単に説明を始めた。

 先走って材料買っちゃったって言ったじゃないですか、んでその本命君は他人からの手作り重いって言うじゃないですか。けれどこのままじゃ折角の材料達が無駄になってしまう、そして私も何も出来ずにバレンタインが終わってしまう。それは嫌、絶対に嫌。で、今こんなページを見つけたんですよ。簡単手作りバレンタインレシピのページを。そして私は彼用にガトーショコラを作る予定だったのね?……ここで私は思った訳だよ。他人の物が重く怖くて嫌でも、食べ慣れた家族のなら?あれ!?そういや丁度良く目の前に身内が居るじゃん!────と。


「……それで?まさか俺に手伝えと?」
「そう!有一郎君ってば話が早くて助かるぅ!」
「断る」
「何で!?材料達が無駄になっても良いと言うのか!?」
「あのなぁ……弟とはいえ、何でわざわざ男の俺が男の為に作らないといけないんだ!」


 それに、結局お前の手が加わるのなら俺が半分手伝っても一緒じゃないか!と彼が吠えるので、私はそれに首を振る。最初からそんな事くらい分かってるよ?そこまで私は馬鹿じゃない。だからそういう意味を込めて、有一郎が一から全て作るのさ!と胸を張って言えば、もう一度彼の手刀が脳天を直撃する羽目になった。つらい。

 ツン、とご機嫌斜めになってしまった時透兄は、兎に角絶対に嫌だからな!と再度釘を刺してきた。


「そこを頼むよー!フリフリエプロンが似合いそうな主夫ー!!」
「喧嘩売ってないか?売ってるよな??」
「そんな!尊敬してやまない有一郎君に、私が舐め腐りきった様な事をすると思う……!?」
「よーし分かった!表出ろ」


 ビッ!と親指で教室の外を指した彼の顔はニッコリと良い笑顔が浮かんでいるが、額には筋が浮き、口元はヒクヒクと引き攣っている。なんてこった、可愛い顔が台無しだ。……あ、待って待って握り拳を作らないで。ごめんなさいからかい過ぎました、お願いだから高く掲げたその拳をどうか収めてほしい!!
 ヒンヒン言いながら謝り倒せば、結局は優しい彼はその拳を平和的に収めてくれた。私、有一郎のこういうとこ本当に好き。友人的な意味で大好き。いつも私のノリに付き合ってくれてありがとうございます、貴方にも放課後一緒の空間で作る予定の友チョコを献上しますからね!君も手作り無理だったらゴメンだけど!!

 放課後。私の家で始まったお菓子作りは特に何事も無く、無事終える事が出来た。ちなみに、フリフリエプロンは本当に見たかったので家にあったのを着せました。白色で肩辺りや裾にフリルが付いてるやつ、大変良く似合ってました。長い髪はポニーテールにした為、余計に可愛くなってた。それで一瞬だけ有一郎きゅんと呼びそうになったけれど、多分(というか確実に)言ったら命は無いので、その単語は心の奥底に仕舞いました。
 それに、チョコレートが制服に付いたら大変だもんね!とそう言ったら苦虫を噛み潰した様な顔をしながら最後は渋々エプロンに袖を通した。……有一郎って頭が良いのに変な所で流されやすいところがあるから、私的に超心配。


「無事作り終わったね有一郎!」
「あぁうん、そうだな……」


 若干、何故か死んだ目で手元にあるガトーショコラを見つめる有一郎。ちなみに私が友チョコ用として作ったのは生チョコ。
 にしても可笑しいな、先程まで一緒に仲良くお料理してた時はそれなりに生き生きしてた気がするんだけど。出来上がってからの数分で一体彼に何があったというのか。

 不思議に思い尋ねてみれば、こちらをチラリと一瞥した後、はぁぁぁ……と深い溜め息を吐いて頭を垂れた。


「あ、コラコラ有一郎。折角可愛いフリフリエプロンを着てるんだから、そんな何処ぞの試合が終わったボクサーみたいに項垂れないでよ」
「っ正気に戻ったから項垂れてんだよ……!」
「えぇ?」
「何で俺はさっきまでこんなエプロンして乗り気で菓子作りなんてしてたんだろう……」
「可愛いかったし楽しかったよ?」


 ほら見て見て、とこっそり撮っていたエプロン姿の彼の写真を見せてやれば、ビョンッと座っていた彼の体が少しだけ跳ね上がった。……前から思ってたけど、髪も相まって時透兄弟ってロップイヤーみたいだよね。
 一拍遅れて有一郎が消せ!と掴みかかってきたのをギリギリで交わした私は、嫌です!と今出来る最高の笑顔を向けた。ちなみにこの携帯にあるものを消されても、とっくにバックアップしたので無駄である。こんな面白可愛い物を、私がそうそう簡単に手放す訳無いじゃないか。


「あ、有一郎」
「……何だよ」
「有一郎は手作り平気?」
「人による。例えばお前ならまぁ……ギリギリ?」
「おっ、なら良かった。じゃあはい、コレ」


 いつもありがとう、と先程ラッピングしたばかりのチョコレートを彼には差し出した。すると彼は一瞬驚きはしたもののすぐに受け取ってくれて、ありがとうと照れ臭そうにはにかんだ。
 だが驚いたのは寧ろこの後で、何と彼は私の分のガトーショコラをくれたのだ。いや材料は元々私が用意したものだけど!……でも嬉しかった、大切に食べようと思う。


「……なぁ名前、お前本当に無一郎には自分で作ったやつあげないのか?」
「え?あー……うん」
「案外渡してみれば大丈夫かもしれないぞ」
「……もし表面的に受け取ってもらえても、食べて貰えないなら意味無いしなぁ」


 それにほら、無一郎がそんな事をするって言ってる訳じゃないけど最悪捨てられてるのを想像したら怖いというか……。

 手持ち無沙汰に自身の手を弄りながらそう答えれば、有一郎は黙ったままだった。そりゃそうだ、何せ自分の弟がそういう風な事をしていないのにしそうって想像で言われるだけでも嫌だと思う。彼が怒るのも当たり前だ。
 謝ろうかどうしようか悩んでいれば、突然カシャ!とシャッター音が鳴り響いた。それに驚いて音がした方を見れば、丁度有一郎が私の方に向かって携帯を構えていた。


「……は?」
「……んー、まぁこんな感じで良いか」
「待って待ってねぇ、今何撮ったの?ねぇ!」
「気にするな」


 タプタプと携帯を操作しながらそう言う彼は、何処か達成感のある表情を浮かべていた。何処か悪戯っ子の様な、満足気な表情である。

 何したの、と顔を引き攣らせながら尋ねれば、彼はエプロン姿の写真を消せば教えると言うので私は渋々本体の写真を消した。が、すぐに彼はバックアップの方も、と間髪入れず言うので私も即座にヤダァッ!と全力で首を横に振った。
 畜生、読まれてた。けどこれは消したくない、絶対に消したくない。くっ、仕方ない。彼の策略でどんな恥ずかしい事が起きても耐えてみせようじゃないか……!


「よし、追加の材料買いに行くぞ」
「んぇ!?何で!?」
「何でって……」


 携帯の操作を終えた有一郎が立ち上がったかと思えばそんな事を言い出すので、素っ頓狂な声を上げてしまう。その声にクルリとこちらに向き直った彼はキョトリとしていたが、すぐにニッ、と楽しそうに笑った。


「そんなの、作るからに決まってるだろ」





 あの訳の分からない行動を起こした有一郎に言われるがまま追加の材料を買ってきて、有一郎の補助を受けながら何故かチョコレート作りをさせられた。そしてその追加で作ったチョコレートを持たされて有一郎の言うがまま家を出た結果、気が付けば何故か時透家に居た。……いや本当、訳が分からないよ。何で私はここに居るんだ。しかも目の前に想い人も居るんですけど、想い人と一緒に有一郎君が入れてくれるお茶を待つという意味不明な空間がここに出来上がってるんですけど!!
 別に普段から無一郎とも会話はするのだが、それでも今は気まずい。とても気まずい。そしてそれを感じとっているのか無一郎の方も何も言ってこない。有一郎君や、これってもしかしてフリフリエプロン着せた腹いせ?腹いせなの??

 そんな事を思っていれば、漸く有一郎がキッチンから戻ってきた。


「お待たせ。ん、お茶」
「ありがとう兄さん」
「あ、ありがとう……」


 ホワホワと温かい湯気と共に匂ってくる香りは、紅茶の良い匂いがする。けれど悲しい事に、一口飲んでも味がよく分からなった。どんだけ緊張してんだ私。
 ちらりと双子の方を見れば、それぞれがリラックスしている。当たり前だ、自分達の家なのだから。

 というか本当、有一郎は何で私を時透家に連れて来たの……!?


「あ、そうだ。名前から貰ったやつ、今食べても良いか?」
「えっ!?あっ、うん、大丈夫!」
「じゃ、頂きます……ん、美味い」
「そりゃあ、有一郎にも助言貰ったし!」


 美味しいに決まってる!と自信たっぷりにそう言ってみせれば、そうかよ、と有一郎は小さく笑みをこぼした。
 二つ目の生チョコを口に入れたと同時に、有一郎が何かを思い出した様に声を上げる。そしてゴソゴソと自身の鞄を漁ると、ポイッと無一郎の方へ何かを投げた。


「無一郎、折角だからソレやるよ」
「……!コレって、」
「そこの馬鹿に付き合わされて、何故か俺が作る羽目になったやつ」
「……ありがとう」


 そう言いながら目線で私の方を示した彼の表情はジト目だった、心底面倒臭かったという声が聞こえてきそうなレベルで。そして有一郎が私の方を見るので、必然的に無一郎の方も私の方へとチラリと視線を寄越したが、すぐに兄の方へと向き直り礼を述べた。
 兄同様、食べて良い?と聞いた彼は了承を得られるとガトーショコラを取り出してパクリと食べた。分かりずらいが、それでも表情が柔らかいので嬉しいのだろう。
……にしても本当何なんだこの空間、今のところ私は双子の食事シーンを見せられてるだけなんだけども。結局、追加で作らされたチョコレートはどうすれば良いのだろう。意味も分からず日の目を見るかも分からない鞄の中のチョコレートの事を思うと、何か無性に泣きたくなってくる。

 チラ、と有一郎の方を見るも彼は特に何も代わった様子は無く、普通にチョコレートを食べている。すると私の視線に気付いた有一郎が、またもや突拍子のない事を言い出した。


「そういや無一郎、お前欲しい奴からは貰えたのか?」
「えっ、無一郎って貰いたい相手いたの!?」
「っちょっと兄さん……!」
「別に良いだろ、聞くくらい」
「それは……」


 そう言った無一郎は、何故か私の方へ一瞬だけ視線を寄越した。……えぇと、私には聞かれたくないということだろうか。というか今初めて知った。無一郎、貰いたいと思う程の人がいたんだ。好きな人、いたんだ。
 しかも有一郎が話を切り出したって事は知ってたんだ、無一郎に好きな人がいる事。それなのに何も言わずにフラれると分かってた私に付き合ってくれたんだ、優し過ぎでしょホント。……でも、友達だからこそ先に言っておいてほしかったかも。彼は友達だからこそ言えなかったのだろうけれど。いつもはハッキリと物を言う有一郎が何も言わなかったのには驚いているし、それなりに友人として大切に思っててくれたのかもしれないな、と嬉しくも思う。
 取り敢えず私は、間接的に失恋したという事だ。

 この場から逃げ出したくなった私は、鞄を掴んで立ち去ろうとした。でも出来なかった。有一郎が無一郎からは見えない位置で私の手首を掴んだのだ。驚いて彼の方を見るも、彼は一切こちらを向かない。彼は未だに見向きもしないが、それでも今はこの場に残れと強く言われている様な気がした。
 私が諦めて鞄から手を離せば、手首の拘束が少し緩んだ。けれど離されはしなかった、本気で今は逃がす気が無いらしい。何の意図があって……と考えていれば、口元をモゴモゴとしていた無一郎が漸く口を開いた。


「……貰えて、ない」
「だろうな」
「だって僕、少し誤解させる様な事を言っちゃったし、訂正しようにもその子以外のは本当の事だからしずらいし……」
「けど今この場にそれが“ある”って言ったらお前、どうする?」
「……え?」


 まるで有一郎は無一郎の解答を分かっていたかのように涼し気な顔をしていた、対する無一郎は何処か焦っている様な申し訳なさそうな雰囲気である。成程、無一郎は好きな子に何か誤解させる様な事を言ってしまったのか。それが原因で貰えなかった、と。……ん?あれちょっと待って、有一郎さん?今貴方、何かとんでもない事を言わかなった?私の聞き間違いじゃなければ、無一郎の好きな子のチョコレートがこの場に有るみたいな事を言わなかった!?

 ブンッと音が鳴ったんじゃないかって位の勢いで有一郎の方を見れば、彼はニマニマと楽しそうに笑っていた。そして私の方を見て更に笑みを深める。……いや、こっっっわ!!何、何で私の方見て笑み深めたの!?冷や汗止まらないんだけど!私、君がさっき言った大体の事は今初めて知ったんだけど!?私が知ってる今この場にあるチョコレートは、彼らが食べているチョコレートと私の鞄の中にあるチョコレートくらいだぞ!?他に何処に第三者のチョコレートが有ると言うのか。有一郎の鞄の中か?それとも時透家の冷蔵庫か!?
 何か軽い公開処刑の場に居る気分だけれど、それでも好きな人が落ち込む姿は見たくないので慌てていれば、何故かバチリと合う無一郎と私の目。

……っあぁもう、ほらぁ!どうするの有一郎、無一郎の目が期待に満ちてきちゃったじゃん!


「無一郎は好きな奴のなら手作りでも貰いたいんだよな?」
「……うん」
「すっごく、欲しいんだよな?」
「っうん……!」
「だ、そうだ」


 有一郎の問いに無一郎は最後は力強く頷いて、俯いてしまった。そして有一郎は彼の言葉に納得すると短くそう言って私の方を見た。
……え?いや何でそれを私に言ったの有一郎。だ、そうだ……ってそんな、お前はどうしたい?って顔で見られてもどうしようもなくない!?だって無一郎は好きな人のが欲しい訳で、私のが欲しい訳じゃない訳で。

 どうすれば良いか分からずグルグルと考えていれば、有一郎が何かを察した様に短い溜め息を吐いた。


「……もう良いからさっさと鞄の中のやつ出せ」
「鞄の中って、どれ……」
「そんな物、今は一つしかないだろ」
「えっ!?でもコレは……!」
「……大丈夫、お前が考えてる最悪にはならないから」
「で、でも……」


 有一郎の考えが分からず狼狽えていればもう一度、大丈夫だから、と何処か安心する様な声音で言われる。顔を見れば、真剣で巫山戯てはいなかった。そんな友人の姿を見て、ええいままよ!と鞄からラッピングされた箱を取り出す。手にしっかりと箱を持って前を向けば、いつの間にか顔を上げていた無一郎と目が合った。その顔は何故か驚きに満ちている。

 出したは良いがどうすれば良いのか分からず固まっていれば、有一郎に押し出される様に背中を軽くポンッと叩かれる。……これは、どう考えても渡せって言われてるよね。


「む、無一郎……その手作りが苦手っていうのを聞いといてアレなんだけど、良かったら受け取るだけでも受け取って欲しい……です」
「……これって、一からちゃんと名前が作ったやつ?兄さんの手は加えてない?」
「え?う、うん。時折助言は貰ったけど有一郎は手を加えてないよ」
「……そっか、そうなんだ。うん……ありがとう、すっごく嬉しい……!」


 緊張のあまり震える声と手で差し出せば、受け取らないと思われていた彼がほんのりと頬を赤く染めながら柔らかい笑顔を浮かべて、言葉の通り至極嬉しそうに受け取ってくれた。正直こんなに柔らかい表情を彼に向けられたのは初めてかもしれない。だからその、何と言うか……何か私の方が逆に照れるんですけど……!どうしよう、どうしよう!顔がなんか凄く熱い!!
 顔は無一郎の方を見ながら手元は有一郎をガクガクと揺さぶれば、有一郎に怒られてしまった。ごめん、だけど仕方ないじゃんか!受け取ってくれた事とか柔らかい笑顔とか、色々とキャパオーバーなんだから!!


「はぁ……俺は夕飯の支度をするから、後は好きにしろ」
「嘘!もうそんな時間!?」
「何なら名前も夕飯食ってくか?」


 立ち上がってこちらを見る有一郎がそう言うので、私は慌てて首を振る。このままだと、今日はずっと有一郎に世話になりっぱなしになってしまう。


「えっ、いいよ大変でしょ!?」
「別に、嫌だったら端から誘わない。無一郎は?こいつが居るの嫌か?」
「っううん!」


 己の兄からそう聞かれた瞬間、ブンブンと勢い良く首を横に振った弟は、何故か前のめりになって答える。でも私は二人のその反応が嬉しくて、じゃあ……と頷けば、二人は満足そうに笑った。


「そういやお前ら、バレンタインとかに贈る物が物によって意味が違うの知ってたか?」
「え?ううん、知らない」
「私は少しだけ聞いた事あるよ。確かキャンディーが好きで、マシュマロが嫌いってやつ」
「そうそう、それ以外にも意味合いを持ってるのが有るんだよ」


 名前が無一郎にあげたやつとかな、ちなみに俺のガトーショコラはケーキだから特にそういう意味は無い。……あ、安心しろ。生チョコの方もチョコレートだから深い意味は無いぞ。

 サラッと何か重要だと思われる事柄を喋った彼は、今度こそ夕飯の支度をする為に私達を残してキッチンの方へと去って行ってしまった。処理するには大きすぎる爆弾の様な置き土産を残して。
 というか私、何作ったんだけっけ。色々とありすぎてちょっと忘れちゃったよ。確か追加のやつは、何故か有一郎が強く推奨してきた記憶がある。……あぁそうだ、最初はマカロンを見せてきたんだけど流石にレベルが高かったから断って、キャラメルがけのチョコレートカップケーキにしたんだった。デコレーションとか普段そういうのしないから、滅茶苦茶その時に緊張したのを覚えてる。有一郎が言うには、キャラメルかカップケーキに意味合いが有るのだろうか?

 気になって携帯を取れば、無一郎も気になったのだろう。既に自身の携帯を操作していた。そして唐突に彼はまるで石の様にピシリ、と固まった。そしてゆっくりと私の方を見たかと思えば、とある疑問を投げかけてきた。


「……これって、物は自分で決めたの?」
「ううん、それは有一郎が何故かレシピを凄い推してきたやつの一つ。あ、でも最終的にはちゃんと自分でレシピを選んだよ!」
「兄さんが推して……?」
「でも有一郎の事だから、指す意味合いはきっと的確なんだろうなぁ」


 それなりに仲良くして貰ってるし、色々と相談とかしてるから私の事は色々と知ってる方だと思うし!

 だから的確だと思うと言えば、無一郎は声にならない声を上げて、何故か首から耳まで真っ赤になった。そして慌てた様にバタバタと足音を立てながら、有一郎の居るキッチンの方へと去って行ってしまった。そちらの方からは二人の何やら騒ぐ声が聞こえてくる。
 そんな彼の様子も気になりはしたが、今はバレンタイン等の贈り物に含まれる意味合いの方が気になる。そう思い検索をかければ、あっという間に該当ページが出てきた。何なに?えーっと贈り物の意味は…………はぁっ!?待って、待って待って待って!まさか、有一郎がやけにあの二種類のお菓子を推してきたのはこういう事?最初から私は彼の策略の中に居て、掌の上でコロコロされてたの!?

 有一郎は私の気持ちを知っているから的外れな事はしないだろうし、それは双子の弟である無一郎が一番良く知っている筈だ。それでいてわざとらしく意味合いの事を仄めかしてきた、自分の弟が自身の考えに絶対勘付くと分かっていて。完全に確信犯という訳だ。
……それでいて先程、無一郎は私よりも先に検索をかけていた筈だ。しかも私、無一郎に質問された時なんて言った?有一郎が言うという事はそれの指す意味合いが的確な筈だと太鼓判を押してしまったのだ、まさかの自分自身で。
 からの無一郎の様子と行動、間違いない。この意味達を見て、己の兄の考えを察したんだ!ついでに私の気持ちも!!うわ無理、無理過ぎる!!

 っこんなの、実質有一郎のお墨付きで告白した様なものじゃないか!有一郎の鬼畜!!でもちょっとお墨付きは嬉しかったよ!ありがとう!!
 後、もうこうなったら真正面からきちんと言うので、取り敢えず無一郎にはやり直しを要求しますっ!!











 僕が彼女からバレンタインチョコを貰うのに色々とあったあの後、彼女に後日やり直させてほしい!と詰め寄られて、その勢いに押されるまま頷いてしまった。
 それにしても自身の兄の大胆な行動には驚いた。あのメッセージもそうだが、まさかこんなに兄が行動的たったなんて思いもしなかった。


「兄さんって、自分の事ならまだしも他の人のこういう事にそんなに積極的動くっけ……?」
「いや、今回のは正直興が乗った」
「もー……僕らで遊ばないでよ……」


 まぁ、まどろっこしいからさっさと動きやがれと思ってたのも否定しない。と、涼しい顔でコーヒーが入ったマグカップを傾ける。
 僕はそんな兄を見て、嗚呼……兄は兄なりに応援してくれたのかな、とか。両者からの同じ相談を受けて焦れていたのかな、とか。そんな事をぼんやりと思ったが、それでも悪戯っ子の様な事をするのは止めてほしい。


「というかあのメッセージだって本当、ビックリしたんだから」
「でもお前は、複雑な心境であれ嬉しかっただろ?」
「それはそうなんだけどさぁ……」


 ニンマリと笑いながらこちらの内心を見透かした様に言う兄に、僕は口篭る。ぶっちゃけその通りだったからだ。
 時間的には学校から家に帰って来た位の時、兄さんからメッセージが来た。別にメッセージ自体は珍しくなかったからその時は驚きはしなかったけど、内容を見たら度肝を抜かれた。

 そこには、僕の好きな人がいじらしい顔でラッピングされたバレンタインチョコであろう物を見ている写真が添付されていたからだ。物を見る彼女の不安げな顔といったら、もう……!受け取って貰えるか不安気な感じが良く伝わってきて、贈られる奴が心底羨ましたかったし、僕なら確実に受け取るからそんな不安そうな顔には絶対にさせないのに、とも思った。
 そして、兄からのメッセージは一言だけ。

『コイツ、後で家に来るから』

 その短い文を見た瞬間、色々な意味で僕の呼吸と時間が一瞬止まったんだから。


「あんな写真撮ってから家に来るとかもう、違うと分かっててもお持ち帰りだと思うに決まってるじゃん……!」
「おい止めろ、鳥肌が立っただろ!」
「僕はその兄さんが鳥肌を立たせてる相手が好きなんだけど?」
「……お前はパン屋の野郎といい、趣味が悪くないか?」


 そんな事ないもん!と仏頂面になって頬に空気を含ませれば、すぐさま笑った兄にプスリと人差し指で空気を抜かれてしまった。
 別にお前の人の好みを否定はしない、と兄は続ける。


「無一郎がそれなりに人を見る目が有るのは分かってる、けど俺が好むかは別の話だ」
「……まぁ確かに。僕らは双子だからか一致しやすいけど、それでも完璧には一致しないよね」


 幾ら半身を分けた双子とはいえ、それはそうか。と僕は頷く。互いに考えている事が何となく分かるから息を合わせたりするのは出来るけど、僕だって有一郎と意見が分かれた事なんて沢山ある。というかあり過ぎて、意見が衝突して喧嘩ばっかりする。その分、沢山仲直りして、仲の良い兄弟の自信はあるけれど。


「ま、精々今回のチャンスを棒に振るなよ?今回逃したら次は当分無いぞ」
「分かってる、ありがとう兄さん」
「……あれでも一応俺の友人だからな、酷い目には合わせるなよ」
「……うん、勿論」


 先程とは打って変わって真剣な声音でそう言った有一郎に、僕は真っ直ぐ見返して深くしっかりと頷いた。
 すると一気に真剣な空気が照れ臭くなったのか、なら良いと言うとフイッと体ごと顔を背けてしまった。……これは弟の僕でなくとも分かる、きっと今の有一郎の顔は真っ赤だろう。けれど今は覗き込むなんて意地悪な事はしない、正直いつもだったら即座にしていたけれど。

 今は優しい“お兄ちゃん”に感謝しているのだから。未だに顔を背けている兄の背中を見て、僕は耐え切れず笑みをこぼした。






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