見つけて、しまった。いや私の彼氏はそういう面に関して滅茶苦茶興味津々というか、どちらかと言えば大好きな方だろうなとは思ってはいたからそこまで衝撃は強くなかったのだけれど。それでもまさか、見つける気がなかったのに見つけてしまうだなんて誰が思う。
 別に誰だってこういう物は見たりするだろう、特に彼を筆頭に男性陣は。だから見ていても、そして持っていても特に何も文句は無い。なんなら自分の心に素直で良いとも思う。だって中には、自分のしたい事を自分の彼女に出来ないからこういう物を見る人も多いだろうし。だから見つけてしまった時も、少しどんな方面に彼は興味があるのだろうか?と好奇心が疼いてしまったのは言うまでもない。……だが、それを今は若干後悔している。

 まさか、正反対の物が一つずつ出てくるなんて。


 片方は正統派純情系。表紙には何も知らない無垢な子を〜、みたいな事が書いてある。長髪の子が真っ白な服を着て、これまた真っ白な部屋を背景に可愛らしく微笑んでいる。その窓から見えるのは青い芝生で、一言で言えば爽やかだ。
 そしてもう片方はその、うん……なんて言うのかな、一言で言えば過激……?こちらは強気な子を屈服させて〜、みたいな事が書かれている。短髪の子が悔しそうに顔を歪ませて涙を浮かべてこちらを見ている。その子の手は縛られていて、服も乱れきっている。背景は何処かの部屋か倉庫か分からないが、仄暗い演出が施されていた。

……いやぁ、うん。彼の好みはどちらなのだろうか。それとも両方ともだろうか。どうしようか、この二つのパッケージ。両方とも内容も写っている子も正反対過ぎて気にならないと言ったら嘘になるのだが、人様の家で人様のトップシークレットに位置する物を勝手に見る訳にはいかないし……かといって彼に見ても良い?なんて正面切って言うのも嫌だし。というかそんな事を言ったら流石に痴女扱いされそうだな。

 うん、戻そう。私は何も見なかった。このまま元の場所に戻して普通にしていれば、彼には何も分からない。その方がお互い幸せだろう。それにしても、こういうのの実物は初めて見たなぁ……こんな感じなんだね。


「……なに、してるの?」
「えっ」


 一つ目を元あった場所に押し込んだと同時に、後ろから此処に居なかった筈の人間から声をかけられた。それにビクリとしてもう片方の手に持っていた件の物を落としてしまう。コンっと軽い音を立てて落ちたものは、最悪な事に表紙側が表で落ちた。唯一救いなのは落としたコレが正統派の方だった事くらいか。

 シン、と静まり返った部屋でお互いが固まって、お互いがそれぞれの出方を伺っている。いやもうなんていうタイミングで帰ってくるんだ、君は。運が悪いにも程がないか?いや、この場合は私も運が悪すぎるんだけれども。
 それにしても先程落としてしまった物の中身は無事だろうか、こういう物は繊細な物だから丁寧に扱わないといけないのに。もし万が一壊れていたとして、コレは何処で買えば良いのか。通販?それともそういう専門ショップ?……よく分からないから、その時はお金を渡してもう一度自身で買って頂こう、うん。いや彼女から勧めるのもどうかとは思うけども。

 ずっとこうしていても仕方が無いので、落としてしまった物を拾い上げようと身を屈めれば、それよりも早くこの部屋の主がソレをかっさらっていった。彼はそれを出来るだけ私に見せない様にする為か、物を持った手を背後に回す。


「み、見た……?」
「……パッケージに書いてある事なら」
「把握するには充分すぎる、死のう」
「待て待て早まるな、別に怒ってないから」


 私がそう言えばスンッと表情が死んだ彼がそう言うので、ステイステイと犬のように宥めた。すると徐々に落ち着いてきたのか彼は手にある物を静かに別の場所へと仕舞い、そのままこちらに背を向け、また黙り込んでしまった。

 恐る恐る彼の名を呼べば、その肩がピクリ、と跳ね上がる。


「や、あの、何かごめんね……?」
「名前が謝る事じゃないから、いやホント……」
「だ、大丈夫!私別に善逸がどんな趣味抱えてても否定はしないから!!」
「ちょっと待って。ねぇ、その言い方だと俺がアブノーマルな趣味を持ってるみたいじゃない!?」
「え、いやだって……ねぇ?」


 私の言葉に目敏く噛み付いた彼に、私は目を泳がせる。その視線の行き着く先は、自分が発見してしまった例のもう片方の物。先に元の場所へと返納した正統派とは正反対の物。
 キョロキョロと落ち着き無くさ迷わせていれば、その視線の先に覚えがありすぎたのか彼はまさか、と小さく呟いて口元をひくりと引き攣らせた。

 違う、違うんだ。信じてほしい。決して漁るつもりは無かったの、事故なんだよ。まさか本棚に少し難しそうな参考書やらがあって彼にしては珍しいな、と思って手に取ったらその奥にコレらがあるなんて思いもしないでしょ!


「えー……っと、善逸は私を服従させたいの?」
「っもう片方もバッチリ把握されてらっしゃるのねェッ!!!!」
「善逸の為なら頑張ってはみたいけど、ちょっと痛いのは嫌かなぁ」
「しない!しないからっ!!」


 考える素振りを見せながらそうボヤけば、彼は顔を赤くしてブンブンと首を横に振り髪を振り乱す。善逸的には好きだけど、実際にやる勇気は無いという感じなのだろうか?
 でも意外だった、彼の事だから見つかった事がバレたらその物と同じ事を強請られるかと思っていたのに。少し拍子抜けした。……いや、別にされたいとかしたいとかそういう願望は今は一切無いけどさ。だって今日は普通に、平和なお家デートの予定なのだから。

……でも、うん。そこまで必死に否定されると逆に何か引っ掛かるといいますか。最初から私にはそういう事を一切期待していません、って言われているみたいで、胸の辺りがモヤモヤしてくる。


「善逸は私とこういう事、したくない?」
「んぇっ!?な、何でそうなるの……!?」
「いいから、どっち」
「そ、それは、そのぉ……何と言いますか……」
「……やっぱり、善逸は私とはしたくないんだ」


 他の女の子のあられもない姿は見るくせに。

 ぽろりと無意識に零れた本音を自身で認識した時には既に遅く、我ながら頭では理解していた筈なのに面倒臭い事を言ってしまったなぁ……と気まずい心境でチラリ、と彼の方を伺うが、その顔は俯かれてしまって伺えない。
 それにしても彼がここまで静かになるなんて、私は余程面倒臭い彼女になってしまったという事だろうか。まぁ、確かにこの話題って超絶デリケートな部類だしなぁ。しかも人の趣味嗜好に外野が口を出すなんて以ての外。……うん、今からでも遅くない。変な事を言ってごめんって謝ろう。


「あー、その……ぜん、」
「っしたくない訳ないだろ!!!!」
「ぇ、」
「したいよ、正直滅茶苦茶したい。でも、お前の事は大切にしたいし、がっついてるって思われたくなくて……」


 けど逆にそれが不安にさせてたならごめん、と善逸は一度上げた顔を再度俯かせたしまった。そうして目の前に現れた蒲公英の様な旋毛を見つめながら、私は彼の言葉を頭で復唱する。
 彼は私とそういう事がしたいらしい、それも滅茶苦茶。それと同時に、私の事を大切に思ってくれていた。その言葉だけで先程の胸のモヤつきは晴れてしまったのだから、自分は案外単純なのだと知る。最後のがっついてると思われたくなかった、というのには少し可愛らしいなと思ってしまったけれど。

 だって、別に善逸になら、がっつかれても嫌じゃないのに。


「おまっ……そういう事をサラッと言うんじゃないよ……!!」
「え?もしかして声に出てた?」
「そりゃもうバッチリと」
「ありゃ」


 やらかしたなぁ、とぼんやり思っていれば、突然ガシリと肩を掴まれた。そんな行動を起こした目の前の男を見れば、彼は何かに耐える様にグッと口元を引き結んでいる。肩に置かれた手にも力が込められているのが伝わってきた。
 頬を朱に染め、きゅっと眉尻を下げて。瞳を濡らし、けれどその奥には何かを潜ませている様な。それとパチリと目が合えば、何かを訴える様に射抜かれて。

 気が付いた時には彼の匂いが鼻先をかすめていた。


「……急だね」
「……言ったし」
「いつ?」
「今、目で」
「……成程」


 それは言ったというのか?という思考が一瞬脳内を過ぎったが、先程のがそういう意味の目だと言われれば納得してしまうのも事実だったので、私は静かに納得した。
 彼が触れた場所をなぞれば少し濡れていて、された事の実感が沸き上がる。そしてそれと同時に、目の前から私にも聞こえる程の唾を飲む音が鳴った。ごきゅり、とそれはもう盛大に。


「なんなの、お前は俺を試してんの……?」
「試す?」
「あっ、無意識なのね!?」


 何を?と首を傾げた私に、驚いた声を上げる善逸。だが惚けてしまった後、すぐにその言葉の意味を理解出来た私は、考えるよりも先に目の前の男の顔を引き寄せた。


「……こういう事、で合ってる?」
「〜〜〜〜っ合ってます……!」
「なら良かった」
「……ていうか、今この状況でしてくるとか意味分かってる?」


 お前が可愛い事しまくってくれるお陰で、懸命に引き留めてる俺の理性のタガが外れそうなんですけれども。ほんと、どうしてくれんの。

 そう言い若干恨めしそうにこちらを見てくる彼に、私は思わず笑ってしまう。まさか彼にとってそこまで破壊力があったとは。私が思っている何倍も、彼は私の事を好いていてくれたらしい。何とも嬉しい発見だ。
 それにしても、どうしてくれるの、か。うーん、正直特に何も考えてはいなかったんだよなぁ。ただ、彼の言った言葉の意味が分かったから答え合わせをしただけで。まぁさっきも言った通り、善逸になら大抵の事はされても嫌じゃないんだけど……あ、そうか。分からないなら直接聞けば良いんだ。

 そう思い至った私は、未だ掴んだままだった彼の顔をもう一度ギリギリまで引き寄せ、額を合わせる。


「善逸は、どうしたい?」
「っお、まえ……!マジで俺をどうしたいの!?ねぇ……!!」
「え?私じゃなくて善逸が何かしたいんでしょ?」
「……はは、無自覚煽り上等。今のは自分自身を恨めよ」


 無自覚だろうが口火を切ったのは名前だ、そう言った善逸がガシリと私の背後に腕を回して抱き上げると、簡単に運ばれてポイッと彼のベッドに落とされる。そしてこちらが身を起こすよりも先に彼がギシリ、とスプリングの音を立てながら自身の体で檻を作る様に覆い被さり、私が逃げない様に閉じ込めた。ご丁寧に私の両手首をそれぞれ固定して。
 そのお陰で今の私の視界には、彼とこの部屋の天井しか映らない。


「そういえばさっきの二つ、書いてある文章は把握したって言ってたよね」
「えっ?う、うん」
「なら、選んでよ。お前が落とした方か、お前が先に戻した方か」


 名前が、名前の意思で、俺にされたいと思う方を、選んで。────勿論、両方でも俺は全然構わないけど。

 にこりと微笑んだ彼の顔は本気で、嗚呼これはどうやっても逃げられないなと悟る。だがあまり自覚は無いが、彼を意識させたのも、煽ったのも、最後の一押しをしてしまったのも彼を見るに私なのだろうから、逃げたりなんてしない。寧ろ、両手を広げ笑って受け入れよう。……まぁ、今は固定されているから広げたくとも両手は広げられないんですけれども。


「んー……なら、善逸が好きな方を教えて?それにするから」
「……両方って言ったらどうすんの」
「なら、両方とも選ぶよ」
「っ本当に、今更後悔しても遅いからな……!」
「しないよ」


 だって私自身が、善逸の好みを知りたいんだから。今彼を抱き寄せられない代わりに満面の笑みを浮かべれば、彼は一瞬意表を突かれた様な顔をしたが、すぐに元の濃艷な顔に戻った。
 けれどその顔に余裕はあまり無くて、やっぱりこんなに大人っぽい顔が出来ても彼は私の知っている彼なのだと少し安堵する。……少し、少しだけ、艶のある表情を見せられて知らない人の様に思ってしまったから。

……でも、うん。その表情、もっと見たい。


「ね、善逸。貴方をずっと見ていたいから隠さないでね」
「……名前こそ、やっぱり恥ずかしいとか言って隠したりすんなよ」


 まぁ、そうなったらそうなったで俺が見たいから意地でも全部こっちに向かすけど。

 出来るだけ頑張る。そう言おうとした矢先に被せられた言葉からは、もう遠慮なんてしてやらないという意思が伝わってきて、一瞬だけ息が詰まる。それは勿論、緊張だけじゃなくて。


 これからの行為への期待に身体の何処かがきゅうっと甘く痺れた瞬間、まるでそれを合図にしたかの様に互いの唇が重なった。





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