「っ善逸!今確か、というかずっと彼女居なかったよね!?」
「おまっ……何なの藪から棒に!急に悲しい現実を突きつけてこないでくれる!?ホントなんなの!!??」
「それはごめん、でもお願いがあるの……!」
「お願いぃ……?それは今俺を無慈悲に傷付けた事に値するだけのちゃんとした理由があるんだろうな?」


 突撃訪問をして、彼に確認という名の急な現実を突きつけてしまい滅茶苦茶怒られてしまった。だが今の私には彼には悪いがそれは些細な事だ、こんな事を頼めるのは彼くらいしかいないのだから。


「私の、恋人になってほしいの」


 数ヶ月前、私は同じサークルの先輩に告白された。その人が別に何か悪い噂を聞くとか、酷い人格だとかそういう事があった訳じゃない。けれど私には既に好きな人が居た。自覚したのは高校からだったけれど、多分本当はもっと前から。私は、幼馴染の我妻善逸が好きだった。
 だから告白は断った。だが面倒な事にその先輩は諦めが悪い人間だったらしく、他に好きな人がいるの?と聞かれた。なので私は正直に頷いた。すると先輩はそれなら、とまさかの提案をしてきたのだ。期限付きで付き合ってくれないか?君の心が変わらないとも限らないだろう?……などと。

 その言葉に私の頭には簡単に血が上ってしまった。だってこの人、私の気持ちを甘く見てる。こんな長年の想い、そんなに簡単に変えられるならとっくに変わってる。変えられないから今も好きなままなのに。そんなに軽いものじゃないから今も大事に抱えているというのに。舐めないでほしい、私の気持ちをそんな風に言う人となんて一日でも付き合いたくない。そう思った私は、気が付けば衝動的に言葉に出していた。

 ごめんなさい、無理です。さっき言った好きな人は彼氏の事ですので────と。


「成程ねぇ……まぁ確かに男の方は無いわ、断られたなら潔く引けってんだよ」
「こんな事を頼むのを迷惑な事は百も承知なんだけど……お願い!」
「……まぁ、別に良いよ。ハッキリさせないとその先輩ちょっと面倒臭い事になりそうだし」
「そうだよね嫌……え、良いの?暫く女の子に声掛けられないんだよ?」
「ねぇお前の中の俺は一体どういうイメージなの?流石に困ってる幼馴染を放り出したりしませんけど!?」


 俺、そんな冷血野郎になった覚えありませんけど!?と吠える善逸に、私は耳を塞いだ。しかしまさか、了承してくれるなんて思いもしなかった。だって彼には、私と同じく好きな人が居たから。
 高校の頃、彼が急に友人の妹が滅茶苦茶可愛いんだ!と騒いだ事があった。その時の善逸の表情はキラキラとしていて、頬も赤く染っていた。その時に私は解ってしまった、嗚呼……この表情は漫画やドラマ、果ては現実で見た事がある表情だと。
 それは、恋をしている人間の顔だった。

 その時に私は自分の気持ちを自覚して、同時に失恋もした。しかもそれが時期三大美女候補だと判明すれば、彼がその子と付き合えるかは置いておいて、もう私に勝ち目なんて無かった。
 何度も何度も考えた。いっその事、玉砕して見切りをつけた方が良いんじゃないかと。けれど出来なかった。長年培ってきたこの距離感を無くす事が怖かった、心地好い今の関係を手放すのが心底恐ろしかった。私の選択次第では彼ともう二度と今と同じ様に接せられないんじゃないか、もう今まで通り喋ってくれないんじゃないか。そんな未来を想像したら、一歩も動けなかった。
 だから私は決めた、ぬるま湯を一度選んだからには最後まで突き通そうと。彼が幸せになるまで絶対に悟られない様にしようと。その後ならば玉砕しても安心して離れられる、だってもうその時の彼は幸せになれているから。

 だから、そう決めていた筈なのにまさかこんな事を頼む羽目になるなんて。


「具体的には何すれば良いの?」
「え。えぇっと、一緒に帰ったり……?」
「まぁ付き合ってたらそれくらい普通だよね」
「取り敢えず、私達の関係につけ入る隙が無いって先輩に分かってもらえれば諦めてくれると思うんだけど……」
「隙を与えない、か……んー、ちょっと俺に任せてもらっても良い?」


 少し思案した後に善逸がそう言うので、私はぎこちなく頷いた。ああ言ったという事は何かしらの案を思い付いているのだろうが、本当に任せてしまって大丈夫だろうか……?もし高度な演技が必要とかだったら、私は器用な善逸とは違ってそんな事は出来ないぞ。精々大根に毛が生えた程度だ。
 段々不安になってきた私が彼に作戦内容聞いても良い?と問いかけてみれば、またもや少し思案した後に彼は首を横に振った。


「俺が考えてるやつは、唐突な方が色んな意味で効果的だから。……だから今は言わない」


 まぁ決行日を楽しみにしてなよ、と彼は人差し指を口元に当てて笑う。そしてヒラヒラと手を振ると、飲み物を取ってくると言い自室を出て行ってしまった。
 そんな彼の様子に何故か負けた気がする私は、その何とも言えない悔しさを晴らすが如く思い切り息を吸って、私にも飲み物頂戴!!と彼に聞こえるよう大声を出したのだった。




────そして、決行日当日。

 当初の予定通り一緒に帰る約束をした私達は、私の大学まで善逸が迎えに来る事になった。先程授業が終わってすぐに善逸に連絡を入れたら、OKという即レスがきたので今は彼待ちという訳だ。校門にずっと立っているのは疲れるので、とりあえず校門近くのベンチに座って待っていた訳なん、だけど……。


「こんにちは苗字さん、少し隣良いかな」
「……こん、にちは」


 何でこういう時に限って見計らった様に現れるんだ、この人は。いや当初の目的は見せつけて完全に諦めてもらう事が目的だから、別に居るのは構わないんだけど……それでもどっから生えたんだこの先輩。自意識過剰かもしれないけれど、もしかして待ち伏せされてた……?そう思わずにはいられない程にタイミングがバッチリ過ぎてちょっと怖い。
 変に断るのも不自然だよなと思い横にずれれば、先輩はありがとうと礼を言い座った。……んだけど、何か近くない?もう少しで肩とか足とか触れそうなんだけど。私は結構余裕を作った筈だ。なのにこの距離、絶対これ気の所為じゃないよね?
 そう思い先輩側のベンチを見れば、やはり先輩の向こう側には不自然な隙間が出来ている。うっわ、無理……。

 だが先輩はそんな些細な事は気に留める必要は無いと言いたげに、ニコリと笑って話しかけてきた。


「この前の話、考えてくれたかな」
「……そのお話はお断りした筈です」
「彼氏がいるから、だっけ。……でもそれって本当?」
「……本当です」
「君を疑う訳じゃないけれど、他の子に聞いてみてもそんな影無いって言うんだよね」
「別に、わざわざそんな事を言いふらす必要無いですので」


 もうやだこの人、今なんて言った?他の子に聞いたって言った?わざわざ?嘘でしょそんな事する!?無理、無理過ぎる。というか何でそこまで私に拘るんだこの人、別にそこまで接点無かったよね?さっさと諦めて新しい恋を探せば良いのに。……それが今も全然出来ない私には、そんな事を言う資格は無いかもしれないけれど。
 でもやっぱりさっさと諦めてほしい、じゃないと私の方がストレスでどうにかなりそう。

 重い溜め息を吐きそうになったのをグッと堪えて、変わりに何とか笑顔を浮かべ先輩に対峙する。


「周りがどう思っていようが、私に彼氏がいる事実は変わりませんので」
「……君がそこまで言うのならそうなのかもね、じゃあ写真とかある?付き合ってるなら写真くらい撮るでしょ?」
「っ何でそこまで……!」
「無いの?」


 射貫くように見られて、息が詰まる。どうしよう、写真なんて無い。だって本来の関係の私達には別にお互いを撮る理由が無いんだから。どうしようどうしよう……!何かさっきより近付いて来てるし!っ善逸……!!


「何か答えてよ苗字さん」
「っひ……!」
「……ねぇ、なに人の彼女に迫ってんの?」


 背後から聞こえてきた聞き覚えのある声がしたかと思えば、グッと頭部を声の方へ引き寄せられた。


「……君は?」
「この子の彼氏ですけど」
「苗字さん、本当?」
「っそうです……!」


 疑惑の目で見られたので、それを打ち消す様に私は強く頷く。
 善逸、善逸だ。約束をしてたから当たり前だけど来てくれた。さっきまであれだけ不安だったのに、彼に触れられただけでその不安が簡単に消え去った。
……っ嗚呼、やっぱり私、報われないと分かっていても善逸が好きだ。

 まだ少し震える手を隠す様に彼の上着を握れば、それを確認した善逸が安心しろと言いたげに私の頭を更に自分の方に引き寄せた。


「この子を怖がらせるのは辞めてくれませんか」
「怖がらせるだなんてそんな……ただ僕は、彼氏がいるなら証拠に写真の一枚くらい見せてくれないか?って頼んだだけだよ」
「現に今、本物が目の前に居ますけど」
「うーん……でも君が本当に彼氏って証拠も無いだろう?彼氏役を頼む事だって出来なくもない」


 ヒュッ、と小さく喉が鳴った気がした。何処までこの先輩は分かっているのだろう。まるで、こちらの思考を読み取るが如くスラスラと正解を当ててくる。感の鋭い人は時折居るけれど、まさかそれがこの先輩に当てはまるだなんて……!

 彼氏役を頼んだけれど、彼氏の役割……つまりそれ相応の恋人らしい言動なんて流石に頼めない。それは善逸が本当の好きな人の為に取っておなくてはならないモノ達だ。今こんな所で、こんな形で簡単に使われていいモノ達じゃない!善逸には私から頼んだ手前悪いけど、今からでも引き返せる。今ならまだ嘘で済む、私も嘘だと割り切れる。
 もし善逸にこれ以上恋人がする様な行動をされたら、私が今の関係に耐えられなくなってしまう。我慢が、押し殺した感情が、全て無駄になってしまう……!


「っぜん……!」
「なら、恋人がする事をすれば貴方は納得するんですね?」
「……それは、そうだけど」
「良いですよ分かりました!……目ェ逸らさずにしっかり見とけよ、クソ野郎」


 もう良いよ、そう切り出そうとした言葉を遮られて先輩の案に了承してしまった善逸は私の顔を彼の方へと迷い無く引き寄せた。目の前には善逸の顔、いつもの綺麗な茶色がかった黄色い瞳は今は閉じられている。
 こんなに近距離で見られるのなら、瞳を見たかったなぁ……ん?いや待て、何で善逸の顔がこんなに近いの?この距離って所謂────。

 正解に辿り着くと同時に、近距離にあった善逸の瞳がフッと薄く開く。そして私と目を合わせると、何故か楽しげに三日月の様に歪ませた。それを見た私は、ただただ驚いて目を見張る事しか出来ない。


「これで分かっただろ、もう二度とこの子にちょっかいかけんな」
「っ、」


 ベッ、と舌を出してそう言った善逸に、先輩は悔しそうな顔をして何も言わずに去って行ってしまった。……終わった、の?
 ボケっと先輩の背中を見送っていれば、少し上から安堵した様な溜め息と共に善逸が体重をかけてきた。……私的には嬉しいけれど、正直重い。


「っはぁー……俺ちゃんと出来てた?出来てたよね??」
「あ、ありがとう……っじゃない!善逸、さっきの良かったの……!?」
「えっ、何が?」
「何がって、そりゃあ……!」


 キス、私にしちゃって良かったの?だって善逸は私の事が好きな訳じゃないんでしょう?
 そう言おうとしてたのに、実際は全然言葉が出てくれなくて。喉に引っかかって、自身の事なのに出るのを拒まれている様な。

 はくはくと口を動かして、いつまで経っても出てこない言葉を待つのに痺れを切らしたのか、善逸が変わりに口を開いた。


「……お前は嫌だった?」
「え?」
「キス。俺にされたの、嫌だった?」


 彼はそう言うとちょん、と人差し指で私の唇を軽く押した。そうされれば嫌でも先程の事が頭の中で勝手にリプレイされる訳で。今彼に触れられた所が、今みたいな指じゃなくて、かれの、くちびると────。

 改めて確認してしまえば、カッと急激に熱くなる頬。自身の口元を隠す様に片手を持っていけば、その手に触れた口以外の部分がとても熱かったのは言うまでもない。


「その反応を見るに嫌じゃなかったみたいで良かった」
「わ、たしは別に良いの!でも善逸は……?善逸には好きな子がいるでしょ……!?」
「……名前お前さぁ、俺が誰のお願いでも簡単に引き受けてこんな事すると思ってるの?」
「え、まぁ……うん。元々善逸は優しいし、女の子からのお願いだったら、ある程度の行為をしなければ意外と簡単に……」
「お前からの俺の評価酷いな!!??いやまぁ俺の日頃の行いもあるんでしょうけどね!?」


 けど今日でその認識改めさせてやるからね!?と涙目で訴える様に嘆いた善逸は私の頬もう一度をガシリと掴む。そして何故か再度グイッと彼の方へと引き寄せられた。今度はわざとらしく可愛らしい音まで立てて。


「なっ……!?」
「……これは、さっきのとは別物だから。さっきのは作戦なのである意味ノーカンです、ノーカン」
「なん、で」
「フリじゃなくて、出来れば俺はお前の本当の彼氏になりたいんですけど……駄目?」


 コツリと互いの額を合わせて私の目をジッと真っ直ぐに見つめてくる彼の目は本気で、思わず逸らそうとしても顔は彼に固定されていて許されなかった。
 それに、こんな想像も出来なかったまるで夢みたいな台詞を言われてしまったら、私に残された答えなんて一つしかない。……ううん、違う。これしか、ずっと前から持ち合わせていなかった。


「っ駄目じゃない……!私も、私も善逸の事が好きっ……!大好きなの……っ!!」
「っうん、俺も。俺も名前の事が好きだよ、大好き!」


 ぎゅうっと、どちらからともなく抱き合えば、彼の体温が意識しなくてもダイレクトに伝わってくる。優しい匂いも、鼓動も。全部、全部。
 嘘じゃないよね?私今、善逸に抱き締められてる。ずっと想ってた善逸の腕の中に居る。夢じゃ、ない。

 嬉しくて、嬉し過ぎて何とも言えない感情をぶつける様にぎゅうぎゅうと善逸を抱き締めれば、突然べリッと引き剥がされてしまった。
 えっ、私何かやらかした……!?


「っもぉぉぉ……!外でそんな可愛い事しないでくれる……!?しかもそんな音まで鳴らしちゃってさぁ!!」
「ご、ごめん……?」
「良いよ。その変わり今出来ない分、家に帰ったら嫌という程たっぷりと色々するから」


 数年越しの想い、舐めんなよ。途中で離すとかそんな甘い事、する予定なんて俺には微塵も無いから。だから、今から覚悟しといてね?

 ニッコリとお手本の様な笑みを浮かべた善逸は、素早く私の荷物と手を取るとスタスタと帰路に就く。その速さに若干おぼつかない足取りになってしまったが、すぐにそれは慣れた。
……ていうか、私だって伊達に長年善逸に片想いしてないんですけど?今更やっぱり無しでーなんて、そんなの絶対に許さないんだから。逆に覚悟するのはそっちだよ、善逸。


 言葉に出していないのだから当然伝わる訳が無いのだけれど、そんな意味を込めて握られたままの手を強く握り返す。すると善逸はこちらをチラリと見ると、まるで上等!と言いたげにご機嫌そうな、それでいて何処か欲を含んだような瞳をして挑戦的な笑みを浮かべたのだった。




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