※男装時の名は雷音(らいと)




「いらっしゃいませ、ぇ゙……っ!?」
「は……?」


 近くに居た仕事仲間に、何急に変な声上げてんの!?という顔で見られたが、今はそんな事を気にしている余裕は微塵もなかった。いや仕事中なのに本当申し訳無いけど!!

 目の前に、この仕事を一切教えていない彼氏が運命過ぎる確率で自分が働いている店に他の友人と一緒に来るなんて、誰が思うよ。




 高校一年の時。よくある学園祭のクラスごとの出し物で、私のクラスが男女逆転喫茶をする事になった。その名の通り男が女の格好を、女が男の格好をするというもの。私は最初こそあまり乗り気では無かったのだが、実際やって見たらその……ハマってしまった。
 何より女の子達が嬉しそうに喜んでくれるから楽しいし、私も嬉しくて。別に男になりたいという訳じゃなかったけれど、女の子が喜んでくれる様に振る舞うのも全然苦じゃなくて、寧ろ進んでやった。そのお陰か学園祭の後は何人かの女子に告白とかもされたりはしたけれど、別に付き合いはしなかった。その子達には悪いとは思うが、私の恋愛対象は最初から変わらず男だったからである。
……けれどこう、ハマってしまったものは簡単には抜け出せず、こうしたら良いんじゃないかとか色々とやっていくうちに完全にどっぷりと沼にハマってしまった。そしてそれは、男装喫茶で働くまでに至ったのである。

 だが同性の仲の良い友人なら兎も角、あまり人には言い難い趣味だという自覚はある。というか私が言いたくなかった、特に男装喫茶で働く少し前に出来た彼氏には……!
 その彼氏は典型的な女の子が大好きな男子で、女子に色々と夢を抱いている男である。だがその分、暴走が激しいというか場合によっては思い込みが激しいというか。まぁ簡単に言えば行動がアレなのでドン引きされてた。
 私も何でこの人好きになったんだろう?と、時折考えてしまう事があったり無かったりしなくも無くないが、それでも最終的には好きなのである。

 だが、先も言った通り、彼は“大の”女の子好きなのだ。そんな人が、彼女の男装趣味を果たして受け入れるだろうか?否、多分無理だと思うし、騒ぎ立てるだろう。だから絶対に言わないと心に決めてこうやって今日まで過ごしてきた訳だが────。


「わぁ……!皆さん凄く格好良いですね!本当に皆さん女性なんですか……!?」
「面白い事を言うんですねお嬢さん、僕らは全員男の子ですよ?」
「はっ……!そっ、そうでした……!そうですよね!」
「はい、正真正銘男です」


 ニッコリと少女に微笑んだ店長は、分かりきっているが正真正銘女である。コンセプトカフェでは世界観を大事にする。男装喫茶であるウチは、この空間にいる間は皆スタッフは男性としてお客様達に接する。それをお客様達も理解して楽しむ、それがコンセプトカフェというもの。
 先程少女がポロリと零した言葉はよく初めてこられるお客様に多くて、店長は流石と言うべきか切り返しが呼吸の様に慣れたものである。……というか、目を輝かせてキョロキョロとしているその少女もすっごく見知った顔なんですけどね。さっきは彼氏の方がインパクト強過ぎて気が付かなかったけど、その兄の方も居るし……!何でその面子でこんな所来る事になったんだよ君達ィ……!!


「凄いな、皆さん本当に綺麗で本当の男性に見える……」
「本当ねお兄ちゃん……!でも学園祭の出し物の参考にとってもなるよ!」
「二人ともキョロキョロし過ぎ!先ずはルールとか説明してくれるみたいだから、ちゃんと聞こうぜ?」


 困った様な顔で笑いながら兄妹にそう言う彼も、興味津々といった様にソワソワとしている。最初に私と目が合わなければ、きっと今頃彼も兄妹達と同じくらいはしゃいでいた事だろう。……なんかゴメンね、だからそんなにコッチを見ないでくれると俺は嬉しいなぁ……!


「────説明は以上となりますが、大丈夫でしょうか?」
「はっはい!」
「では、どうぞ心ゆくまでお楽しみ下さい。ちなみに……お客様方から見て、この店内で誰か気になったりする者は居たりしますか?」
「そ、それって誰か気になった方に対応して貰えるって事でしょうか……?」
「えぇ、はい。出来る限りは」


 少女の問いかけに、穏やかに微笑む店長。少女は若干興奮しているのか、隣に座る兄をどうしよう!と勢い良く揺さぶっている。ふふん、迷うだろう迷うだろう!ウチのスタッフは皆格好良いからな、何なら大体が私と違って整ってるのでスッピンでも格好良い。行動もあまり変わらないので、逆にコッチが落とされると何度思った事か。本人達曰く職業病というか、染み付いちゃった癖みたいなものらしいけど。
 ちなみに私のオススメは言わずもがな店長である。店長はやり手だ、経験値がものを言っている。油断してるとあっという間に落とされるから、是非ともそれを味わって欲しい。特に兄妹の兄の方、店長の抱擁力に崩れ落ちるのかそれとも持ち前の長男力で耐えられるのか、凄く見てみたい。
 聞き耳を立てつつウッキウキとしていれば、今担当してるお客様が驚いた様にこちらを見ている、というか何処かと視線を行ったり来たりさせてる……?え?何、どうしたの?

 そんな風に一人首を傾げていれば、予想していた少女の声ではなく聞き覚えのある声が誰かを指名するのが聞こえてきた。


「俺、あの人が良い」
「善逸が進んでそんな事を言うなんて少し意外だな……?」
「うん、ちょっとね。あと俺、別席に移っても良い?」
「俺は別に良いが……禰豆子も良いか?」
「善逸さんがそこまで言うなら私は全然……」


 えっ何、わざわざ分かれて指名するの!?そこまで気になる人居たの!?と内心驚きながらも今は目の前のお客様に対応している為、彼が誰を指名したのか確認出来ない。
 くっそ気になるぅ……!と歯噛みしていれば、目の前にいるお客様に呼ばれてるよ、と言われた。……呼ばれてる?誰に?


「雷音君、行かなくて良いの?」
「え?」
「ほらあの男の子、さっき雷音君を気になるって言ってたの」


 私は何回も対応してもらってるから大丈夫だよ、と笑った心優しいお客様にお辞儀して振り返ってみれば、そこには本当に兄妹達とは別の席に座ってこちらを真っ直ぐ射貫くように見ている金髪。……誰か嘘だと言ってくれ。

 視線だけで店長にはさっさと行けと言われて、恐る恐る金髪の男子が座る席に歩み寄る。彼は未だこちらをジッと見つめるだけで何も言わない。……うわぁ何この状況、今すぐにでも逃げ出したい。でも出来ない、だって私は仕事中だもの。


「こ……こんにちは初めまして、俺を選んでくれてありがとう。俺は雷音、よろしく!えっと、君の名前を聞いても良い?」
「……善逸、です」
「えぇと、どうして善逸は俺を選んでくれたんだ?」
「そうですね……貴方が俺の彼女と“凄く”似ていたので、つい」
「そ、そっかぁ……!」


 ぁあああぁぁ……!逃げたい、超逃げたい!!つい、とか言ってるけど目がマジなやつだ。これ完全にバレてるやつだ。ねぇもう私既にキャラ崩れてる気がするんだけど!男装時のキャラクター設定を私守れない気がするんだけど!!

 ちなみに男装時の私のキャラ、雷音は学生の垢抜けない明るい男の子で、元気が取り柄である。ワンコ系、とでも言えば良いのだろうか。
 というか名前といい性格といい、正直言うと参考にしたのは紛れもなく今目の前に居る男だ。そんな男の前で、本人を模倣したものを披露出来るほど私の肝は据わってない。今も次の瞬間には崩れ去りそうな、まるでジェンガの様なガッタガタの精神である。要約すると、誰か助けて下さいませんかお願いします!!

 だが悲しい事に接客を投げ出す訳にはいかないので、多少の雑談を混じえながらメニュー等の説明を進めていく。


「後はゲームをしてお客様が勝てたらお菓子を相手に食べさせてあげられたり、このアルバムにあるお好きなチェキを一枚差し上げるっていうのもあるんだ」
「チェキ……?」
「うん、これだよ」


 不思議そうに首を傾げるので、彼の前に一冊の小さめだが分厚いファイルを差し出した。彼はソレを受け取ると素直にパラパラと捲っていく、だが何故か一枚ページを捲る度に段々と彼の雰囲気が重くなっていき、最終的には私の背筋が凍るくらいの気迫を纏うまでになった。いや本当に何でだ。
 チェキは当店スタッフが色々なコスプレをして決めポーズを取っているもの、けれど一切卑猥なものはない。……まぁ人によっては、少し鎖骨とか腹とか見せてる時もあるけれど。けれど本当にやましいものじゃない。

 だからあの、どうかファイルを握りしめる手の力をお緩め下さいませんかお客様……!クシャクシャに、皆の渾身のチェキがクシャクシャになってしまいます……!!


「……貴方のチェキはコレに後どれくらいありますか?」
「えっ?えぇっと、その冊子ならあと五枚くらいはあったような……?」
「この冊子なら……!?」
「ひぇ……!?う、うん。季節とかイベント毎に変わるんだ」


 だからこの冊子に無いものは沢山ある様な事を匂わせれば、目の前の男の顔が鬼気迫る様な顔になって嘘だろ信じらんねぇ……!と言いたげにこちらを見てきた。
 いや本当の事だし、私の方が今君が目の前にいる事に嘘だろ信じらんねぇ!だよ。何ならチェキに関してはダントツ人気一位の店長なんてあっても消えるのは一瞬だからな、一瞬。

 ひくり、と明らかに接客に向かない表情を浮かべそうになるのを耐えながら、何とか持ち堪える。


「ど、どうする?興味あるなら一回ゲームしてみる?」
「……はい、取り敢えずこの冊子にある貴方のチェキを全て貰うまでは」
「ん゙っ!?ぜん……えっ!?」
「それが終わったらお菓子を食べさせる方もやります」
「っちょ、ちょぉーっと店長に聞く事が出来たから少し待ってて!?」


 手の平を彼の前に差し出した私は、すぐさま店長の元へ駆け寄った。運良く店長は誰も担当しておらず、すぐに相談しに行けたのは良かった。本当に良かった。
 そして店長に事の顛末を説明して判断を煽ってみると、少し難しそうな顔をする。当たり前だ、ある意味善逸が言った事は独り占めだからだ。それでいて確かにお金を落としてくれるのは店的には嬉しいが、どっからどう見ても彼は学生な訳で。店長的にはあまり善い顔はしないだろう。

 少し考えた店長は、私に向き直った。


「確か、雷音のチェキは残り五枚なんだっけ」
「はい」
「なら五回ゲームをして、その五回で勝てなかったら僕がお客様をそれとなく止めるよ。学生の破産は流石に見たくないし起こさせなくないからね」
「あ、ありがとうございます……!」
「……まぁそれを止めても、あの様子だと絶対に一回はお菓子を食べさせるのはやるんだろうけれど」


 それでもやるのは最大で計六回か、雷音頑張れ。

 店長の何かを察した様な表情と声音に、私は乾いた笑いを漏らす。去り際に思い出したかの様に店長が、もしかして彼らと知り合い?という今は出して欲しくなかったワード第一位をぶち込んできたので、私は今度こそ完全に顔を引き攣らせて笑うしかなかった。

 意を決して善逸の元へ戻れば、彼は先程よりかは落ち着きを取り戻していた。その顔からは、じゃあやりましょうか?という催促のような声が聞こえるような気がしなくもないけれど。


「お話は済みましたか?」
「……あぁ、うん。じゃあゲームをするって事で良いんだね?」
「はい、貴方のチェキを全回収するまで」
「っわ、分かった……!」


 そう意気込んでみせれば、善逸は此処にきて初めてニッコリと笑った。……なんかその笑顔が企んでいる気がしたのは気の所為か?気の所為だよな??

 まぁそんなこんなで挑んだ訳だが────。


「まさかストレート負けするなんてっ……!」
「ほらほら、あーん」
「あ、あーん……」
「美味しい?」


 心底楽しそうにお菓子をあーんしてきたのを、彼がし易いようにしゃがみこみ甘んじて受け入れればそう聞かれたので、素直に頷く。そうすれば彼は更に嬉しそうな顔をして次のお菓子を差し出してきた。

 結論から言って、ゲームは私の完敗だった。今回は簡単なトランプゲームを何種かやった訳だが、まさかストレート負けするなんて誰が思うよ。私そんな弱くない方だと思ってたのに。善逸がこんなにゲーム事に強いなんて知らなかった、彼は答えが透けて見えている様な感じでスルスルと勝っていくから、こちらとしては呆然とするしかない。何なの、彼は読心術とかそういう類の技をもしかして習得してるのか?それが本当だったら私勝ち目なくない?最初から勝ち目無かったよねこの勝負。
 もしもの時にストップ役をお願いしていた店長も、この結果には多少なりとも驚いていた。が、止める必要が無くなったのを見てほっと一息つくと自身の接客に戻って行った。いや本当、ご迷惑お掛けしました店長……。


「それにしても、どうしてそこまでして俺のチェキを……?」
「……それ本気で言ってる?」
「え、」


 ズイッと急に目の前に迫られて、言葉を失う。まさかこんな大胆に動かれるとは思ってもなかったので、頭が思う様に動かない。けれどここで何かを言わないと不味い気がするのは確かだ。
 倒れない程度に顔を仰け反らせた私は、出来る限り頭をフル回転させて言葉を紡ぐ。


「ち、近いよ……!それに本当、俺には思い当たらないんだ。ごめんね……?」
「そっか……ねぇ、雷音君」
「う、うん?どうかした?」
「愛おしい“彼女”を不特定多数に見せびらかしたくないと思うのは、変な事?」


 俺は、例え女の子でも俺の知らない姿を知っているのがとても羨ましいと思うし、知らない所でこんなやり取りされているのも本音を言えば嫌だ。でもきっとこれは名前が好きな事だから、やりたい事なんだと思うから止めないし、端から俺にそんな権利は無いよ。でも、でもね?それを俺の意思で君のファンより先に勝ち取るのは好きにして良いでしょ?本当なら俺、君の事を独り占めしたいくらいなんだから。

 声を潜めて、私にだけに聞こえるようにそう囁いた彼の表情は真剣で、とてもじゃないが茶化せる雰囲気じゃなかった。それにここまで想われてたなんて全然知らなかった、まさか自身が大好きでやまない女の子達にまで嫉妬の様なものを抱いていたとは。……なんて言うか、今は仕事中で雷音という名の“男”の筈なのに、強制的に目の前の男に“私”を引き摺りだされそうな感覚だ。

 っこんな形の営業妨害とか、普通ある……!?


「……うん、少しは俺の気持ちが分かってくれたみたいで嬉しい。今日はありがとうね雷音君」
「った、楽しんでもらえたなら俺も嬉しいよ……!」
「あ、そうだ。今日は後どれ位でバイト終わるの?」
「え?今日はあと一時間位で……っまさか!」
「了解。んじゃ、また一時間後に……ね?」


 ばいばーい、と笑顔で手を振って兄妹達の元へ去っていた彼の背中に何も言えず、私は大人しく見送る事しか出来なかった。
 取り敢えず店長に今日は早く上がれるか、それとももう少しバイトを延ばせるか聞きに行こうかな……と無駄な足掻きをする為、店内という事も忘れて素早く店長の元へ走るのだった。


 まぁ結論から言って、金髪から逃げられなかったので無駄な足掻きだったんですけどね!!





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