「あー…やってしまったぁ、マジかぁ……」


 朝起きて、少し体がいつもより気怠いというか重いなぁとは思ってはいたんだ。けれどそれは寝過ぎとかそういう思い込みでで流しちゃったんだよ、その時は。
 だけど時間が経つにつれて一向に治らないし、ぶっちゃけ酷くなってきてる気がするし。なんなら頭も凄く痛いし。

 今からでも風邪薬取ってこようかなぁ……薬くらい、あのだだっ広い倉庫にはあるでしょきっと。
 ……よし!倉庫行って、食堂行って水取ってきたら今日は大人しく自室で寝てよう!……あ、体温計もあったら取ってこよう。




 さて着いた、倉庫と食堂が目の前で今回は本当に助かった。長く移動しなくて済むからね。

 扉を開けて、早速ありそうな棚を物色する。……んん、ビタミン剤とかプロテインとかは凄いあるなぁ。こんなにいる?
 そう思いながら端から端まで見て、私は漸く目当ての物を見つけた。棚から体温計と自分の症状にあった薬を拝借して、次は食堂に向かう。

 先程の倉庫でもそうだったが、食堂にも人は居なかった。タイミングが良かった様な、何というか。……まぁ、あまり心配をかけたくは無いからね。
 さて、こちらもさっさと用事を済ませてしまおう。

 そういえば、こういう時はスポーツドリンク系も良いんだったか。私は冷蔵庫からペットボトルのスポーツドリンクを二本と水を一本持って、事前に持ってきていた袋に薬やらを全部入れた。そして無事目的を達成した私は、食堂から出ようとした。
 が、出来なかった。食堂のドアを開けると同時に、向こう側からも人が来たのだ。
 しかも結構な勢いでぶつかった為、今の私には重い一撃でもあったりした。


「……あれー?苗字ちゃんってば、こんな所で何してるの?まだお昼には早いよね」
「うわ、王馬君……いや、喉が渇いたから取りに来ただけだよ」
「えー、そんな袋一杯に?というか、うわって酷くない??」
「……また来るのが面倒臭いからストックだよ、水とかだから別に冷たくなくても私は平気だし」
「え、スルー?まぁ良いけどさぁ……それにしても苗字ちゃん、何か顔赤くない?」


 うっわ、いきなり核心突いてきた。だから嫌なんだ、この人は鋭いから。出会したのが王馬君とか、もう色々終わったというかなんというか。
 素直に風邪っぽいんだよねぇ、とか言ってもどうせ「そっかぁ!苗字ちゃんは自分の体調管理も出来ないんだね!」と、嘲笑ってくる彼の顔しか浮かばない。
 取り敢えず一応、心の中ではほんの少しでも心配してくれるかもしれない。しれないが、表では確実に馬鹿にされるだろう。

 私は段々、自分の足が覚束なくなっている事に自覚が出てきていたので、さっさとここを去ろうとした。気のせいじゃない?と言って彼の横を通り過ぎようとしたけれど、すれ違いざまにパシリと手首を掴まれる。


「うっわ!何これあっっつ!!苗字ちゃんてばこんな熱で出歩いてた訳!?馬鹿なの!?」
「ちょっ…!」
「用事なら誰かに頼むなりすれば良かったじゃん、ほーんと苗字ちゃんは馬鹿だなー!」
「っもう離して!別にそこまで酷いわけじゃないから!それに、王馬君には関係無いでしょ」
「……は?」


 熱でイライラしていたせいか、いつもならそんなに強く言わない事を今は理性のタガが緩んでいたのかハッキリと言ってしまった。
 そして、言ってしまった結果がこれだ。嘘でしょやだ、超怖いんだけど……!何で急に王馬君の雰囲気が氷点下になるの……!?

 確かに強く言ってしまったが、間違った事は言ってないだろう。別に私と彼はそこまで凄い仲が良い訳でも無いし、ましてや恋人同士なんてもんじゃない。王馬君も別に、私の事は特に何とも思ってないだろう。強いて言えば、彼の玩具の一つとしか思われてない気がする。……あれ、それはそれで何か悲しい様な?


「とっ、とにかく私はもう行くから!この手を離して!!」
「そんな覚束無いフラッフラの足取りで?何処に行くって?……はぁ?ふざけてんの?」
「な、何で王馬君がそんなにキレてるの……」
「ていうかさぁ……実際、俺の手を振り払う力も無いんじゃ大丈夫とか言われても説得力が全く無いよね」
「っ!」


 その言葉に、私は体を強ばらせた。……あぁもう本当、何で知らん振りしないのだろう。この男は。
 実際彼の言う通り、私の掴まれてる部分は全然痛く無い。だから彼は本当にそこまで力を入れてないんだろう。けれど、それすら今の私には振り払う力が無い。

 図星を突かれ黙り込んだ私とは裏腹に、王馬君はいつの間にかいつも通りの表情に戻っていた。そして、ニコニコとした表情を浮かべながら口を開く。


「しっかたないなぁ!苗字ちゃんは!前と後ろ、どっちが良い?」
「えっ、前と後ろ?いきなり何……?」
「もー!良いから答えてよー」
「えぇ……じゃあ、後ろ…?」
「成程成程、後ろねー……じゃー、はい!どうぞ?」


 そう言った彼は、こちらにくるりと背を向けてその場にしゃがみ込んだ。
 ……待って、はいどうぞ!って何がだ。何で彼はしゃがんでるの、というか、この彼の形はもしかして……おんぶ?
 い、いやいやいや無理!無理です!!いくら男子でも、自分と同じくらいの背丈の人にそんな簡単に体重を乗せるなんて!!というか、王馬君はポッキリいきそうで正直怖いんだよなぁ……。

 そんな事をうたうだと考えていれば、痺れを切らしたのか王馬君が立ち上がりこちらを見ていた。


「もー!俺が折角しゃがんだのに、苗字ちゃんってば何で乗らないの!?」
「急にそんな事言われて、ありがとう〜!って乗れる人は普通居ないと思うよ!?」
「はぁ……全く、このままじゃ拉致があかないよ…だから、ちょーっと大人しくしててね?」


 そう言うと王馬君は、私の背中と膝裏に手を回してヒョイッと持ち上げたのだ。

 そう、持ち上げられた。所謂お姫様抱っこ。
 マジかよ、めっちゃ腕力あるじゃないか王馬君。可愛い顔しといて男らしい面があるとか何だコイツ、色んな意味で反則じゃないか。……でも待ってくれ、前を最初に選んでたら有無を言わさずお姫様抱っこだったのか。
 これならおんぶの方が大分マシじゃないか。……うん、今からでも遅く無い。おんぶに変えてもらおう。


「お、王馬君!私おんぶ、おんぶが良い!です!!」
「えー…面倒臭いからもうこのままで良いよ、別にそこまで変わらないじゃん」
「変わる、確実な何かが変わるから!それに私が恥ずかしいんだよ!!」
「苗字ちゃんはわがままだなぁ……もうっ、今回だけだからな!?」
「あ、ありがとう……」


 え、今の私が悪いの?とも思ったが、また口に出すと王馬君が鋭く反応してくると思ったので大人しく感謝を述べた。

 王馬君は私を降ろすと最初の様に後ろを向いてしゃがみ込む。私はそこに恐る恐る乗ると、こちらでも先程と同様に軽々と持ち上げられた。……私は他の女子に比べたらそんな軽くないし、寧ろ平均を毎日ギリギリ保ってる方なんだけれども。こう、何とも無いように軽々持ち上げて貰えるのは女子としては結構嬉しいかもしれない。

 少しの嬉しさと恥ずかしさを隠すように、彼の肩に顔を埋める。すると髪が当たりくすぐったかったのか、王馬君に抗議されてしまった。


「…ねぇ、肩に頭置くのは別に良いけど、髪が当たって擽ったいから何とかしてよ」
「ご、ごめん!出来るだけ離れるから!」
「あっ、ちょっと!別に離れろとは言って無いでしょ!」


 彼はよいしょ、と私が前に体重をかけるように揺すって私の事を持ち直した。
 そして、部屋に着いたら起こしてあげるから少しでも寝たら?と言われた為、眠れるかはさて置きお言葉に甘えて目を閉じる事にした。
 彼は私がそうしたのを感じ取ると、衝撃を与えぬ様に歩み進める。

 途中で意識が微睡んで、誰かに頭を撫でられた様な気がした。そして王馬君が何か言っていたような気がするが、私には認識出来なかった。


 暫くして、頭を優しくポンポンと起こされた。が、これはもう自覚しまくっているので言ってしまうが、私は寝起きがまぁ良くない。その為、一度眠りに片足を突っ込むと意地でも起きない節がある。

 そして、今は熱がありいつもより思考回路が鈍い。考える事すら今の私には億劫で、特に何も考えずポケットから鍵を取り出して王馬君に開けてという意味で差し出した。
 すると王馬君が何か小さい声で呟いた気がしたが、これもまた今の私には一切聴き取れなかった。

 先程、起こされた時にも思ったのだが、片手で器用にやる事やる事。本来なら私を支えてるから難しい動きをしている筈なのに、私は全然辛くない。寧ろ快適だ。この総統様は、ほぼ何でも出来るんじゃないだろうかと思った程だ。


 部屋に入りベットに着けば、私に出来る限り衝撃が来ないように優しく降ろしてくれた。ベットに降ろされた私は、ゆっくりと瞼を開けて改めて王馬君を見る。

 ……何というか、王馬君が意外にも凄く優しくしてくれて、些細な気遣いをされるので凄く驚いているというか。簡単に落ちる女子ならコロッといくだろうレベルで、私も少しはキュンとしてる。熱での吊り橋効果だろうか。


「……あり、がとう…おうまくん」
「うわ、もしかして結構熱上がってきた?苗字ちゃん凄い舌っ足らず、子供みたい」
「ん゙んっ……うるさい、子供じゃないし…王馬君の方が近いじゃん」
「…あは、苗字ちゃんってばさぁー……その発言、熱が下がったら覚えとけよ?」
「…………ごめん」
「え?やだよ」
「!?」


 なんてね!嘘だよ!仕方ないから許してあげるよ!!それに風邪のお陰か、苗字ちゃんはいつもより素直になってるみたいだしね。だからそれに免じて、今回は見逃してあげるよ!

 彼はそう言うと、とても楽しそうに笑った。
 ……その言い方だと、私がいつも素直じゃないみたいじゃないか。私は王馬君に比べたら大分素直だと思うのだけれど。……まぁ、それでも見逃して貰えたのは有難い。後でどんな遊びに付き合わされるか分かったものじゃない。

 王馬君は立ち上がると自分の仕事が終わったかのように、大袈裟に腰に手を当て片腕で額を拭う仕草をした。その時フー…という何処か達成感が混ざってそうな息も吐いて。
 ……何かこれだと、私は何かの資材みたいじゃない?先程少し見直した気持ちを返して欲しい。そして数分前の私よ、やはりキュンとしたのは間違いだ。




「さて…じゃあこれで俺の役目は終わりだねー、東条ちゃんにでも君の事言っといてあげるから感謝してよね」
「……別に、平気だよ、少し寝たら良くなるだろうから」
「……はー、ほんっとうに苗字ちゃんは馬鹿だよねぇ?良いから病人は大人しく寝とけって言ってんの、日本語分かる?」
「でも、」
「でももだっても無いんだよ!だったらいっその事、俺が付きっきりで看病してやろうか!?」


 彼の言葉を聞いた瞬間、私はえっ、と固まってしまった。勿論その彼の台詞に驚き困惑したというのもあるが、その台詞に自分が少し嬉しく思ってしまい、自分自身に驚きと困惑が隠せない。

 これはあれだ、風邪引いてる時特有の人肌が恋しくなるやつだ。そうに決まってる。……いや、何で恋人同士でも無い王馬君にそんなの抱いてるの!?可笑しい!可笑しいよ私!!!!
 どうしよう、自覚したせいか先程よりも自身の顔が熱い気がする。

 王馬君は私のその反応を見ると、大きな目を見開いてパチパチと数回瞬きを繰り返した。が、すぐにいつも通りご機嫌にニヤリと笑うと、こちらにずいっと顔を近付けてきた。


「……へーぇ?苗字ちゃんもそんな顔するんだ?うんうん、俺は君の新しい顔が見れて凄く嬉しいよ!」
「かっ、からかわないで!東条さんに伝えてくれるんだよね!ありがとう!!」
「心配しなくてもちゃんと伝えるよ、でもね?予定変更!さっき言った通り、他の誰かじゃなくて俺が付きっきりで看病してあげる!」
「……何で!?」


 あんな顔されたら断れないよねー!と、ご機嫌な笑顔で言われ私は頭を抱えた。最初から頭痛がしていたが、王馬君のせいで別の頭痛が増えた、最悪だ。
 しかも、あんな顔ってどんな顔だよ。不細工ってか?知ってるよ!!どうせ驚いた顔が面白かったんでしょうよ!

 取り敢えず東条ちゃんに言ってくるねー!と言いながら私が止める間もなく、風のように颯爽と去っていった。いやもうあれ風じゃないな、台風だな。

 ……それでも少し嬉しいと思っているなんて、私はどうかしてる!







 ……にししっ!それにしてもあの時の苗字ちゃんの顔、可愛かったなぁ。あれだけであんなに顔真っ赤になっちゃうなんて、苺やトマトも驚く赤さだったよ!

 でも、あの顔は反則だよね。あーんな嬉しそうな顔するなんてさ!これは俺、脈あるんじゃない?よーし!それならこれからはドンドンアタックしちゃうぞー!!
 あと、もう少し警戒心があると助かるかなぁー?狙ってるのが俺だけとは限らない訳だし…ね。

 まぁ、今は風邪引いてるから大人しく何もせず看病してあげる事にするよ。


「嘘だけど!」










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