「なぁ監督生、ちょーっとお願いがあんだけど」


 全ての授業が終了した放課後。フラリと傍に寄って来た友人はそう言いながら、手に持った何かをわざとらしくチラつかせて見せる。それを認識した瞬間、嫌な予感がビンビンに身体中を走った。
 今ならまだ間に合う、用事があるのだと席を外せば良い。良い……のだが、少し腰を椅子から浮かせれば、素早く肩を掴まれて椅子へ逆戻りさせられてしまった。爽やかな笑顔の圧力付きで。


「そんな怯えんなって!別に痛い事なんて無いし、多分」
「痛くはなくとも何かを失う気がする……!」
「あー、確かにナニは失うな」


 一時的に、だけど。そう言った彼を見て、真面目な顔をして何を言っているのだコイツは、と思ってしまったのを許してほしい。ナニって何だよ。……いや違う、本当は見当が付いている。カマトトぶるつもりは無い。ただ急に下ネタをぶち込まれたから脳が処理を拒否っただけで。
 ていうか一時的でもナニが無くなるって何?何なのその怖い現象。君だって男なのだから、それの大事さがよく分かっている人間の一人なんじゃないのか。それともあれか、我が友人にはブツを取りたい願望があったとでも言うのか。そしてそれをまさか、自分に試そうとしている訳じゃないだろうな?我が友人はそこまで酷い奴では無かった筈だと認識しているんですが。……でもその場合、自分に使っても意味ないんだよなぁ。

 だって私、男じゃなくて女だし。


「エース君さぁ、まずソレ自分で試した?」
「オレはない、ただ他の奴が使ったのを間近で見た事はある」
「ならまずはエースが自分で使えば良いと思います」
「いや自分に使ってもなぁ、正直つまんないし」


 チャプチャプと手元の小さい瓶を揺らしながらそう答えた彼の言葉は、紛れも無い本心だろう。その証拠に、他人事の様に振舞って軽く笑い飛ばしている。君、ガッツリ当事者なんだが?

 というか、どうして私なんだ。別に他の人でも良いと思うの私。例えばグリムとかデュースとか。……いや、流石にグリムは分からないか。後はほら、ジャックとかさぁ。
 別に友人を生贄にするつもりは無いけれど、そっちの方が分かりやすく変わって色々と観察しがいがあるでしょ。私、見目は自他共に認める中性的な部類だし。正直、特に何の面白みも無いと思うんだよね。


「ねぇ、何で俺なの?」
「や、これ手に入れた時に一番最初に浮かんだのが監督生だったから」
「うっわそれなりに仲良いのが仇に」
「えー、それなりかよ」


 傷付くわー、と微塵もそう思っていなさそうに言う彼を横目に、私はどうこの場を乗り切ろうか考える。先程は失敗してしまったが、今度こそ逃げなければ。
 その為にはまず、肩に置かれたままのエースの手を何とかしなければいけないのだが、その手を外そうとすればグッと力を込められる。……はは、可笑しいなぁ。逃がす訳なくない?って声が聞こえる気がするぞぅ。

 そんな幻聴が聞こえてきて表情が死んでいれば、「せいっ」という掛け声と共にがぽり、と私の口に何かを突っ込まれた。そしてソレと顎を持たれ、強制的に上を向かされてしまう。その拍子にごぽり、と水音が立った。


「ン゙ーーーーッ!!??」
「あっ、コラ暴れんなよ!溢れんだろ!」
「ン゙ン゙ーッ!!」
「ちょっと何言ってるか分かんないでーす」


 小馬鹿にした声音でニヤニヤとしている彼に対し、抵抗する様に手を引き剥がそうとしたり唸り続けたりしたが、結局それは何の意味も成さなかった。残念な事に彼の手にあった物は私の喉を通り、全て胃へと流れ落ちた。
 強制的に飲まされた私がゲホゴホと噎せると同時に、ぼふりと煙が出てきてまた噎せてしまう。暫くすると煙が晴れたので、抗議する様に元凶をギッと睨んだ。だがその張本人はどこ吹く風で、反省の色なんて見えやしない。それどころか目を輝かせて、どんな感じよ?と聞いてくる始末。なんて奴だ。


「後で覚えてろエース……」
「えー?ちなみに聞くけど何する気なんだよ」
「君に今やられた事を言えば動いてくれると思うんだよね、リドル先輩」
「ごめんなさい勘弁して下さい」


 今度はこちらがニッコリと笑ってそう言ってやれば、見事な手のひら返しを見せられた。見たか、私の(?)切り札リドル先輩!ひとたび召喚に成功した場合、運が良ければ一、二時間弱くらいノンストップお説教をされ、運が悪ければユニーク魔法で首が飛ぶ。
 私的には是非とも後者でお願いしたい。液体を不意打ちで無理矢理飲ませるのは普通に危ないから、良くないという事を身を持って味わえば良いと思うんだ。

……まぁその問題の物は強制的に飲まされてしまったから、結局逃れられなかったんですけどね!畜生!!


「にしてもおっかしいなー、全然変わってる気配ねーじゃん」
「満足した?」
「ちぇっ、何だよつまんねーの」


 ジロジロと訝しげに観察されたので満足したか問えば、少しいじけた様な声を出してブーブーと文句を垂れ始めた。

 本当ならお前のここに柔らかいものがある筈だったのに、と彼はおもむろに私の胸部をトンっとノックする。その瞬間、私には分かってしまった。あの飲まされた薬は紛れもなく本物だったのだ、と。
 だって、本来そこにあったはずの膨らみが無くなっているのだ。いや元々そんなに大きくは無かったし念の為に潰していた程度だが、それでも本人である私には触れられればそれなりに感覚はある。だが、それがまるで無かった。自身で確かめる様に触れてみれば、叩かれた胸元は薄く固い。しかも、何か下半身に違和感があるときた。間違いなく私の体は男のものになってしまったらしい。どうしよう。


「……エース、ちょっと聞きたいんだけどその薬って持続時間どれくらいなの?」
「んーっと……今からだと寝る時間帯くらい?でも監督生には効かなかったんだからそんなの聞いても意味ねーじゃん」
「ソウダネ」


 不思議そうな顔をして首を傾げる彼に、思わず返しが片言の棒読みになってしまう。そりゃそうだ、彼は私の事を男だと思っているのだから。彼からしたら効果が無かったように映るのは至極当然な事で、けれど私にとっては全くそうじゃなくて。
 取り敢えず持続時間を聞くにそんな長く効果は続かない様なので、心配は要らなさそうだ。この学校にいる分には戻らない方が都合が良いのだろうが、別に私は元々の性を捨てたかった訳では無いので、出来ればそれは遠慮願いたい。


「何なに〜?まさかお前が本当は女で、薬がちゃんと効いてるとか?」
「……、……いや、そんな訳ないじゃん」
「……待て待て待て、ねぇ何?今の変な間」


 不意をつかれて言われた言葉に動揺してしまったので急いで取り繕うも、流石に誤魔化されてくれなかったらしい。彼も最初は冗談めかして言ったつもりなのに、今は何とも言えない顔をしていた。
 逃がすか、と言わんばかりにガッと肩を掴まれて、ジーッとこちらを穴が飽きそうな程に見つめてくる。……やめろやめろ、まじまじ見るな。そんなに観察しても分からんだろうに。


「監督生、オレ今から今日一日お前と一緒に居ようと思うんだけど」
「お断りします」
「即答過ぎてエースくん傷付くんだけどぉ!」
「……ハハッ」
「あっ待って、それはマジで傷付くわ」


 申し出を即答で却下すればそう言われたので、呆れ混じりの乾いた笑い声が出てしまった。
 だって急に裏声でぶりっ子するから……つい死んだ魚の目で返しちゃったんだよ、許せエース。これくらいなら、私に無理矢理薬を飲ませた代償だと思えば傷は浅いから大丈夫だ。まぁ、私は後でその傷口に塩塗りたくる気満々なんですけどね!擦り込んで料理の下拵えみたいにしてやる。

 そんな事を考えている間にも遠慮無くペタペタとこちらの体を触るので、遠慮無いにも程がないか?と思いながらまた伸びてきた彼の手を軽く躱した。


「何だよ、改めて確かめてただけじゃん」
「デリカシーって知ってる?」
「あー……現在は適応外って事で」
「オーケー、エースの頭の辞書には最初からそんな言葉は無かったみたいだ」


 何かごめんね?と、とてつもなく申し訳なさそうな顔をして謝れば、流石にそれくらい知ってるし頭の辞書にもしっかり載ってますけどォ!?と反論された。
 ははは、何を言っているんだい?エース君。その言葉を知ってる人は最初から他人の体を無許可でベタベタ触らねぇんですよ、お分かりか。

 笑顔のまま青筋を浮かべて彼の頬をぐにりと抓ってやれば、情けない顔をしたエースが騒ぎ始めた。


「い゙っ!?わ、悪かったって!無遠慮に触って!!」
「次は確実にハーツラビュルの先輩方を呼ぶ」
「うわ目がマジだ」


 でもそこまで拒否るからこそ怪しいっつーかなぁ、と何かを思案する様に腕を組んでうんうん唸り始めたエースに、逃げるなら今なのでは?と気付く。
 今なら彼の手は肩から外れているどころか思考は別の所に旅立っているし、何より今の私なら男性の力が出る筈だ。普段ならゴリ押しなんてしたら余裕で力負けするだろうが、今ならいけるのではないだろうか?人間誰しも不意をつかれるのは弱い、反射的にすぐには反応出来ないだろう。ならば、このチャンスを逃す手は無い訳で。

 そう思い至った瞬間、私は勢い良くその場から立ち上がると脱兎の如く駆け出した。


「っじゃあね!エース!!」
「え……はっ!?ちょっ、待てコラ監督生!」
「待てと言われて馬鹿正直に待つ奴は居ないんですぅー!!」
「っコノヤロウ……!」


 バタバタと全力で走りながら大声でエースを煽った私は、道中色々とあったものの何とか無事に今のお家であるオンボロ寮へと逃げ仰せられた。
 流石に時間も遅くなってきたし、寮に逃げ込んでしまえばそれなりには安全だとは思う。多分。それこそ規則正しいハーツラビュル寮は確か門限やらが厳しく決まっていた筈だ。わざわざ寮長達の監視という名の高いハードルを飛び越えて規則を破り、こんな事を確かめには来ないだろう。


◇◇◇◇


 あの後、予想通り時間は刻々と過ぎていき、現在は就寝前の時間帯になった。今日グリムは先に寝ていて、何でも昼間にマジフトの練習をして楽しかったけどその分の疲労が凄いのだとか。何なら夕食どきから、まるで赤ちゃんの様に食べながら船を漕いでいた始末。普段それなりに食い意地が張っているグリムが食事時までこうなのだから、今日は余程疲れたのだろう。
 グリムは夕飯を意地でも食べ終わると、既に限界値を超えていたのかフラフラ〜っと吸いこまれる様にベットへと沈んだのを見届けた。

 私は私でエースの言っていた通り薬の効果が切れ一安心した後、暫く談話室で借りてきた本を読んだり課題やらを済ませ、そろそろ寝ようと腰を上げた時。背後からカタン、と物音がした。……こんな時間に何の音だろう。しかも今日は物が動く程の強風ではなかった筈、もしかしてゴースト達の仕業だろうか?

 そう思い至り、確かめるべく振り向いた瞬間。ぎゅっ、と何かに抱擁された。


「うっわ、タイミング良過ぎかよ」
「は……なっ、エース……!?」
「はいはいエース君ですよー」
「何でここに居るの……!?」


 本当に、何で。脳内がその疑問で埋め尽くされてグルグルと回る。どうしてこんな時間に、何の用、寮の規則は大丈夫なの、どこから入って来たの。一気に聞きたい事で溢れ、けれど何故か一向にどれも口から出てこなくて。

 漸く出てきてくれた言葉は、今一番私が気にしていた事だった。


「何で抱きしめられてるんですかね……!」
「あー、これね。本当は背後から腕を回す程度の筈だったんだけど、監督生がタイミング良くこっち振り向いちゃったから」
「いやナチュラルに人のせいにしないでくれる!?」
「バレたか」


 ニヤニヤと楽しそうに笑いながら一向に離す気をみせないエースの胸元を力一杯押すも、逆に更に密着させられる結果となってしまった。
 背中に回されていたエースの腕が、何故か徐々に下がっていく。スルスルとまるで私の体に沿って撫でる様にゆっくり、ゆっくりと下る。そして腰辺りでピタリと止まった手が、何かを確かめる様にガシリと確実に腰を掴んだ。それに驚いてビクリと体を震わせれば、驚きすぎでしょ!とカラカラ笑うエースの声が聞こえてくる。


「ちょっ、何処触って……!」
「やっぱり、ほっそいよなぁ監督生って」
「はぁ?」
「体も全体的に柔いしさ、ほーんと女の子みたい」
「っ急に何」


 一体お前は何が言いたいんだ、急にそんな事を言い出して。昼間は男体化していたが触れられたのは胸元くらいであって、今と同じ様に抱きしめられなかったのだから体格差なんて分からない筈だ。
 なのに、何だろうこの違和感は。エースが確信めいている気がするのは何故なのだろう。彼は私が女だという事は知らないし、その証拠だって見せていない筈だ。彼らと居る時は男としての見目を徹底して崩さなかっ…………あ、れ?まって、待ってくれ、“今”は?

 今の私は、“男”の格好をしていたか?


「あ……」
「……やっと気が付いた?この距離なら気付かない奴の方が可笑しいって」
「は、離してっ……!」
「やだよ」


 こんなチャンス、そうそう逃す訳ねーじゃん。
 そう小さく呟いたエースは、私の抵抗をいとも簡単に封じ込めてしまった。離れる為に突っ張っていた腕はなんの意味も成さず、腰にしっかりと腕を回されているから足でも抵抗出来ない。

 グッと引き寄せられればエースに密着する私の体、就寝前の寝やすいラフな格好。昼間している筈の胸元を潰す物は、今は無い。
 その三つが揃った今、どれだけ必死に頭を捻っても打開策なんて見当たるはずもなく。言い訳なんて出来ない位に、私の秘密であった証拠の一部が彼の体に押し当たってしまっていた。


「オレさぁ、最初自覚した時はビックリしたんだぜ?こっちもイけるんだ、って」
「は……?」
「まぁすぐにお前だからだろうなぁって結論が出たから、まぁそこまで重要視はしてなかったんたけど」
「なに、何の話……?」
「でも知っちゃったからにはさぁ……放置は出来ないし、するつもりも無いわけ」


 困惑して疑問を投げかけるも、エースはその答えをくれずに一人話を進める。そして急に名前を呼ばれたので反射的に見上げれば、ふに、と額に柔らかいものが当たった。
 すぐにパッと離れたエースは、してやったりという顔をして笑っている。が、どれだけ余裕ぶろうとしても自然と赤くなっていく頬や耳は隠せていなくて。そんな姿に可愛いと無意識に思ってしまったのが運の尽きか、まるで何かに固定されたかの様に彼から目が離せなくなってしまう。


「ちょっ、と、そんなガン見されると流石に照れんだけど……」
「……元々結構照れてたじゃん」
「ぅぐっ……!そ、そういうお前だって顔真っ赤ですけど!?」
「そっ、そりゃあ、急にあんな事されたら照れるに決まってるでしょ……!?」


 互いに恥ずかしさを蹴散らすみたいに勢いで会話をするも、声を大きくして喋れば喋るほど逆に滑稽さに拍車がかかってしまい、最終的には真っ赤な顔をして見つめ合っている小っ恥ずかしい構図になってしまった。
 こんな状況に先に根を上げたのは私の方で、色んな事に落ち着かなさ過ぎてキョロキョロと視線をさ迷わせ、これ以上エースの情報が入ってこないようにした。が、何故かそれが彼にはお気に召さなかったらしい。少しムッとした様な声音でもう一度名前を呼ばれると、今度は彼の手によって強制的に彼の方へと向かされてしまう。

 そして私としっかり視線を合わせたエースが、何処か緊張した面持ちで口を開いた。


「好きだよ、ナマエ」
「は、」
「多分結構前から好きだった、自覚したのは最近だけど」
「えっ……えっ!?」
「ね、オレを選んでよ。後悔はさせないからさ」


 一等柔らかい表情と一等甘い声で伝えられてきた気持ちは、胸の奥がじんわりと温かくなった。心臓は強ばってドキドキと煩く跳ね回っているくせに、それを優しい手つきで解きほぐされる様な。何とも言えない不思議な感覚に、また胸の奥が苦しくなった。
 苦しいけど辛い苦しさじゃなくて、治まってほしいけど名残惜しくて。そんな訳の分からない不思議な感覚に涙が出そうになる。

 じわり、と視界がボヤければ、目の前のエースが面白いくらいに慌て出す。


「泣いっ……!?わ゙ーーーーっ!!っ悪い、泣くほど嫌だったか!?」
「ちがっ、」
「や、いーって!別に気を使わなくても!」
「っ違うってば!その……嬉しかったの!!」
「えっ」


 勝手に自己完結して話を聞かないエースを止めるように声を張って、今の正直な気持ちをエースに伝えればピタリと固まった。その表情は驚きと困惑が入り混じったような顔で、暫くするとそれに段々と喜色が入り混じっていく。
 口元を緩ませて、マジ?とこちらに再確認してくるので、私は小さく頷いた。すると先程まで少し離れていたはずのか距離が一瞬で埋められ、気が付けばまたゼロ距離に戻ってしまっていた。


「まっ……じかぁ……!超嬉しいんだけど!!」
「ちょっ、エース!苦しい!」
「今だけは我慢して!オレ今、これが現実だって事を確認してるんだから」
「……大袈裟じゃない?」
「ばっかお前、そんな訳あるかよ」


 オレはずっとお前の事が好きだったんだぞ?これくらいしなきゃ信じらんねぇ位なの、分かる?こちとら自分自身にこれが現実だって分からせるのに必死なんだよ!

 グリグリと私の肩に額を擦り付けながらボソボソといじけた様に伝えられてきた言葉はとても可愛らしく、そして同時にとても愛おしかった。
 ぎゅうぎゅうと彼が私を抱き締めるので私も彼の背中に腕を回せば、一瞬ピクリと反応を見せてから更にぎゅうっと抱きすくめられてしまう。そのお陰で私の顔はエースの胸板に押し付けられて若干息苦しい。……これは、ちょっと選択を誤ったかもしれない。

 試しにポンポンと彼の背中を叩いてやれば、言いたい事が伝わってくれたらしく慌てて抱擁を少し緩めてくれた。


「これくらいなら平気か?」
「うん、大丈夫」
「そっか、なら良かった。……なぁ、ナマエ」
「ん?」
「今度はここにキス、しても良い?」


 スルリとそこをなぞられたかと思えば、フニフニと弄ばれる。ジッとその一点を見つめる視線は熱が籠っていて、自然と首が縦に動いてしまう。
 彼は私の了承を確認すると弄んでいた手を頬に添え、しやすい様に上を向かせる。そして何かを言うわけでもなく少し見つめ合ってから、どちらからともなく顔が近付いた。

 ゆっくりと離れまた目が合えば、二人して笑みがこぼれてしまう。


「……んじゃ、改めてこれからよろしく!」
「……ん!こちらこそ、これからよろしくね!」




◇◇◇◇


「そういえば寮に戻らなくて良いの?」
「あー……その話しちゃう?」
「だってずっと気になってたし」
「……こっそり抜け出してきたからバレてないとは思うけど、なーんか嫌な予感がするから戻りたくない」
「つまり?」
「監督生……泊めて?」
「お帰り下さい」
「なんっでだよ!塩対応にも程がねぇ!?さっきまでの雰囲気は何処行ったんだよ!!」
「いやだってこのまま此処に泊まったら確実に首を跳ねられるけど良いの?」
「うっ、それは……」
「今からならまだ跳ねられてる時間が少しは短くなると思う」
「跳ねられんのは確定なのかよ」
「ほら、エースは期待を裏切らないから」
「はぁ!?上等だわ!そう言ってられるのも今のうちだからな、明日オレの首に枷が付いてないのを見せてやるよ!!」


 次の日。ぶすくれながらも律儀にオンボロ寮まで迎えに来てくれたエースの首には、キラリと輝くハート型の枷がしっかりと嵌められていた。








- ナノ -