「あ、」
「お?」


 私の上げた声にしっかりと反応してくれた素直な彼は、パカリと口を開けたままこちらを振り返った。その手には口に入るはずだったフォークが握られている。


「や、ごめん何でもないよ。どうぞ続けて続けて」
「何だ、途中で止められると逆に気になるだろ」


 そう言いながらも彼はパクリ、と口の中にフォークの先の物を放り込んだ。……いや、全然気にしてないじゃんか。
 もぐもぐと特に変わらぬ表情で咀嚼を続ける彼は、未だこちらを見ている。どうやら私が話すまで見ている気らしい。このイケメン、天然過ぎて逆に怖いな。

 というか、さっき一瞬思ってしまった事を本人に直接言うのは少しはばかられるなぁ……。


「いやぁ、轟君がケーキ食べてるのが何か珍しいなぁと思って」
「あぁ……これは砂糖が作ったやつだ、食いたいなら冷蔵庫に入ってるぞ」
「そっ、そっかぁ……」


 聞きたかった事はそうであってそうじゃなかったんだけど、まぁ良いか。砂糖君が作ったやつなら美味しいに決まってる、私も食べよーっと。多分今回も時折ある作り過ぎなのだろうし。
 その予想通り、そんな内容が書き留めてあるメモが冷蔵庫に貼られていた。一部欠けた状態のホールケーキを取り出して、食べる分をそこから切り分ける。こういう時、共同だと料理上手な人の恩恵に授かれるから嬉しい。料理は出来ない訳では無いがそこまで上手くもないので、有難い限りだ。

 ケーキを持って共同スペースのソファに戻れば、変わらずそこには紅白カラーの頭がそこに居た。彼はもきゅもきゅと口を動かしながらこちらへと振り返る。……何故か一瞬、彼が小動物に見えたのは幻覚だろうか。
 それにしても私達は、時折会話をするレベルのクラスメイト同士だからわざわざ隣に腰掛けて食べるのもあれだし、正面……は避けて斜め前くらいで良いか。


「……、……そっちに座るのか?」
「え!?なっ、何か駄目だった?」
「いや駄目じゃねぇし苗字の自由だ……でも、こっちに来てほしいと思った」
「っは、ぁ……!?」


 彼の向かい側のソファに腰掛けようとすれば、そう声をかけられる。そんな未だ不思議そうな顔をしている目の前の男の台詞に、私は素っ頓狂な声を上げざるおえなかった。

 何言ってんだ、急に何言い出すんだこのイケメン!自分が今、どういう発言したか分かってるの!?
 多分、轟君的には特に何も考えず思った事をそのまま言ったんだろうけど、先程の台詞が他の女子達に向けられていたかと思うと怖すぎる。どう足掻いてもさっきの台詞は、相手の子に気がある様に聞こえるからだ。こんなイケメンにそんな事言われたら、大抵の女子はコロッと落ちるに決まってる。私は日頃から自意識過剰にならない様に戒めているから運良く大丈夫だったけど、他の子だったら一気にフラグが立った事だろう。恐ろしや、天然イケメン。彼の発言のせいで、危うく取ってきたばかりのケーキを皿ごと地に落とすところだった。

……駄目だ、また色の違う瞳がこっちを真っ直ぐ見てる。これは隣に行かないとずっと見てくるやつだ。


「えっと、じゃあ……お隣失礼する、ね……?」
「あぁ」


 戸惑いながらそう言えば彼はひとつ頷いて、ポンポンと軽く自身の隣を叩いた。……いや可愛すぎか?このイケメンはそんな事までしちゃうの?

 彼の多方面からの無自覚さに色々な意味で動揺しながらも、どうにか彼の隣に腰掛けた。後はもうこの美味しいケーキを食べたら終わりなので、特に何も起きないだろう。もし彼に何かの話を振られても、普通に返せば良いだけだし。
……それにしてもこのショートケーキ、先程言いかけてしまったのもあるが、こうして見ると余計に隣の彼が重なるな。紅白カラーは勿論の事、特に名前が重なる。本名もヒーロー名も“ショート”。これで彼の好物がケーキだったら完璧だったのに。

 そんな少し失礼な事を思いながら手元の紅白を見ていれば、隣の紅白が視界に入った。


「食べないのか?」
「えっ!あ、いや、食べるよ!?」
「ん、そうした方が良い。温くなった物よりも冷えていた方が美味しいと思うからな」


 こくり、と小さく頷いた彼は、丁度メインの苺を口に放り込んだところだった。ぱかりと開いた口は意外にも大きくて、轟君ってそれなりの大口開けるんだなぁとか、男の子って感じだなぁとか。そんな事をぼんやりと横目で見つつ、今度は指摘されない様に慌ててフォークをケーキに入れた。
 漸く一口食べれたケーキはふんわりとしていて甘過ぎなくて丁度良いし、苺も甘酸っぱいからさっぱりして重く感じない。流石砂糖君、美味しいなぁ。

 比喩じゃなくて本当にいつか美味しすぎて頬が落ちそうだなぁ、と考えながらもご機嫌でパクパクとケーキを食べ進めていれば、今まで静かだった隣からふと声がかかった。


「苗字って甘い物が好きなのか?」
「え?うーん、可もなく不可もなくかなぁ……どうして?」
「いや……すげぇ美味そうに食うから、てっきりそうなのかと」


 それに、とても幸せそうだったから。とこちらの目を真っ直ぐと見ながら言う彼に、私は固まった。だってまさか、そんなしっかりと観察されていたなんて思わなかったし、一ミリも気付かなかったのだ。端的に言えば恥ずかしい、とても恥ずかしい。

 頭の中が真っ白になりかけているところをギリギリで耐えて、私は彼にそう?と返した。
 そんな風に疑問を返せば、この無自覚天然が何を言うかなんて先程からの発言で分かっていた筈なのに。


「あぁ。見てるこっちまで何か嬉しくなったつーか、胸の辺りが温かくなったつーか……」
「え、」
「何か、不思議な気分だ」


 この気持ちってなんだろうな?と不思議そうに首を傾げてこちらを見てくるので、私は思いっきり顔を逸らした。いやだって、イケメンに真正面からそんな事言われてみ?無理でしょ、照れるに決まってる。
 こんなもの、一種の告白を遠回しでされた様なもんじゃないか!

 しかし再度ちらりと轟君に視線を戻した私は、すぐにいつも通りの調子を取り戻す事が出来た。というよりも、彼にさせられてしまい笑ってしまったのだが。
 口元にクリームを付けたままなんて、格好つかないイケメンさんだなぁ轟君は。


「っふ、ん゙んっ……あーっと、その、轟君?」
「何だ」
「その、口元にね?クリームが……」
「……マジか」
「マジです」


 嘘だろ?と言いたげな顔でこちらを見つめてくるので、私は結局最後まで耐え切れずに吹き出してしまった。すまん轟君、お願いだからそんなキョトンとした顔しないでくれ。今ちょっとした事でも私は笑える自信があるから。
 轟君はそれでいて付いている場所とは反対側に手を当てるので、すぐに教えなかった私も悪かったけどツボが浅くなっていた私にはもう駄目だった。思いっ切り笑った。本当にごめんね、轟君。

 ヒィヒィ言いながらも指でこっちだよと彼の口元を拭ってやれば、何故か更に彼は固まってしまった。何故に?
 まぁ良いか、と指に付いたクリームを洗い流す為にキッチンの方へ行こうとすれば、パシリとその手を横から取られた。勿論その犯人は一人しかいない。


「えっ、と……?」
「……急な事で驚いた。お前簡単に、誰にでもあんな事すんのか」
「あんな事って?」
「さっきの、俺の口元をお前が自分の指で拭っただろ」


 むすりと何処か不服げな顔でぎゅっ、と更に私の手首を掴む力が増した。別に痛い訳では無いが、それでも簡単には振り解けそうにはなかった。
 取り敢えず一回離して?落ち着こう?と宥めようとしても全く効果は無くて、寧ろ少し逆効果になってしまったようだ。その証拠に心做しか先程より彼との距離が縮まっている気がする。

 どうするか、と思案しかけたところで、グイッと彼の方へ少し強く腕を引かれた。そして次いで感じたのは、指先に柔らかい感触と生暖かい温度。
 私の指は、彼にぱくりと食べられていた。


「とっ、ととと轟君っ!?」
「ひゃんら」
「ひっ、ぇ……!ちょっ、離して……!?」
「……やら、」


 ぬるりと指先に彼の舌が這い、舐められる。とっくにクリームは綺麗に舐め取れた筈なのに、何を思ったのかペロペロと私の指をなめつづける轟君。さっきも拒否されてしまったけれど、お気に入りの玩具を手放さない犬じゃないんだからそんなに舐め回さないでほしい。……指先に神経が集中し過ぎて、変な錯覚を起こしてしまいそう。

 私達、こんな事をする関係ではない筈なのに。何でこんな事になってるの……!


「ん……」
「っ何でこんな事……!」
「……逆に苗字は、どうしてだと思う」
「え……?」


 どうしてって……知らないよそんな事。だって私達そんな事が分かる程、近しい友人じゃないじゃない。ただのクラスメイト、話しかけられれば話す程度の仲だったじゃないか。それなのに急にこんな、まるで性的に見ていると言わんばかりの雰囲気と行動をされてどうしろっていうんだ。しかもこの推測が外れていたら轟君にも失礼過ぎるし、私は顔向け出来ない。クラス替えなんてない今の学校でそんな事になれば、地獄でしかない。私は嫌だぞそんな地獄。

……だからね轟君。そのイケメンフェイスでずっと見詰めていれば、相手が思い通りになると思うなよ!


「あ、はは、轟君ってばそんなにお腹すいてたの?仕方無いなー、この苺あげるね!」
「は……いや違、っむぐ」
「っじゃ!私は食べ終わったので部屋に帰るね!バイバイ!!」
「っおい、」


 力の緩んだ隙を見て彼の口から指を引き抜いた私は、すぐさま彼の口に最後に自身が食べる筈だった苺を突っ込んで素早く立ち上がった。
 そして彼が二の句を告げない様にこちら側の言い分だけを述べて、自分の部屋の方へと走早にその場を後にした。正直本当はダッシュで逃げたかったけど、そこは耐えましたとも。

……あぁもう本当、無自覚イケメンってタチが悪い!










「……逃げられた」


 急に口に押し込まれた苺を飲み込んで、状況を把握した。流石に距離を詰めるのが急過ぎただろうか、けどこれくらいしないと意識もされなかっただろう。どちらにせよ遅かれ早かれこうなっていた事だと思う。
 もう行動を起こしてしまったのだから、元には戻れないし後に引くつもりも無い。アイツには悪いが、俺は諦めが悪い方だから途中で攻めるのを止める気もない。

 さっきみたいに逃げるなら逃げれば良い、俺は俺で勝手に行動するだけだ。……それにさっきの様な顔をされたら、逃がせるわけが無い。あんな顔、他の男に見せてたまるか。


「次は、逃がさねぇ」








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