夢主≠あんず





「好きですっ!」
「えっと、ありがとうございます……でもごめんなさい」


 わぁ、あんずちゃんは告白されてもブレないなぁ。
 ……じゃないよ、何この状況!何で私こんな場面に遭遇してるの!もう早急にこの場から抜け出したい、けれど木陰から抜け出せないこの現状。
 今日は天気が良かったからただ気まぐれに外でお昼を食べようと思っていただけなのに、ポカポカ日向ぼっこでさっきまで気持ち良かったのに!
 もう気まぐれを起こすのはやめよう……まぁ自分の事ながら多分また起こすだろうが。

 それにしてもやはりあんずちゃんはモテる、皆から好かれているのは分かってはいたが勢いが凄い。私はあんずちゃんの少し後、つまり所謂革命後に転入してきている訳でその勇姿を知らない。その為、人伝で聞いた事しか分からない。それでも話を聞けば、あんずちゃんの存在がとても大きかったという事実は馬鹿にでも分かる事だった。
 そんな感じで最初はもう偉大な人って感じで近寄り難くて勝手に距離を置いてたけれど、今では仲の良い友人をやらせて頂いている。勿論、あんずちゃんに害なす者は許さんモンペになる位には私はあんずちゃんに懐きました。だって、めちゃくちゃいい子なんだもの……!正直あれで好きにならない方がどうかしている。

 まぁそれはさて置き、だ。あんなにスッパリと一刀両断で告白を断るという事は、もしや好きな人がもう特定で居るという事なのだろうか?……居たとしたら、というかそもそもそんな事、私は聞いてない泣きそう。
 でもなぁ、あんずちゃんって仕事第一だからなぁ……仕事があれば充実満足!みたいな所がしばしば見受けられる。それを思うと花の女子高校生が悲しいというか、あんずちゃんの場合一周まわって遠い目になる位の、いっそ悟りを開くレベルだ。
 ……でもこれだとこの学園の大多数が報われないというか、自分が気にかけてる奴はちょーっとばかしは報われてほしいと思ってしまう。無論これが私の押し付けだと理解しているし、それがあんずちゃんを困らせてしまうかもしれないけれど、それでももしかしたらと思ってしまう。

 私がこの学院の中でも今一番気になるというか、報われてほしいなと思ったのは同じクラスの衣更真緒だ。生徒会役委員でクラスでもまとめ役というか、面倒事を自分から引き寄せにいく絵に描いた様な苦労人。でも本人は結局、楽しそうに動いていてそういう所があんずちゃんと似ていると思う。
 似た者同士だから気が合いそうだな、とか。色々お互いの事気付きそうだな、とか。そう思うし、二人の釣り合いも取れてる気がする。勿論この学園の人達は皆、才能に溢れた凄い人達ばかりだから他にもあんずちゃんと釣り合う人は沢山居るし、それは私が決めるような事では無いのだけれど。
 それでも、私がふと思ってしまったのは彼なのだ。

 それに数日観察してみて分かったけれど、やはり彼もあんずちゃんの事が多分好きだと思う。勿論、恋愛的な意味で。


「……どうしても、駄目ですか」
「はい、ごめんなさい……でもお気持ちは嬉しかったです」
「っそれでも!諦めきれません……!またアタックします、失礼しました!」
「え、あっ……行っちゃった」


 あ、終わったみたいだ。それにしてもあの男子も中々根性があるというか、本気で好きなのだろうなというのが伝わってくる。本気で好きならば、そんな簡単に飽きられめられないという話をよく聞く。

 ……ふむ。彼の顔は覚えた事だし、もしレッスンを担当する機会があれば重点的に見てあげよう。無論、贔屓にならないよう他の子もちゃんと見る。少しでも彼の姿があんずちゃんの視界に、記憶に残る様に彼のレベルアップ位なら私にも手助け出来るだろう。アイドルを目指す学院でこういうのはあまり良くないというのは分かっている、けれどそれ位の小さな応援はしたいと思う程に彼はの気持ちは強く本物だったから。
 ……まぁ、あっちは私がこの現場にいた事知らないんですけどね!もう出て良い?良いよね!?

 漸く出られると思い重い腰を上げた途端、またサクサクと草を踏みしめる音が聞こえてきたかと思えば、あんずちゃんを呼び止める声。
 しかもその声をよくよく聞けば、私もよく知っている人物だった。


「ここに居たのか、探したぞ〜?」
「あ、ごめんね衣更君……ちょっと用事があって」
「こんな所でか?まぁ良いか、それで次のドリフェスの事でちょっとなー……後で少し生徒会室まで来てくれると助かる」
「分かった……でもそれだけなら連絡くれれば良かったのに、わざわざどうかしたの?」
「あー、いや……ドリフェスの方はついでと言うか、こっからが本来の用事だったというか……」


 ……あれ、この展開はもしやさっきの告白と同じか?同じなのか??
 待って、何もここじゃなくても良くない?何なの此処、告白スポットなの??というか、衣更も衣更で言伝ついでに告白するのもどうかと思うんですが……!いやもし告白ならね!?

 それにしても一回腰を上げて急に座ってしまったせいで、変な体勢になってしまった。女の子座りとか得意じゃないからめっちゃ足が痛い、なんなら吊りそう。ひぇ、プルプルしてきた……でも下手に動けば草の音が大きく響く、つまり見つかる。くっそう、何でこんな時に限って此処はこんなにも静かなんだ……!


「その、いつもの相談なんだけどさ……また良いか?」
「あぁ成程……うん、良いよ、ここで話す?」
「いや放課後にお願いするよ、それにお前さっきまで用事があったってことは昼は食ってないんだろ?ちゃんと食わなきゃ駄目だ」
「……衣更君は相変わらずお母さんみたいだね」
「お母さんって……せめて男にしてくれよ」
「じゃあ、お父さん?」
「いやそれも何か違う気が……」


 サクサクと草を踏みしめながら二人が去って行く音を聞きながら、私は先程の会話を思い出していた。彼は、何かを前からあんずちゃんに相談していたらしい。そして今日の放課後、その話をするらしい。

 ……っぐ、いけない事だと分かっていても気になる…!いやまぁ何処で会うとか言ってなかったから、知りたい場合は衣更の後をつける事になるんだけれど。
 まぁ、今日の放課後は元々先約の用事があるから結局無理なんですけどね……!突然今日、用事をねじ込んできた元凶の朔間(弟)に感謝すればいいのか恨めばいいのか。

 でもなんか、何だろう。さっきの事を考えると、少し胸の当たりがモヤッとする。やっぱりあんずちゃんとの力量の差というか、あんずちゃんの方が何倍も頼りにされているのを目の前で見て自分でも気付かないうちにショックだったのだろうか?力量も信頼も差が開いてるのは分かりきったことなのに、何を馬鹿な事を感じているんだ自分は。
 試しに他の人でさっきの場面を当てはめて見たけれどモヤッと感は特に無く、再び衣更で考えるとモヤモヤとした。
 何でだろう。実際に見たのが衣更だったからであって、他の人は見てないから想像だとモヤッとしないのだろうか?

 ……うーん、分からないなぁ。何なら私も放課後に朔間(弟)に聞いてみようか、なんちゃって相談的な。
 そんな事を考えながら、私はやっとの事で落ち着いて昼食にありつけたのだった。




 そして放課後。学校が終わった途端に、何かを考える暇も無いまま、珍しく起きていた朔間(弟)に引きずられて気が付けばあっという間にガーデンスペースに連れてこられていた。
 え、何、何でこんなに今日は機敏なの?いつもならホームルーム終わっても寝てるじゃないか、この人。

 そして朔間(弟)の寝床スペースに来たかと思えば、ポスポスとソファを叩く。
 ていうか待って。連れてこられるままに着いてきてしまったけど、ここ紅茶部じゃないか。私、勝手に入ってよかったの?紅茶部部員じゃないんですけれど。というかそこを叩いたという事は座れという意味ですよね、ひぇ……本当に今日はどうしたの、朔間(弟)。


「ほ〜ら、早く座って」
「いやいやいや!私、紅茶部部員じゃないし!勝手に入ったら駄目でしょ」
「俺が一緒だから大丈夫、それにえっちゃんもはーくんもそんなに心狭くないし……何なら笑顔で逆に歓迎するでしょあの二人なら」
「それはそうかもしれないけれど……!」
「……ん、は〜い、俺のオススメ」
「えっ」


 そう言うと、ティーカップとお茶菓子を私の前に置いた。彼の方を見れば、彼はすでにティーカップを傾けている。
 ティーカップを見れば、ホワホワと温かな湯気が上がっている。ふわりと鼻孔を擽った匂いは優しく良い香りで、味はほんのりと甘い。朔間(弟)によると、これは寝る前に飲むとリラックス出来てよく眠れるという。
 確かにこの温かさと匂いは、安心さを手繰り寄せる。ゆっくりと眠れるのも分かる気がする。

 でも何で?私は別に寝不足という訳じゃない、朔間(弟)がこれをご馳走してくれる意味が分からなかった。
 その考えが顔に出ていたのだろう、見かねた朔間(弟)が口を開く。


「最近、疲弊した顔続きだったからねぇ……リフレッシュみたいなものだよ」
「え、それならあんずちゃんとの方が必要なんじゃ……」
「あんずは名前より体力あるし、慣れもあるからまだバランス取れてるよ」


 まぁ……それでも駄目そうなら、こうやってお茶ご馳走して強制息抜きさせてるから。そこは安心しなよ。
 へらりと軽く笑って、朔間(弟)はポイッとクッキーを口に放り入れた。


「成程……朔間って、周りを見てなさそうで意外に結構見てるよね」
「ちょっと…苗字で呼ばないでよ、どっかの馬鹿兄者思い出すからさぁ……凛月で良い」
「えぇ……?分かった、これからは凛月って呼ぶね」


 けど、また言う可能性あるからそこは慣れるまで待って。
そう頼めば、朔間……もとい凛月は一拍置いてから、ニィッとまるでからかうかの様に口元を歪める。


「仕方ないなぁ……その代わり、言い間違えたら血で勘弁してあげよう……♪」
「嫌ですけど!?」


 そんな会話をしながら私達は小さなお茶会を楽しんだ。数杯のお茶を頂き、お菓子も食べてほど良くお腹が膨れたお陰か、柔らかな睡魔がやってきた。
 凛月の言っていた通り、お茶の効果か凄く優しい、心地の良い睡魔。どんどん意識が沈んでいく、この初めての感覚の微睡はとても心地良い。

 話している凛月の声が遠くに聞こえる。ふと凛月が立ち上がったのをぼんやりとした視界で見ていれば、ふわりと体に何かをかけられた。

 ……暖かい。あぁもう駄目だ、瞼が開かない。少し、少しだけ―――……


「……ふふ、おやすみ〜」






「ん……あれ…?そうだ私、安心して……」


 意識が浮上し、寝る前の事をぼんやりと思い出していれば、下と横からすやすやと寝息が聞こえてきた。……ん?横と下?

 焦ってまず下を確認すれば、凛月が私の太腿を勝手に枕にして、これまた気持ち良さそうに寝ていた。つまり凛月は下に居る。……じゃあ、横の寝息は?
 私は錆びたブリキの様にギギギ、と首をゆっくりと動かして横を確認する。そうすれば下で寝ている凛月の幼馴染、衣更真緒が私の肩に頭を乗せて寝ていた。


 ……待って待って待って、待ってくれ。何で彼がここに居るの?えっ、というか何で私の肩で寝てるの??
 私はパニックになりながら、でも二人は寝てるから下手に声とか出せないし動けないしで、もう何が何やら。

 取り敢えずギリギリ動く頭を使い、この状況を考えた。多分、衣更は幼馴染の凛月を迎えに来たのだろう。これはクラスでもよく見る光景だから、簡単に想像がつく。
 そして何故、二人が私を枕にして寝てるのかって事なんだけれど。衣更は、私と同様に凛月とお茶でもしてた?それで私同様、リラックスして眠っちゃったとか……いやでも此処以外にも座れる場所はあるし、しかも何故にわざわざ隣?いやまぁそれを言ってしまえば、ちゃっかり膝枕で寝てる下のこいつもこいつなんだけれども。

 ……よし、とにかくまずは凛月を起こそう。それで、この状況の顛末をちゃんと説明してもらおう。正直衣更だと色んな意味で気まずい、ほら偶然とかあるしね、うん。
 私は衣更を起こさないように、小声で凛月を揺すった。


「凛月…!ねぇ凛月ってば……!ちょっと凛月、起きて……!」
「んん…やめて、まだ眠い……」


 そう言うと凛月は、いやいやと幼い子供がぐずる様に頭を緩く振る。……止めて凛月さん、そこに頭を擦り付けないで。スカートが!捲れる!!


「いや、今それどころじゃないんだけど!何この状況、どういう事なの……!?」
「この状況……?あぁ…もしかして、まーくんの事?」
「っそう、君の幼馴染!何でここで寝てるの……!?いつも通り、君を迎えに来たんじゃないの?」
「あー……いつもならねぇ?でも今日は違うよ、まーくんは自分のお姫様に用があったんだもん」


 そういうと彼はニコリと笑う。ていうか、お姫様?お姫様って誰の事だ、姫って名前についているのは姫宮君くらいだし、あとはあんずちゃん?
 私が首を傾げてみせれば、凛月は嘘でしょ?と言いたげな顔をした。



「いやさぁ……マジで言ってんの?」
「え?」
「……はーぁあ、これはまーくんも苦労するねぇ……ま、詳しくは途中から狸寝入りしてるまーくんから聞きなよ」


 狸寝入り、その言葉を聞いた瞬間私はピシリと固まった。そう言えばさっきから寝息が聞こえないような……?
 ゆっくりとそちらへ振り向けば、少し頬を赤染めた衣更が居た。よく見れば、プルプルと少し震えている気がする。

 ゆっくりと目を開らき離れたかと思えば、凛月の事を少し恨めしそうに呼び、溜息と共に肩から離れて俯いた。呼ばれた凛月はなぁにー?と間延びした声で返事をして、ニヤニヤ笑っていた。
 これはあれだろうか。よくわからないが凛月は確信犯で、一枚上手だったという感じだろうか。……朔間兄弟は本当頭が回るというか、敵に回したら絶対怖い人達だな。

 凛月は身を起こして伸びをさると、立ち上がった。そしてティーセットを持つと、今度はスッキリするお茶入れてきてあげる〜、とヒラヒラ手を振りながら奥へ引っ込んでいった。
 ……待って。待って、凛月さん?君もしかして、この状況もわざとか!?どうすれば良いの、この二人きりの状況!気まずいよ、衣更とか下向いたままだよ!どうしてくれんの朔間(弟)!!!

 そんな風に脳内パニックを起こしていれば、唐突に名前を呼ばれた。いきなりの事で、咄嗟に出した声が裏返る。


「そういえば苗字って、凛月の事は名前で呼んでたんだな」
「え?あぁうん、今日訂正させられたんだ……どっかの兄を思い出すからって」
「あー……成程、何か凛月がごめんなぁ」
「いや全然大丈夫、ただ呼び方が変わっただけだし」
「…だよなぁ、普通気にしないよな……うん、分かってはいたんだ」


 どうしたんだろう衣更、さっきからそわそわしている気がする。もしかして凛月の事を待ってるのだろうか、それなら呼んで来た方が良いよね。
 それに多分、衣更もそれなりに気まずいんだろうし……。


「えっ、と…衣更は凛月待ちなんだよね?なら私、呼んでくるからちょっと待ってて!」
「え!?いやちがっ、違うから!行かなくて大丈夫だ!」
「いやでも、さっきから凄くそわそわしてるし……」
「そ、れはその……緊張というか、なんというか…」
「緊張?」


 気になった単語を繰り返してみせれば、衣更は何か言いたげにモゴモゴと口篭る。そして、少し経った後に衣更は勢いよく顔を上げるとこちらを真っ直ぐに見てきた。


「っなぁ!次の休みって、空いてるか?空いてるなら俺と遊びに行きませんか…?なーんて……」
「次の休み?うん、別に良いよ」
「……マジで?」
「?うん、大丈夫」


 私がそう言えば、彼はホッとした様な顔をする。そしてすぐにいつも通りのパッと明るい雰囲気で喋りだした。


「そ…そっか!なら良いんだ、これを聞きたかっだけだから!」
「えっ、それなら連絡くれれば良かったのに」
「えっ!?あー…いやほら、凛月探しに来たら丁度居たから、そのついででな!?」


 そっか、確かにそれなら効率が良い。目の前に居るんだったら、そりゃあ聞いた方が早いよね。
 衣更とそんな会話をしていれば、ティーセットを持った凛月が帰ってきた。そしてまた違う香りのティーカップを机に置きながら、呆れた表情でまーくんはヘタレだねぇと溜め息を付くように呟く。
 ……はて?今の今まで、衣更がヘタレていた場面はあっただろうか。それとも、幼馴染にしか分からない何かがあったのだろうか。

 衣更は凛月に煩いぞと言い、何かと一緒に呑み込むようにティーカップのお茶を煽る。
 それに続いて私もティーカップに口を付けた、スゥっと鼻を抜ける爽やかな香りで目が覚める。意識がハッキリとして、脳がスッキリとするような感覚。……うん、これも私は好きだ。今日頂いたお茶、両方とも気に入ったから後で凛月に銘柄を教えて貰おう。庶民でも買える範囲のやつで。
 それに寝る前より、今の方が胸の辺りが何となく軽くなった気がする。これもお茶のお陰だろうか?それならば本当に良い気分転換になったなぁ、今度軽めのお茶菓子でも差し入れしようか。

 ……それに少し、ほんの少しだけ。起きたら横に衣更が居て、安心したような心地になったのも事実だ。幼馴染を迎えに来たというのは分かっているが、それでも彼に会えて嬉しいと感じたのは事実なのだ。
 この感覚はなんなのだろう……まぁいっか!今度、衣更にも凛月と同じようにお菓子をあげよう。理由は絶対に言わないけれど、お礼の気持ちを込めた美味しいお菓子を。

 帰り際。凛月に小声で次の休日のデート楽しんでねぇ〜、と言われ言うまでもなく私の思考回路はショートし固まった。
 ……っこんの、朔間弟ぉおおおおおっ!!!!












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