嵐の前の静けさ





「……えっ」
「……」


 うんあのね?無意識に声を上げてしまったのは仕方ないと思うんだよ。だって、人気の無い校舎裏の日陰の階段で無表情でパン食ってる奴に出くわしたら誰だって声出ない……?しかも無反応だぜ無反応、もう色々通り越して不気味だよ。悪いけど、本当に悪いけど!!
……いやまず私も普段こんな所来ないから、この人にとっては日常かもしれないけれど。何で今日に限って私、気分転換に探索しちゃったんだろうね?ただ一人になれて静かに昼食を摂ろうと思ってただけたんだけどな。どうしてこう、男子が……それもよく見たらイケメンがぼっち飯してるところを発見してしまったのだろう。

 ていうか彼も一回くらい食べる手と口を止めても良くない?ずっと動いてるんだけど、ハムスターの如くずっと頬袋出来てるんだけど!目が死んだ齧歯類か何かか!?君は!!……あ、いや別に君が出っ歯って言ってる訳じゃないですよ?


「……何だ」
「あっ、いや、別に……」


 会話終了。一分にも満たない会話って本当にあるんだね、初体験した。ていうか確かに私も彼に特別用事無いし、何なら名前知らないし。同い年っぽいけど、私まだクラスメイト半分も把握してないし。だから彼がクラスメイトか判断つかない。かといってどちら様?って真っ正面切って聞くのもアレだよなぁ……何かナンパみたいだし。
……まぁ良いか、別に聞かなくても困らないし。

 そう思い踵を返そうと足を動かそうとしたその時、意外にも彼の方から話しかけてきた。


「まさかまた迷子になったのか」
「いや学校で迷子にはならないけど!?」
「そうか」
「……待って、ちょっと待って無表情イケメン」
「……それは俺の事か?」
「うん、でも今はそんな些細な事はどうでも良いの」


 ねぇ、何で君、私が迷子になった事知ってるの……!?君とはこれが初めての接触だと思うんだけど!!

 素早く無表情イケメンの傍に寄ってガッと彼の肩を掴むと、私は勢い良くガクガクと前後に揺さぶった。それはもう彼の残像が見えるくらいまで。途切れ途切れに小さい声で止めろと聞こえてきた気がするが、今はあまり冷静になれそうにない。
 いや本当、何でこの人『迷子事件パン屋編』を知ってるの……!私が最近迷子になったのはあの時しかないのに……!!

 流石にキツくなってきたのかパシリと揺さぶる手を取られて、弱々しく止めろとげっそりした顔で言われてしまった。……すまん、無表情イケメン。


「……なんでも何も、あの場に居たから知ってるに決まっているだろう」
「は、……いや、いやいやいや!うっそだぁ!!居なかったよ、絶対に居なかったって!」
「ちゃんとあの場に俺は居た、それはパン屋の親子に聞けば分かる」
「でも私が居た時に来たのは一人だけで……」
「……だから、それが俺だ」


 いつまで疑うつもりだと言いたげにジトリとこちらを見上げてくる無表情イケメンは、嘘を言っているように見えなかった。
 しかも付け足す様に、俺にはお前に嘘を吐く理由が無いと言い切られてしまった。ここまでハッキリ言われてしまえば、認めざる負えない。それに私もあの時簡単に視線を投げただけで、ちゃんと顔見なかったからなぁ〜……ただあぁ制服じゃないやって思っただけで、それだけで何故か安心した気でいたんだよなぁ……!!
 それとさぁ……今気が付いたこと言っていい?言って良いよね。

 彼がさっきまで食べてたパン、あれパン屋さんのパンですやん。私知ってる、買ったから店名とかそれがどういう風に表記されてるか知ってる。ガチじゃん……!


「あの……急に揺さぶってごめんね?」
「別に良い」
「それにしても無表情イケメン君っていつも此処で食べてるの?」
「食べている時に喋るのが得意ではない」
「えっ、もしかしてそれが理由……?」
「そうだが」


 もすもすと口を動かしながら、律儀にも合間合間で質問に答えてくれる無表情イケメン君。あれかな、場の雰囲気悪くしないようにって気遣ってあえて一人で食べてるのかな。まさか友達一人も居なくてこんな所に居る訳じゃないでしょ、うん。そんな訳無い無い。

 無表情イケメン君は気遣い屋さんなんだねぇ、と言えばジッと何を考えているか分からない表情を向けられた。


「……冨岡義勇」
「え?」
「俺はそんな無表情イケメンとかいう変な名前じゃない」
「あっ、さっきのもしかしなくても君の名前か!」


 こくりと小さく頷いた彼は、一仕事終えたらしくまた黙々と食事に戻った。……や、あの、うん。多分この人、独自の世界あるな?絶対に誤解されやすいタイプだろ、この男。思い返せば先程から端的というか、結論だけを言っている気がする。数学とかで頭の中で式は組み立てたけど実際は答えだけ書く奴って絶対に一人は居たよね、そんな感じ。
……もしかしたらさっき頭に過ってしまったボッチという単語も、あながち間違ってないのかもしれない。悲しすぎることに。

 えぇと、それで何だっけ。とみおかぎゆう、だっけ彼の名前。……うん、やっぱり私の記憶のクラスメイトとは一致しないから細かい事は本人に聞いた方が良いや。てか名前なんて呼ぼう、苗字?それとも名前?……いや、流石の私でも今日初めてちゃんと話したのにいきなり名前はハードルが高いな。トミーとか?んー、それだとどっかの玩具メーカーみたいだし……あっ。


「トミギユ、トミギユって呼んでも良い?」
「好きにすれば良い」
「よっし言ったな?じゃあ今日から君はトミギユだ!よろしくね、トミギユ!」
「……あぁ」


 ハッと思い出した様に自分の自己紹介をしようとすれば、知っていると真顔でサラリと告げられた。そりゃそうか、この人あのパン屋さんに居たんだもんな。
 ちなみにトミギユは別のクラスらしい……うん、でもこれからはちゃんと自分のクラスメイトの顔くらいは覚えようと思います、はい。

 その後は、それなりに会話に花(私が一方的に喋ったけど)を咲かせた私達はそれなりにお互いに詳しくなった。
 トミギユがお姉さん持ちの弟属性とか、剣道をやってる事とか。それとあのパン屋の常連で、炭治郎君と仲が良いこととか。あとなんか好物が鮭大根とか。意図して無いのに、何故か思ったよりもこのイケメンの情報を得てしまった。あ、後は今度パン屋一緒に行こうかーなんて事も話した。

……ねぇ、今思ったんだけど私大丈夫?正直彼このルックスだから絶対ファンとか恋とかしてる子が一定数居るよね、背後から刺されない?


「というかここまで色々と話してて思ったんだけど、トミギユって普段他の人と会話噛み合ってる?」
「……?噛み合わなければ会話出来ないだろう」
「いやそうだけどそうじゃなくてね?こう、言葉足らずって誰かに言われた事ない?」
「無いが」
「嘘でしょ無いの!?もしかしてトミギユの知り合いは皆エスパーなの!?」


 思わず大声を出してしまったが、トミギユは煩いと言いたげに少し顔を顰めるだけで特に何も言ってこなかった。
 だが少し考える素振りをすると、アイツなら……と脳内で誰かに思い当たったような口振りで話だした。


「錆兎は凄い奴だから、錆兎ならもしかすると出来るのかもしれない」
「さびと……って誰?」
「同い年の俺の友人で、幼馴染でもある」
「へぇ〜……んでその錆兎君って人がエスパーかもしれないの?」
「……多分」


 流石に確証が無かったのか、先程まで逸らさなかった目を最後には逸らした。だがこの無表情イケメンがそこまで言うのなら、その“錆兎君”に会ってみたい。トミギユが分かりやすくリスペクトしてるみたいだから、普通に気になる。
 好奇心旺盛な方が人生退屈はしないから、今後も積極的にいきたいよね!!


「よし、昼休みが終わる前にその錆兎君を見に行こうじゃないか」
「そうか」
「いや、そうか……じゃないのよ。君が来ないと私はどなたが錆兎君か分からないでしょうが」
「普通に呼べば良いだろう、錆兎は良い奴だから変な顔はしない」
「用も無いのに見ず知らずの人を呼べる度胸が無いの!察して!?」


 耐え切れずに顔を覆って大声を出せば、トミギユはパチクリと瞳を大きく開いて固まった。そこまで驚かせるつもりはなかったんだけど……というかトミギユはこれくらいで固まっちゃうの?古いパソコンとかでももう少し頑張るよ?

 しかしトミギユは一昔の機械ではないので、思い切り叩く事はしない。今度はやさーしく肩を揺すってやる。すると彼の意識はすぐに戻ってきた。そして何を思ったのか、急にスクッと立ち上がり歩き出した。


「……行くんじゃないのか」
「えっ……あっ、もしかして錆兎君見に行くって話!?」
「苗字が言い出した事はそれ以外に無いだろう」
「言ったけど!言ったけども!何かしらの前置きを下さい!!」
「……?お前が察せと言ったんだろう」


 だから考えて動いたんだが、と純粋に不思議そうな顔をして首をコテリと傾げるトミギユ。その姿はまるで幼い子供の様。……可笑しいな、目の前の人は同い歳の男子高校生の筈なんだけど。

 というかね、何か分かった気がする。トミギユとの接し方は、こっちがトミギユを理解すれば理解するほど話が噛み合うんだと思う。もしかしたらその幼馴染の錆兎君とやらも、トミギユの超絶理解者なのかもしれない。だからさっきトミギユが、錆兎君をエスパーって言ったのかもしれない。トミギユを理解しまくってる人ならそりゃそうなりますよね。
 まぁ私だって本気で言った訳じゃなかったんだけど、トミギユがあまりにも真面目な顔で言うから、その錆兎君とやらがどんな人か興味が出ちゃっただけなんだよなぁ。ご本人に面と向かって、エスパーなんですか!?なんて聞いたら変人確定なので絶対にしないけど。

……とか考えてたらね?気が付いたらトミギユの背中がめっちゃ遠くにあるんだよね、不思議だね。あの人結局スタスタと一人で行っちゃったみたいなんだよ、自由人だね。あはは。
 よっし、とりあえずここから助走つければあの背中に飛び蹴りは出来るだろ。私を置いて行った捌きを受けるが良い。


「っ待てやトミギユゥゥゥ!私、君のクラス知らないんだけど!?置いてかないでくれるぅっ!?」


 結果から言うと、ヒョイッと簡単に避けられた私は何かを習っている訳でも超絶運動神経が良い訳では無いので、当然勢いを殺せず地面をスライディングして怪我を負った。
 そしてトミギユは自分で避けたくせにオロオロと狼狽えたので、私はそんな姿にポカリと彼の肩を軽く殴る。

 けれどこの時の私は、これはまだ序の口だったのだと後に思い知ったのだった。






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