とりあえず常連になろうと思う





「……うん」


 右を見て、左を見て。後ろを見て、視線を前に戻して。何となくグルリとその場で一回転。……何となく分かってはいた、分かってはいたんだとっくに。でも認めなくなかった、ミジンコの様なプライドというか負けず嫌いな私が出てきて認めるのがかなり遅くなった。
 だがもうここまで来た以上、認めざる負えない。現実を見よう、私。見たくもない物も時には見る事が大事さ私。きっと声に出せば、より現実を早く受け入れられるだろう。ほら私、息を大きく吸って────せーのっ!


「迷った!!!!」


 畜生ここ何処ですかァッ!?何ここ全っぜん知らない所なんですけどォッ!知らな過ぎて辛いんですけどォッ!?何なの、私が一体何をしたって言うの。いや確かにこの前伊黒君に水ぶっかけたけど自己満菓子折り渡したし、私の中ではあれで完結したし。え、何?もしかして村田君に授業中暇でちょっかい出してる事?それとも根性無しのハイエナ共より先に甘露寺ちゃんを甘味巡りデートに連れ出してる事?……いや甘露寺ちゃんのは別に一切悪い事じゃないな。
 ヤダァッ!この歳になって地元で迷子とか!笑えない、笑えないんだけどォッ!!だってちょーっと大丈夫かなぁと思っていつもの道を一本変えただけなのに、それくらいなら迷わないと思ってたのに!!道は何処かに必ず繋がってるって言ったの誰だよ、全然繋がってないじゃん。何処かだから着く場所は責任は持てませんってか?あとは選択した私の責任ってか!?クッソ、その通りだよチックショォッ!!!!

……もうやだ、悪足掻きしたせいで沢山歩いたからお腹空いた。気のせいかパンを焼いているような良い匂いが周囲に漂ってる気がする。


「……あ、待って幻臭じゃないわ。めっちゃ良い匂いする」
「こんにちは!どうかしたんですか?それともお客様ですかっ?」
「……、……?」


 えっ、やっぱり幻覚?何か急に目の前に可愛らしいショタが出てきたんだけど。キラキラ笑顔が眩しいね、少年。膝小僧も眩しいね、少年。お願いだから将来お姉さんみたいに汚れないでおくれ。
 勝手に他の家庭の子にそんな事を願っていれば、その少年を私からの返答が無い事に困ってオロオロと狼狽えさせる事になってしまった。すまない少年、お姉さん今色々と現実を直視出来てないんだ。

 取り敢えず少年の目線に合わせるように屈んで、会話をする事にした。


「えっと……少年はさっきお客様って言ってたけど、君のお家は何かのお店なの?」
「はいっ!パン屋をしてます、というか今俺が出てきた場所がそうです!!」
「え?あっ、ホントだ。もしかして扉開けてわざわざ出てきてくれたの?」


 投げかけた疑問に、はい!と元気よく解答する少年。良いね、ハキハキとしてるし何より人懐っこい笑顔が最高だね。

 何でも少年によれば、私が店の前で立ち尽くしたりウロウロしているから、どうしたのかと不思議に思ったらしい。それで中には勇気が出なくて入る事を迷う人も中にはいるらしく、それで少年がわざわざ出迎えてくれたという訳だ。何という良い子……!でもそんな簡単にホイホイと知らない人に声掛けちゃ駄目だぞ!世の中には悪い奴だっているんだからな、少年の見目なら余裕で攫われちゃうんだからな!!

 それにしても今年こっちに帰って来てから良い人に会う確率滅茶苦茶高いね?村田君、甘露寺ちゃんに続いてこの少年で三人目だよ。私の運大丈夫?もうすぐで底付きたりしないよね?一体何のセンサーが働いているというのか。
 ちなみに、ないちゃんはレジェンドだから。殿堂入りしてるから、今の運には一切関与して無い。だって幼い頃に会ってるからそれは幼い頃の私の運を全て使い果たしたから出会えたのであって、使い果たしたから外国に引っ越したと未だに私思ってるからね。

 自分の世界で日常茶飯事であるないちゃん語りをしていれば、少年からあの、とおずおずとした声が上がった。


「お姉さん、もしかして今何か困り事があるんですか……?」
「困ってるには困ってるけど、よく分かったね」
「俺、生まれつき鼻が良くて……なので匂いで感情が分かるんです!」
「匂いで?凄いねぇ、少年!」


 少年は余程嬉しかったのか、ふにゃりと破顔した。

 ン゙ッッ……ぎゃんわいいぃぃぃ……!!!!何今の、紛うことなき天使じゃん。ないちゃんに次ぐ天使じゃん!!何その柔らかそうな頬は。ふにゃんて、少年が笑った時ふにゃんて動いた。周りに小花が咲き誇ったよ絶対。はー……頼んだら一回その頬つつかせてくれないかな。いや分かってるんだけどね?見ず知らずの子供に、急にそんな事を頼むのは犯罪スレスレってのは。

 欲望と理性の狭間で揺れに揺れていれば、少年からその思考を止める言葉を投げかけられる。


「お姉さんは何に困ってるんですか?俺で力になれそうですか……?」
「余裕余裕、少年でも多分全然力になれるよ。だって私の困り事は────」


 そこまで言いかけてハッと我に返る。え、言うの?この少年に?今の無様すぎる現状を?でも多分この機会を逃せば、私はずっと路頭に迷う事になる。うわでもこの無垢な少年に無様な姿晒したくないなー……今も力になれそうなんですか!?って感じのキラキラしたお目目でこっち見てるもん。私、少年のガッカリした顔なんて見たくないよ。誰か大人、この少年の親でも近くに居てくれたら……あっ、居る。そうだ居るじゃん大人!だってここはこの少年の“家”なんだから!!


「少年、ご両親居る?居るならちょっとご両親に聞きたい事があるんだけど……」
「母さんなら居ます!呼んでくるのでお店に入って少し待ってて下さいっ」


 キュッと私の手を握り店内へと誘導した少年は、そう言うと店の奥へと駆けて行った。やったね!これで多分帰れる!!……にしても店内に入ったら余計良い匂いが充満してるな、更にお腹減ってきちゃったよ。少年へのお礼も込めて何か買おうかなぁ、ガッツリしたの食べたいガッツリしたの。

 そう決めた私が店内のパン達をトングでカチカチと威嚇しながら物色していれば、カランカランとお店の扉が開く音がした。お客さんか、と私は一瞬そちらを見たが特に気にせずパン選びを続行した。……よし、ガーリックフランスとカツサンドにしよ。あ、照り焼きチキンも良いなぁ。
 その他にもポイポイっと気になったものたちをトレーに乗せていれば、少年が女の人を連れて帰って来た。もしかしなくてもこの人がお母さんだよな、うっわ若!しかも綺麗!!失礼だけど何歳ですか……!?

 少年のお母さんらしき人は、私を認識するとペコリと一礼してくれた。


「息子に困っている人が居るから助けてあげてほしい、と言われて来たのですが……どうかしましたか?」
「あ、あのー……そのー……笑わないで下さいね……?」
「はい、困っている方の言葉を笑ったりしませんよ」


 ニコリ、と優しく安心させるように微笑んでくれた少年のお母様。もうさぁ……親子共々本当は天界の人達なんじゃないの?私まだそう言われた方が納得するんだけど。
 ちっちゃいプライドが端っこで少年の存在を気にしているけれど、もう言おう。何かこの少年に嘘吐きたくないし、少年にもこんな大人にならないようにって教訓にも出来るし!小さく深呼吸をした私は、親子に向き直って口を開いた。


「迷ったので道を教えてくれませんか……!」
「道に、ですか?……えぇと、何処ら辺までお教えすれば良いでしょう?」
「きっ、キメツ学園まで戻れれば大丈夫です……!」
「それでしたら────」


 少年のお母様は私がそう言うと、サラサラと紙に地図を書いて教えてくれた。しかもめっちゃ丁寧で見やすい。少年ママの事、勝手に聖母って呼ぼ。


「お姉さん迷子だったんですね!でも帰り道が分かって良かったです!」
「ご、ごめんよ少年、情けない姿を見せて……でもありがとう、お陰で助かったよ」
「いえ!でも結局母さんが貴方の力になれたけど、俺は何も出来なかったので……」
「そんな事ないよ!?」


 だってあそこで少年が声をかけてくれなかったら今頃もっと迷子になってたし、最悪泣いてたかもしれない。だからあそこで少年が声をかけてくれて私は本当に救われたし、何より一人じゃなかったから嬉しかったよ!

 少年がまるで自分は何もしていないと言いたげだったので、つい熱弁してしまった。でも後悔はしていない、だって全て本当の事だから。結果はそうかもしれないけれど、過程があったから結果が着いてきてくれたのだと言えば、少年は少し照れくさそうに笑ってくれた。


 レジでパンの会計を済ませた私は、再度地図の見方を少年のお母様に確認して外に出た。……うん、きっと大丈夫大丈夫。だってあれだけ丁寧に教えて貰ったし、これで迷ったらマジで私救いようが無いぞ。
 不安で力み、貰ったばかりのメモを少しクシャりと歪ませてしまったので必死に伸ばしていれば、クイッとブレザーの裾を引かれる感覚。


「……その、お姉さん。また来てくれますか?」
「勿論!今度は迷わない様に気を付けるね!今度来た時は少年のオススメ教えてほしいな」
「いっぱい教えますっ!……それと、あの、俺の名前は少年じゃなくて……あの、」
「あっ、そっか。ここまでして貰ったのに私、自己紹介もしてなかったのか!私は苗字名前っていうの」


 少年、君のお名前を聞いても良い?格好良い私の救世主さん。

 彼に名を聞くのなら私から名乗るのが礼儀だよな、と再度少年に目線を合わせながら先に自己紹介をして問いかければ、彼はパァッと嬉しそうに笑顔を咲かせると輝かしい満面の笑みでハキハキと元気良く答えてくれた。


「俺は竈門炭治郎って言いますっ!またのご来店、お待ちしてます名前お姉さん!!」






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