嚥下したのは強い甘味で覆った酸味





「こ、これ!お詫びなので!!私のただの自己満なので、後は食べるなり捨てるなりお好きにしてくださいっ……!」


 突如甘露寺と共にやってきたその女は、前日俺に水を吹っかけてきた奴だった。その時はそいつが挙動不審で謝り倒すわ、急にタオルと大金押し付けて逃走するわで、間違いなく被害者は水をかけられた俺の筈なのに周りから白い目で見られる羽目になった。朝から飛んだ迷惑を被る羽目になるとは、今日は厄日か?強いていえばジュース類じゃなくて水だったのがせめてもの救いか、と俺は舌打ち一つをして濡れてしまったブレザーを乾かす為に顔を顰めながら脱いだのを覚えている。
 タオルは兎も角として、金を、しかも額がそれなりとなれば受ける訳にはいかないのですぐさま女に突っ返す為に動いた。元々女のクラスは知らなかったのだが、目立つ見目でもないのに自然と見つけやすかったのには驚いた。こう……昔から見慣れていた様な、探し慣れていた様な。この女とは初めましての筈なのだから、こんなものはただの錯覚だとは分かっているのだが。

 まぁそれで後はタオルを返せば、その女との関係はそれで終わりだと思っていた。だから今日、タオルを返しに行こうと思っていたんだが……まさかそいつが俺の親しい後輩を引き連れて、突き返された金の代わりに菓子折りを持ってくるなんて誰が思う。しかも引き連れて来たくせに、甘露寺を置いて走早に去って行きやがった。
 何なんだあの女。甘露寺を連れてきておきながら、あまつさえ甘露寺の声を無視して立ち去るだと?舐めているのか。しかも甘露寺は一切悪くないのに甘露寺が謝罪するという始末、時代が時代なら極刑にしてやるものを。
 だが甘露寺が必死に弁解しているのを見るに、甘露寺はあの女と仲が良いのだろう。俺がどれだけ罰を与えたくとも、甘露寺が悲しい顔をするのは望ましくない。甘露寺に感謝しろ、あの女子生徒め。

 その後、甘露寺は女子生徒の後を追いかけて立ち去り、俺は押し付けられた本人曰く“自己満足”を持って自席へと戻る。一体中身は何だ、と紙袋を覗いてみれば、そこには少し前に甘露寺と共に行った記憶のある和菓子店の包装が二つ。
 あの時は甘露寺の事を第一に考えていたから自身の好物などは二の次だったが……ここのとろろ昆布の煎餅は中々悪くない。だが、あの初対面の女が俺の好物を知っている訳が無いので、もしそれが入っていたとしたら俺の好物を知っている甘露寺が教えた事になるだろう。全く、甘露寺は優し過ぎる。世の中良い奴ばかりとは限らないというのに。……だがまぁ、そんな甘露寺だからこそ甘露寺らしいのだが。
 そんな事を思いながら、ふともう一つの包みが目に入る。それは手の平よりも少し大きめサイズの平たい円形で、試しに持ってみれば重くもなく軽くもない重さだった。

 そちらは小さいので、気まぐれで試しにこの場で包装を解いてみて見ることにした。


「……これは確か、金平糖か?」


 確か、前にあの店でこの缶が売っていた記憶がある。これはそのうちの一つだろう。薄目の紫……多分藤色が一番近いであろう色合いを使ったデザインの缶容器。記憶では他にも色とりどりの缶を見た覚えがあるので、これはきっと缶の色と中身が同じ様な色合いをしているのだろう。
……それにしても金平糖か、最後に食べたのはいつだっただろうか。物は見かけてもあまり自分では買わない代物。嫌いではないのだが如何せん砂糖の塊の為、甘さが強い。そのおかげか昔は駄目にしてまう事が多く、気が付けば手を出さなくなっていた。

 懐かしさを思い出せたのは、まぁ……悪くは無い。


「何だァ?伊黒にしては随分可愛らしいもん持ってんな」
「……不死川か」
「よォ、お前そういうの好きだったんか?」
「違う、これは詫びにと押し付けられた物の内の一つだ」
「詫び?……あァ、もしかしてあの水ぶっかけられたヤツか?」


 ガタリと俺の前の席に座った不死川の質問を静かに肯定した俺は、そのままジッと手元の缶を見つめる。コレを開けようか、開けまいか、どうするか。普段の俺なら絶対に開けないだろうが、今は昔の事を思い出してしまい少し食べたくなってしまった。缶、と言っても振っても音がしないので、きっと中身はちゃんと別に包装されているのだろう。それなら開けても袋の口を閉じれば問題ないし……さて、どうしたものか。


「そんなに見つめるくれェなら、さっさと開けちまえば良いだろうが」
「……お前、金平糖は好きか?」
「ア?……まぁ、嫌いじゃねぇよ」
「そうか。ならまぁ、良いか」


 シーリングを取り払い、きゅっと缶を捻るようにずらしながら開ければ、透明な袋に詰められた濃い紫色が中心の金平糖が姿を現した。中に入っていた商品説明の紙を開いて見てみれば、そこにはそれぞれの金平糖達の写真と商品名が記されていて、俺があの女子生徒から贈られた物が藤という品物である事が分かった。
 袋を開けて金平糖を一粒含めば、金平糖特有の砂糖の甘みが口に広がる。ん、と金平糖が入った袋を不死川の方へ向ければ一瞬驚いた様な顔をしたが、貰えるなら貰っておくと言い数粒摘んでいった。

 カラコロと口の中で転がしながら、ぼんやりと金平糖の一覧を見る。このサクラソウとやらは綺麗なピンクが甘露寺にピッタリだ。目の前の男、不死川ならそうだな……色で言えばこの緑色が中心の鈴蘭だろうか。それとあの女子生徒、アイツは……この黄色中心の菜の花だろうか。といっても本当に色だけのイメージであって、商品名の花言葉なんぞ一切知らないのだが。
 だがそれを考えると、あの女子生徒はどういう意図でこの藤を俺に選んだのだろうか?色のイメージか、それとも花言葉か。この藤という名の金平糖の色は結構濃く、俺にこんな濃い色のイメージを抱いたとなると意外な気もする。あの女子生徒が知る筈も無いが、俺の身の回りの持ち物も含めて私服等もモノクロ中心でこういう鮮やかな色合いでは無いからだ。
 金平糖の一覧を見れば薄紫などの淡い色合いもあった筈なのに、アイツは鮮やかな紫色を俺に選んだのだから不思議なものだ。


「……なぁ、不死川。お前は金平糖を贈る時に色合いを気にするか?それとも商品名の花言葉を気にするか?」
「は?……ンなもん個々人の好みだろォ。相手の好きな色に合わせる奴もいれば、相手を思い出して渡す奴もいるだろうしな」
「矢張りそんなものか」


 ポイっと金平糖を口に放り入れた不死川は一瞬怪訝そうな顔をしたが、それなりに真面目に答えてくれた。……それにしても目の前の男は見た目の割に意外にも金平糖を噛まないらしく、俺と同じ様に金平糖を口内で大人しく転がしている。
 目の前の男は一見乱暴な部分が目立つが、こう関わってみると彼は案外丁寧で真面目な人間なのだと最近知った。面倒見もそれなりに良く、聞けばそれなりの大家族の長男だという。そこで俺は納得した。ああだから口調は荒くとも所作所作が綺麗なのか、と。意識せずとも、自然に兄弟達の手本としての意識が身に染みこんでいるのだろう。……まぁ余計なお世話だろうが、口調はもう少し大人しくした方が下の兄弟達が真似しなくて済むとは思うがな。

 商品説明の紙から顔を上げて不死川を見ながらそんな事を思っていれば、流石に何も言わずに見られて居心地が悪かったのか「何か言いたい事があんなら言えや……」と眉を顰められた。


「……いや悪い、気にするな」
「そう言われっと気になんのが分かってて言ってんのか、伊黒テメェ……」
「だが何もないのだから言いようが無い」
「……そういう事にしといてやらァ」


 チッ、と小さく舌を打った目の前の男に金平糖の袋を差し出せば、何か言いたげな顔をしたが結局何も言わずにまた数粒摘んでいった。

 暫くしてそういや言い忘れてたが、とさも今思い出した様に不死川が口を開く。


「担任からテメェに伝言だ、進路希望調査、来週までに出せってよ」
「貴様、何故それを早く言わない」
「結果的にはちゃんと伝えただろ、つーかお前がまだ出してなかった事に俺は驚いたけどな」
「……仕方がないだろう、清々するくらいに何も浮かばないのだから」


 何となく居心地が悪く、フイっと顔を逸らせば、目の前の男は特に気にとめた様子もなく「そーかい」とそれ以上言及してこなかった。

 この学園では早期から目標となる希望を決める事によってその人の方向性や、やりたい事を把握するらしい。だから言わばこの一年の段階ではあくまでも仮であってそこまで深く考えなくても良いと、分かっているには分かっているのだが────。
 いや……本当は一つ、あるにはある。けれどそれを追うには記憶が朧気で、曖昧過ぎて。こんな不安定な憧れの様なものだけで決めるのは如何なものかと、ここ最近はそればかりが頭の中で渦巻いている。

 幼い頃にある人へ抱いた憧れだけで、その人が居るであろう地への留学を視野に入れているのだから。


「……単純思考にも程があるな」
「あ?」
「気にするな、ただの独り言だ」
「……大丈夫かよ」
「問題無い、少し色々と考え過ぎただけだ」


 そう言い、口に含んだ金平糖をガリッと噛めば、ザラリとした感触が舌の上に広がった。噛めば多少今の内情が呑み込めるかと思ったが、やはりそんな上手くはいかないらしい。口の中には甘ったるさだけが残ってしまった。
……しかしこの甘さでは、水や茶などが欲しくなってくるな。それでいて金平糖特有の甘さに喉が乾いてきたところだったので、俺は飲み物を買いに行こうと金平糖の袋を缶へ仕舞い、席を立つ。


「俺は飲み物を買いに行くが、お前はどうする」
「あー……行く」
「そうか、ならさっさと行くぞ」
「おう」


 確認を取れば、不死川もそう言い席を立つ。俺は、この内情を含んだ甘ったるさを綺麗に流せる代物があれば良いのだが、と軽くそんな事を思いながら教室を後にした。







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