推奨するはイエス観察ノー接触





 あの伊黒君に水ぶっかけ事件の放課後、無事甘露寺ちゃんとデートをした私はそれはもうご機嫌だった。何ならその日の朝、村田君に言われた通り雨が降ってきたのだが、何と甘露寺ちゃんと相合傘をする事に成功してしまったのだ。
 勿論誤解のないように言い訳をすれば、すぐさまコンビニに傘を買いに走ろうとしたさ。けれど心優しい甘露寺ちゃんが嫌じゃなければって引き留めてくれたんだよ、胸元辺りの高さで折り畳み傘を持った甘露寺ちゃんが!これはもう断れないでしょ、というか断る方が失礼に値する。

 感想。ふんわりと優しく甘い匂いがしました、とっても良い匂いでした。あと、甘露寺ちゃんと仲良くなれたぜ!やったね!!


「いや変態かよ」
「何だよぅ、折角美少女の芳香を教えてあげたのに。男子ならこういう時ってもうちょい喜ぶもんじゃないの?」
「後輩の女子をそんな下世話な目で見たくねぇよ……いや後輩じゃなくても嫌だけど」
「わぁ、村田君ってば紳士ー!」
「最近分かってきたけど、お前がそういう言い方をする時は大体褒めてる様で褒めてない」


 失礼な、半分くらいは本当に褒めているというのに。ただ台詞が少し紳士すぎたから、えぇ?ほんとにござるかぁ〜?と疑ってしまっただけで。お年頃の健全な男子としてはちょっとアレけど、人間としてはめっちゃ良いと思います。はい。
 まぁ、食いついてきたら食いついてきたで甘露寺ちゃんをそんな目で見んなって沈めてたけどね!


「っ?今なんか悪寒が……」
「風邪でも引いたんじゃない?」
「えぇ……?気を付けてるんだけどなぁ……」


 ぶるりと身を震わせて自身を軽く抱いた村田君を横目に、私は甘露寺ちゃんとしたデートの会話を思い出す。

『伊黒さんの好物ですか?えーっと確か、とろろ昆布だったと思います。……あっ!それならお煎餅とかどうでしょう!?知っているお店に、美味しい色んな和菓子が揃っているところがあるんです!』

────という甘露寺ちゃんの有難い助言の元、無事とろろ昆布を使ったお煎餅を購入する事が出来た。それ以外にも美味しい和菓子達を発掘出来たので、甘露寺ちゃんには頭が上がらない。
 甘露寺ちゃんへの感謝を頭に浮かべながら、はいコレお土産ーと言いトンっと村田君の机に一つの丸い缶を置いた。


「サンキュー、ところで何これ」
「金平糖。缶が洒落ててつい買っちゃった」
「……お、綺麗だな。花菖蒲っていうのかコレ」
「うん。最初は紫陽花っていう青っぽいやつにしようかと思ってたんだけど、いざ選んでみると村田君は何かこっちだなって」


 ちなみに私は菜の花で甘露寺ちゃんがサクラソウ、伊黒君には藤を選んでみました。伊黒君のは最後の最後まで鈴蘭と迷ったんだよなぁ。

 そんな事をボヤきながら参考にと金平糖達の画像を見せてやれば、何かお前と甘露寺さんのは凄い納得と真顔で言われた。それはどういう意味なんだ、褒めてる?褒めてるって受け取って良いの??まぁ村田君が甘露寺ちゃんを貶す理由が無いよな、よし褒めてる!!


「でも伊黒は藤なんだな、俺はどっちかと言うと紫陽花とか花菖蒲の色が薄目の方をイメージするかも」
「へぇ、村田君には伊黒君はそういう感じのイメージなんだ」
「いやパッと見たイメージだぞ!?あんまり騒いでる印象が無いからこう、落ち着いた感じのイメージというか」
「あー……確かに」


 でも苗字がさっき挙げたのは藤と鈴蘭だろ?両方とも色が濃くて主張が強いから、だから少し意外だなって。

 画像のそれぞれを指しながら不思議そうに村田君が言うので、私は同調した。なぜなら最初は私もそう思ったからだ。けれど、いざ渡したいと思ったのはその二つだったのだ。村田君と甘露寺ちゃんは二人をイメージしたけれど、伊黒君に関しては“私が”伊黒君に渡したい物を選んだ。
 最初は鈴蘭の予定だったんだけど、ふと藤の花を想像したら何故か頭から離れなかったんだよなぁ……似合ってたし。うーん、一度で良いから藤棚の中で立ってみてほしい。


「……ねぇ村田君、藤の花って咲く時期いつだっけ」
「お前のその唐突さ、逆に癖になってきたわ」
「藤のお花の見頃なら四月から五月あたりですよ!」
「ありがと〜、甘露寺ちゃんってば物し、り……えっ!?甘露寺ちゃん!?」
「こんにちは苗字先輩っ!」


 何処からともなく聞こえてきた知識に感謝をすれば、その出処は先程まで此処に居なかったはずの後輩からのものだった。後輩は背後から少し上体を折って、私を覗き込むようにこちらを見ている。いや、それにしても甘露寺ちゃんいつの間に?というか、いつからこの会話聞いてたの?
 驚きで目を見開いていれば、横から突然ごめんなさい……!と申し訳なさそうな可愛らしい甘露寺ちゃんが居たので、私はいつからとか細かい事は全てどうでも良くなった。だって可愛い後輩が理由はどうであれ会いに来てくれた事実は覆らないので、嬉しいものは嬉しい。
 だがしかし、我が友人は違った。まぁ特に知り合いじゃないみたいだし、私みたいに甘露寺ちゃん可愛いからOK!の肯定botじゃないからね。当たり前か。


「い、いつから……?」
「えぇっと……こちらの黒髪の先輩が伊黒さんにどうして藤の金平糖を選んだか、というのを聞いていた辺りからです」
「すぐ声にかけてくれれば良かったのにー」


 首を傾げていれば甘露寺ちゃんが困った様に眉を下げて、「他学年……しかも上級生のクラスに行くとなると結構緊張するものなんですよっ?」と頬を膨らませてしまった。確かに彼女の言う通り、私も滅茶苦茶緊張した覚えがある。特に上級生。何か怖いよね、何も悪い事してないのにすっごい怖いし緊張するのあれ何でなんだろうね。

 成程、と同意した私は、忘れかけていた本題に入ることにした。


「にしても甘露寺ちゃん、何故に高等部へ?」
「あっ、元々は少し伊黒さんに用事があって来たんです。でも帰り際に先輩をお見かけして……」


 それでつい、話したいなぁと思って来てしまって……だから特に用事は無いんです……!

 恥ずかしそうに両頬を手で抑えながらそう言う彼女に、私は正直キュン死にするかと思った。何なら一瞬呼吸してなかった気がする。だって今のは村田君も見惚れたのを私は見たんだ、可愛さに頬染めたのちゃんと見てたんだからな!この後輩可愛い……って思っただろう!私もそう思う!!

 はぁ〜可愛い……とデレッと顔を規制ギリギリまで崩していれば、友人から女としてその顔はどうなんだ……と若干引いたような声が聞こえてきた気がするがそんなものは無視だ、無視。


「そういえば先輩、伊黒さんにはもう渡したんですか?」
「……あー……まだ、です」
「えっ、まだだったのかよ。俺にもくれたからてっきりもう済ませたのかと思ってた」
「いやこう、いざ行こう!ってなると勇気が出ないもんでね……?」
「大丈夫ですよ!伊黒さんなら、きっと受け取ってくれます!」


 ふんす!と太鼓判を押してくれた甘露寺ちゃんは、情けない私の背中もまとめて押してくれた。天使かよ……甘露寺ちゃんのおかげでちょっと元気出た。
……というか待って。私一人じゃ突き返されるとしても、甘露寺ちゃんが一緒なら突き返されないんじゃない?だって多分伊黒君から進んで交流持ってるよね、甘露寺ちゃんと。なら、それくらい友好がある子が一緒なら貢物を受け取ってくれるのでは……!?いやでもこんな事に甘露寺ちゃん付き合わせるのもアレだよなぁ……!

 か、甘露寺ちゃん……!と縋るように着いてきてほしいと頼んでみれば、彼女は笑顔で躊躇う事無く頷いてくれた。女神か、一生推すわ。


「ぃ、いいい伊黒君、ちょっと良い……!?」
「……お前、」


 伊黒君のクラスは甘露寺ちゃんが知っていたので着いて行けば、丁度良く彼が扉付近に居た為呼びかけた。それに気が付いた彼はこちらを振り向くと眉を顰めて何故お前がと言いたげな顔をしたが、すぐにそれは私の隣を見て驚きに変わった。凄い、甘露寺ちゃん効果絶大だよ。多分予想通り一人で来たら何も出来ずに追い返されてたよ。

 取り敢えず簡潔に、分かりやすく手短に。それを何度も頭の中で復唱して言葉を紡ぐ。
 この前クリーニング代を返されてしまったので、その代わりだと。私が逆にいつまで経っても気になってしまうのでどうか受け取ってほしいという事。これが自己満だというのは百も承知という事。後、変なレッテル貼りそうになってごめんなさいという事。

 その全てをテンパりながらも言い終えた私は、彼にお菓子が入った紙袋を押し付けるように突き出せば、彼は反射的にその紙袋を抱える。それを確認した私はそれじゃあ失礼します!と声を上げて、脱兎の如くその場から逃げ出した。
 後ろからは甘露寺ちゃんの困惑した様な声が聞こえてきたが、今は無理。着いてきてもらってるのに置いてくるとか最低だと思うけど、ホント無理。自分から推しと喋りに行くってあんなにも緊張するのね、凄いね芸能人のファンの人達。私は無理だわ。昔は幼いとか性別とか色々間違って認識してたから距離が近かったけど、今は違う。正しく認識はしたけど推しには変わらないので、滅茶苦茶緊張する。今回ので自覚した、私は遠目で見ている方が性に合うと。


 うん。取り敢えず私の中で推しは、イエス観察ノー接触、だ!!!!






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