少年少女、フラグを立てて掴み取れ




「へい村田君おはよう、今日も良い天気だね!」
「おはよう、今は曇天で午後から雨だってよ」
「嘘でしょ傘無いんだけど!」


 今日もノリが良い村田君は、テンパった私の挨拶にも律儀に返してくれた良い人である。
 え?村田君、何故私がこんなにもテンパっているかだって?それはな────。


「朝から盛大に偶然会った登校中の伊黒君にぶつかってしまったからだよ……!」
「うわぁ……」
「しかも、その時に飲んでたペットボトルの水をかけてしまった……!」
「……水で良かったな!」
「そうだけどそうじゃないぃ……!!」


 ポンッ、と慰めてくれるように私の肩に手を軽く置いた村田君は、これでも食って元気出せ!と自身が今食べていたお菓子の袋をこちらに向けてくれた。それに私はお礼を言って、袋に手を突っ込む。


「取り敢えずその場で頭めっちゃ下げまくって、タオル渡して、クリーニング代って言って財布に入ってた一万押し付けて来た……」
「一万……!?馬鹿お前!そんな大金押し付けて来たのか!?」
「だって頭回らなかったんだよぉっ……!」


 つーか何で学校ある日に一万なんて財布に入れてんだよ……と若干引かれながらも問われたので、帰りがけに最近発売した好きなタイトルのゲームやらを買う予定だったのだと言えば、あぁ……と納得してくれた。


「どんまい、苗字の事だからどうせ“ないちゃん”にやっぱり一部返してー!とか言えないんだろ?」
「全面的にこっちの不注意が原因なのにそんな事を言える訳ないじゃん……逆にそんな勇者、普通居る……?」
「……無理だな!」
「ほらぁあああっ!!」
「というか少し気になったんだけど、伊黒の方は何か言わなかったのか?」


 その質問に私は、今まで泣き喚いていたのが嘘の様にピタリと静止した。それだけで察しの良すぎる友人殿は分かったのだろう。すぐに哀れみの視線が私へ向けられた。


「……彼が喋る前に耐えられなくて速攻逃げちゃった☆」
「いやお前本当に何やってんの?」
「あの時に短距離走のタイムを計ってたら新記録だったかもしんない」
「一周回ってポジティブ過ぎるだろ」


 人間って追い詰められると本領発揮するって本当なんだね?と真顔で言えば、村田君がポジティブな後ろ向きほど厄介なモンはねぇーよ……と頭を抱えていた。これ、イマイチ褒められてんのか貶されてんのか分からんな?
 軽く腕を組んでそんな事を考えていれば、クラスメイトから私を呼んでいる奴がいると呼び出しがかかる。なので自然とそちらを見れば、そこには見覚えのあり過ぎる人物がワイシャツ姿で立っていた。


「ヒェッ……」
「……苗字呼ばれてるぞ、行かなくていいのか?」
「やだぁ……何で私呼び出されたの……?」
「いや俺に聞かれても」


 理由は呼び出した本人のみぞ知るってやつだろ、行かない方が不自然だから早く行ってこいよ。

 そんな最もすぎる正論に背中を押された私は、ぎこちない足取りで教室のドア付近へと足を進めた。
 こんなモタモタしている私にも顔色一つ変えずにその場に立っていた彼は、正直何を考えているのかよく分からない。……改めて、近距離で見れば見るほど記憶にある幼馴染と面影が一致する。顔半分はマスクで隠されてしまっているとはいえ、儚げな美貌は健在らしい。

 何十年ぶりかの幼馴染の美貌に見惚れていれば、不意に低い声がその思考を遮った。


「……え?」
「お前、今の俺の話を聞いていなかったのか?だから、これは受け取れないから返すと言ったんだ」


 元々のツリ目を更に吊り上げて不機嫌そうに何かをこちらに突き出している彼に、私の時が暫く止まった。

 え?今喋ってたのって、もしかして目の前に居るこの伊黒君?えっ、めっちゃ声低かったよ?嘘、こんな繊細そうな顔してて彼こんなに低い声出すの?え、えぇ……?卑怯では……??
 幼少期は変声期がまだきていないから声が高くて可愛かったないちゃんが、こんな低音の色っぽい声になるなんて誰が思うよ?しかも一人称は俺なんですね了解です。はぁ〜〜〜〜ずっるいわぁ〜……こちとら幼少期から推してるんだから、そんな成長見せられたら悶えるに決まっとるやんけ……おっきくなったねぇ、ないちゃん。


「……おい、さっさと受け取れ」
「はっ、はい!……でもこれ、何……?」
「はぁ?」
「ご、ごめん!でも私ないちゃ……っじゃない、貴方に封筒なんてあげたっけ……?」


 私が首を傾げてそう言えば、大きな溜め息の後に彼がわざわざ先生に事情を説明して封筒を貰ってきたのだと言う。けれど今度は事情?説明?と疑問符を浮かべたので、それを見た彼の顔が不機嫌そうなものから呆れ顔に変わった。


「お前、あの朝の出来事をもう忘れたのか」
「わわわ忘れられる訳ないじゃないですか!」
「ならこの封筒に入っている物など一つしかないだろう、それが何故分からない」


 そう言われ彼に渡した物を思い返す。まずタオル、それから趣味に使う予定だったお金。差し出されている封筒は薄いのでタオルじゃない、とすれば自ずと選択肢は一つになる訳で。けれどそれは彼にクリーニング代として渡した物な訳で。


「だ、駄目だよ!これはクリーニング代として渡したの!!」
「クリーニング代がこんな馬鹿高いわけないだろう。精々高くても二、三千円程度だ」
「で、でも……」
「はぁ……お前は俺に、学校始まって早々同級生から金を巻き上げた奴というレッテルを貼りたいのか?」


 完璧に呆れ返ってしまった彼のその台詞に、えっ!?と驚きを隠せずに彼の方を見る。すると彼は一応説明してくれる様で、言葉を続けた。

 なんでも、テンパった私が彼に水をかけた出来事を見ていた生徒が登校時間だった為に当然数人居た。で、その後に私が大慌てでタオルと現金を彼に押し付けて逃げていったものだから、周りは私が脅されてカツアゲされた様に見えたのだという。なんてこった、申し訳なさ過ぎるにも程がある。
 すぐにまた朝と同じく謝り倒せば、もう謝罪は要らないから謝るなと面倒臭そうに止められてしまった。


「またお前に謝り倒されているのを見られれば、誤解が広まるのが分からないのか」
「あ゙っ」
「……兎に角、そういう事だ。じゃあな」


 グッ、と私の手に再度強く封筒を押し付けた彼は、私が封筒を受け取った事を確認するとさっさと立ち去って行ってしまった。
 伊黒君と入れ替わりで見兼ねた村田君がわざわざこちらまで来てくれたが、その表情は何とも言えない顔である。


「……取り敢えず、丸く収まったのか?」
「……いや、私は納得してないんだけど」
「でも本人にいらないって突き返されたんだろ?」
「ねぇ、これって推しに貢ぎ物を突き返されたって事……?」
「まず大前提としてそれはクリーニング代として渡した筈だし、お前は伊黒に貢いでないから落ち着け?」


 というか苗字の中で伊黒は推しなの?それに、お前の好きな“ないちゃん”と同一人物だって受け入れるの案外早かったんだな?まだあの事件、最近の出来事だろ?

 まるで私が伊黒君の事を一切受け入れなさそうだったと言いたげな村田君に、私は分かっていないなぁとゆっくりと首を振る。
 あのねぇ村田君、私が幼い頃の“ないちゃん”を見目だけで好きになったと思ってない?そんな訳ないでしょう。勿論、最初は見目からだったけど、一緒に過ごしていくうちに分かったないちゃんの純粋で素直な内面よ!あれは宝だね、何も汚れを知らない無垢なあの子はとても最高でした……!
 まぁ何かさっき喋った時は結構トゲトゲしかったけれども。そこはほら、今は反抗期なのかもしれないし。……え?葛藤しなかったのかって?正直言うよ?…………滅茶苦茶したに決まってんでしょうがっ!!!!でもやっぱり紛うことなき私の思い出の人なんだよあの人。心はね、素直だったよ……。

 まぁ最終的に何が言いたいのかと言いますと、私は“ないちゃん”という存在そのものを尊んでいるのですよ。分かるかい?村田君。


「はい、先生。分かりたくないです」
「だぁらっしゃい!理解するものじゃなくて感じるの!!」
「いやお前が分かるか聞いてきたんだろ!」


 そんな宇宙の神秘みたいに綺麗な表現にすんな!と怒られてしまったので、私は取り敢えずブーイングの嵐を差し上げたら鼻をむぎゅりとつままれた。何をする村田君、痛いぞ。

 しかしどうするか。謝罪の意味を込めたのにそれを突き返されては、私個人が落ち着かない。せめて何かお菓子とか────。


「……伊黒君の好きなお菓子とかって、何?」
「おい待て急にどうした」
「いや、それくらいなら謝罪の気持ちを受け取ってくれるかなと思って」
「俺は知らないなぁ……というか正直、伊黒はお菓子を食べてるイメージが湧かないな」


 何かこう、ちゃんとしたお高めのを食べてるイメージ。と村田君が思案しながら言うので、私も同意した。確かに彼、そういう庶民寄りの物を食べたりするイメージが浮かばない。浮かべても、何か言い様のない違和感が喉元に引っかかる。まぁ、ないちゃんの家は普通の一般家庭なんですけどね!こういう時に幼馴染だと、周りより情報量が一歩リードしてる感が良い。
……でも、ここ数年の事を知らないのは“ないちゃん好き”としてはきっつい。誰かに聞いたら教えてくれないかな、この学校中高一貫な訳だし。誰か一人くらい仲の良い奴居るでしょ絶対。


「……あ。でも俺、前に伊黒が女子と親しげにカフェに居るの見た事あったわ。その子なら好み知ってるかも」
「え、伊黒君が?」
「確か去年、後輩らしき子と居たような……」
「後輩……って事はその子は中学生?」


 委員会だか部活だかで仲良くなったっていうのを聞いた覚えがある、と村田君からのありがたい情報を手に入れた私はすぐにその子の容姿を聞いた。村田君によればその女の子はピンク色の髪色をしているから一発で分かるという。
 その情報をしっかりと脳に焼き付けた私は村田君にお礼を言うと、すぐさま中等部の校舎へと駆け出した。後ろから彼に後輩には何もすんなよ!?と何故か釘を刺されたのには心外だ。村田君は私を一体何だと思ってるんだ、彼には私が誰彼構わず襲いかかるヤバい奴にでも見えているというのか。

 ただちょっと、その子に情報を求めるだけなのに。


「えー……っと、あ!居た居た!ごめんね、少し良い?」
「わ、私ですか?」
「そう!綺麗なピンク色が似合うお嬢さん!」


 おいでおいで〜とお目当ての子を無事見つけて手招きをすれば、隠しきれない困惑の表情を浮かべながらも傍に寄ってきてくれた。何となく分かる、この三つ編みピンクちゃんも絶対に超絶良い子だ。そんな雰囲気が出てる。
 初対面の彼女をこれ以上怖がらせるのは本望では無いので、簡潔に彼女の元へ来た理由を話した。そうすると彼女は最初はオロオロとしていたが、話を聞いていくうちに顔が真剣になり、最終的には笑って私で良ければ!と大きくて頷いてくれた。それの何と頼もしい限りだろうか。後輩って、こんなにも可愛いものなのね……。


「それじゃあ、おすすめお店を何件か紙に書いてきますね!」
「あっ……!ごめん、私実はまだ最近こっちに帰って来たばっかりでここらの地理があやふやといいますか……」
「えっ、そうなんですか?」
「……それにその、凄く言い難いんだけれど私、方向音痴みたいで」


 だから普通より詳しく、滅茶苦茶詳しく書いてくれるとありがたいです……!

 情けなくて視線を逸らしながら小声で言えば、大きな驚きの声が彼女から上がった。一度慣れたり覚えてしまえば迷わないのだが、情けない事にどうにも最初だったりすると酷い迷い方をするのだ。
 一応私だって最初は自力で何とかしようと地図を見たりして頑張るのだが、一向に目的地に辿り着かず気が付いたら反対方面に居た事がある。ちなみにその時は徒歩五分で着く筈が、反対方向に行ったお陰で三十分以上かかった。……いや本当、我ながら情けなさ過ぎる。親にも爆笑されたよ。そこからは素直に強がらず方向音痴という自覚を持ったよ、私は。


「あっ、それじゃあもし先輩が嫌じゃなかったら私と一緒に行きませんか?私も丁度行きたいと思ってたんです!」
「えっ、良いの?」
「はい!先輩のお話、いっぱい聞かせてください!」


 改めまして、私は甘露寺蜜璃って言います!よろしくお願いしますっ!

 元気良くハキハキと自己紹介してくれた彼女はペコリと一礼するとニッコリと可愛い満面の笑みを見せてくれた。えぇ……めっちゃ可愛い……これは伊黒君がハマるのも分かるわぁ。
……ハッ、待てよ?これは所謂放課後デートというやつでは?私ってば無意識にこんな美少女とデートの約束をしてしまったのか?有能過ぎかよ私、最高だな私!
 それに何かやけにここに来てから視線を感じるなと思って周囲を探ってみれば、どうやらそれは全て目の前の少女に向いているじゃないか。しかも分かっちゃいたが、主に男子諸君からの視線がまぁ熱いこと。熱烈過ぎて火傷を通り越していつかこの子が丸焦げになりそう。
 そして私の方へとは嫉妬ときた。上級生に怯まないのは褒めよう、けど睨むのは止めよう!?普通に傷付く!私何もしてないのに!!遠巻きに嫉妬して睨むくらいなら、デートの一つや二つ誘えってんだコノヤローッ!!!!


 取り敢えず、美少女と放課後デートという約束されたイベントフラグを立てた私は、良いだろう良いだろう!と周りの男子共をドヤ顔で思いっ切り鼻で笑ってやった。







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