拗れた勘違いほど厄介なものは無い




「っないちゃん!また、またぜったいにあおうね!」
「っうん……!」
「ぜったいだからねーっ!!」




 そんな可愛らしい約束を幼馴染みの子としたのが、小学生に上がる前。何故そんな約束をしたかと言うと、私が両親の都合で海外に引っ越す事になったからである。当時大好きだった幼馴染みと離れたくなくて、両者の親を困らせる程に最後の最後まで駄々を捏ねたのをよく覚えている。というか、今でも親にネタにされるから忘れるに忘れられない。


 “ないちゃん”、それが私の幼馴染みの名前である。ないちゃんの見目はまるでお人形さんのようで、白と黒のコントラストの印象が強い。それは何故かと言うと白いワンピースをよく着ていて、黒はないちゃんの艶やかな長い髪が良く映えていたから。しかも色白で、触ればポキリと簡単に折れてしまうんじゃないかっていうくらいに細かった。
 それでいて目も珍しいオッドアイだったから余計に幼い私の目には綺麗なものとして映り、全身に衝撃が走った。あぁ、この子は私が守らなきゃ!……ううん、守りたい!って。

 そこから私はないちゃんにベッタリで、でもないちゃんも私を嫌がったりだとかはしなかった。逆によく私の服を握って、後ろに隠れていたりしたものだ。人見知りのないちゃん、今思い出しても可愛い。さぞかし今のないちゃんは美人に成長している事だろう。
 見目は病弱?と勘違いされる事もあったので、今のないちゃんは儚げ系美人に分類されているのだろうか。まぁ、ないちゃんは至って元気な健康体だったけど。

 でもやっと、やっと会える。今日この日、私は地元へと帰って来た。ないちゃんに会える!ないちゃんママと交流が途切れていなかった母によれば、あの時からずっと引っ越していない事は分かっている。……どれほど、どれほど今日を待ち望んだ事か!!高校になったら日本に帰る、一人暮らしすると親に言い続け、何故と聞かれたらないちゃんに会う為と返したあの数年の日々よ。ようやく報われる時がきたぞ、過去の私!
 私のしつこさに折れた両親は、もう諦めた様子で好きにしなさいと苦笑していた。けれど両親だって大丈夫と思い私を信じてくれたから、こうして送り出してくれたのだ。それが分からない程、私は馬鹿じゃない。両親に心配をかけない様に、しっかりと学生生活を送り楽しみますとも!


「幼少期から海外に居てこの春地元であるこちらに戻ってきました、よろしくお願いします!」


 パチパチパチ、とまばらな拍手の中、お決まりの自己紹介を終えた私は席に着く。そして注意深くクラスを見渡すが、ないちゃんと思しき人物は居なかった。別のクラスだろうか?でもクラス表の名前を見ても“ない”という文字が入った女の子の名前は何処にも見当たらなかった。アッ、ないちゃんまさか別の学校に……!?
 中高一貫校だったから、中学から通っていればそうそう他には行かないと思ってたのに。ないちゃんもしかして他に行きたい高校があったのだろうか、女子校とか。まだ校内なら探せると思って淡い希望を抱いていたのに、一気に探す範囲が広まってしまったかもしれない。具体的に言うと線路が通っている所まで。……いや今の時代、大体の所に線路敷いてあるわ。無理ゲーでは?

 っく、こんな所でないちゃんとの再会を諦める訳には……!と一人騒いでいれば、いつの間にか全員の自己紹介タイムが終わっていた。やばいな、私全然聞いてなかったから誰一人として一致してないわ。取り敢えず近くの席の人だけでも……と横を見ればサラッサラとした黒髪を持つ男子がそこに座っていた。
 この人、ないちゃんには及ばないけれど良い髪質を持っている。さては、毎日しっかり欠かさず手入れをしている人間だな!?……ここまで手入れされているのは中々お目にかかれないから、触ってみたいな。


「ねぇ、そこのサラサラ君」
「っえ?……も、もしかして俺か?」
「うんそう、少しだけで良いから髪の毛触らせてくれない?というか触るからちょっと失礼」
「はっ!?いや何、っはぁ!?」
「うわ何これ超サラッサラじゃん羨ましい……手入れ完璧かよ……」
「お、お前、帰国子女だからなのかもしんないけど距離詰めるの早ぇーよ……!」


 仰け反ってたじろぐサラサラ君がそう言うので、私はそう?と首を傾げる。そう言われても私は昔からこうだったので、外国に居たからと言われると違う気がする。確かに、慣れ親しんだ外国文化で他の日本人とは少し距離の詰め方とかは違うだろうけれど。
 止める様子のない私を見たサラサラ君は何を言っても無駄だと早々に察したらしく、もう良いよ好きにしろよ……と顔を覆った。


「そうだサラサラ君」
「いやお前さっき自己紹介したのに名前覚えてないのかよ、俺達一応席が隣同士なんだぞ」
「ごめん、途中から聞いてなかった」
「何か取り敢えずお前がぶっ飛んでる事はよく分かった」


 シラっとした目でこちらを見てくるサラサラ君に失礼なと思っていれば、優しい彼はもう一度自己紹介をしてくれた。


「村田、俺は村田だ。よろしくな苗字」
「うんよろしく、田村君」
「逆!む、ら、た!!」
「冗談だよ」
「お前、冗談言うの色んな意味で向かねぇよ……」
「ところで田村君」
「なぁ冗談だったんだよな!?」


 分かった分かった、ちゃんと呼ぶから許してよ村田君。それで聞きたいんだけど村田君ってヘアケアに何使ってるの?参考に聞きたい。

 彼を宥めながらそう聞けば、ピクリと反応した彼が知りたいのか?と若干嬉しそうな、聞いてほしそうな反応をしたので私はうんと頷く。すると彼は別に良いけどさぁ〜、と言いながら椿油だと教えてくれた。……成程、通りで。


「だから良い匂いもしてたんだ、納得」
「そうだろそうだろ、今使ってるやつ気に入ってんだよ」
「へぇ良いね、何処の?」
「これはな────」


 そこからはどんどん打ち解けていった。その間、一応“ないちゃん”について聞いてみたけれど、そんな名前の女子は彼の知っている限り居ないという。ただ関係無いけど男子には“ない”が名前に入っている人が居るとかなんとか。まぁないちゃんは“女の子”なので、男子は関係無い。


「えー……中高一貫でずっと通ってる村田君が知らないんじゃ居ないのかなぁ……」
「その“ないちゃん”ってまず同い年なのか?」
「……多分?」
「えっ、じゃあフルネームは?それが分かれば探しやすいだろ?」
「…………分かんない」


 机に伏してそう言えば、村田君はあんぐりと口を開けた。……仕方無いじゃないか、ずっとないちゃん呼びだったんだ。しかも近所だったけど幼稚園と保育園で別々だったから卒アル見ても意味無いし。私がずっとないちゃん呼びだったから母もいつの間にかないちゃん呼びになってたし。今更母に聞くのは何か負けた気がして、一目見れば愛で分かると思ったんだよ。

 ぶちぶちと不貞腐れながらそんな事を言っていれば、隣からお前って馬鹿なんだなぁ……としみじみ言われてしまった。うっさいよ田村。


「強がらずに聞けばすぐだって、な?」
「分かってるんだけどさぁ……!」
「……こうしている間にもお前がないちゃんに会える日は遠のいていくんだよなぁ」
「え?プライド何それ美味しいの?学校終わったら村田君の案通りすぐに親に連絡しよう、そうしよう」
「お前、プライド擲つのも早いな」


 サンキュー村田君、これからもよろしく。と言えば、はいはいよろしくなと若干流しながらも今日がホームルームだけで良かったな、と笑った。……いやぁ、村田君って稀に見る普通に良い人だよな。


「というかここまできてあれなんだが、ないちゃんって本当に女の子なんだよな?」
「え?当たり前じゃん何言ってるの、男の子な訳ないじゃん」
「いや……なーんか嫌な予感がするんだよなぁ、俺」


 お前その辺も一度しっかり聞いた方が良いぞ、幼少期の記憶ってまるで当てにならないから。とまるで過去何かあったかのように村田君が言うので、渋々それも聞くことにした。絶対に女の子だと思うんだけどなぁ、こんな事聞いたら今更何言ってんの?って馬鹿にされそう。ないちゃんの名前聞くのですらそう言われそうなのに。

 ホームルームが終わってからも村田君と軽く喋りながらタプタプと親へのメッセージを打っていれば、唐突に村田君が何処かを見て、あ、と声を上げた。


「ほらさっき言った名前に“ない”が入る奴、一応見といたらどうだ?丁度今、廊下を歩いてるぞ」
「えー……?」
「違うなら違ったで良いんだから、ほら!」
「まぁ、確かに……どれ?」


 親にメッセージを送り終わった私は渋々顔を上げて、村田君が言う方へ顔を向ける。すると村田君はあのマスクしてる奴、と一人の小柄目な男子生徒を挙げた。
 そこには彼の言う通り、スタスタと廊下を涼し気な顔をして歩いている一人の男子生徒が居た。マスクをしている為、顔の判別がしずらい。けど、似ている。記憶の中のないちゃんの面影が少しあるような、無いような。マスク君が中性的だからだろうか、それにあの彼も長さは肩ぐらいだが黒髪で、白く細い。これでオッドアイだったら私が笑えない。

 勝手に内心ハラハラとしていれば、誰かがマスク君を呼び止めたのだろう。彼はそちらへと振り返った。振り返ったのだ、私達の方へと顔を向けながらまるで己の顔を見やすくさせるが如く。


「……村田君、あの人の名前ってなんていうの」
「え?伊黒小芭内だけど、」
「伊黒君は、オッドアイなんですか」
「あぁうん、珍しいけど何か綺麗だよなー……色は確か金と青だった筈」


 金と、青。ないちゃんと同じオッドアイ、しかも色まで一緒。嘘でしょこんな偶然ってあるの?もしかしてないちゃんは……っいやいやもしかしたら兄妹とか!私が知らなかっただけで居たかも!自分で言うのもあれだけど、ないちゃん以外全然目に入ってなかったし。そう、だからあれは“ないちゃん”じゃない。絶対にあの人は他人の空似だ。

 必死に脳内で仮説を立てまくっていれば、ピロンと携帯が鳴る。それが先程送った母からの返事なのはすぐに分かった。村田君も先程から私の様子が可笑しい事に気が付いていて、ハラハラとした顔で私と携帯に視線を行ったり来たりさせている。
 私は意を決して、ゴクリと緊張で唾を飲みながらも震える手でメッセージを開いた。


『ないちゃんの名前?小芭内君、伊黒小芭内君よ。今更そんな事を聞くなんてどうしたの?しかも性別まで聞いてきて。昔から小芭内君が男の子なのは貴方も知ってるじゃないの。あ、もしかして“ないちゃん”呼びだったのって女の子だと思ってたとか?……なーんて幼い頃の彼の服装の事もちゃんと説明してるんだから、流石に無いわよね!(笑)』


……ごめんなさいお母様、その通りです。けど最後の(笑)は腹立つ、教えてくれてありがとうございますだけど腹立つ。ってか服装の説明って何?私、一切覚えないし知らないんだけど。
 服装に関して記憶にあるのは、汚れの一切無い純白のワンピース着て可愛く笑ってる麗しのないちゃんだけなんだけど。

 携帯からバッと勢いよく顔を上げて、マスク君こと伊黒君の方を見る。まだ彼はそこで会話をしていた。……嗚呼うん、ないちゃんだ。さっきは見ないフリしたけど!結局、無慈悲な現実を突き付けられてもう一度確かめる為に見ましたけど!!……ないちゃんの面影が、ちゃんとある。つらい。も〜〜〜〜やだ泣きたいんだけどぉ!号泣したい、みっともなく恥と言われようが泣き喚き散らしたい。勝手に理想を肥大化させて期待したのは私だけど、それでも泣きたい。
 しかも私が何回も見惚れて思いを馳せたワンピースを着てたのも、あそこに居る伊黒君って人な訳ですよね?マジか。昔の私はワンピース着てた男の子に興奮して騒いでたの?……いや、今思い出してもめっちゃ可愛いな??最高、ないちゃんは天使。

 ちなみに村田君には私の携帯を押し付けたので、メッセージは把握済みである。そして把握してからの村田君の同情の視線が凄い。今なら私、その同情の視線で死ねる気がする。


「……声、かけに行くか?」
「……死ねと?」
「じゃあ、“ないちゃん”に関わるのは止めるのか?まぁ、別に俺はそれでも良いと思うけど」
「う……それもそれで、なんか嫌」
「それなら、」
「っでも今日は、少し心の整理をする時間を下さいぃぃぃ……!」


 ついに突っ伏しながら半泣きで喚き出した私を見た村田君は、静かに手を合わせた。勝手に殺すな、まだ一応生きてる。明日死ぬかもしれないけど。その時は村田君、墓建設よろしく。


「っ帰ってきてくれ!私の愛しのないちゃーーーーん!!」
「……一応居るぞ、すぐそこに」
「シッ!!!!」


 廊下にいた話題の渦中の彼が、そんな馬鹿騒ぎをしていたこちらを見ていた事などこの時の私達は知る由も無い。






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「見えない臓器の名前は」
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