たまごと使い魔のある日常


 ドフリッ!!

 そんな大きな音や衝撃と共にモクモクと部屋中に満ちる黒煙。そのあまりの黒さと量に驚きながら、思い切りソレを肺に吸い込んでしまった私はゲッホゴッホと盛大に噎せた。何なら目も染みたのか、涙も面白い位にボロボロ出る始末。こんな所、また彼に見つかったらどやされてしまう。脳裏であのド低音が簡単に再生出来る。
 早く綺麗にしなくては、そう思いながら換気する為に少し年季の入った木枠の窓を押し開く。
 それと同時に、この部屋の扉がバァンッ!と壊れるかと思うくらいの大きな音を立てて乱暴に開かれた。


「っこの、ナマエッ!!また貴様は何かやらかしたな!?」
「ヒェェェェッ!ごっごめんなさーいっ!!」
「謝罪何ぞ聞き飽きたわ!今度は何をやらかしたんだ、この愚弟子!!」
「その、ちょーっと実験を……ね?」
「ほぅ……?まだ基礎もままならないというのに、また懲りずにアレンジを加えたのか?」


 良い度胸じゃないか、ヒヨっ子の癖になぁ?これで器材を壊し、材料を無駄にしたのは何十回目だ?ん??

 口をガパリと大きく開けて、噛み付く勢いで怒鳴られる。細く先が二又に割れている舌をシャーッと出しながら、完全に威嚇と憤怒状態の蛇。もとい、私の現使い魔になってくれている白蛇のアスクレピオス。
 彼は元々私の師範の使い魔で、今は私が受け継いでいる形になっている。でも別に師範が死んだとかそういう訳じゃない、何なら滅茶苦茶元気だし、ピンピンしてる。
 師範が言うには私が色々と経験して学ぶのなら、彼が適任であろうという事らしい。

 確かにその通り、彼の知識は凄まじいもので膨大な量である。それに加えて師範との経験がまた、それに拍車をかけていて正直私よりずっとちゃんとした魔法使いらしい。
 それに魔法を使う為の魔力量だって、使い魔の彼の方が上なのだ。本当、これ知った時は結構凹んだ記憶がある。
 それだけ、彼を従えていた師範と元々の彼のスペックが凄いのだろう。
 ……そういえば、あの体であんなに勢い良く扉をどうやって開けたんだろう。魔法?

 そんな事を思いながら半べそをかきつつ、部屋の残骸達の掃除をしようと動けば彼にストップをかけられる。


「ここは僕がやっておく、お前はさっさとその薄汚れた格好を何とかしろ」
「えっ、でもそうしたらアスクレピオスが汚れちゃう」
「馬鹿者、ここまでの半壊状態なら魔法で片して修繕するに決まっているだろう」
「あ、」
「それに僕がやった方が早いからな、お前じゃ二次被害になりかねん」
「あー……じゃあ、お言葉に甘えまして、ありがとうアスクレピオス!」


 良いからさっさと行け、とシッシッと追い払う様に細い尻尾を器用に揺らす。パタパタと邪魔にならない様に素早く移動すれば、後ろからガタガタと音がした。
 チラリと後ろを確認すれば、彼が尻尾や頭を軽く動かしながら魔法を使って残骸達をまるごと浮かせて移動させているところだった。
 ……うぅん、凄いなぁ。私なんてまだこの間に大きめの家具一つを動かせたのがやっとだったのに。それ以上の質量を一度に出来てしまうんだから。
 やっぱり凄いなぁ、とぼんやり思いながら部屋から取ってきた着替えを持って風呂場へ向かったのだった。


「ん、綺麗になったか」
「そりゃもう隅々までバッチリと!」
「それは何よりだ、ほら」
「あ!アスクレピオス特製のやつ!?」
「そうだ、お前これ好きだろう」
「うんっ!」


 お風呂できちんと暖まりポカポカとしながらリビングへ向かえば、何かを作っているアスクレピオスが居た。
 シュルリ、と器用に湯気の上がるマグカップの持ち手に尻尾を絡めて持ち上げると、こちらに寄越す。
 ふんわりと香ってきた匂いに顔を綻ばせながらそれを受け取り、適度に冷まして口をつけた。……うん、今日のも程よく甘くて、でもサッパリしてて美味しいなぁ。

 私は昔から彼の作る特製のフルーツティーが大好きで、それこそ幼い頃は毎日の様に彼にせがんだ程だ。そしてせがみにせがみまくった結果、嫌気が差した彼に一時期全く作って貰えなくなったので、そこからはあまり催促はしなくなった。
 今思えば不機嫌そうに背を向けてビッタンビッタン尻尾を打ち付けている姿は可愛らしいが、幼かった私からすれば嫌われたかと思ったのだ。
 そんな今にも大号泣一歩手前だった私と不機嫌な彼の間を取り持ってくれたあの時の師範には感謝している、何故か凄い楽しそうだったけど。

 後から師範に聞いた話によれば彼は元々薬草の方が得意なのに、当時はまだ幼子だった私の為に飲みやすいものをとわざわざフルーツを使って調合してくれた物なのだという。それを教えてくれた師範は、バレたら怒られるから秘密だと悪戯っ子の様に笑っていた。
 そんな事もあり、より一層私は彼が作るフルーツティーが大好きになったのである。
早く飲み終わってしまうのが勿体なくていつもの如くチビチビと飲んでいれば、これも毎度の如く彼に呆れられた。


「そんな貴重そうにしなくても、また作ってたやると毎回言っているだろう」
「私からすると一日一回は飲みたい位なんだから、不定期なのは十分貴重なのっ!」
「……はぁ、こんなの何の変哲も無いただのフレーバーティーだぞ?お前だって作ろうと思えば作れる」
「……違うもん、私は!君が作ったのが好きなの!!」


 彼のその聞き捨てならない言葉にグワッと勢い良く反論して噛み付けば、珍しくたじろいだ。
 ムスッとして彼から体ごとそっぽを向いてしまえば、視界の端に入ったのはオロオロと小さく揺れて彷徨う彼の丸い頭部。
 そんな姿を見て思わず可愛い!と言いそうになり、尚且つ逸らしたばかりの顔を彼の方へ戻してしまいそうになったがギリギリ耐えた。
 今の私は怒ってるの、怒ってるんだから……!

 シュルシュルと小さな移動する音がしたかと思えば、ひょっこりとまるで小さな子供の様にこちらを伺うように顔を覗かせたアスクレピオス。尻尾は無意識なのか、私の腕にピトリと控えめにくっ付いてきていた。
 そんな姿を見せられてしまったら、私のなけなしのプライドなんか吹き飛ぶしかなくなってしまう。


「ナマエ……その、僕が悪かったから、機嫌を直してくれないか」
「うっ……うわぁぁぁぁぁんっ!良いよ私の負けだよっ、でもまた作ってね!!絶対だからね!?」
「……そうか、分かった約束しよう」


 私の早すぎる限界がきて折れれば、そう言い頷く。けれど私は見逃さなかった、彼が一瞬だがホッと安心した様に息をついていた所を。
 ん゙んっ……もー!私の使い魔ってば、ほんっとに可愛い!!師範、本当彼を私に託してくれてありがとうございます。お陰で毎日厳しいけど幸せです。

 内心悶えてデレッとしていれば、冷たく何だそのダラしない顔はとベチリと彼の尻尾が顔面にヒットした。……痛い、痛いよアスクレピオス。顔面も勿論だけど、主に心が。
 ヒリヒリと痛む鼻を摩っていれば、コトリとこれまた器用に尻尾でテーブルに何かが置かれた。


「……今日は特別にこれもやる、だからそんなにむくれるな」
「わぁ!シャーベットだ!どうしたの、これ」
「フルーツティーを作った材料のオマケだ、今日は質の良い果物が手に入ったからな」
「で、でも、いつもなら夕飯前だとアスクレピオス怒るのに……」
「……夕飯は調整してやる、僕が良いって言ってるんだから気にするな」


 それとも要らないのか?なら、下げるが。

 スルスルと回収する様に伸びてくる尻尾に、慌てて器を持ち上げた。
 要る、要ります!有難く頂戴します!と元気に大きな声をだせば、うるさいと顰めっ面をされてしまった。

 ごめんね、と謝りながらスプーンも持って、シャーベットを口にする。それは甘くさっぱりとしていて、爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。オマケだと言われたソレは二種類あって、食べてみたところ最初に食べた方はマスカット、もう片方はミルクという事が分かった。
 ……何となく色合いがアスクレピオスみたい、なーんてこんな些細な事は多分意識してないと思うけど。

 にしても、あのフルーツティーにはマスカットが使われているのかぁ。他には何が使われてるんだろう、色々とミックスされてるって事は分かるんだけど。
 後は、毎回その時によってフルーツの主張が違う事くらい?ちなみに今日は葡萄がベースと思われる。

 気になって聞いてみれば、何でもない様に淡々とした声音で返される。


「あぁ……それは毎度その時の仕入れによって物が変わるからな、当然だ」
「えっ、そうなの!?じゃ、じゃあ、前回のやつは!?」
「前回のは確か林檎がベースだ」
「ふ、ぉぉぉ……!すごい、凄いよアスクレピオス!」
「先程も言ったが、これくらいお前にだって出来る」
「いやいやいや!君は簡単に言うけど、それ頭の中に全ての計算式とレシピがあるから出来るやつだよ!?」
「?……だから出来るだろう?」
「出来ないですけど!?」


 ハァ?こんなの簡単だろう?という目で見られ、実際にもそう言われてしまったので、私はすかさず反論した。
 出来ない、出来ないから。もし出来たとしてもそれは常日頃から料理してる人とかの感覚だからね!?

 そう否定していれば、彼はピンときた様な表情になった。


「嗚呼、お前は料理自体あまりしないからか……何か悪かったな」
「ちょっと待って、間違いでは無いけど何か謝られると辛いものがあるよ!?」
「だが本当の事だろう」


 しらっとした目線をこちらに寄越しながら、ハンッと軽く鼻で笑う私の使い魔。

 ……どーせ、私はいつもアスクレピオスにご飯作って貰ってるもん。だって下手に街へ食べに行くより、ずっと何倍も美味しいんだもん。
 細部まで私好みでさ?しかも私の苦手な物とかは工夫してくれて凄く美味しく食べれるしさ?しかも彼は医学系統が得意だから、その影響か料理も健康的で体に良いしさ?
 こんなの知っちゃったら、他に行くとか無理じゃない?

 アスクレピオスの料理は第二のお袋の味、みたいな。第一は師範なんだけどね。でも基本師範もアスクレピオスに頼んでたから、実質私は彼の料理で育ってきた訳ですよ。
 思えば身の回りの事とか、日頃の事を考えるとママじゃん。もうこれ実質、アスクレピオスって私のママじゃん。


「えー、じゃあママが料理教えてくれる?」
「おいコラ誰がママだ、お前の様なデカい娘を持った覚えは無いぞ」
「ピオママ厳しい」
「ピオママ言うな」


 誠に残念ながら心底嫌そうに顔を歪めて、新たな愛称は突っぱねられてしまった。
 何もそこまで嫌な顔しなくても……まぁ確かに男、いやこの場合はオス?なのにママって呼ばれるのが嫌なのは何となく分かるけども。

 冷たいー!とブーイングしていれば、今の巫山戯た呼び名を口にしないのなら料理を教えても良いと彼は呆れ混じりに零した。
 その言葉に、私はチョロいので嬉しさを隠せずにコクコクと素早く頷く。それを見た彼も、仕方が無いなという様な表情をしたのだった。
 ……その柔らかい表情に、アスクレピオスって結構昔から私に甘いよなぁ……などと思ってしまったが、それが嬉しいので絶対に指摘はしない。

 だって言ったら最後、暫くは気を緩めてくれなくなってしまうからね。


「そこまでしてやりたいのなら早速明日から特別メニューで鍛えてやろう、楽しみにしていると良い」
「初心者向けで!初心者向けでお願いします!!」


 次の日。彼のスパルタ指導によって、炭になっていた物が焦げ付く位の物にまでランクアップ出来た事を此処に記す。
 え?キッチンがどうなったかって?……聞かないでほしいな!








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