追走曲・31話途中、マネージャーのおにぎりについて

 練習の合間の休憩にて、マネージャー達がおにぎりを差し入れた。大量に並べられたそれは、激しい運動に多量のエネルギーを必要とする成長期の中学生達からは輝いて見えた。
 我先に手を伸ばす選手達の波を見送り、花音が一足遅れて1つおにぎりを手に取る。綺麗に整形されたそれは、以前円堂宅で木野が拵えていたものにそっくりだった。
「いただきます」
 言うが早いか、花音はおにぎりを口に運ぶ。適度に効いた塩味が汗をかいた身体に染み渡った。
「美味しい…」
 不意に感想が口をついて出る。傍に立つ木野が心底嬉しそうに笑い、良かった、と言った。花音は彼女の表情に、無意識に目を細める。
 選手としてコートに立つようになって、時折、応援される側の景色を殊更に感じることがあった。休憩中口にする冷えた給水ボトルや、試合中聞こえる応援の声など、随所に木野達の真摯なエールを感じる。それはつい最近まで応援する側だった花音だからこそ、余計にそう思うのかもしれなかった。
 彼女達はいつも出来る限りの応援を形に変えて、選手達の隣に居てくれる。その存在の心強さは筆舌に尽くし難く、強大なものだ。
「…いつもありがとう、秋ちゃん。」
 改まって花音がそう言うと、木野は少し驚いて恥ずかしそうに微笑む。それからふと口を開け、「今日は夏未さんも握ったの。」と雷門を見やった。
 花音もそれに倣って雷門を見る。2人の視線の先で雷門は、他と比べて一回り大きなおにぎりを持つ円堂を、少し心配そうに見ていた。
 雷門が握ったものなのだろう、少し無骨なそのおにぎりに齧り付いた円堂が、目に涙を浮かべ「しょっぱい…」と呟く。余程の塩をつけたのか、急いで飲み込んだ円堂が苦しそうな顔をしていた。
 花音はその不器用なおにぎりが雷門らしくて、少し笑ってしまった。
「勝たなきゃね、決勝。」
 譫言のように花音が零す。決意の籠ったその低い声に、木野は一瞬心配そうな表情を浮かべた。
 木野が花音を振り返ると、彼女はいつもの笑顔を木野に向ける。
「乙女達の応援を力に変えて。」
 花音が悪戯っぽく木野にウインクをして、決意を胸に再びおにぎりを口へ運ぶ。その塩味はやはり身体に染み渡り、花音に走る元気を生んだ。
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